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定宿を決めよう

相棒シオンが女になるのには、今しばらくお待ちを……

前段階を書かないと納得出来ない性格なのです……


「なあ、クロウ。なんで別の受付嬢に声をかけなかったんだ?」


 レインに教えてもらった《黄昏の水面亭》への道を歩きながら、シオンがそういえばといった様子で訊いてくる。

 まあ、確かに、シオンに先を譲った時点で他の2人の受付嬢のどちらかに声をかけて手続きをしてもらえば良かったんだが、シオンの事が妙に気になって、そこまで気が回らなかったんだよな。

 いや、別に男色ってわけじゃないけどさ。

 それに、パッと見た感じだと、他の受付嬢2人よりはレインの方が仕事を丁寧にやりそうに感じたからというのもある。

 ……いや、単にオレがあの狼の獣人を気に入ったからなのかもな。


「さあな。自分でもわかんねえよ」

「なんだそりゃ」

「ま、別にいいだろ。そういえば、シオン。お前、金はどれくらい持ってんだ?」

「……なんで?」

「なんでって事はないだろ? 《黄昏の水面亭》は値が張るらしいしな」

「おう。……それで?」

「はぁ……。お前、パーティを組んでる相手に自分の分の宿代も払わせる気か?」

「あっ、そうか!」


 オレの言葉で漸く思い至ったのか、シオンがそんな声をあげる。

 おいおい、勘弁してくれよ……?


「んー……でも、そんなに持ってないな。銀貨が数枚と、あと銅貨だな」

「そんなもんか……」

「クロウはどうなんだ?」

「金だけは大量に持たされたな。自分で稼ぐんだし、あんまり要らないんじゃないかって思ってたが、そうでもなかったみたいだ」


 こっちの世界でどれだけ稼げるかわからなかったから、アイテムボックスに入ってる金銭は果たして過剰なのでは、とか思っていたりしたのだが、どうやらそうでもないらしい。

 《黄昏の水面亭》の宿代がどれほどかはわからないが、どうにも、オレがシオンの分まで支払う事になりそうだ。


「お、これか?」


 冒険者ギルドから歩いてしばらくの場所。距離にして大体10メートル前後のところに、朱色の木材で出来た看板を提げている建物があった。

 敷地内と思われる場所には、やはり馬車で来る人間もいるのか厩舎や馬車用の車庫があり、なかなかの大きさを誇っている事から格式の高さを窺わせる。

 さて、では肝心の宿屋本体はどうか、といったところなのだが。

 こちらはこちらで、結構な大きさをしている。1階層5部屋の2階建てアパートくらいの大きさといえば、大体は伝わるだろうか。

 ただ、横の大きさはそうなのだが、縦の大きさは2階建てと3階建ての中間くらいの大きさがある。大きさと言うか、高さだが。

 ともあれ、『ここが《黄昏の水面亭》だ』と言われたら、間違いなくそうだと思える建物だ。

 肝心の宿代だが、1人あたり銀貨2枚か3枚は取られそうだ。


「こ、ここか……?」

「いや、わからんが……まあ、入ってみよう」


 なかなかにデカい宿屋を見たからか腰が引けているシオンを連れて、早速、ウエスタンドアを開けて中に入る。

 ドアの先は、宿屋と言うには少し豪華な気もする内装だった。並べられたテーブルにはギルドと同じように4つの椅子が配置され、奥の方にはバーカウンターのようなものがあり、更に奥には厨房があるのだろう事が窺える。

 右手側には2階に続く階段があり、宿泊用の部屋は全てが2階にあるらしかった。


「いらっしゃい。お客さんか?」


 前世でも見る事のなかった内装に少し驚きながら観察していると、肩までのセミロングの紅髪に勝ち気そうに吊り上がったエメラルドグリーンの眼、大きすぎず小さすぎないサイズの胸を持ち、ワンピースタイプの衣服の上からエプロンをした、17~19歳くらいの女の子が話しかけてきた。

 恐らくだが、言葉から察するにここの従業員なのだろう。


「……………」

「……おい? どうしたんだ?」

「あ、いや、悪い。少しボーッとしてた。ところで、ここは《黄昏の水面亭》に間違いないのか?」

「ああ! 確かにウチは《黄昏の水面亭》だぜ! ……見たところ、冒険者か? しかも駆け出しっぽいな」

「さっき登録したばっかりなんだ。オレはクロウ、こっちの金髪はシオン。ギルドのレインに、メシが美味くてサービスが良いけど、少し値が張る宿屋だって紹介されて来たんだ」

「あー、レインさんの紹介か。でも、宿代払えんのか? ウチは料金先払いで、素泊まりなら1泊銀貨2枚。朝晩のメシ付きで銀貨3枚と銅貨5枚だぜ?」

「部屋割りか? それとも人数割り?」

「ウチは部屋割りだな。人数割りも珍しくないけどな」

「そりゃよかった。じゃあ、2人部屋を頼みたい。期間は……とりあえず2週間かな」

「2人部屋か……」

「……もしかして、ないか?」

「ああ。って言っても、全く無いってわけじゃないんだ。2人部屋は2人部屋なんだが、大きめのベッドが1つだけの部屋が空いてる」


 大きめのベッド……セミダブルくらいのベッドだろうか。

 まあ、宿側にも宿側の都合ってヤツがあるわけだし、相部屋って言うか、同室の相手が男だって事に眼を瞑れば2人でベッド1つでも、正直苦ではない。

 とはいえ、一応シオンにも確認を取っておかないとな。


「シオン。お前はそれで問題ないか?」

「……………」

「おい、シオン!」

「あっ、ああ……! な、なんだ?」

「2人部屋はベッド1つのとこしか無いんだってよ。オレは問題ないけど、お前はどうだ?」

「ベッド1つか……」

「まあ、もしアレなら1人部屋を二人分ってのもアリだが……ちなみに1人部屋の空きは?」

「残念ながら1つしか空きがないな。……ああ、なんならそっちの金髪が1人部屋使って、銀髪のあんたはアタシと一緒に寝るかい?」


 ククク、と悪戯っぽい笑みを浮かべながら女の子が言う。

 おいおい、異世界の貞操観念ってのはどうなってんだ?


