いざ、ローゼンクランツ領へ
ロイ国王から言われていた1週間は、すぐにも経過した。まったく、時の流れは早いものだ。
そして、その間にオレが何をしていたのかと言えば、端的に言って勧誘をしていた。
『へい、彼女! オレ、領地持ちなんだけどさ、一緒に来ない?』
実際にそんな事を言ったわけじゃないが、まあ、大体そんな感じの事を言って、領地に欲しい人材を勧誘したのである。
勧誘する人間は、実のところ、国王に叙爵された段階で既に考えていた。
ソルダルの冒険者ギルドからヴァイスとレイン、ロクソールからシイナとカレン&シエナ親子、《黄昏の水面亭》からジュリアス、そして……王城警備隊第3隊。
ヴァイスとレイン、そしてジュリアスは一も二もなく『行く』と答えてくれた。
シイナとカレン親子は正直難しいと思っていたのだが、何故かあっさりと承諾。
王城警備隊第3隊は国王にも伺いを立てる必要があったのだが、その国王が二つ返事でOKを出して、第3隊にも拒否する人間がいなかったようでこれも確定。
みんな、実はあまり深く考えていないのでは? とか考えたが、ジュリアスやレインはともかく、他は全員、立場ある人間だ。考えてないはずはない。
人徳のなせる業……?
いやいや、オレにそんなものは無い。あったとしても、何人かは拒否するはずだ。
それぞれに抱える事情があるのだから。
ともあれ、この1週間で勧誘を済ませ、ついでにオレの領地になった街と村々も下見してきた。
前領主の置き土産である屋敷。それがある街は、なるほど港町に相応しい活気だった。
日に焼けた浅黒い肌の男達が威勢よく呼び込みをして、その日獲れたばかりなのだろう海産物や干物、塩漬けなどを売っていた。
街に住む人も、流石に漁師の男達ほどではないにしても元気で、前の領主が重税を課していたとかってのは嘘じゃないのか、なんて考えたほどだ。
村の方は、規模の違いもあって街ほどの活気とまではいかないが、子供達は走り回ったり岩場で小さな蟹なんかを捕まえたりして遊んでいた。
それを眺める大人達は、誰も彼も幸せそうに笑っていて、本当に領主の圧政があった地域なのかと疑ってしまったものだ。
少し内陸部にある村では漁業が出来ないので農業が盛んだった。とは言っても、内陸の村なんかは農業がメインの収入源なのだが。
まあとにかく、農業が盛んだったのである。
流石に異世界だからノーフォーク農法なんかは採用されてないみたいだが、
概要は頭の中にあるから、余った時間で書き出した『領地経営計画書』にノーフォーク農法の概要と利点を書いて纏めておいた。
ついでに畑作についてのあれこれも書いておく。母方の実家が畑作もやってる米農家だったから、そういった農業系の知識はそれなりにあるのだ。
まあ、自家菜園の範疇だったからどこかに卸したりはしてなかったが。
そうして、計画書を書いたり、勧誘したり、下見したりしているうちに、あっという間に1週間が経過したのである。
「ローゼンクランツ男爵」
「……ああ、殿下。しばらくぶりですね。殿下がいらっしゃったという事は、ついに、ですか?」
「うむ。そちらの準備は大丈夫か?」
「無論です。では、行きましょうか」
2週間前にクシャナ殿下と出会った宿屋に、クシャナ殿下自身が迎えに来てくれている。
……おかしくない? こういうのは騎士とかの役目でしょ?
