情けは人の為ならず
「なあ」
「……………」
「なーあー」
「……………」
「なあってば」
「……うるさい。なんなんだ、さっきから」
「そりゃこっちのセリフだっての」
国王達と面会した部屋から出て城内を適当に歩いていると、シオンは大きく溜め息を吐きながら切り出した。
「良かったのか、あれ?」
「良くはないだろ。こちらを騙してきた気に喰わん相手とは言っても、王は王だ。最悪、不敬罪で処刑かな」
「じゃ、なんであんな事したんだよ」
「気に喰わなかったから」
「子供か!」
「別にいいだろ。オレはあんな手段を使うような人間は嫌いだ。ランバートみたいに気持ちの良い相手ならなぁ……」
夢想するはギルド本部で出会ったグランドマスターの顔。
あの男のように、接していて気持ちの良い相手なら、こちらも心から仕えようというものだ。
だと言うのに。
あの国王は果たして何を考えてあんな事をしたのか。相手の気に障るような事だとは考えなかったのだろうか。
急に呼びつけて、人を騙し、試すような真似をした挙げ句、近衛になってもらえないか、なんて……まったく、バカにされたもんだ。
目の前にニンジンを吊るされた馬でなし、簡単に喰い付くとでも思ったのか? 魚でももう少し利口に立ち回るっての。
「大体、別にお前だけ話を受けても良かったんだぞ? 冒険者よりは村の連中には喜ばれるんじゃないか?」
「まあ、それはそうなんだろうけどな……」
「だから確認も取ったのに、お前って奴は……」
「いいだろ、別に。お前の隣が好きなんだよ」
「……白昼堂々、誘ってんのか?」
「なんでだよ! ……けど、まあ、クロウがしたいなら、別に……うん」
「……やっぱだんだん引っ張られてるな、身体に」
「……まあな。最近、『俺』って言うのやめようかなって思い始めたし……」
「オレはそのままのお前が好き――ん? なんだ?」
ふと、何かが聞こえてきた。
耳を澄ませば、それは金属音であったり、人の叫び声であったりするのが聞き取れる。
きっと、騎士が訓練でもしているんだろう。
「どうした、クロウ? っていうか、今、俺の事好きって言った?」
「幻聴だろ。いや、なんか金属音とか人の声とか聞こえてな。多分、王城警備隊とやらあたりが訓練でもしてるんだと思うけど……」
「見に行くか?」
「……なんで?」
「なんか、気になってそうだし」
「……まあ、確かに気になるな」
「女性騎士を侮辱してんのは、どんな雑魚どもだって?」
「……………」
図星である。
なんなんだろうな?
日を増すごとに、オレの事に対して勘が鋭くなってないか、この相棒。
「お、図星か?」
「……ふん。行こうぜ」
「あっ、ちょ、おい、待てよ!」
いやらしい笑みを浮かべたシオンを放っておいて、音の聞こえてくる方に向かって歩を進める。
音もそうだが、近付くにつれて声もよりはっきり聞こえてくる。
ハスキーな、女性の叫ぶような声だ。
その声の発生源に近付く為に、門を潜って屋外へと進む。
「――そいつをここに連れてきてみろ!」
外に出た先で見たのは、シオンのような金糸の髪をポニーテールに纏めた甲冑姿の女性が、さっき王城まで案内してくれていたレンカに詰め寄っているところだった。
大変そうだなぁ、なんて思いながら見ていると、レンカが視線を彷徨わせ……オレと目が合った。
「……お?」
目が合うなりレンカはずんずんとこちらに歩いてきて、目の前まで来たかと思うと、いきなりオレの手をガシッと掴んで、10人ほどはいるであろう女性騎士の集団のところまで引っ張ってきた。
そして、オレの手を放すと、今度はオレの事を指差して一言。
「こいつです!」
レンカのその言葉に、11対の目がじろりとこちらを向いた。
…………うん?
何これ? どういう状況?
