ピンチはどう考えてもピンチ
「クロウ、そっち行ったぞ!」
「任せておけ!」
ソルダルの街を離れて数時間。
採取依頼の依頼書に書かれたものを全て回収した後で、オレとシオンは早速討伐依頼をクリアするために魔物を相手にしていた。
今相手にしているのは緑色の小人ことゴブリンだ。規定の討伐数は5体。……の、はずなのだが。
何の因果か、オレ達は、優に20体は超える数のゴブリンを相手にしていた。それも、ソルジャーやメイジ、シャーマンといった上位種まで混じった厄介な群れだ。
ただ、昨日図書館で調べていたからこそ、混乱する事なく対応出来た。曰く、ゴブリンは大抵が小規模な群れで行動し、稀に上位種やゴブリンキングが混じる事もある、と。
つまり今、その『稀な群れ』にぶち当たっているわけだ。果たしてこれは、幸福なのか、不幸なのか。
まあ、実入りが良いという点では幸福だろう。その代わり、厄介な群れに当たったという事に眼を瞑らなければならないわけだが。
「ああくそっ、面倒なのに当たったな!」
シオンが悪態を吐きながら、眼前のゴブリンの首を手持ちのショートソードで刎ねる。が、それだけに止まらず、2体、3体と、ゴブリンから繰り出される攻撃を避けたり弾いたりしながら首を刎ねていく。
「持って帰れば実入りも良い! それに、次のランクも近付きそうだ! 文句言わずに狩れ!」
「わかってる――よッ!!」
2人で徹底して首という首を刎ねていく。
これはここまでの道中でシオンと決めた事で、なるべく素材を高く買い取って貰うための措置だ。
オレはじっくり稼いでいけばいいと思うんだが、どうやらシオンはオレに宿代を出させている事が心苦しいらしく、多少危険でも実入りが良い方を取りたいと言われた。
レインから、素材が綺麗な状態なら色を付けて買い取ると教えて貰っていたし、金はあるに越した事はないから、オレもそれに従っているわけだ。
「それにしても――」
「なんだ、シオン?」
「終わりが見えねえ……」
このゴブリン共と戦い始めてどれくらいになるだろうか。時間など計るべくもないが、30分から1時間くらいは戦い続けている気がする。
たまに、いくらかゴブリンを斃した段階で身体がふわっと浮き上がるような感覚に襲われたが、あれがレベルアップによるものなら、未だに戦えている事にも納得がいく。
今すぐギルドカードを確認して自分がどれだけ成長したか見てみたいところだが、この、後から後から湧き水のように湧いてくるゴブリンをどうにかしない事には難しいだろう。
右手のシルバーリング――新しく来た神々からの注意書きによれば『ホロスリング』と命名――は、流石に神々謹製というだけあって、一定範囲内のものなら念じれば収納出来るので、足場が悪くなる心配はないが、次から次へと休みなくやってくるゴブリンは正直勘弁して欲しい。
この後にまだコボルトとレザードも待ってるんだぞ! こっちの事情も考えろよ!
「くっそ……ん?」
「……どした、クロウ?」
「いや、今、なんか……」
森の木々の隙間から、巨大な緑色の脚のようなものが見えた気がして、そっちに意識がいってしまう。
あれは……なんだ?
大きさからして、今、目の前にいるゴブリンとは一線を画す。少なくともこの木っ端ゴブリン共の2倍……いや、3倍はありそうだった。
「――クロウッ!」
「――ッ!?」
その意識の間隙を突いて、ゴブリンが3体、前方3方向から攻撃を仕掛けてくる。
シオンの声に咄嗟に意識を戻して、まずは左前方から来る、他の2体よりも動きの速いゴブリンの首を刎ねる。立て続けに正面のゴブリンも処理して、さあ最後の1体だ、と視線を向けると、そこには既にシオンに首を狩られたゴブリンの姿があった。
「悪い。助かったよ、シオン」
「あんまりボーッとするなよ。今はまだ、ピンチの真っ最中なんだから――なっと!」
「わかってる。ちょっと気を引かれる事があっただけだ――よっと!」
踊るように、舞うようにとはいかないまでも、しっかりとゴブリンの首を狩っていく。
くっそぉ……図書館の魔物生態図鑑によれば、ゴブリンは基本的には5体ひとかたまりくらいの群れで行動して、群れ同士が合流する事はあっても、最初から10体や20体を超えるような集団で活動する事はないって話だったんだがな……。
「――まさか」
「なんだ、どうしたクロウ?」
「……よく聞け、シオン。どうやらオレ達は、ゴブリンの集落に足を踏み入れたみたいだ」
「ゴブリンの……集落?」
「ああ。ゴブリンの知能なんて大したことはないが、生態は動物に近い。本能で生きてるからな」
「まさか、群れを取り纏める親玉がいるって事かよ……?」
「そうだ。名前をゴブリンキング。そいつを頂点にしてソルジャー、メイジ、シャーマンなんかの上位種や、ヤバいくらいの数の通常種が、ゴブリンの集落にはいるらしい……」
それに、さっき木々の隙間からちらりと見えた巨大な緑色の脚のようなもの……あれがゴブリンキングなのだと考えれば、この現状にも得心がいくというものだ。
だが、ゴブリン程度の魔物とは言っても集まれば驚異になるし、ゴブリンキングは討伐難易度Dランクで各上位種はEランクだ。
