ローゼンクランツ
「――面を上げよ」
斯くして、コルナート辺境伯に連れられて王城は謁見の間まで来たオレ達2人は、上方からかけられたその言葉に、跪き頭を少し垂れた状態から顔だけを上げた。
謁見の間には、今回の叙爵を含めた褒賞の授与に際してか、貴族然とした50~60代前後くらいの男性が並んでいる。
きっとアルトラ王国の有力貴族達なのだろう。
それでもって、国の中枢に席のある人間達に違いないだろうな。
「よくぞ参った、《黄昏の双刃》。私が、アルトラ王国国王、ロイ・オルガスト・アルトラだ」
そして玉座に座るのは、以前、この王城の廊下で気さくに話しかけてきたロイ国王その人だ。
……そういえば、この国王と公式な場所で会うのは初めてになるか。
となると、相応の挨拶をしなければならないだろうな。
「お初に御目にかかります、国王陛下。辺境はソルダルにて冒険者をしております、《黄昏の双刃》のクロウです」
「お、同じく、《黄昏の双刃》のシオンですっ」
「……うむ。その方らの評判は私もよく耳にしている。この半年の間に、フェンリルの討伐に先日のアラクネクイーンの討伐と、目を見張る功績を残しているな」
あれから1週間だが、やはり耳が早いな。
軍部が騎士団長を差し向けてきたから、そこから情報が入ったのか?
それとも……やっぱりクシャナ殿下だろうか。
何にせよ、話が早いのは助かる。
「そこでだ。そうした功績を踏まえて、《黄昏の双刃》のクロウを男爵位に叙爵する」
「はっ。光栄です」
「……家名は決めてあるか?」
「は。ローゼンクランツを家名としたく思います」
「ローゼンクランツか。……では、クロウ・ローゼンクランツ男爵。我らがアルトラ王国のため、どうか力を貸して欲しい」
「ローゼンクランツの名に懸けて、必ずや国の支えとなりましょう」
正直、こういう場所は初めてだから勝手がわからないのだが、周りの反応を見るに、そう外れた対応ではないようで、ホッと胸を撫で下ろす。
「うむ。そして、ローゼンクランツ男爵には領地をも与える。詳しい場所については、後にコルナート辺境伯から知らされるであろう」
国王の言葉に、ちら、とコルナート辺境伯の方に視線をやると、彼女も目だけでこちらを向いて、少し得意気な顔をしていた。
何やってんだ、あの人……。
「そして――入れ!」
国王が謁見の間に響き渡る声で呼び掛けると、ここに通じる、恐らくは王城関係者のみが使えるのだろうドアを潜って、クシャナ王女殿下が姿を現した。
これは流石の貴族連中も話が通っていなかったのか、それぞれ驚愕の表情が浮かんでいる。
そして、クシャナ殿下が玉座の側まで行ってこちらを向いて停止すると、国王が再び口を開く。
「ここにいるのは、我が娘であり、アルトラ王国第一王女であるクシャナだ。クシャナには、冒険者から貴族になるローゼンクランツ男爵のところへ、貴族のなんたるかを教授しに行ってもらう事となった。これは、ローゼンクランツ男爵に対するクシャナの心配りであり、クシャナ本人から要請があった事である」
その言葉に、貴族のじい様達はいよいよ目が飛び出しそうなほど驚いていた。
それはそうだろう。
何せ、今までどの家に嫁がせるかで剣呑な日々を過ごしていたところに、当のクシャナ殿下の希望で新興の貴族家に行く、なんて事になっているのだ。
正直、オレが当事者でなければ、何かの謀か、そうでなければ新興の貴族家は王家と関わりがあるのかと勘繰ってしまうだろう。
「――は、ははは、ははははは……! このような場で、国王も随分と冗談がお好きなようだ。失礼ながら、クシャナ殿下がどうされると仰ったのですかな……?」
現実から逃避したいのか、貴族のじい様の1人が、ロイ国王に尋ねる。
当の国王はニヤリと口角を吊り上げて笑うと、オレをしっかりと見据えて口を開いた。
「我が娘クシャナは、ローゼンクランツ家に行くのだ。これはクシャナ自身が望んだ事であり、貴族社会に不慣れであろうローゼンクランツ男爵へ、貴族社会におけるあれやこれを教授する為に向かう」
「……は……?」
「そして、ローゼンクランツ男爵をクシャナの婚約者に正式に認める事とする。これもまた我が娘クシャナからの希望であり、クシャナからの希望については十分な検討をした結果として今に至る事を明言しておこう」
いよいよもって、貴族のじい様達が完全にフリーズしてしまった。
どうやら事態の急速な展開速度が、彼らの脳の処理速度を超えてしまったらしい。
そんな中でただ1人コルナート辺境伯だけは、『流石は私の息子だ』とでも言いたげに、腕を組んで目を閉じ、何度も何度も頷いているが。
大人物だよ、あんたって人は。
「また、この度のアラクネクイーン討伐に対し、《黄昏の双刃》クロウ、シオン両名に褒賞として紅貨100枚ずつを与える。これは、また後程渡そう」
紅貨100枚……!?
