言質は取っても勝手に改造
「遅い!」
総勢12名の女性騎士と手合わせをした感想は、この一言に尽きる。
どいつもこいつも、まるでチャンバラごっこに興じる子供みたいに動きが遅い。
ただ、女性にしては重い攻撃をしてくるし、体捌きやフットワークは悪くない。重いフルプレートアーマーを着ているにしては、女性だてらによくやっていると思う。
実力だけならDランク冒険者にかなり近い。
ただ、本来ならもっと活かされているはずの身体能力を、フルプレートアーマーが物凄く邪魔をしている。邪魔以外の何物でもない。
「……本気でやらなかったな、クロウ」
「当たり前だ! こんな連中相手に本気なんか出せるか! 1人残らず殺しちまうわ!」
「ま、そりゃそうか」
一応、念の為にと《鴉》をホロスリングに封印してシオンの剣を借りたのだが、それにしたって酷すぎる。
通常以上に動きが緩慢なせいでどこもかしこも隙だらけ。危うく『殺してください』って訴えてるのかと錯覚しかけてしまった。
「ちょっともう……お前らそのフルプレートアーマー脱げ」
「ぬ、脱げ!? 貴様、私達を辱しめるつもりか!」
「違うわ! 誰が下着も脱げっつったよ!」
「下着姿も充分恥ずかしいだろう!」
「……………」
ああ、うん……それはそうだな。
男ならともかく、女の子なんだもんな。
そりゃ恥ずかしいよな……。
「いや……あの……すんません。そうじゃなくて、あの……ね? その鎧を着てない時の身体の動きを見たいからさ……うん。それだけだから。別にそんな、辱しめるとか、そういう意図はないから」
「……本音はどうなんだ」
「ぶっちゃけフレイの裸は見たい。……いや、そうじゃなくてさぁ……。そんな冷たい眼で見るなって。いやほんと、ちょっとした冗談……冗談だから。ほんとに。誓って」
「……国王の名に誓えるか?」
「それは無理!」
あの国王の名の許に誓いを立てるとか、そんなの無理だわ。
でもアレだよ。国王には誓えないけど、ほら、神様には誓える。うん。これはほんと。
「……まあいい。しかし、それを見てどうするんだ」
「どうするって……買い替えるんだよ。王城警備隊第3隊の面々に相応しい鎧に」
「そんな金はない」
「オレが持ってる。……ちなみに、そのフルプレートアーマーはいくらすんの?」
「これは……金貨50枚はしたはずだ」
あっ、余裕っすね。
こないだの一件で紅貨10枚が手元にあるし、街の武具屋なら、そんなに値の張るもんは置いてないだろうし。
……あ、待てよ?
この3ヶ月で手に入れた『錬金術』のスキルで自作するのもいいな。
いや……目の前に材料があるんだし、作り替えればいいのか。
よし、そうしよう。
「――よし、お前ら脱げ」
「やはり辱しめるつもりだろう!?」
「や、あの、違うんだって、ほんとに。スキルで鎧を作り替えようって思っただけなんだよ。別にそんな、下着姿を拝みたいとか辱しめたいとかじゃないから。うん」
「……本当か?」
「オレが嘘を吐いているように見えるか?」
「見える」
「「「見える」」」
嘘ぉ……? 漏れなく全員に嘘吐き呼ばわりとか……そんな、嘘でしょう……?
