また別の出会い方
少し長めです、ご注意下さい。
人間専門の戦争屋。
騎士団に対するオレのイメージはそんなものだった。
鉄の板金を全身に纏い、腰に佩く直剣を手に執って、同類相手に血の雨を浴びる。
飽くまでも冷徹に、どこまでも残酷に、たとえ昨日まで隣で同じ釜のメシを喰っていたとしても、国に仇なせば殺す。国害は処する。
ハッキリ言えば、血も涙もない殺人機械。そういう風に思っていた。
ぶっちゃけ、前世の警察もそんなもんだと思ってた。国に保護された、ロクに仕事をしない金喰い虫の犬畜生。
まあ、中には真面目な警官や刑事もいたんだろうが、綺麗であるが故に少数の汚物が目立つ。
そして、人間は見たいものしか見ない。
オレもまた然り、だ。
しかし、現実として、騎士団って連中はなかなか捨てたもんでもない。
騎士団の連中を戦線に加えて、既に30分は経っているだろうか。
連中は4人1組で1匹の蜘蛛を相手しているが、存外に殲滅速度が速い。
オレとシオンで1時間やってあっぷあっぷしてたのが、今では蜘蛛の勢いはすっかり衰え、少し果てに手が届きそうだ。
まあ、今まで『多勢に無勢』だったのが『多勢に多勢』になったのだから、当たり前とも言える。
だが、そうなると、新たな不都合が出てくる。
国民の安全が脅かされていると知った国家元首がとる行動とは?
そう、迎撃である。
己が臣民を守護するためには、軍事力の放棄とか平和がどうとか、憲法9条が云々とか、そんなくだらん事には係っていられないのだ。
――要するに。
「クソ、ついに現れたか。アラクネクイーン……!」
蜘蛛の群れの奥。
未だこちらに押し迫る蜘蛛の波を割るようにして、1匹の巨大な蜘蛛がやって来ている。
いや、果たして蜘蛛と呼んで良いのだろうか。
通常の蜘蛛の頭にあたる部分には、黒いショートヘアの人間の女性の、腰から上が生えている。
服などは着ていない。ありがとうございます!
……ともかく。
蜘蛛部分の身体の大きさは、周りの蜘蛛より一回りは大きいだろうか。
足元は群れに隠れてよく見えないが、なかなか鋭そうで、あれなら鋼鉄の鎧もさながら紙のように貫いてしまうだろう。
「……やっぱり、騎士団には荷が重いな」
アラクネクイーンに目を向けながら虚空に呟く。
騎士団の連中には絶対に任せられない。
Sランクに片足突っ込んでるだけのフェンリルとはまるで違う、圧倒的なまでの存在感と威圧感。
これがSランクかと、果たして敵うのかとさえ考えてしまう。ある種の絶望感にも似た感情が、段々と心を支配し始める。
――カラン、と何かが鳴った。
そして、ひと度鳴ればあとは音の雪崩が如く、周囲から何かが鳴る音が立て続けに聞こえてきた。
「――う、うわああああああっ!!?」
「ば、バカ野郎! 逃げる奴があるか!」
悲痛な叫びと怒号、そしてガシャガシャと鳴りながら遠ざかっていく、板金の擦れ合う音。
振り返るまでもない。
『何があった?』なんて訊くまでもない。
正常な人間なら、まずそうする。
――つまり、逃走。
そしてやはり、1人逃げ出せば、あとは連鎖的にそれに続く。
自尊心とか、騎士団の矜持とか、騎士の尊厳とか、そんなものは役に立たない。
圧倒的恐怖に、普通の人間は、逃げるしかない。
「……逃げた、か」
改めて口にして、周囲を見渡す。
投げ出された直剣、地面に転がるシオンと崩れているフレイ、そしてオレ。
眼前にはまだ多くいる蜘蛛の群れと、アラクネクイーン。
それ以外には、もう何もない。
勇んで助太刀に来たらしい騎士団は、1人の例外もなく、その全てが姿を消していた。
情けない、とは言わない。
普段は人間しか相手にしてないくせに、魔物相手によくやったと、むしろ称賛してやりたい。
しかし。
「蜘蛛だけは全滅させてってくれりゃいいのに」
