いざ、尋常に……?
「よーし。じゃ、立会人やるかな」
「やめとけ」
そんな短いやり取りで、楽しそうな立会人役がシオンに取られてしまった。
いわく、『お前はドレスアーマーくれてやったんだし、中立じゃないだろ』とのこと。
いや、それは……まあ、そうなんだけども。
納得いかねぇ……!
「――始め!」
立会人となったシオンの口から放たれた合図を皮切りに、騎士2人が肉薄し、手のロングソードを打ち合わせる。
メロウはフルプレートアーマーからドレスアーマーになった影響でオレと手合わせした時より随分速く、さらに力強い剣撃を繰り出せるようになっていたが、やはり体格の差が大きいのか、いくらか攻めあぐねているように見える。
対する第1隊の騎士はと言えば、今までと違う感覚に顔をしかめながら、しかしやはりニヤニヤとした下卑た笑みを崩さずにいた。
感覚は違うんだろうが、経験がある故にどうにかやれているという感じだろうか。少なくとも、メロウが無傷で勝つには、今少し地力が足りない感じだ。
「くっ……!」
そうして手合わせの行く末を眺めていると、第1隊騎士のそこそこいい一撃がメロウのドレスアーマーに当たった。
「ははは! 手応えあっ……た……ああ?」
しかし、その一撃を入れた次の瞬間から、第1隊騎士は見るからに狼狽し始めた。
そこにはいない何か……幽霊でも見えているかのように、メロウの左右に視線を揺らして警戒している。
ははぁん? 早速『アレ』が発動したか。
仕掛けたのは良いけど、ランダム発動だから、それだけが難点だよなぁ。
「……おい、お前なんかしたろ」
同じくそれに気付いたらしいシオンが、怪訝そうな顔をして睨み付けてきた。
「……えぇ? 何の話だよ?」
「あっちの騎士、明らかに挙動がおかしいだろ。お前、何したんだ」
「別に? 何も?」
「……いいから言え」
「……いや、実はさ」
仕方ないので、ドレスアーマーに施した『仕掛け』について説明してやる。
「お前なあ……それじゃ手合わせの意味がないだろ?」
「何言ってんだ。戦場で戦う相手が、あるいは王城を襲撃する奴が、必ずしも剣だけで正々堂々戦ってくれるわけじゃないんだぞ」
「だからって、付与魔法でドレスアーマーに適当にくっ付けるのはダメだろ」
「無力化すれば大丈夫なルールで鎧を攻撃するのが悪い」
「そりゃ結果論じゃねえか」
「ふん。一撃で剣を弾く力もない奴が偉そうなツラしてるから罰が当たったんだよ」
「……あとで謝っとけよ?」
「知らん」
ドレスアーマーの仕掛けは、まあ、なんの事はない。付与魔法を使って属性魔法をいくつかドレスアーマーにくっ付けたというだけの話だ。
ただし、いざ発動する時は完全にランダムなので、オレにもどれが発動するかはわからない。
ちなみに、今は闇属性魔法が発動してメロウの幻影が生み出されている……はずだ。
「くっ……まさか闇魔法か……!? どこだ……どこから来る……!?」
「え……?」
その光景は、いっそ滑稽ですらあった。
というのも、オレがした『仕掛け』は攻撃した人間相手にしか発動せず、今みたいに闇魔法が発動した時は、悲しい事に幻影が見えてるのはメロウと対峙してる第1隊騎士だけとなる。
つまり、観戦してるオレ達や他の騎士達、そしてメロウにさえ、彼が勝手に警戒して適当なところに剣を向けているようにしか見えないのである。
「くそっ……! なんだってんだよ!」
「え、あの……?」
狼狽しながら虚空に吼える第1隊騎士と、それを見て剣を下ろし、心配そうに見つめるメロウ。
「……ほら、勝負になってないぞ」
「……おかしいな。思ってたのと違う」
「いいから、早く付与魔法解除してやれ」
「冒険者ならこれ幸いと打ち倒しに行くんだけどなぁ……ちくしょう……」
シオンにも言われたし、このままも面白くないので、ドレスアーマーに施した補助魔法はそのままに『仕掛け』を解除してやる。
助けになればと思って仕掛けたんだが……確認は取っておくべきだったな。反省しよう。
……シオンのにも色々してあるけど、黙っとこう。もしかしたら気付いてるかも知れないけど。
「――はっ!? 闇魔法なんて、味な真似してくれるじゃないか!」
「はい?」
今一度メロウに焦点を合わせて第1隊騎士が斬りかかるが、メロウは身軽になった身体能力を活かしてそれを躱し、多少の戸惑いを残したままに反撃に移った。
しかしながら、女性である事や第3隊の中でも下から一番目という事もあって、その剣撃はあまり重くもなく、そして状況に混乱していたのを引き摺っているせいか精細を多少欠いている。
余計な事しちゃったなぁ、と思わないではないが、そこから立て直せるか否かは純粋にメロウの実力次第だから、オレが言えた義理じゃないけど頑張って欲しい。
「はぁっ!」
「くっ……このっ!」
一合、二合と打ち合わされるロングソードに、誰もがその行方を見守った。
第1隊側は、役立たずの第3隊の騎士に負けてなるものかという意気で。
第3隊側は、役立たずの第3隊の汚名をこれで雪げるのだという意気で。
刃が打ち合う度に、突然の状況に混乱していた2人の瞳に、次第に炎が燃え出した。お互いに、目の前の相手に負けてなるものかという遺志の炎だ。
ドレスアーマーに補助魔法を施したはずなのだが、それを含めてなお、メロウの実力では互角か僅かに有利くらいにしかならないらしい。
「……なあ、大丈夫なのか?」
「なにが?」
心配そうな顔をしてメロウを見ながら、シオンが口を開く。
「あのメロウって騎士だよ。勝てるのか?」
「長引けば負けるだろうな。体力が無いから」
「……いいのか?」
「いいも悪いもないだろ。……ただ」
「ただ?」
「弱い奴ってのは、弱いなりに、強い奴に対する特効武器を持ってたりするもんだ」
「……メロウの場合は?」
「言ったらつまんないだろ」
「言え。俺は面白いから」
「えぇ……」
まあ、教えてどうなるもんじゃないし、別にいいか。
「……さっき手合わせしてわかったのは、メロウは実力は第3隊で一番下だけど、反射神経は一番上って事だ」
「反射神経?」
「ああ……悪い。反応速度だ」
「あぁ、反応速度か」
この世界じゃ、神経がどうとか血管がどうとか、脳からの信号が云々って言ったって通じないのを失念していた。
「どういう鍛練をして身に付けたのかは知らないが、観察力と反応速度は第3隊じゃ一番だ。だから、短期決戦ならメロウに利がある」
「ふーん……確実に勝てそうなのか?」
「……どうかな。メロウが自分の力を正しく認識してれば勝てるだろうな」
「ちなみに、メロウと俺が戦ったら?」
ちょっとウキウキした声音で訊いてくるシオン。
「お前……それは気の毒ってもんだろ」
「……どっちが?」
「……いやぁ、気の毒だよ」
「だからどっちがだよ!」
「それを言ったら余計気の毒だろ?」
「だから! どっちがなんだよ!?」
世の中、知らない方が良い事ってのがあるんだよ、シオンくん。
「それより、ほら、決着だぞ」
「――え?」
バカな話をしていると、ギィィン、とひときわ強く鋭い金属音が鳴り響き、中空に打ち上げられたロングソードがくるくると回転し、まるでアニメか漫画のように地面に突き刺さった。
「……勝った」