「……まあ、別に信じないなら信じないで良いんだけどさ。大人しく他の騎士や王都の人々に貶されてりゃいいよ」
「それは……」
「どうする? 鎧を替えて騎士を続けるか。貶されながら騎士を続けるか。騎士を辞めて冒険者になるか。……このどれかだ」
「……私達とて人間だ。貶されて……『役立たず部隊』などと揶揄されて、黙っていたくはない!」
「なら、鎧を替えるのか」
「しかし、この鎧は支給されたものだ。私達がおいそれと改造したり、規定のものを取り違えてはならないだろう」
真面目な顔をしてフレイは言う。
レンカを始めとした第3隊の面々も気持ちは同じようで、本当はフルプレートアーマーを脱ぎたいけど上の命令だから脱げない、という空気が漂ってきていた。
「……あのさ、そんなに命令って大事か?」
「それはそうだろう」
「どんな命令でも、忠実に従うべきだと思うか?」
「うむ」
「それが、憧れの『騎士』から遠く離れたものであったとしてもか?」
「……………」
「まあ、それは正しいよ。ある意味、それは正しい。命令は遵守すべきだ。……でも、全ての命令に唯々諾々と従うだけなら、それこそ人形さえいれば充分だ。人間なんか要らない。人形だけの部隊を作れば、徹底的に従順な軍の完成だ」
「それはっ――!」
「そう、それは間違っている。どんな命令でも遵守されるべき、というわけじゃない。どんな仕打ちを受けるとしても、『間違っている』と糾弾しなければならない命令もある」
「……しかし、私達は騎士だ」
「人を守れない『役立たず』の騎士なんか要らねえよ」
役立たず。
その言葉を聞いた途端、空気が一気に重くなった。
禍々しいまでの重苦しい空気を放っているのは、12名の女性の騎士。
なぜ、彼女達ばかりが割を喰わねばならないのか。
なぜ、彼女達には正当な評価がなされないのか。
なぜ、彼女達に誰も救いの手を差し伸べないのか。
女だから騎士は相応しくない……?
いや、そんな事はない。
彼女達が持つ身体能力には眼を見張るものがある。志も高いし、『騎士』のあるべき姿をしっかりとイメージ出来るだけの憧れも持ち合わせている。
むしろ、彼女達こそが『騎士』に相応しい。
「……なるほど、そういう事か」
ようやく、疑問が解決した。
考えてみれば、本当に……本当に簡単な事だ。
つまり、これは――。
「どうしたんだ……?」
「あんた達が『役立たず』にされてる理由がわかった」
「なに……?」
「あんた達を騎士として働かせると、功績を挙げすぎるんだ」
「「「は?」」」
「城内の騎士の動きも観察したが、どいつもこいつも三流以下。総隊長とやらはそれなりに実力があるようだが、それでも二流止まり。だが、あんた達第3隊は違う。その鎧を着てても……いや、着てるからこそハッキリわかる。あんた達、今王城にいるどの騎士よりも強いんだ」
だから動きを制限した。
フルプレートアーマーなんかを着せて、命令だからと受け入れさせて、『役立たず』に変えてしまったわけだ。
そうすれば自分達が及ばないのが隠せるから。
『女騎士に負ける男騎士』という情けない構図を防げるから、そうした。
果たしてどちらが情けないのか。
曇った視界の連中には、それがわからないのだろう。
「だから、不当な扱い、だと?」
「まあ、そうだな。そもそもオレは、確かな実力があれば男であれ女であれ、大人であれ子供であれ、関係なく評価されるべきだと思ってる」
「……しかし、世の中はそう上手くはいかない。女だから、子供だからと、何かに縛られている」
「そういうしがらみの無い、実力主義な世界を、オレは知ってるぞ」
「……冒険者……」
そう呟くように言ったのは、レンカ・ロスティだった。
「ご名答。だからオレは第3隊全員を誘ったのさ。……どうだ、冒険者も楽しいもんだぞ?」
「……誘いは嬉しいが、私達は騎士でありたい」
「ほう? その心は?」
「役立たずでも、騎士は騎士だ。憧れたのは、騎士なんだ。だから……まあ、鎧の改造だけにとどめておく」
「……聞いたか、シオン」
「いや、聞いたけど……やめとけ? あとで何か言われても知らないからな」
「そんなのはオレも知らん。だが、弱味は握ったし、問題はないはずだ」
「……おかしいな。俺の相棒ってこんな……あれ?」
「言質は取ったぞ、フレイ! 早速その重苦しい鎧を改造してやる!」
「なっ……!?」
少し本気を出して移動し、錬金術で12名分の鎧を改造していく。
今より軽く、しかし頑丈に、そして動きやすく、何より女性用に。
「よし、これでいいな」
そうして、王城警備隊第3隊の鎧は、鈍重なフルプレートアーマーから、シオンが身に付けているのと同じドレスアーマーへと変貌を遂げたのだった。
……おかしいな。
武具屋にありそうなデザインを意識したはずなんだが。
まあ、みんな似合ってるし、いいか。




