第一王女、来訪
『すまない。こちらにクロウという冒険者がいると聞いて来たのだが――』
にこにことした笑顔のまま朝食を食べ進めるシオンを『やれやれ……』と思いながら眺めていると、ふとそんな声が宿屋の入り口の方から聞こえてきた。
今日は来客が多いな……誰だ?
声のした方に振り向いてみると、宿屋のご主人と話している女性の姿が見えた。
歳は……20は超えているだろうか。それでも、20代前半くらいの見た目だ。
長いグラデーションのあるライムグリーンの髪を揺らし、豪奢でありながら実用的なドレスアーマーに身を包んで、腰には直剣を佩いている。
……はて、誰だろう?
冒険者仲間にも、知り合った人の中にも、あんな目立つ見た目の人はいなかったはずだ。
いたら覚えてるしな。記憶力には前世から自信があるんだ。
「……知り合いか?」
「いや、知らないな。だが、名指しで来たって事は、多分面倒事だろ」
「そうかぁ? 良い事だったらどうする?」
「お前に金貨1枚やるよ」
「よし。じゃあ、面倒事だったら俺が金貨1枚払うな」
問答を続けている様子のご主人と女性から視線を外さずに、シオンとそんな話をする。
少しして、どうやら女性の追及に折れたらしいご主人が、こちらを指さしながら何事かを女性に喋っている。
女性はそれに、目を閉じて軽く頭を下げると、すぐに姿勢を戻して一直線にこちらにやってきた。
「失礼する。貴方がクロウ殿だろうか?」
オレの目の前まで来ると、女性は堅苦しい口調でそう尋ねてきた。
こうして近くで見るとよくわかる。
この女性、物凄く美人だ。
ライムグリーンのグラデーションの髪に、金の瞳がよく映えている。
身長は高く、170センチ近くはありそうだ。
背筋が良いから、それも美人に見える要因なんだろうな。
ともあれ、質問されているのだから、答えなければ失礼にあたる。
「如何にも。冒険者のクロウはオレだ。そちらの目当ての人物だったかな?」
「うむ。私が探していた『クロウ』に相違ないと見る。……自己紹介が遅れてすまない。私はアルトラ王国第一王女、クシャナ・レイ・アルトラだ」
「……第一王女様が、何故オレのような下賎の人間を?」
「単刀直入に言おう。――私を娶って欲しい」
武人然とした、凛とした空気を纏うクシャナ王女はなに怯む事なく、スパッと言ってのけた。
こうまでズバリ言ってくれると、いっそ清々しささえ覚える。
「……シオン」
「……クロウ」
咄嗟にシオンの方を振り向くと、視線がかち合った。
どうやら、考えている事は同じらしい。
「「――金貨1枚よこせ」」
オレとシオンの声が、綺麗なハーモニーを奏でた。
◆
「……それで、王女殿下におかれましては、何故に私などのところに来られたので?」
「うむ。先ほども言ったと思うのだがな、私を娶って欲しいのだ」
王女の来訪という事で、オレ達は手早く朝食を済ませて泊まっている部屋に王女共々引っ込んで、詳しい話を聞く事にした。
ちなみに、部屋の外――扉の両脇には、王女の護衛の近衛騎士が2人立っている。
関係ない話だが、金貨1枚は価値観の違いからチャラになった。まあ、これは仕方ない。
「娶って欲しい……とは、また大胆ですね。しかし、殿下と我々では面識もありませんし……何故私なのです?」
「実は、私の婚姻の話が父と有力貴族達の間で上がっているのだ」
「それは……普通の事なのでは?」
「うむ。確かに、国益を思えばこそ、そちらに真剣になった方が良いのだとは思う。だが、私は王女である以前に1人の女だ。我が儘なのは承知の上だが、せめて伴侶くらいは自分で選びたいのだよ」
「……まあ、わからなくはありませんが」
とは言っても、クシャナ殿下は第一王女だ。
結婚相手となれば、他国の王子や貴族の嫡男が適当なところだろう。
国益というか、富国の為の政略結婚だから、普通は殿下の意志なんて無視されてるはずだと思うんだがなぁ。
「ロイ国王は、この事をご存じなのですか?」
「父は……まだ知らない。これは私の我が儘だからな」
「……なるほど」
これは本格的に面識な事になってきた。
あの国王の事だから、今回のアラクネクイーン討伐の功績も考慮して、ある程度までは何かやらかしても見逃してくれるだろう。