アラクネクイーンは無理にしても、蜘蛛の群れを全滅させるまでは頑張って欲しかった。
まあ、アラクネクイーンが出てきた今となっては、およそ無理かも知れないが。
「……アラクネクイーン単独討伐、か。往年の狩りゲーなら称賛ものだな」
なんて軽口を叩いてみるが、やはり心許ない。
せめてシオンが起きていてくれたなら、それでいて万全の体勢だったなら、あるいは勝ちの目もあったのかも知れない。
それでなくても、後ろにいてただ声援をくれるだけでもいい。
なんというか、それだけでも頑張れそうな気がするんだ。たぶん。
「そろそろ半年か。……シオンには、本当の事を言ってもいい……かもな」
本当はこの世界で生まれたんじゃない事。
山育ちでもなければ、師匠なんてものもいない事。
他にも明かさなきゃならない事は色々ある。
死ねない。
死んでも死ねない。
だって、まだ――
「――異世界生活半年もいってないんだぞ!」
右手の『鴉』を握り直して、蜘蛛達の先にいるアラクネクイーンを見据える。
下半身は蜘蛛とは言え、裸のお姉さんを手に掛けるのは非常に……非常に心苦しくはあるのだが!
なんならちょっと胸揉んだりとか、キスしてみたかったりはするのだが!
しかし、斃さねばならない。
男としてはかなり惜しい存在ではあるが、野放しにしていては思わぬ被害が出る事になる。
後顧の憂いは絶っておくべきだ。
「よし……やるか」
今までこの肉体の身体能力だけで戦ってこれたからこそ使わなかったが、事ここに至ってはそんな自重をしているわけにもいかないので、シオンにもかけた補助魔法を自分にかける。
「――いくぞ」
誰に言うでもなく呟き、『鴉』に魔法で炎と風を纏わせて横薙ぎに一閃する。
振り抜くと共に発生した炎と風の巨大な刃は、一直線に蜘蛛の群れを斬り裂き、燃やしながら進み、数百という蜘蛛を殺してから消えた。
最初からそれやれよ! と思われるだろうが、正直なところ、ここまでの事が必要になるとは思っていなかったのだ。
赦して欲しい。
しかし、そうして大量の蜘蛛が殺されると、生き残っている蜘蛛達は怒り狂うわけで。
「――うおっ!?」
殺気に満ちた、爪での攻撃やタックルが四方八方からやって来る。
それらをステップで躱し、『鴉』でいなし、防いで、どうにか難を逃れる。
本当なら空でも飛んで魔法を撃ち込みたいところだが、蜘蛛ってヤツは種類によってはかなり跳ぶし、何より糸に絡め取られるのは避けたい。
死ぬなら、今度は老衰で死にたいんだ。
不老長寿だけどな!
「……まずいな」
蜘蛛達を殺されたからなのか、アラクネクイーンがひどく怒っているように見える。
アラクネクイーンの生態なんぞロクに知らないから、長期戦は避けて短期決戦に臨むべきだろう。
相変わらず、シオンやフレイの方に蜘蛛が行かないのだけが救いだ。
あるいは、エサだからと見逃されてるだけかも知れないが。
ともあれ、真空の刃は蜘蛛は避けられないものと判断して、風と火の属性だけで刃を飛ばし、蜘蛛を駆逐していく。
右に一閃、左に一閃、前にも一閃。
ばったばったと斃れていくが、あとからあとから湧いてくる。本当にキリがない。
「……お?」
そうして蜘蛛を斬り続けていくらか経った頃、ついに痺れを切らしたのか、アラクネクイーンがグッと地面を蹴って跳躍し、ズンッ、と目の前に降り立った。
「……人間。なぜ我らを殺す」
「……喋った……?」
目の前にいるアラクネクイーン。その女性部分が口を開き、声を発した。
まあ、仮にも『王化』してるわけだし、そういう事もあるのかも知れない。
あるいは、人間を喰った事で、そういう進化をした……とか。
「何故、我らを殺すのだ」
「……逆に問おう。お前は人間を殺してきただろうに、どうして自分達は殺されないと思うんだ」
「人間とて家畜を殺して喰うだろう。それと同じ事だ」