そんなのがひとところに集まっていれば、絶対にギルドに情報が入るはずだ。いくら駆け出し用の依頼に適した場所とは言っても、他の冒険者がまったく来ないなんてバカな話はない。
だから、考えられるとすれば――
1.単純にギルドに情報がない。
これはまあ、考えられないわけじゃない。入れ違いになった可能性も無いではないし、誰が気付いているのかも問題。気付いていたとしてもギルドまでは時間がかかる。必ずしもギルドに情報が入っているわけではない。
2.情報を持っている冒険者は斃された。
ゴブリンの集落を見付けた冒険者がいたとしよう。そいつはギルドに情報をもたらそうと、ギルドまでの道を行こうとする。が、そこでゴブリン共に見付かり、数の暴力で一網打尽に。結果としてギルドに集落の情報は無く、新たに出ていく冒険者に情報は入ってこない。
3.レインが伝え忘れた。
まあ、これは無いだろう。仮に本当にそうだったとしても、ラッソーやネルトが普段通りみたいな空気で仕事をしているはずが無い。考えられはするが、可能性は限りなくゼロに近い。
4.そもそもオレ達が第一人者。
この可能性は濃厚だ。レインが伝え忘れたという可能性がない以上は、もうこれしかないとも言えるほど高い可能性を有している。実に厄介な話ではあるが、あり得ない話ではないという辺りが更に厄介だ。
といったところか。
仮に4番だとするなら、今あるゴブリン共の包囲網をどうにかして突破するか、あるいは殲滅してソルダルに戻る必要がある。
現状でさえソルジャーやメイジやシャーマンといった上位種の混ざった包囲網なんだ。Fランクのオレやシオンでは、今は死なない事は出来たとしても、それから先どうなるかわからない。数の暴力で押し切られて死ぬ事もあり得る。
「……どうする、クロウ」
「どうするもこうするも無いだろ。殺すか、殺されるかだ。今となっては、もうそれしかない」
「くそッ……! 仕方ない。背中は任せたぜ、相棒」
「おいおい、昨日の今日でもう相棒かよ」
「……お前とは、この先一生付き合っていく気がするんだ。どんな形でも」
妙に決意に満ちた声色で、背後のシオンが言う。
奇遇だな、シオン。
「オレも、昨日お前に会った時から、そんな風に思ってたよ」
「……そうかよ」
「ああ、そうだ。……だから。オレの背中は任せたぜ、相棒よ」
「……任せろ」
「いくぞッ!」
「ああ!」
自分の背後以外に気を向けながら、ゴブリンの包囲網に斬ってかかる。
首、首、首。寝ても覚めてもゴブリン共の首だけを狙って刀を振るう。
この身体のおかげか、あるいは『黒刀《鴉》』の切れ味が良いせいか、はたまたその両方か。
ともあれ、斬っても斬っても疲労がないのは助かる。いや、それでも少しずつは溜まっている感じはするのだが。
それより、斬っても斬ってもゴブリン共が減っているように見えないのがツラい。広範囲を攻撃出来る魔法でもあれば……うん? 魔法?
そういえば、昨夜ギルドカードで確認したステータスは――
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名前:クロウ 性別:男
職業:冒険者 種族:人族(?)
筋力:D 魔力:D
体力:E 速力:E
幸運:C 器用さ:D
《通常スキル》
刀剣術Lv2
格闘術Lv2
錬金術Lv1
魔眼Lv1 (鑑定眼)
料理Lv3
《固有スキル》
太陽神の加護
魔法の素養
不老の加護
神々の加護
制縛の鎖錠
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ってな感じだったな。多分、『制縛の鎖錠』ってヤツが天照サマが言ってた制限ってヤツなんだろう。
それはそうと、気になるのは固有スキルの方だ。加護と共に羅列された『魔法の素養』というスキル。これはもしかして、少ない魔力で強大な魔法を扱えるようになる、みたいなスキルなんじゃないだろうか。
今はまだ魔法は使えそうにないが、帰ったら図書館で魔法関係の書物を読み漁ってみるとしよう。
惜しむらくは、今それが使えない事か。
地道に斬っていくしかないな……。
「クソ……魔法でも使えたらなァ!」
「言うなよ、クロウ。悲しくなってくるだろ!」
悲しいかな、ここにいるのは剣士2人のパーティ。物理的な手段に訴えるしかないのだ。
無い物ねだりは、やめよう。
「……な、なあ、クロウ……」
「どうした! もう疲れ果てたのか!?」
「いや、そうじゃなくて……。あ、あれ……」
「どれだよ!」
背後から聞こえてきた何かに怯えたような歯切れの悪いシオンの声に怒鳴り、後ろを向くと、そこには、今までのゴブリン共とは違う、体長2メートル以上はある、頭には宝石を嵌め込んだ王冠らしきものを載せた巨大なゴブリンがいた。
「……マジかよ……」
その姿には見覚えがあった。
見た場所は、やはりソルダルの図書館の魔物生態図鑑。ゴブリンの項目に、そいつの姿はあった。
通常のゴブリンよりもかなり大きな体躯を持っていて、頭には王冠を戴き、手には水晶の嵌め込まれた杖を持った、ゴブリンの最上位に位置する存在。
その名を……『ゴブリンキング』。
文字通り、ゴブリンの王である。