もちろん、国王の世話になるような事をするつもりはないが。
だが、今回のこれはそうはいかない。
フェンリル討伐、アラクネクイーン討伐の功績を考えても、平民であるオレが第一王女を娶るというのは、赦されないだろう。
何より、国内の貴族の反発がひどいはずだ。
とは言え……この第一王女様はきっと、その辺りの事は想定しているんだろうな。
見るからに文武両道を地で行っているような人だから、貴族達を黙らせるような何かも用意していると見てもいいだろう。
――それにしても。
「殿下。つかぬ事をお訊きしますが、何故私なのでしょうか? 私はご存じの通り平民ですし、とても殿下に吊り合うような男ではないでしょう」
「その事か。……正直に言って、私は、私に相応しい男は貴方以外にはないと思っている」
「……評価していただけるのは嬉しいのですが、何故でしょう?」
「うん。確かに私達の間に面識はない。……が、貴方の功績――いや、貴方達の功績は間違いなく私の耳にも届いている」
「功績……ですか」
「フェンリルの討伐、王城警備隊の女性部隊を取り巻く諸問題の解決と、それに並ぶ軍部、騎士団の腐敗の表層化への助力。……そして、この度のアラクネクイーンとその子供らしき群れの殲滅。これを功績と言わずになんとする」
「ははは……なかなか耳がお早いようで」
苦笑するしかない。
フェンリルの話なんかはソルダルとロクソールだけの話に留まっていると思っていたのだが、まさか王都にまで波及しているとは思わなんだ。
行商人とか、交易の商人から漏れたって事なのかね?
それに、アラクネクイーンと蜘蛛の群れの殲滅に関しては目撃者なんかいなかったはずだ。
派遣されてやってきた騎士団は早々に退散したし、あの辺りに人影なんかはなかった。
その状況で、おまけに昨日の今日で、よくもまあそんな事を知っているものだ。
「そして父の事だ。恐らく、今回のアラクネクイーン討伐の功績を以て、貴方に叙爵する事だろう」
「……つまり、貴族になると」
「そうだ」
「しかし、そうならなかった場合はどうするんです? いや、仮に私が貴族になったとしても、私達はお互いを知らない。そんな状態で結婚する気にはなれませんね」
何はともあれ、そこだ。
いくら美人だろうと、可憐だろうと、理想のタイプに100パーセント合致した人間であろうと、ロクに知らない人間を妻にする気はない。
世の中には、付き合ってからお互いを知ればいい、みたいな考えの人もいるらしいが、とてもじゃないがオレはそんな気にはなれない。
「……ふむ。いや、それもそうか。では……そうだな。もし貴方が叙爵されなければ、冒険者として行動を共にしても構わないだろうか?」
「……叙爵された場合は?」
「その時は、私が領地経営に関する講師役という事で領地に同行したい」
「なるほど……殿下はなかなか強かな御仁であるようですね……」
オレがそう言うと、殿下は『そうだろう?』とばかりに、したり顔でこちらを見てくる。
なるほど。堅物かと思いきや茶目っ気も持ち合わせている……か。厄介だな。
何が厄介って、オレは前世からこういうタイプの歳上の女性に弱いんだ。
我ながら情けない話だが、弱いものは弱いんだ。あと、ヴァイスみたいなタイプも無性に世話を焼きたくなってしまう。
……なんでだろうな?
「……ともあれ、お話はわかりました。今すぐにの返事は致しかねますが、前向きに考えておきます」
「うむ。いやはや、いきなりに失礼した。ロクでなしの阿呆嫡男と結婚させられるのかと思うと、居ても立ってもいられなくてな」
「心中お察ししますよ……」
「ありがとう。それでは、私はこれで失礼しよう。先触れもなしに朝からすまなかったな」
「いえ。また何か、誰かの力を借りなければならない時は是非お声を。微力ながら、この相棒と共にお力添えいたしましょう」
「ふふ……それは頼もしい事だ。ではな」
殿下はスッと手を挙げて挨拶の代わりにすると、すぐにドアの向こうに消えていった。
なんだかなぁ……。
アラクネクイーン出現から色んな事が起きすぎてないか……?
……まあ、世の中は所詮ケ・セラ・セラだな。




