今、下剋上の時
「――おお? 妙に身綺麗になった鼠がいるじゃないか」
第3隊全員のドレスアップが終わった頃、オレやシオンが通ってきた門を潜って、フルプレートアーマー姿の騎士が数人、姿を現した。
第3隊の面々と同じく兜は被っておらず、その誰もが顔にニヤニヤとした下卑た笑みを張り付けていた。
「……第1隊の連中か。何用だ」
憎しみや怒りの入り交じった、しかしそれを表には出すまいと抑えられた低めの声音で、フレイが騎士達を睨み付けながら言う。
「いやいや、何用なんて御大層なもんじゃないさ。鼠がどうしてるのか気になったんでな。……ところで、そっちの2人は誰だ? ここは王城だぞ。そんな小汚い身形で入れると思ってるのか」
「……なるほど、これが王都の騎士か。総隊長からして随分な阿呆だとは思っていたが、まさかこうも腐っているとは。いやはや、恐れ入る」
「……あん? 喧嘩売ってるのか? お前、その格好からして冒険者か。不法侵入とは、王城でよくやったもんだな?」
「不法侵入? こいつは異な事を。オレ達はこの城の主に呼ばれて来たのさ。まあ、もうそろそろ帰るところだったが」
「嘘は大概にしろ、冒険者風情が。お前達のような人間を王が招くはずがないだろう」
「ふむ……。まあ、どう取ってくれても構わないんだけどな。お前達じゃ、オレ達をどうする事も出来ないんだし」
「なんだと……?」
オレの言葉に、下卑た笑みを引っ込めて怒りを露にした騎士達が、威圧するようにゆっくりとこちらに歩いてくる。
そうして、先頭に立つ騎士とオレの、彼我の距離が30センチもなくなった頃。
「――バカ、よせ!」
シオンの制止の声が響くと同時に、先頭の騎士は後方へ吹き飛んでいた。
――その鎧に、拳型の凹みを作りながら。
「「「…………は?」」」
他の騎士達から、いくらか遅れて間抜けな声がして、彼らはゆっくりと後ろを振り返り、吹き飛んだ騎士を見やる。
「――いきなり殴ろうなんて、礼儀がなってないな。ママの腹の中から出直してこい」
事の次第は至極単純。
彼我の距離が30センチもないほどに近付いた途端、かの騎士はオレの顔面目掛けて拳を振り抜こうとして、オレがそれを察知して逆にボディを殴った。……と、そういう事である。
第1隊と言うからには少し期待もあったし、咄嗟の事で力の加減が利かなかったのは、オレがまだ未熟だからなのだろう。
ついでに言えば、昨日ようやく魔法が使えるようになったからか、身体がまだ感覚を取り戻せていないのも原因だ。
「――き、貴様! 誇り高き王城警備隊第1隊の騎士に手を出して、ただで済むと思っているのか!」
「いや、思ってないし、何も言ってないんだけど、なに? お前らもやるの?」
別に威圧したわけでもないのに、こちらを向き直った騎士達を1人1人眺めると、目が合うなりビクリと身体を震わせられた。
そんなに怖がらなくってもいいじゃないか。
なんだよ、その化け物をみるような目は。幼気な冒険者相手に失礼だと思わないのか?
「だからよせって言ったのに……」
隣では心底気の毒そうな表情でシオンが溜め息を吐いている。
「お前はどっちの味方なんだ、シオン」
「弱者の味方だ」
「……オレだろ?」
「はぁ?」
呆れたような顔になって、呆れたような声で言われた。
えぇ……? 殴られそうだったから殴り返しただけなのに、なんなのその反応。
「やり過ぎなんだよ」
「や、まあ、あの……はい、すいません……」
「これで犯罪者にされたらどうすんだ? ん?」
「あの……はい、ほんと仰る通りで……ええ」
「久しぶりの感覚で慣れてないのはわかるけど、もうちょっと加減出来たろ?」
「いやぁ……それはちょっと――」
「出来たよな?」
「…………はい」
いつになく有無を言わせぬ様子のシオンに、思わず敬語になってしまう。
シオンって、こんな子だったかしら……?
