港の街エルドラ
王都エクスアルマから途中でソルダルに寄りつつ、空を飛ぶこと5時間。
オレ達は、ローゼンクランツ領はエルドラの街までやって来た。前の領主の屋敷のある街である。
とはいえ、空から直接屋敷付近に降り立ったわけではなく、エルドラの街から少し離れた街道脇に着陸した。
理由は至極単純。
今同行している御者のセルバスや騎士達は、言ってみれば『雇われ』だ。
彼らはオレに雇われている存在で、例えばオレが御者をやるとか、代わりに戦うとかをすると、彼らは仕事をしていない事になる。
この世界は時給制度がないから、仕事をしていないというのは給料が貰えない事に繋がるわけだ。
まあ、その辺りは領主次第で変わってくるとは思うが、基本的にはそういう感じだ。
冒険者もまた然りである。
故に、雇い主であるオレは、彼らに仕事をさせてやる義務があるわけだ。
まあ……オレはケチな領主にはなりたくないから、別に1日中部屋のドアの前で立ってても、警備の仕事をしたって事で給料をくれてやるつもりだが。
……ま、それはいいか。
「諸君。空の旅、お疲れ様だ。オレの勝手で諸君の仕事の大半を奪ってしまったが、明日からはしっかり働いて貰うので、給料については心配しなくていいぞ」
そう言うと、騎士達の間に明らかに安堵した空気が流れるのを感じた。
「ここからは諸君が予定していただろう隊列で屋敷まで向かおう。セルバス、御者は頼むぞ」
「は。畏まりましてございます」
「よし。じゃ、オレ達も馬車に……殿下、辺境伯、どうしたんです?」
何やら呆然としているクシャナ殿下とコルナート辺境伯に声をかける。
はて。一体どうしたんだろうか。
ともあれ、私兵隊の準備も出来たようなので、失礼とは思いつつ動かない2人をシオンと馬車の中に押し込み、乗車する。
セルバスはオレ達の乗車を確認すると『では、出します』と言って馬車を走らせ始めた。
しばらくすると殿下も辺境伯もショックから立ち直ったようで、さっきのはなんなのか、どういう事なのか、などと訊いてきた。
「あれは風属性の【ウインドレイド】ですよ。遠出する時に使ってます」
「【ウインドレイド】……? あの魔法は、10歩ほどの距離を動かすのが精一杯ではなかったか? 少なくとも、王宮の魔導部隊では出来ない芸当だぞ」
「私の私兵でも難しいな」
「その魔法使い達がボンクラなだけでしょう。やろうと思えば出来るはずですよ」
「そう……なのか?」
クシャナ殿下もコルナート辺境伯も、なんならシオンも不思議そうな顔をしている。
おかしいな、シオンにはいつだったか説明してやったはずなんだが。
「シオン。なんでお前はそっち側なんだ」
「え? いや、なんとなく」
「……まあ、どうせ忘れてんだろ。ちょうど良いから、説明する。覚えろよ? 一応」
「はいはい」
「まったく……」
やれやれと頭を振って、クシャナ殿下達にわかりやすく説明をする。
まず、魔法を使える人間と使えない人間の違いというのは、魔力の有無ではない。
MPがあっても魔法は覚えない、MPはないけど魔法の適性がある。そういう人もいる。
つまり、大切な境界線は『魔法適性があるかどうか』。これが、魔法使いとそれ以外とを分ける要因となる。
例えば、オレは神造の身体であるおかげで全ての属性魔法に適性があるわけだが、もちろんどれか1つだけでも『魔法使い』を名乗る事は出来る。
魔法はスキルとして身に付き、使い続ければ熟練度が上がってスキルレベルが上昇する。
まるでゲームみたいなシステムだが、この世界ではそれが普通だ。
まあ、それはともかく。
魔法というのは発動者のイメージを魔力を媒体にして具象化、具現化したもの。それそのものが『魔法』である。
わかりやすいところで【ファイアボール】の魔法がある。
火属性の初歩的な魔法の1つで、火の玉を生み出して射出、攻撃する魔法だ。
これの威力を大きくしようとした時、普通の魔法使いならば、注ぐ魔力の量を増やす。
そうすると火の玉が大きくなり、相対的に威力が上がるという寸法である。
が、これでは非効率なのだ。
確かに、魔法に込める魔力の量が増えれば魔法の威力も規模も増す。
しかし、それはそれ相応に魔力を消費しているという事で、すなわち魔法使いの継戦能力の低下に繋がってしまう。
魔法使いなんて、どいつもこいつも後衛に胡座をかいた運動不足の阿呆に相違ないので、魔力が尽きた瞬間、役立たずの出来上がりである。
ともあれ。
それでは、効率的に魔法を使うにはどうしたらいいのか、という話だが……実に簡単だ。
原理を理解する事、だ。
