ゲームばかりしてないで
シオンとの特訓を終え、心地の好い疲労感が身体を包むのを感じながら屋敷に戻ると、ボードゲームに喰らい付いた3人はまだそこにいた。
テーブルの上ではチェス盤が展開され、相対するはライヤとコルナート辺境伯。さながら戦闘中であるかの如き緊迫感が、その体躯を横たえている。
「まだやってんのか……」
チェスを彼女達に見せてから、もう随分と時間が経っている。
魔法で作ってあるから、取り上げようと思えば簡単に取り上げられる……つまり、簡単に破壊出来るわけだが、それだと殿下達に何を言われるか知れたもんじゃない。
生憎とオレに、自ら竜の逆鱗を踏みつけるような勇気は存在しない。
……とはいえ。
殿下や辺境伯はまだ良いとしても、ライヤにだけは家宰としての職務を全うしてもらわねばならない。
そもそも、主人と仕事を放り出して客人とゲームに興じるなんて、解雇案件だろう。
「……シオン。参考までに聞きたいんだが、どうしたらいいと思う?」
「壊せ」
流石シオン。慈悲のかけらもない。
……まあ、シオンはオレと違って体力も魔力も普通に消耗するし、疲労感もあるから、ちょっとイラついてるんだろうな。
「そうするか」
これ以上待っていても埒が明かないだろうから、シオンの言葉通りに、チェス盤と駒を魔力に還元して大気に流す。
「「「ああっ!?」」」
目の前で消え去ったチェスに3人が悲痛な叫びをあげ、一斉にこちらを向く。
クシャナ殿下もコルナート辺境伯も、そしつライヤも。一様に『なんて事をしたんだ』と責めるような目をしている
「なんですか、その目は。別にいいんですよ。量産しても3人には売らないですから。もう一生分は遊びましたもんね? 特にライヤは、仕事を放り出して」
「いえ、その、これは――申し訳ありません……」
「クシャナ殿下も、コルナート辺境伯も、もう随分遊びましたよねぇ」
「まあ……それは……」
「しかしな、我が子よ――」
「なんですか? その我が子が己の下で働く騎士達と顔を繋いでいる間中、ずっと遊んでいたわけですよね? いい御身分で……いや、第一王女と辺境伯ですから、実際いい御身分でしたね。下位貴族である男爵風情にはわからない心情でございます。まことに失礼致しました」
皮肉をたっぷりと込めて言い放ち、頭を下げる。
「まあ、そういう事であればまだまだ遊び足りないでしょうから、これをどうぞ」
そう言って、テーブルの上に再度山チェスをよういしてやる。
それから、テーブルに置かれていた領地経営計画書を回収。
「では、オレは『仕事』をしてきますので、お三方はどうぞ心行くまでチェスに興じていてください。それでは」
「ま、待て待て、クロウ。落ち着け。私達が悪かった」
「う、うむ。貴族としては右も左もわからない息子を放り出して、どうして遊戯に興じられようか」
「先ほどまで興じられていたように見受けられましたが、幻覚でしたかね?」
「「……………」」
オレが言うと、クシャナ殿下とコルナート辺境伯の間で、『余計な事を……!』『いや、しかし……!』みたいな視線のやり取りがあった。
……いやぁ、面白いなぁ。
「いえ、いいんですよ? オレから言い出した事ですから、どうぞ遠慮なく」
「いやいや、いやいやいや! そういうわけには行くまいよ、クロウ。私は一応、領地経営講師という事で来ているのだからな」
「そうですね。ですが諸々の手配などはその仕事のうちに入らないので、ごゆっくりどうぞ」
「う、うむ……?」
「わ、私はあれだ、ほら。寄親として我が息子に指南を――」
「そうですか。しかし、今のところ辺境伯のお手を煩わせるような事もありませんので、殿下とゆっくりしていてください」
「あ、ああ……」
「ライヤは護衛も兼ねてお二人の側に。もちろん、お二人に付き合ってチェスをしていても、オレはなにも言わないから。好きにするといい」
「は、はい……」
……よし、3人を封殺してやったぞ。
ふふふ……せいぜい、罪悪感とチェスの魅力で板挟みになっているがいいさ。
「クロウ。俺は?」
「んー……一緒に行くか? でも疲れてるだろうし、休んでていいぞ」
「そうか? じゃあ、休もうかな」
「そうしとけ。……じゃあ、オレは行ってきますね!」
在宅組3人を振り返ってからそう言い、廊下でメイドを捕まえてシオンの案内を頼んでから、外に向かう。
別に怒ってるとかじゃないんだが、ゲームばっかりしててもだからなぁ。
それに、量産の目処が立てばあの2人には真っ先に渡すつもりだから、それまでは我慢してて欲しかったのもある。
……まあ、流石にあの食い付きの良さは想定外だったが、他にも色々と生産する予定ではあるし、あれだけで満足はしないで欲しいもんだな。
「さて、と。まずは……そうだな、鍛冶屋から行くか。ポンプは便利だから、早めに完成させておきたいし。ゲーム関連は後回しで良いだろ。とりあえず、領地の生活水準を引き上げるところからだな」
併せてやっておきたい事も処理して……屋敷に帰るのはいつになるかな……。
オレが外に出てる間に、あの3人にはちょっとでも反省して貰いたいな。
「……お、丁度いいや。おーい」
廊下の少し先にメイドを見つけ呼び掛けてみると、メイドは作業の手を止め、音もなくこちらにやってきた。
「お呼びでしょうか、旦那様」
「ああ。ちょっと頼まれて欲しいんだ」
「わかりました」
「うん。実はな、今、執務室にライヤとクシャナ殿下、それとコルナート辺境伯がいる。その3人に伝言を頼みたい」
「誰か1人ではないのですね。それで……なんとお伝えすれば?」
「オレは今から街に視察に行くんだが、オレが屋敷を出てから……そうだな、10分後くらいでいいか。3人に『別に怒ったりしてないので、帰ってきたら遊んだ感想を聞かせてください』と伝えてくれ」
「畏まりました。旦那様の外出から10分後ですね」
「ああ。じゃ、よろしく頼む」
「はい。お気を付けて行ってらっしゃいませ」
そう言って恭しく礼をするメイドと別れ、帰って来たばかりの屋敷に再び別れを告げる。
まあ、領民にも顔を覚えて貰わないといけないし、こうやって領主自ら出向くのもアリさ。
前に来た時は上空から眺めるだけだったから、結構楽しみなんだよなぁ。