「……まあ、今回は大目に見るけど、次からはちゃんと手加減しろよ? じゃないと、最悪人死にが出るんだからな」
「……赦された?」
「そりゃまあ、向こうが先に手を出し……かけたんだしな。今回は赦すよ」
「さすがシオン! 愛してるぜ!」
「お、おう……ありがと……」
感謝の意を伝えただけなのに顔を真っ赤にして俯いてしまったシオンはさておき、今は他の騎士達に目を向けよう。
「それで、結局何しに来たんだ? まさかとは思うが、第3隊を冷やかしに来たのか?」
「いや、それは……」
「……ふーん? ま、いいんじゃないか? 実際今までは役立たずだったんだし、多少冷やかされるのも克己心の促進になるだろ」
「え……?」
「でも、もうこいつらは役立たずじゃない。むしろ、第1隊と第2隊が束になっても勝てないんじゃねえかな?」
頭の中で弾き出した戦力計算に基づいてそう言ってみると、第1隊の騎士達の顔に、先ほどまでのニヤニヤとした下卑た笑みが復活した。
「へぇ……? じゃあ、手合わせをしようじゃねえか」
「おお、いいな。お前らは……4人か。じゃあ、第3隊で一番弱い……そこの藍色の髪の! そう、あんただ。こっち来い」
第3隊の12名の中から、手合わせをして一番弱いと感じた、藍色の髪の少女を呼ぶ。
彼女は気も弱いのか、第1隊の騎士達の視線にビクビクしながら進み出てきた。
「あの……なんで私なんですか?」
「なんでって……役立たず部隊の最弱が居丈高な第1隊の騎士を蹴散らせば、気持ちいいだろ?」
「……それだけ?」
「それだけってなんだ。いいか、あんたが勝てば役立たず部隊は汚名挽回が叶う。オレは居丈高な連中の鼻を明かせて気持ちいい、あんた達は自分達の評価を正当なものに出来て嬉しい。それだけで充分だろ?」
「……まあ、そうですけど」
幾分か納得がいかない様子ではあったが、彼女はとりあえず頷いてくれた。
ところで、この子の名前はなんて言うんだろう。藍色の髪とキリッとした表情がマッチしてて凄く好みなんだけど。
「まあ、第3隊で最弱とは言っても、この連中を全員相手にしても余裕で勝てるくらいの力はあるから、気にすんな」
「ほお……?」
「だったら相手してもらおうか」
「そういきり立つなよ。一応ルールは決めておこう。形式は1対1。相手の武器を手から弾いて無力化する、あるいは、命を刈る寸前まで持っていけたら、そいつの勝ちだ。それでいいか?」
「……問題ありません」
「ああ、構わない。なあ?」
第1隊の1人が他の騎士達に問い掛けると、第1隊の他の3人は下卑た笑みをそのままに、おうとか、ああとか返事をした。
「それから、1対1の対戦形式上、他者の妨害は禁止する。石や砂を投げ付けるとか、魔法を撃つとか相手を弱体化させるとかは無しだ。……まあ、公明正大な騎士様相手にゃ無用な忠告だよな。いくら気に入らない相手でも、仮に負けそうでも、そんな卑怯な手に頼って勝つ人間が『騎士』なんて清廉な存在であるはずがない。そうだろう?」
ニヤリと口角を吊り上げながら言うと、藍色の髪の彼女はもちろんですと言わんばかりにキリッとした表情で頷きを返し、第1隊の面々は逆に狼狽えたように『あ、ああ……』と、幾らか気勢を殺がれたような返事をくれた。
こりゃ、釘刺してなかったら妨害してたな。
「よっし。じゃあ、まずは充分に距離を取ろうか。こんなに接近して不意討ちなんて受けたら、手合わせにならないからな」
そうして藍髪の彼女と第1隊の位置を遠ざけ、作戦会議と称して、第3隊である彼女に助言を授けておく事にした。
「……ところで、今更なんだけど、名前聞いていいか?」
「本当に今更ですね……。まあ、いいですけど。私はモルガーナ男爵家次女、メロウ・モルガーナです」
「……一応聞きたいんだが、歳は?」
「17ですが……?」
「そっか。良かった。……さて、ちなみにメロウはなんで騎士に?」
「……子供の頃に、領地で魔物に襲われそうになったところを、通りかかった騎士に助けていただいて……」
「なるほどなぁ……」
「あの……これは何か意味が?」
「ああ。……いいか、メロウ。これは単なる手合わせじゃない。お前は、第3隊を守らなきゃいけないんだ」
「第3隊を、守る……?」
「そう。第3隊は在りし日のお前自身、お前は通りかかった騎士だ。第3隊は今、人々や他の騎士からの不当な評価や扱いに殺されようとしてる。騎士のお前は……どうする? 助けられるのは他には誰もいない。お前だけだ」
「私、だけ……」
「そうだ。もちろん、助ける助けないは自由だ。だが、助けなければ、魔物の牙や爪に引き裂かれて死んでしまうだろうな」
「……………」
「……さあ、どうする?」
「やります。私にしか助けられないなら、助けないわけにはいきません。だって、私は――」
騎士なのだから。
そう言って、キリッとした表情を更に引き締めるメロウの瞳には、燃え盛る炎が揺らめいているように見えた。
そして、第1隊の騎士の方に向き直ると、腰のロングソードをすらりと抜き放ち、正眼に構えた。
果たしてどちらが『騎士』に相応しいのか。
これでハッキリするな。楽しませてもらおう。
文中の『汚名挽回』ですが、誤字でも誤用でもありません。
自分の中では
名誉は賜るものだから『返上』
汚名は被らせるものだから『挽回』
と感じているので、『汚名挽回』としました。
ところで、最近めっきり寒くなってきたと思うのですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
オレは日本海側の育ちなのでまだ大丈夫なくらいなのですが、寒いところでは本当に寒いと思うので、寒さ対策や風邪対策など万全にしてお過ごしください。
今年の夏は随分な暑さでしたが、はてさて冬はどうなることやら……。
最近は朝方が結構寒く感じるので、どなた様もご自愛くださいませ。




