神造の刀、その一撃 それによる騒ぎ
「え……?」
誰のとも知れない、そんな驚きの声が漏れ聞こえてきた。
それは、片方が負けた事に対する驚きなのか、あるいは勝った事に対する驚きなのか、それともその両方か。
ともあれ、勝敗は決した。
勝つべくして勝ち、負けるべくして負けた。
勝ったのは――王城警備隊第3隊、メロウ・モルガーナだった。
「……私、勝ったんです……よね?」
一度は『勝った』と口にしたメロウが、しかし未だ実感出来ていないようで、何故かオレの方を見ながら問うてくる。
「そうだ。お前が勝ったんだ。役立たず部隊――いや、王城警備隊第3隊所属、メロウ・モルガーナ」
「~~~~っ!!」
ニヤリと笑いかけながら言ってやると、メロウは歓喜に震える自分の身体を押さえつけながら、しかし顔ばかりはそうもいかなかったようで、ニヤニヤとした嬉しそうな笑みを称えていた。
「……ま、オレがちょっと細工したから、完全勝利とはいかないけどな」
「……細工?」
「ああ。そこの第1隊の騎士。お前、戦闘の最中にメロウの幻影が見えたろ?」
「そうだが……まさか、お前が……!?」
「まあ、本当は何かあった時の保険として付けてたんだが、お前がそのドレスアーマーに攻撃したせいで起動しちまったんだ。悪いな」
「ふざけるな! それじゃあ、俺が勝ってたかも知れないだろうが!」
「それは絶対にあり得ない。たとえ天地がひっくり返っても無い」
「そんな事――」
「わかるんだよ、そんな事くらいは。シオンにだって理解出来てる。なあ?」
隣にいる相棒に話を振る……が、その相棒はにっこり笑って首を傾げた。
ええい、クソッタレ! 嘘でもいいから肯定したらどうなんだ!
「……あのなぁ」
「いや、うん、なんとなく? なんとなくはわかるよ? ほんとに。でもほら、わからないフリしてた方がクロウとしては良いじゃん?」
「頭痛くなってきた……」
飽くまで『理解しているフリ』をする相棒に、頭に手をあてて溜め息を吐く。
「で、なんでだよ。あり得ないのは」
「ああ、うん、そうだな。説明が必要だよな。とは言え、実に単純な理由だ」
「単純な理由?」
「うん。……お前、メロウを侮ってただろ?」
オレの言葉に、第1隊騎士がぎくりとした顔をする。
「どうせ役立たず。騎士とは言っても女で、今まで一度も目立った功績がない。だから自分に勝てるはずがない。単なる雑魚だ。負ける道理なんかあるわけがない。……ま、こんなとこか?」
「……………」
「お前が手合わせが始まっても笑いを崩さなかったから、そんな風に考えてるんじゃないかと思ってたんだ。だからまあ、自明ってヤツだよ」
「そんな――!」
「ああ、わかる、わかるぜ? 納得出来ないんだよな。オレがお前でも、すぐに納得するのは無理だったろうよ。実際、メロウの実力はお前に少し及ばないんだしな」
「だったら……だったら、なんで俺は負けてんだ!? こんな、役立たず部隊なんかに!」
悲鳴にも似た、第1隊騎士の心底からの叫びが響く。
「原因は2つ。1つは今言った通り、お前がメロウを侮ってたからだ。今も『役立たず部隊なんかに』なんて言葉が出てくるくらいだし、見下してたらまあ、そうなるだろ」
「……もう1つは?」
「それはアレだ。オレがメロウに補助魔法をかけてたからだな」
「はぁ!?」
「おっと、勘違いするなよ? 補助魔法をかけたって言っても、力関係を互角にするくらいで、それ以上は何もしてない。証拠はないから、証明は出来ないけどな」
「んなの卑怯だろ!」
「卑怯……卑怯かあ? お前、まさか戦争でもそんな事言うのか? 敵軍の兵士が補助魔法をかけてたとして、そんなのは卑怯だって謗るか?」
その問いかけには第1隊騎士は答えず、ただ苦虫を噛み潰したような顔をしてそっぽを向いた。
「……まあ、オレもちょっと、老婆心とは言え余計な真似をして悪かったと思うしな。どうしても気に入らないなら、もう一度やっても良いと思うが……」
「……いや、いい。その代わりに、お前だ。お前とやらせろ」
「…………?」
第1隊騎士がこちらを指差す。
はて、誰を指差しているのだろう、と後ろを振り返ったりしてみるが、シオンが隣に立っている以上は他に誰もいない。
「お前だよ、お前! そこの銀髪の!」
「銀髪……ああ、オレか!」
「いや、お前以外に誰がいるんだよ」
相棒の冷静なツッコミが痛い。