しかも、オレとシオンにそれぞれって事だから、フェンリル討伐の時の10倍も貰えるのか。
流石は国王、太っ腹だな。
「ありがとうございます、陛下。しかしながら、その……」
「む? なんだ? 遠慮せず言うと良い」
「では……。失礼ながら、私がクシャナ王女殿下の婚約者、というのは……一体どういう事なのでしょう?」
「不満か?」
「いえ、そうではなく。私はそういう話は、生憎と一切聞いておりませんので」
オレがそう言うと、クシャナ殿下は少し驚いた顔をし、ロイ国王はそのクシャナ殿下を一瞥した。
クシャナ殿下としては『自分の意思表示はしたから考えてくれているだろう』とか思ってたのかも知れないが、そんなのは無理だ。
確かに、前向きに考えるとは言った。
だが、それにしたって今すぐに『わかりました、結婚しましょう』とはならないだろう。
そもそもの話、オレは男爵位だ。貴族の位階としては、下から数えた方が早い。
対するクシャナ殿下はアルトラ王家の第一王女で、上から数えた方が早い……ってか、実質トップだ。
常識で考えるなら、家格が違いすぎて婚約は疎か普通に会話する事さえ憚られるのに、どうして婚約の話が通るのか。
仮に、縁談に上がっている貴族の嫡男がロクデナシの阿呆でも、いくらなんでも急ぎ過ぎているのではなかろうか。
「……ふむ。私は既に返答は得られたものと聞いていたがな?」
「正確なお話をさせていただけるのであれば、先日、私が宿泊している宿にクシャナ殿下が護衛を2名連れてやって来たのは確かです。そこでクシャナ殿下のご意志も、確かに確認致しました」
「なるほど。それで、ローゼンクランツ男爵はなんと答えたのかな?」
「端的に申しまして、私は男女が互いをよく知りもしないうちに、やれ婚約者だの夫婦だのといった関係になるのは良くはないと考えています。ですので、クシャナ殿下にもそのようにお答えしたはずです」
「……そうなのか、クシャナ」
「う、む……確かに、そう聞いた……」
苦々しげなクシャナ殿下の返答。
オレだって鬼じゃないから、助け舟の1つでも出してやりたいところだが、今回は我慢して貰おう。
「陛下。そこで先ほどの話です」
「先ほどの話……?」
「はい。クシャナ殿下は、私が貴族に叙される事があれば、領地経営等に関する講師役として私のもとに来ていただける、と、そう仰ったのです」
「ふむ、なるほどな。しかし、婚約にはならぬというのだろう?」
「はい。今の私では家格も、功績も、何より人格も、クシャナ殿下とは吊り合わぬ男でしょう。ですから、婚約やその先の話に関して、首を縦に振るのは出来ません」
「……うむ。それはそうだな」
「なので、クシャナ殿下には申し訳なく、たいへん心苦しくはありますが、その話は保留とさせていただき、然るべき時が来たら返答をさせていただきたいのです」
要するに、『今はお互いの事も何も知らないし、結婚に相応しい立場でもないから、今は保留にして、その辺りをこれから補完させてね!』という事である。
「……うむ。そちら側の意見の確認を怠ったこちらにも非はある。とりあえずは、そういう事にしよう。……だが、そう長くは待てぬぞ?」
「は……。そういえば、私はどういう領地を受け取るのでしょう?」
「領地か。この度ローゼンクランツ領となる地は、港町となる。ソルダルほどではないが、それなりに大きな街と村がいくつかあるな」
「……なるほど」
「それがどうかしたか?」
港町……つまり、海がすぐそこか。
やり方次第だが、海水塩や魚介類の輸出が望めるな。
海水塩の精製方法はまだ確立されてないはずだから、上手く行けば高純度の塩を売って一財産は築けるはずだ。
魚介類に関しては保存状態が問題だな。
塩漬けにでもすればある程度は保存出来るだろうし、干してもいい。
鮮魚を、となると骨が折れそうだが、やってやれない事はないだろう。
領地経営の事も色々考えなきゃならないから、そうなると――。
「――5年。とりあえず5年ください。状況次第ですが、早くても3年以内に最高の港町を作り上げてみせましょう」
「……ほう?」
「そして、それを成せた時は、改めてクシャナ殿下を我が妻に迎えたく」
「……よかろう。ローゼンクランツ男爵の手腕に期待しよう」
「はっ」
「では、後程アラクネクイーン討伐の褒賞を渡す故、別室に案内させよう。コルナート辺境伯、彼らを連れて下がれ」
「はい。――行くぞ、クロウ、シオン」
立ち上がり、ニヤニヤとした笑みを浮かべているロイ国王と、何故か少し頬を赤く染めているクシャナ殿下に一礼してから、コルナート辺境伯の後について謁見の間を後にする。
さて……島国出身者に港町を与えるとどうなるか、思い知って貰おうか。