「……貴様か、騎士を侮辱したと言う冒険者は」
「侮辱? 何の事だ?」
「騎士は大した職業ではない。そう言っていたと聞いていたが」
金髪ポニテの、恐らく第3隊の隊長と思しき女性が眼に険を光らせて言う。
んー……? なんでそんな話になってるんだ?
「レンカさんよ。あんた、都合の良いように改変してくれちゃ困るぜ」
「事実、クロウ殿はそう言ったでしょう」
「いや、違う。オレが言いたかったのはな。憧れるのも、誇りがあるのもわかる。わかるけど、それは守るべき人々に冷めた眼で見られてもなお目指すべき職業で、こなすべき仕事で、掲げるべき誇りなのか、って事だ」
「……侮辱しているじゃないですか」
「してはないだろ。……だから、あの時も言ったはずだぜ。街の人や同僚にまで役立たず扱いされて、それでもやっていたい仕事なのかって。それは本当にレンカ・ロスティの憧れた『騎士』なのかって」
「だから……それは……」
「けど、あんたは何も答えなかった。是とも非とも言わずに、ただオレに、わからないなら黙ってろ、と言った。それを侮辱したと言うんならそれでもいいが、オレにそんな気持ちはない」
言葉を重ねる度に、レンカからも、周りの女性騎士達からも勢いが消えていく。
きっとみんな、頭では理解していて、自問しているんだろう。
『役立たず呼ばわりされてまで騎士でいる事の意味って、なんだろう?』みたいな、そんな問い掛けを、常にしているんだろう。
「……なあ、ちょっと頼みがあるんだが」
そんな彼女達を見ているのが忍びなくて。
何かしらの形で助けてやりたいって気持ちは、相変わらず消えなくて。
だから、ちょっとした提案をしてみたくなるのは、仕方のない事なんだ。
別にオレがお人好しだからとか、そんなのではないはずだ。たぶん。
「頼み、だと……?」
「ああ。あんた達にも悪い話じゃないと思う」
「……言うだけ言ってみろ」
隊長らしき金髪ポニテが意気消沈した眼に光を取り戻して、脅すかのようにハスキーな声をいっそう低くして言う。
「……あまりそう睨まないで欲しいんだが」
「ふん。今のところは貴様は私の敵だ。敵を睨み付けるのは当然だろう」
「……まあ、いいけど。あんた、名前は?」
「……クルセイド家次女、フレイ・クルセイド」
「良い名だな。名付け親は?」
「……母だ」
質問に答えるフレイの顔が、だんだんと困惑の色を帯びていく。
まあ、そりゃそうか。
頼みがあるとか言っておきながら、本題とは関係ない質問ばっかしてるもんな。
「……まあ、まず誤解のないように言っておきたいんだが。そもそもオレは、あんた達……つまり王城警備隊第3隊の面々が騎士を目指すとか、騎士を続けるだとか、騎士に憧れるだとか、そういったものを否定したいわけじゃない」
「……それなら、なんだ」
「オレは、王城警備隊第3隊が不当な扱いを受けているのが気に入らない。フルプレートアーマーなんか女性が着てたら、そりゃ狙われるし、戦争じゃ活躍出来ないだろうよ」
「なんだと……!?」
「落ち着けって。うちのシオンだって、そんな重苦しい甲冑じゃなくてドレスアーマーなんだぞ。その甲冑は不当な扱い以外のなんだってんだよ」
殺気を纏いながら胸ぐらに掴みかかってきたフレイを引き剥がしながら言うと、それが不当であるとは薄々感じていたのか『そうだよ……』と誰からともなく聞こえてきた。
「だが、実力を知らないままに改善は促せない。自分の力が、今どれほどの位置に存在しているのか、あんた達はそれを知る必要がある。だからこそ、オレの頼みを聞いてくれ」
「……その頼みとはなんなんだ。私達を愚弄するものであれば、即座に斬るぞ」
殺気のこもったフレイの視線を受けながら、オレは満を持して、頭に浮かんだ、彼女達に対する提案を、頼みを口にする。
「――オレと、手合わせをしてくれ」




