己の誇り
切り込んだ先で手近な騎士に斬りかかると、向こうは素直にそれに応じ、鍔迫り合いとなった。
一対多のこの状況で鍔迫り合いに持っていくのは愚策ではあるのだが、素直な隙を見せておかないと向こうは攻めの手がなくなってしまうので、これは必要経費と考えてしまっていい。
「んん……いい膂力だ。きちんと鍛えてあるな」
「ありがとうございます。しかし、そう余裕にしていてもいいのですかね?」
眼前の騎士がそう言うや否や、周囲の騎士3名が左右と背後の3方向から斬りかかってくる。
魔法を使わずにやろうと考えているので、まずは鍔迫り合いを弾き、その勢いを利用してバックステップ、更にその勢いのままに背後の騎士に蹴りを打ち込む。
確かな手応えを感じたら次は方向修正してきた左右の騎士に焦点を当てる。
右手側の騎士の剣を同じく剣で受け止めて、左手側は『黒天洞』の能力に任せて受け止める。
「なっ――!?」
「バカな――っ!?」
騎士2人の目が驚愕に見開かれる。
まあ、『黒天洞』はパッと見はただの黒いマントにしか見えないからなぁ……。
ともあれ、このままでは真ん前の騎士に幹竹割りで真っ二つにされてしまうので、黒天洞を剣に絡めてから装備を外して離脱する。
左手側の騎士を一応は無力化出来たと考えて、今度は右手側の騎士に注力。
まずは、また発生している鍔迫り合いを弾いて、左手で拳をつくり、魔力を集中させて騎士に腹パンをかます。
魔力は中国武術の発勁よろしく、拳が鎧に衝突すると同時に身体を貫通させるように炸裂させる。
「がっ――!!?」
その衝撃がかなりのものだったのか、騎士は一瞬で白目を剥いて地面に突っ伏すように倒れた。
……初めてやったけど、人間相手にはやらない方がいいかも知れない。最悪死人が出そうだ。
さておき、次に左手側の騎士に取り掛かる。
魔力を炸裂させるのはかなりアブナイとわかったので、身体強化をするだけに止めておいて、鎧の上から拳や脚での打撃を加えていく。
「はあぁっ!」
「ぜあぁっ!」
左手側の騎士を無力化した時点で、最初に打ち合った騎士と復活した背後の騎士が前後で挟んで攻撃してきた。
相変わらず大上段に振り上げられた剣を認めて、まずは眼前の騎士の対応にかかる。
剣が振り下ろされる前に前進して肉薄し、アッパーの要領で騎士の顎に掌底を打ち込む。それからがら空きの腹部を思い切り殴りつけると、騎士は数メートル後方に吹き飛んだのち、ごろごろと地面を転がってから――動かなくなった。
……死んでなきゃいいんだが。
さて、最後は後ろにいる騎士なのだが。
正直なところ、オレの実力を見せるにはもう充分だろう。
なので、振り下ろされる剣を両手持ちをした剣で受け止め、弾き飛ばし、無手になったところを顎に掠めるように思い切り拳を振り抜く。
「あ……あぁ……?」
すると、その騎士は混乱した様子でその場に倒れた。
昔に漫画で見ただけで再現出来るのかはわからなかったが、軽めの脳震盪だ。多分これは、スキルのおかげで出来たんだろう。
「……ふむ。顔立ちを見るに、まだまだ若手っぽいな。直情的な攻撃も致し方ない、か」
脱ぎ捨てた黒天洞を回収しながら、倒した騎士の顔を見て独りごつ。
まあ、戦場を多く経験してきているのならまずは『見』に回るだろうし、まだまだ血の気の多い若僧といったところだろう。
……いやまあ、オレも若僧ではあるが。
「さて、どんどん行こうか!」
黒天洞を再び身に纏い、騎士達にそう言って爽やかな笑顔を向けてやると、げんなりした表情を返された。
……なんで?
