迎えの騎士は不遇でした
それからしばらく、ランバートとの歓談を楽しんでいると、僅かばかり急いだような足音が聞こえてきて入り口そばにいた受付嬢が顔を出した。
そして、『騎士が来ました。王城からの迎えであると言っています』との報告を齎してくれた。
「……行くか」
「行くかぁ……」
「グランドマスター。迎えが来たし、オレ達は行くよ。また機会があれば来る」
「おう、いつでも来い! 待ってるぜ!」
にかっ、と笑うランバートに軽く会釈をしてから、受付嬢の先導で執務室から1階へ。
そうして階段を降りれば、正面にある入り口そばに、フルプレートアーマーとでも言うのか、銀色に光る甲冑に身を包んだ人物が1人立っていた。
兜は着けていないために、川辺にある酸化鉄のせいで変化した石のような、赤褐色の髪をしているのが目立っている。
受付嬢を先頭にしてその人物に近付くと、どうやら向こうもすぐにこちらに気付いたようで、軽く会釈をしてくれた。
「初めまして。《黄昏の双刃》のクロウだ」
「同じくシオンだ」
「初めまして。私は王城警備隊第3隊所属、レンカ・ロスティと申します。本日は《黄昏の双刃》のお二方を王城まで警護する任を仰せつかり、参上いたしました」
折り目正しい騎士から聞こえてきたのは、実に女性らしい声だった。
中性的な顔立ちのせいでわからなかったが、どうやらこのレンカという騎士、貴族のご令嬢らしい。
この世界では『ロスティ』みたいな家名をくっ付けてる人間は、大商会の人間か貴族、王族か皇族くらいしかいない。
つまり、彼女は『良いとこのお嬢様』なのである。
それにしても、騎士には男しかいないもんだと勝手に思ってたが、女性もいるんだなぁ。
「……? クロウ殿、私の顔に何か?」
「あ、いや、気を悪くしたならすまない。綺麗だなと思って少し見蕩れていただけだ」
「……貴方は、普段からそんな事を?」
少し色の白い肌に赤を浮かび上がらせながら、責めるような目付きで睨み付けてくるレンカ。
失礼な。オレは心から思った事しか口にしない主義だぞ。
「……そうですか」
「いやはや、しかし立派なもんだな。騎士って言うと男だけのイメージがあったが、女性も多いのか?」
「まあ……それは歩きながら話しましょう」
「ああ、そうだな。つい興味が湧いて……悪いな」
「いえ。では、参りましょう」
職務に忠実なレンカが身を反転させて入り口から出ていき、受付嬢に『ありがとう』と一言告げてからその後を追う。
そうしてしばらく歩くと、妙な視線に気付いた。とはいえ、それはオレやシオンに向けられてはいない。
銀甲冑の騎士……つまりレンカに向けて、厭わしく思うような、何か、親の仇でも見るかのような視線が、そこかしこから注がれている。
「……先ほどのお話ですが」
その視線を知ってか知らずか、重々しい雰囲気でレンカは口を開いた。
「王城警備隊第3隊は、女性騎士だけの部隊なのです。所属人員は隊長副隊長を含め12名。他の騎士達や街の人からは……『穀潰し部隊』と呼ばれています」
「……なんだそりゃ?」
「元々第3隊は、男性だらけの部隊では女性は動きにくいだろうと組まれた部隊なのですが、男性と比べるとどうしても劣ってしまいます」
「……ふむ。まあ、体格差とかあるもんな」
「はい。なので、先の戦争でも目立った活躍は出来ず、それどころか、他の隊よりも怪我人が多かった次第でして……」
「なるほど。戦力として期待出来ないのに訓練や向上心は一人前に持っている。だから穀潰しか」
「…………はい」
「だが、おかしいな? シオンは女だが、オレと変わらない働きをするぞ?」
「おっ、ほんとか!?」
「ま、ちょっと見劣りするけどな」
「うるせえ。お前の成長の伸びがオカシイんだよ、お前のが」
怒った猫のように眼を吊り上げるシオンに、くっくっくと笑う。
「なあ、レンカさんよ。その第3隊とやらでは、全員がその甲冑姿なのか?」
「え……あ、はい、そうですが……」
「……普通、女性用の鎧ならハーフプレートメイルあたりのはずだが、誰の方針だ?」
「それは……わかりません。隊長曰く、上からの命令、と」
「ふーん……」
随分とキナ臭いな。
男ってのは、普通、女性よりもサイズが大きい。一部、男よりサイズの大きい女性もいるが、まあ、それは割愛しよう。
サイズ……つまり身長が大きいというのは、それだけ体積がある、体重があるという事。
そうしてがっしりと構えられる男がフルプレートアーマーを着込むのは、それは道理に適っている。
だが、これが女性なら?