なるほど、確かに道理かも知れない。
「言い分はわかるが、同じ事だと言うからにはお前達を殺す理由もわかるだろう?」
「……では、どうしろと言うのだ」
「知らん。とにかく、オレ達は、どちらかがどちらかの糧となる関係だ。世の中には魔物を従える人間もいるらしいが、お前だけならともかく群れの蜘蛛は見逃せないな」
「我が子を手にかけろと言うのか」
「それが出来ないから殺すって言ってんだろ」
「……なぜ殺すのだ」
「脅威だからだよ。人間にとって、魔物とは恐ろしいものだ。恐怖を感じる原因は排除するしかない。そうしなければ、人は健全には過ごせない」
「……だが、我らはただここで生きていただけだ」
「みんなそうだよ。お前らが襲った人間も、ただ生きていただけだ。ただ生きていただけ……なのに、お前らのエサになった。そうだろ?」
オレの言葉に、アラクネクイーンは少し沈んだような表情で沈黙した。
……これから先にも、こんな事はあんのかな。
言葉は通じるけど殺さなきゃいけない……そんな事が。
知性なき獣なら……楽だったのにな。
「……どちらかが退かねばならないのなら、我らが退こう。どのみち、我らは少し増えすぎた」
「……そうかい」
「殺したのだ、殺されもする。それに文句を言うのは……違うだろう」
「まあ、そうだな。……そうだ。オレ、神様に知り合いがいるんだよ」
「ほう……?」
「お前の魂は、魔物にしとくには惜しいもんだ。だから、次は人間として生まれられるよう掛け合ってみる」
「……何故だ」
「オレが、お前が欲しいからさ」
このアラクネクイーンは、群れの蜘蛛達は、もう人間側に被害を出してしまった。
だから、魔物を従える事……つまり、従魔には出来ない。
だが、ここで捨てられない。
仕方がない。理屈じゃないんだ。
高潔とも言うべきこのアラクネクイーンを、オレが欲しい。魔物で無理なら、せめて人間に転生して欲しい。
そうした上で、欲しい。
「……おかしな人の子だ」
「言ってろ」
「名は?」
「クロウ。あるいは、朝霧出雲」
「――日ノ本の生まれか」
アラクネクイーンが呟くように漏らした言葉を、オレは聞き逃さなかった。
『日ノ本の生まれか』だと……?
「お前……いや、あんたは……!?」
「詮無き事だ。それより、そろそろ殺せ。我らと語らうところを見られれば不都合だろう」
「……本当に、良いんだな?」
やる事は変わらないのに、なんとなく訊いてしまった。
同郷の人間だったとしても、どちらかが殺されなければ解決はしないのに。
そんなオレの問いにアラクネクイーンはこくりと頷くと口を開く。
「構わん。蜘蛛の生も、そろそろ飽いた」
「――そうかい。……あんた、名前は?」
「我はアラクネクイーン。それ以上でも、それ以下でも、それ以外の何者でもない」
「それは――」
「しかし……人であった頃は、時雨、と名乗っていた」
「……そうかい」
「……己の側にあるもの。それを守る事を躊躇うな、クロウ。己こそが正しいと、傲慢になれ。でなければ、失い難きを失うぞ」
最後の一線を越えさせるように、アラクネクイーンの言葉が背中を押す。
失い難きを失う……か。
やれやれ、魔物に慰められてちゃ世話ないな。
「……ふむ、クロウ。少しこちらに」
「不意討ちか?」
「そんな事はせん。とにかく来い」
言葉が通じるとはいえ、『かかったな、アホが!!』をされちゃかなわない。
そう思って最大限警戒しながら近付くが、アラクネクイーンは何もせず、女性部分を目の前まで降ろしてくる。
「我の核はここだ、クロウ」
そして、とんとん、と人差し指で人間なら心臓がある部分を叩いた。
それよりおっぱ……いや、なんでもない。
「――また会おう、時雨」
「うむ。また見えよう」
アラクネクイーンはそう言うと、ふわりとオレを抱きしめ、額にキスを落とした。