◆
それからしばらく後、騎士達は1人残らず地に伏していた。
げんなりした表情の騎士達だったが、一糸報いてやろうと気迫や攻撃の鋭さは確かなものだった。
「……なんか足りないんだよなぁ……」
確かなものだった。……のだが。
しかし、オレの求めているものとは何かが違うのである。
何が違うとは明確には言えないが、何か……何かが決定的に違っているのはわかる。
「如何でしたかな、旦那様?」
「悪くはない。悪くはない……んだが」
「……ふむ。物足りませんか」
「いや、物足りないとかじゃないんだよ。実力はしっかりしてるからさ。……ただ、なんだろうな。何かが足りてない」
「何か、ですか……」
うーん……なんだろうな。
いまいち判然としないし、ちょっと騎士達に質問してみるか。
「なあ、お前達。お前達は、なんの為に剣を執るんだ?」
「は、はい……?」
「なんの為と言われましても……」
「我々は騎士ですから、国のために――」
「それだ!」
当たり前の事のように言う騎士の言葉に、思わずそう口にする。
そうだ、これだ。
これが決定的に食い違っているから、何かが足りないと感じてたんだ。
「お前達は国のために剣を執るのか」
「はい。しかし、それはクロウ様もそうなのではないですか? 貴族になったのですから」
「……は? そんなわけあるか。オレは国に忠誠を誓った覚えもないし、これからそうするつもりも無いぞ」
「…………は?」
「オレは今までもこれからも、自分のために剣を執る。自分のために、自分が害されないように、守りたいものを守れるように。オレが死ねば悲しむ人がいて、その人を悲しませたくないから剣を執る。間違っても、国王とか国家のためじゃない」
そう言うと、騎士達は信じられないといった表情になった。
まあ、今までの職場が職場だったのだから、それも仕方の無い事ではあるのだろうけども。
しかし……しかしだ。
オレの部下として在るからには、その辺りの認識は早々に改めてもらわなくてはならない。
「いいか、お前達。オレの部下として在るのなら、国のため、国王のため、仕える主君のためと考えるのはやめろ」
「……し、しかし、それでは、我々は何の為に?」
「自分のためだ。自分の主張のために剣を執れ。自分の尊厳のために剣を執れ。自分が守りたいもののために剣を執れ。……しかし、それは自分がいなければ始まらない。だから、自分のために剣を執れ」
未だ地面に倒れる騎士達を見渡しながら、しっかりと口にする。
「お前達にも家族がいるだろう。友人もいるだろう。恋人は? 伴侶はどうだ? お前達が死ねば、その人達が悲しむぞ? その時、お前達は自分を赦せるか? その人達を悲しませたのは他の誰でもない、自分自身だ。……どうだ、赦せないだろ?」
問い掛ければ、それを想像したのか一様に悔しげな表情になる騎士達。
「だから、自分を守るために剣を執れ。全力で訓練に臨んで、どんな時でも自分を守れるようになるんだ。その結果、お前達は大切な人の笑顔を守れる。誇らしいだろう? 国を守るなんて大それた事をしてる自分じゃない。大切な人を守る、なんていう当たり前の事をしてる自分をこそ誇れ。オレからは……まあ、それくらいだ。頑張りたまえよ、騎士諸君」
そう言って締めくくり、身を翻してシオンのもとに戻る。
柄にもない事を口にしたからか、意味不明な事を喋ってないだろうかと不安になったが……気にしない事にした。
ニュアンスで理解してくれたらいいよ。うん。
「待たせたな、シオン。やろうぜ」
「お、おう……!」
「……どうした? 顔、赤いぞ?」
「なんでもない! なんでもないから、とにかくやるぞ! ちゃんと付き合えよ!?」
「わかってるって」
何故か顔を真っ赤に染めていたシオンと、いつも2人でやっている特訓を始める。
唖然とした表情でこちらを見つめる騎士達が妙に印象的だったけど……どうしたんだろう?
なんか、信じられないものでも見たのかな?