例えば【ファイアボール】なら、扱うのは火であり、『絶えず燃焼しているもの』である。
燃焼には可燃物と点火源、そして酸素供給体の3つが必要だが、要するに火は酸素を消費して燃えているわけだ。
【ファイアボール】には可燃物も点火源も要らない。酸素を消費して燃えているのでもないので、酸素供給体も不要だ。
そこで大事になるのが、イメージである。
頭の中で、可燃物に点火源が火を点け、それに酸素供給体が酸素を与えるイメージをする。
燃焼の原理に沿って言えば、可燃物は可燃物が消えてなくなるまで、酸素の供給がなされていれば燃え続ける。
ではここで、酸素をもっと供給してやろう。
そうすると火は激しく燃え始め、温度が上がるはずである。
つまり、火力が上昇する。
火は温度によって色分けがされるので、頭の中でその火を現実的な最高温度にする。色で言えば青か白あたり。
そうしたら、これを元にして魔法を使う。
魔法はイメージによって形が決まるので、青か、白い火の【ファイアボール】が出来上がるという寸法だ。
こうする事によって、規模と魔力消費量はそのままに、威力を底上げする事が出来る。
……と、つまりはそういう事だ。
だが、残念ながらこの世界では、そうした理化学的な視点が広く持たれてはいない。
だから、オレが使う魔法と普通の魔法使いが使う魔法には乖離が発生しているのだ。
そして、この視点を世の魔法使い達が持つ事が出来たのなら、【ウインドレイド】で空を自由に飛ぶ事も出来るのである。
「――と、こんな感じですね」
「ええと……」
「つまり、どういう事なんだ?」
「……クシャナ殿下、コルナート辺境伯。鍛冶場に行った事はありますか?」
「ああ、あるぞ。かなり熱かったのを覚えている」
「私もある」
「では、もちろん竈を見た事もありますよね。その竈に、鞴 はなかったですか?」
「……あったな」
「あったな。それがどうかしたのか?」
「今説明したように、火を燃やすとか、温度を上げるとかには酸素が必要で、それを供給してやる必要があります」
「供給……鞴……ああっ、そういう事か!」
「鞴によって空気が送り込まれると、そこにある酸素が火を激しくする。それが原理か」
「そうです。で、この原理を魔法に用いれば、魔力は据え置きで威力の高い魔法が使える、というわけです」
……まあ、本職の理数系の人間にしてみたら穴だらけで支離滅裂もいいとこだろうが、何も知らない人間に教えるなら、これくらい適当でいいんだ。
そもそもオレは文系畑の人間だから、理数系は詳しくないんだけどな。
と、そんな事を考えていると、御者のセルバスから『到着いたしました』と声がかかり、少しして馬車のドアが開けられた。
「ありがとう、セルバス。慣れない空の旅のすぐ後に悪かったな」
「いえ。私どもの仕事をさせていただきましたから。感謝しております、旦那様」
「ははは。せいぜいコキ使ってやるさ。覚悟しておけよ、セルバス」
「ふふふ。あまりこの老骨にご期待なさいますな、旦那様」
私兵である騎士達が子供に見える実力を有しているくせに、よく言ったものだ。
……とは思うが、口にも顔にも出さずにおく。
オレの要望で国王が選び出した人間だ。誤魔化されなどするものかよ。
「――長旅お疲れ様でございます、旦那様。私は、この度ローゼンクランツ家にて家宰を務めます、ライヤと申します」
そして、馬車を降りた先。
数人のメイド達を背に並べたパンツルックの女性が、そう言って頭を下げた。
ライヤ。
眺めの金髪をバレッタでアップに纏めている、眼鏡をかけた堅物そうな女性だ。
女性にしては身長が高く、170cm近くあるように見える。シオンといい勝負だ。
全体的にスラッとしたスマートな身体のラインをしていて、デキる女性って感じだ。
「クロウだ。成り上がりだから色々迷惑をかけるだろうが、愛想を尽かさずにいてくれると助かるよ」
「それは、旦那様の仕事ぶりを見て判断させていただいても?」
「ああ、いいぞ。お前達に良い暮らしをさせられないなら、オレは領主として不出来だって事だからな」
「では、そのように。使用人一同も、旦那様を見極めさせていただきます」
「そうしてくれ。とりあえず馬車と騎士達の案内を頼む。早速執務に取り掛かろうと思うが……殿下達はどうします?」
「お手並み拝見といこう。メリッサもだろう?」
「うん。我が子の手腕を見せて欲しいな」
「…………やれやれ」
講師と寄親からかけられるプレッシャーを重荷に感じつつ、ライヤの先導で屋敷の中に入る。
そういえば、前の領主は伯爵位だったとクシャナ殿下に聞いた。
道理で屋敷も敷地もデカいわけだよ。