違うんだ、違うんだよ。てっきり、別の誰かを指差してるんじゃないかって思ってただけなんだよ。
「まあ……別に良いけど。いいのか? 連戦になっちまうけど……」
「いいから! 早く剣を執れ!」
地面に突き刺さった自分のロングソードを抜きながら、飽くまで気丈に叫ぶ。
うーん……休憩でも入れた方が良いと思うんだが……。
まあ、本人がいいなら大丈夫か。
「シオン、剣貸せ」
「やだよ。本気でやればいいだろ」
「そういうわけにいかないだろ? 殺しちゃったらどうすんだよ」
「ふざけるな! 本気でやれよ!」
「……ああ言ってるけど」
今度は第1隊騎士に頭を抱える事になってしまった。
困ったな……。どうにか本気を出さずに、相手に怪我の1つもさせないように、でも本気だと思わせるように出来ないもんかな。
……無理だな。身体の方はともかく、刀までは制限はかかってないし。
「わかった。じゃあ、やろうか」
ホロスリングから腰に《鴉》を呼び出し、それを抜き放って正眼に構える。
それを受けて第1隊騎士も正眼に構えると、即座に地面を蹴り飛ばして肉薄してくる。
その身に着込んだフルプレートアーマーのせいで動きは幾分か重く鈍く、その上ガシャガシャとそれなりにやかましい音を立てているが、その重さに慣れているのもあるからか、第3隊の面々より眼前に来るまでの時間は短かった。
そうして目の前までくると、彼は大上段に剣を構えて――
「……加減は出来ないぞ」
オレの短い呟きの後で思い切り振り下ろされたロングソードは、鍔から先の部分がそっくり消え去っていた。
「――え?」
とぼけたような、第1隊騎士の間抜けな声がして、その瞬間、後ろにあった王城――を守る為に張られていたのだろう透明の壁が、何枚も何枚も砕け散っていった。
剣圧、とでも言うべきだろうか。
確かな威力を持った斬撃はその透明な壁を突き破り、王城の壁に鋭い傷を残した。
「……おい、やり過ぎだろ」
「誰のせいだと……!」
冷ややかな相棒の視線と声にやり場の無い怒りを覚えながら、その相棒を睨み付ける。
「今の透明の壁、なんだと思う?」
「結界、じゃないか? 前に、王城には万が一の時に中にいる人間を守れるように結界が何重にも張られてるって聞いた事あるし」
「……そっかぁ」
「クロウが手加減しないからだぞ」
「シオンが本気でやれって言うからだろ」
《鴉》を本気で振ると、少なからず周囲に被害を及ぼす。
これまでの3ヶ月間でそれを理解していたからこそ、手加減の為にシオンの剣を借りたかったと言うのに、まったく、この相棒ときたら。
「とりあえず、騒ぎになるまえに結界を張り直して――」
「何をしている!」
手遅れだったかぁ……。
なんともまあ、迅速な対応だことで。日本じゃこうはいかないな。
とりあえず声のした方を見てみると、あの時の総隊長を筆頭に30人くらいの騎士がやって来ていた。
そしてその誰もが既に抜剣しており、臨戦態勢にある。
……日本の警察じゃ、こうはいかないな。
「……また貴様達か、冒険者!」
総隊長がオレとシオンの姿を認めるなり、ガシャガシャと音を立てながら早足で近付いてきた。
『また』とはなんだ、人聞きの悪い。
それじゃまるで、オレ達が既に騒ぎを起こしていたみたいじゃないか。訂正しろ!
「やかましい! それで、何をしていたんだ!」
「第1隊の騎士と第3隊の騎士の手合わせを見てたんだ。第3隊が勝ったけどな」
「……なに?」
「そんなに不思議じゃないだろ? ほら、鎧を見てみろ。女にフルプレートアーマーなんていう、頭のおかしい枷を外してやったのさ」
「……!」
総隊長はオレの言葉を受けて第3隊の面々に視線をやると、驚きに目を見開き、直ぐ様オレに視線を戻して
「なんて事をしてくれたんだ、貴様は! これでは第3隊が活躍して――っ!」
「……ほぉう? 面白い事を口にしてくれるじゃないか、総隊長殿?」
「……と、とにかく! お前達には話を聞かせてもらう。来い!」
「はいはい、行きますよ。シオン、行こうぜ」
「……お前のせいだぞ」
「うるせえ。お前も共犯だ」
往生際悪く責任を転嫁してくるシオンの腰に手を回して、総隊長の先導で歩き出す。
それにしても、面白い発言してくれたなぁ。
多分もっと上の立場の奴が命令してたりするんだろうが……こうなりゃ、毒を喰らわば皿までって事で、最後まで面倒見るか。