 突然の提案にイエスともノーとも言えずに立ち尽くしていると、女の子は『流石に冗談だよ、今はな』と思わせ振りな発言で〆た。


「まあでも、ウチは部屋割りだから、どっちかが1人部屋でもう片方が2人部屋ってのもアリだぜ。本当は勘弁願いたいけどな」

「シオン、どうすんだ? お前の判断待ちだぞ」

「あー……ちなみに値段は?」

「メシなし素泊まりが1泊銀貨2枚。メシありだと銀貨3枚と銅貨5枚」

「うげっ、そんなすんのか!?」

「まあ、高級宿って事なんだろ。ギルドの職員がオススメするくらいだし、それだけ払う価値はあるんじゃないか。なあ?」

「おう! うちはソルダルで一番の宿屋だぜ」


 紅髪の女の子が腰に手を当て、胸を張って堂々と告げる。


「だそうだ。どうする?」

「……わかった、2人部屋に2人で泊まろう。クロウ、変な事すんなよ」

「アホか。オレは普通に女の子が好きだよ」

「そ、そうか……。悪い」

「いいよ、別に。じゃ、2人部屋を頼む。宿代は、えーっと……2週間分だから……」

「おいおい、日数もわかんねえのか?」

「ちょっとど忘れしただけだよ」


 本当はこの世界での1日の時間や1週間の日数、1ヶ月の日数、1年の日数がわからないから不安なだけなんだが、それは言えない。

 ていうか、天照サマにはその辺りのサポートもして欲しかったよなぁ……。

 もしかしてアレかな? 実は前世とあんまり変わらないから、わざわざ説明する必要もないだろうって判断かな?


「しっかりしろよ、クロウ。1日24時間、1週間は7日で1ヶ月は30日、1年は360日だぞ」

「ああ……そうだったな。助かったよ、シオン。今まで時間や日数なんか気にした事なかったからなぁ……」

「銀髪のあんた、一体どんな生活してきたんだ?」

「今まで山奥で武術と魔法の師匠と暮らしてたんだ。朝となし夜となしに過ごしてたから、感覚が思い出せないんだよな」

「それなら仕方ないか」

「悪いな。……で、2週間分だから、金貨6枚だな。釣りは……まあ、いいか。あんたの小遣いにでもしてくれ」

「おっ、太っ腹だな。好きだぜ、あんたみたいな奴」


 女の子は、頬を僅かに上気させ、はにかみながら言った。

 おい、なんだ。なんだこれは。オレをこんなにドキドキさせてどうしようって言うんだ。


「……おっと、そういえばまだ名前言ってなかったな。アタシはジュリアスって言うんだ。気軽にジュリーって呼んでくれ、クロウ、金髪」

「ああ、よろしく」

「ちょっ、待てよ! なんでクロウは名前呼びで、オレは金髪呼びなんだよ!?」

「お前は金を払ってないからな。文句があるならちゃっちゃと稼いで、半額の金貨3枚をクロウに支払ってからにしな」

「ぐっ……ぐぬぬぬ……」

「くっくっく……。まあ、頑張ろうぜ、シオン。ジュリーが呼ばなくてもオレが呼んでやるから、そう気を落とすなよ」

「くそぉ……ズルいぞ、クロウ!」

「はいはい、悪かったな。で、ジュリー。部屋はどこだ?」

「階段上がって一番奥だな。ちょっと遠いけど、勘弁な」


 申し訳なさそうな顔をして右手を顔と垂直にして謝るジェスチャーをするジュリー。

 勘弁な、とは言うが、宿の構造がそうなっているんだから、文句のつけようがないだろう。


「……なあ。なんかクロウ、ニヤニヤしてないか?」

「ん? そうなのか? 自分じゃわからないけど」

「ニヤニヤしてるぞ。ジュリーに名前呼ばれるのがそんなに嬉しいのか?」

「まあ、それもある。それより、社交辞令でも好きだって言ってくれた事の方が嬉しいけどな」

「ばっ……! あ、あれは、そういう意味じゃねえよ!」

「そんな赤くならなくてもわかってるって。んじゃ、早速部屋に行くか」

「そうだな」

「あ、おい! 朝メシは6時から9時、晩メシは7時から10時だからな! 忘れんなよ!」


 背後の階段の下から聞こえてきたジュリーの声に『わかった!』と返事をしつつ、シオンと一緒に割り当てられた部屋に向かう。


 この日はそれから、オレはギルド近くにあると言う図書館で情報収集をし、シオンは街を見て回る事にしていた。

 本格的な冒険者稼業は明日から、という事になっている。


 ちなみに、《黄昏の水面亭》のメシは、メチャクチャ美味かった。

 これがこれから2週間、朝晩2回喰えるなんて、幸せにも程がある。



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