そう思って道中訊いてみると
「私が我が儘を言ったのだ。是非迎えに行きたい、とな」
と、仄かに頬を赤に染めながら、クシャナ殿下は言った。普段は武骨な雰囲気を醸しているだけに破壊力が半端じゃない。
「……そりゃ、どうも」
だからまあ、それにやられて返事がちょっと素っ気なくなってしまっても赦されるはずだ。
さて。ともあれ、迎えが来たという事は、クシャナ殿下やコルナート辺境伯、それにオレの私兵になる騎士達の選抜とオレが要求した退役軍人……その全てが揃い踏みという事だ。
要するに、オレの貴族生活が始まるのである。
「……なあ、クロウ」
「なんだ、シオン?」
「俺、ついて行っていいのか?」
「…………はぁ?」
何言ってんだこいつ。
シオンがついて来なくて、誰がついて来るって言うんだ。
「だって、俺は別に家族でもないわけだろ? 不自然じゃないか?」
「知らんわ。大体……だとしたら何か? オレに別の相棒を見つけろって? 寝言は寝てからにしろよな」
「いや、だってさ――」
「知らんっつったら知らん。この件に関してはお前の意見なんか聞いてやらねえ。黙ってついて来ればいいんだよ」
「……我が儘だぞ」
「貴族だからな!」
もちろん、全ての貴族が我が儘だとは思わないが、これくらいなら大丈夫だろ。
まったく、シオンの奴、何を言い出すかと思えば……くだらん問答をさせるなよな。
もう答えは出てるってのに。
「……ふむ。前から訊きたかったのだが、クロウとシオンは恋仲ではないのか?」
「まだ違いますね」
「まっ、いや、あの……何言ってんだクロウ!」
「違うのか?」
「ええ。シオンは元々男でしたから」
「なんと。しかし、女に見えるぞ?」
「いつだったか、怪しい露店商が売ってたっていう果物かなんかを食べて以来、女になってしまったんですよ」
「それは……また妙な事もあるものだな。しかし、まだという事は、そういう予定はあるのか?」
「んー……どうなんでしょう? 多分、オレ次第だとは思いますが」
実際、シオンからは既に想いは告げられているので、あとはオレの返答次第である。
とはいえ、しばらくは忙しくなりそうだし、シオンは相棒として振り回すつもりだから、今すぐに返事は出来ない。
まだ、オレの秘密も明かしてないしな。
「まあ、今はまだいいでしょう。これから忙しいですし」
「む……まあ、それもそうか」
クシャナ殿下は複雑そうな顔をしていたが、そう言って頷いた。
……貴族か。
まあ、せいぜいコルナート辺境伯と殿下を頼らせてもらおう。
◆
クシャナ殿下の案内でオレ達がやって来たのは、王都の外。門を出てすぐのところだ。
そこには馬車が1輌と、馬が何頭か、そしてコルナート辺境伯と30人くらいの騎士達がいた。
ちなみに、コルナート辺境伯の厚意で、コルナート辺境伯の私兵から40人の騎士と20人の隠密が貰える事になっている。
「――ああ、来たかクロウ」
「お待たせしました、辺境伯」
「構わないさ。さほど待ってもいないしな」
「……じゃあ、早速行きましょうか」
そう言いながら馬車に近付くと、馬車のそばにいる御者らしき男性が恭しく頭を下げた。
歳は……多分60代半ばくらい。普通の市民のような地味な色の服を身に纏っている。
……だが、身のこなしが一般人のそれではない。
常に周囲に気を巡らせ、しかし己の気配はなるべく目立たないようにと、熟練の暗殺者を思わせる身のこなしだ。
しかも、その全身もよく鍛えられている。無駄な筋肉など一切なく、とにかく効率的に身体を動かせるようにと鍛えてきたのだろう。
――つまり、彼が『そう』なのだろうな。
「お初に御目にかかります、旦那様。私はセルバスと申します。この度はローゼンクランツ家にて御者を務めさせていただく事となりました」
「そうか。既に聞いているだろうが、改めて。オレはクロウ。クロウ・ローゼンクランツだ。所詮は成り上がり故に至らない箇所もあるかと思うが、よろしく頼む」
「御丁寧にありがとうございます、旦那様。この老骨に出来る事であれば、如何なる事でもやってみせましょう」
「頼もしい事だな。……だが、お前の仕事はまだ無いぞ。意気込んでいるところを申し訳ないがな」
「いえ。……しかし、馬車は使わないという事ですかな?」
「まあ、そんなところだ。さて、全員準備はいいか? 出来てなくても最早戻れないから、その時は諦めろよ!」
最終確認にこの場にいる全員にそう声をかけてみると、全員が頷きを返してきた。
よし、それなら心配いらないな!
いざや、空の旅に出発!
『『『うおおおおおっ!!?』』』
その時、王都の空に、男達の悲鳴にも似た野太い声が木霊した。




