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女になった相棒と行く異世界転生冒険譚  作者: 光月
女になった相棒と行く異世界転生冒険譚
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夏になると妙に蜘蛛が増えた気がするよね


「アラクネ?」

「うん」


 フレイたち王城警備隊第3隊がソルダルにやって来て、早くも2ヶ月が経過した頃。

 異世界に転生して初めての夏をそれなりに楽しんでいると、いつものようにヴァイスに呼ばれ、依頼の話をされた。


 いわく。

 王都から更に東に行ったところの街道に『アラクネ』が棲み着き、時折商隊を襲ったりしているという。

 犠牲になった商隊の数は少なくとも10は下らなく、近隣にはアラクネに対応出来る実力者もいないので依頼がソルダルまで回ってきたらしい。


「うん、じゃねえだろうが、このズボラエルフ」

「えぇ!?」

「なんでそんなとこまでオレ達が行かなきゃなんないんだよ」

「いや、ほら、《黄昏の双刃》は私のギルドの所属パーティでも指折りの実力派だから……」

「だから?」

「斃してきてくれたら……嬉しいなぁ、と」

「やだよ」


 ところで、自慢ではないがオレは夏が嫌いだ。

 暑さというヤツは薄着してなお緩和出来ているかわからず、日光は肌を焼き、上がった気温は食べ物を早くに腐らせていく。

 特に、米を暗所でもない場所に放置しようものなら、中から虫が湧いて家中這い回られる事になる。……まあ、保管場所が悪いと言えばそれまでだが。


 ともあれ、夏というヤツはおよそ害しか及ぼさない。

 ビールが美味いとか、海が楽しいとかはあるが、ビールはいつでも美味いし、夏じゃなくても海は楽しい。


 そして、今はその夏だ。

 そんな時にわざわざ王都の向こうまで行けだなんて、こいつは何を考えているんだろう。


「頼むよ、クロウ。私もう、《黄昏の双刃》を向かわせる、って言っちゃったんだから」

「脳ミソ茹だってんのか、お前。おいシオン、どっかから冷水貰ってきて。夏でも寒さを感じるくらい冷たいやつ」

「ま、まあまあ。いいじゃねえか、クロウ。ヴァイスのアホさ加減は今に始まった事じゃないだろ?」

「うんう……ん? あれ? ちょっと待ってくれ。シオンは私の味方ではなかったのか?」

「俺は正しい方の味方だ」

「……まあ、そういうわけだから他当たってくれ。大体、アルトラには他にも実力者はいるだろ?」


 毎度毎度、当たり前のようにヴァイスからの依頼が舞い込んでくるが、よくよく考えればオレ達以外にもアルトラ王国にはAやSランクの実力者がいるはずなのである。

 だと言うのに、このクソズボラ無詠唱アルビノエルフは、どうして毎度毎度オレ達に依頼を持ってくるのか。


「……………」

「なんとか言えよ、ヴァイス」

「いや……その……な?」

「『な?』じゃねえよ! それじゃ何もわかんねえだろ!」

「……怒らない、か?」

「それはわからん。怒るかも知れないし、怒らないかも知れない。……でもな、ヴァイス」

「……うん?」

「少なくともオレは、お前を友人だと思ってるよ」


 次に体よく利用しようとしたら絶対に赦さないけどな。


「そうか! シオンは、どうだ……?」

「俺は……まあ、クロウが良いならいいよ。フェンリルの一件じゃ、割りを喰ったのは俺よりクロウだし」

「あ……いや、その……その節は本当に――」

「いいから、早く言え」

「うん……。いや、な? 実は、今、各街にいるギルドマスターは大半が私の教え子なんだが」


 あ、読めたぞ……?

 いやでも……まさかな。ヴァイスだってギルドマスターという責任ある立場のエルフなんだ。

 まさかそんな、バカみたいに利己的な理由であるはずがないさ。


「その……教え子から助力を請われたら、やっぱり、良い顔したいだろう……?」


 前言撤回。

 やっぱクソズボラエルフだわ、こいつ。


「……よし!」

「受けてくれるか!?」

「シオン、下で依頼見ようぜ」

「おう。今日どんなのにする?」

「あー……討伐系? でも、いつもやってるよな」

「だな。護衛にするか?」

「それもアリかなぁ……」

「ちょっ、待っ、いったい! 待って! 待ってって! 頼むから待ってくれ!」


 さあ撤収だ、とソファから立ち上がってドアの方に向かうと、応接用のテーブルに脚を強かにぶつけながらも、オレの腰にまとわりついてくるヴァイス。


「……ヴァイス」

「う、うん。なんだ?」

「……『待ってください、お願いします』だろ?」

「……ま、待ってください。お願いします」

「よし、待ってやろう。……しかし、お前はどうしてそう残念美人なんだ」

「美人!?」

「都合の良いセリフだけ抜き取るんじゃない、まったく……」


 取り縋ってくるヴァイスを引き剥がして、再びソファに腰を下ろす。


「あのな、ヴァイス。オレ達はお前専用の便利屋じゃないんだぞ」

「それはわかっているよ。けれどね、私にも張りたい見栄というものがある」

「おうふざけんなよクソエルフ。その耳引きちぎるぞ」


 まったく。真面目な顔をしたかと思えばこれだ。話にならん。


「……まあ、アラクネに興味がないではない」

「本当か!?」

「どんなもんか見てみたい、ってのはあるな。シオンはどうよ?」

「アラクネってあれだろ? 半分人間で半分蜘蛛の……」

「そうそう。人間部分が基本的に女性で、裸のやつな」

「まあ、今まで見た事ないし、興味あるっちゃあるかな」


 なるほど、シオンも段々と魔物に興味が向いてきたようで何よりだ。

 孫子に曰く『彼を知り己を知れば百戦危うからず』。敵になる存在の生態を知っておけば、大体対応出来るもんだ。


「ただし、ヴァイス。それと依頼とは別だ」

「なんと……!?」

「いや、普通そうだろう。大体、お前がそうして教え子に『ええ格好しい』をしたいが為にオレ達を頼られても困る。お前では到底支払えないような報酬を要求したっていいんだぞ」

「……いや、うん。わかってはいるんだ。私もギルドマスターであるし、それでなくともエルフとして永き時を生きてきた。ただ、なんというかな……そうして頼られていると思うと、どうしても無下に出来ないんだ」


 孫におねだりされてるお祖母ちゃんじゃないんだぞ。


「あのなぁ……」

「わかっている。わかっては、いるんだ……」

「そこで自制するのが、出来た先生ってもんだと思うけどな」

「……耳の痛い話だ」

「……まあ、いいさ。オレが同じ立場なら、理由はどうあれ、力になってやりたいと思うだろうしな」

「はぁ……ほんと、クロウは優しいよなぁ……」

「悪いな、シオン。今回も振り回して」

「いいよ。俺はクロウのそういうとこが好きなんだ。うん……好き……」

「ああうん……そりゃどうも」


 頬を赤く染めて、呟くように『好き』と繰り返すシオン。

 女になってから2ヶ月経って、本人としては頑張っているつもりだろうがやはり身体に心が引っ張られているようで、最近は女らしい仕草も増えてきている。

 そのおかげでオレもドキドキするタイミングが増えてきたのだが……完全に女になってしまうのは、果たしていつになるやら。


 ただ、こうして徐々に女らしくなっていくのは、オレとしては少し嬉しい事でもある。

 女になったからって、最初からいきなり女らしくなられてたら、確実に対応に困っていただろうからな。


「とりあえず、アラクネの件は了解した。体よく利用されている気がしないでもないが、いざとなればどこぞかに消えればいいんだしな」

「すまない、クロウ……」

「ギルドマスターの頼みとあれば、オレ達冒険者には是非もないだろ」

「いや、それは、あの、いや、そんなつもりでは……!」

「わかってるよ。ちょっとした冗談だ。シオン、先に行って必要なもの買い足しておいてくれ」

「お前は?」

「こいつに説教してから行くわ」

「了解。じゃあ、適当に買っとくわ」

「よろしく」


 ドアの向こうに消えるシオンを見送ってから、ヴァイスに向き直る。


「私は、説教をされるのかい?」

「ああ、そうだ。嫌か?」

「嫌……ではないが、説教されるような事はした覚えがない」

「ほざけ。お前はオレに説教されるような事しかしてないだろ」

「……そうか?」

「やれやれ……。まあ、それはいいんだ。説教は半分本当で半分嘘だからな」

「そうなのか? ふむ……じゃあ、なんだ?」

「うん。お前、最近いつ寝た?」

「……いや、セックスは生まれて1度も――」

「アホ。誰が男と寝たって訊いたよ」

「数時間前に摂ったぞ?」

「そういうのは目の下の濃い隈を消してから言うんだな」


 ギルドマスター業はなかなかどうして忙しいのか、ヴァイスの目の下には、締切に追われた漫画家もかくやというような隈がしっかりと刻まれていた。

 正直ちょっと、痛ましさすら感じる。


「む……仕方ないだろう? 忙しかったんだ」

「はいはい……『眠れ』」


 言葉と同時にフィンガースナップを1回鳴らすと、フッとヴァイスの全身から力が抜け、瞼を閉じたかと思えばソファの背凭れに凭れて寝息を立て始めた。


「下の人間にどれだけ苦労かければ気が済むんだろうな、こいつは。まあ、しばらく寝てろ。起こさないから」


 ソファから立ち上がり、そう言いながら、ホロスリングから取り出した夜営用の掛け布団用毛皮をかけると同時に、ソファに身体を横たえさせてやる、

 ギルドマスターが潰れたら、いざという時にソルダルのギルドが機能しなくなる(おそれ)があるからな。


「……にしても、流石は無詠唱の開祖だな。初歩的な睡眠の魔法なのに、魔力をごっそり持って行かれた。魔力の高さは魔法抵抗力の高さってのは、嘘じゃないんだなぁ」


 そう独りごちてから、いきなり眠らせたお詫びにヴァイスの頭を撫でて、額に口づけを落としてから、執務室を後にする。


 下まで下りると少し暇そうにしているレインが見えた。

 一応、状況を説明しておくか。


「おーい、レイン」

「あら、クロウくん。ギルドマスターへの説教は終わった?」

「まあな。でさ、しばらくヴァイスのとこには誰も行かせないでやってくれないか?」

「いいけど……なんで?」

「いや、隈が酷かったんで眠らせたんだけど、思いの外深く眠らせちゃったんだよ。多分、丸1日は起きないだろうから」

「りょーかい。ごめんね、うちのギルドマスターが色々面倒かけて」

「いいよ。じゃ、アラクネ討伐行ってきます」

「はーいっ! 気を付けてね!」


 レインの言葉に片手を挙げて応え、ギルドの外に出る。


 さて……シオンと合流して……どうしよう。

 道案内にフレイでも拉致ってくるか。今どこにいるんだっけ?

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