ボディビルダーのように鍛え上げた女性ならいざ知らず、普通、女性にフルプレートアーマーは着せない。
鎧の重さで動きが緩慢になって更に狙われやすくなるし、戦争で戦う時は相手は普通男だから、まず勝てない。
もしオレが第3隊を運用する立場にあったなら、ハーフプレートメイルに装備を変えて、アーマーでなくなった分の防御力確保のために籠手と盾を導入。
そして、一撃で相手を屠るのではなく、脚や腕を狙った攻撃を教えて、機動力と戦闘力を殺いで確実に殺せるようにするだろう。
つまり。
第3隊は、今の立場になるべくしてならされている。
「……あの」
なんて事を考えていると、先導してくれているレンカが足を止めて、おずおずとこちらを振り向いた。
はて、どうしたんだろうか。
「そんなに、見つめないでもらえますか。街の人達とは違う強い視線を感じて、なんというか……その、落ち着かないのですが……」
「おっと、こいつは失礼。いや、不憫な部隊だなと思ってな」
「……………」
「レンカさんは、なんで騎士に?」
「……あまり、人に話す事でもないのですが」
そう前置きをして、再び歩き始めながら、彼女はとつとつと語り始めた。
レンカ・ロスティ。
彼女はロスティ子爵家の三女に生まれ、幼い頃は本を読んで育ったのだという。
特に、1人の騎士が主人公の、冒険の末にとある国のお姫様を悪の手から救うという物語が大好きで、当時から母親の事が大好きだった彼女は、お姫様ではなく騎士の方に憧れを抱いたのだそう。
そうして、いつからか、女性ながらに父親に剣術を習い、今から3年ほど前に、ようやく騎士になる事が出来た。
という話だった。
「立派なもんだな」
「……クロウ殿やシオン殿は、なぜ冒険者に?」
「俺は……稼げるからかな。俺が生まれた村は、結構ギリギリの村でさ、多分今もだけど、偶に1日喰うのすら難しい日があるんだよ」
「……………」
「だから、村の奴らをしっかり喰わせてやりたくて、冒険者になった。ソルダルの冒険者になったのは……まあ、近くにあったのがソルダルだったからだな」
「そう、ですか。クロウ殿は?」
「さあ?」
「……さ、さあ?」
「別にそんな大層な理由はないよ。何かに憧れてたとか、住んでた場所を豊かにしたいとか、そんな理由はない。強いて言えば、『なんとなく』だな。他人から指図されんのは嫌だし、礼儀もよくわからんから騎士は無理だろ? じゃあ、自由に生きられる冒険者かなって」
「それは……」
「……ああ、でも、冒険者を続けてる理由は違うぜ? なんとなく冒険者になったが、続けてるのは別の理由だ」
まあ、あの最高神から転生の話を詳しく聞いた時に『じゃあ冒険者だよなぁ』なんて軽く考えて冒険者になったんだが。
「では、なぜ冒険者を続けているんですか? 冒険者は、魔物と戦う……常に死と隣り合わせの稼業だと聞いています」
「楽しいからさ」
「たの……しい?」
「ああ。冒険者をやってるのが楽しいから続けてる。それ以外の理由はない」
「……仕事に楽しさは、必要でしょうか」
「そりゃ必要さ。嫌な仕事続けてたって、自分が壊れていくだけだ。朝起きてご飯食べて、嫌な仕事に1日従事して、帰ってご飯食べて寝る。そんなの、心の壊れた人間にしか出来ないだろ」
「……………」
「……騎士って、そんなに大層な仕事か? お姫様守れば、それで満足か?」
騎士がお姫様を救う物語。
確かにそれは、子供心に憧れる。
オレだって特撮の戦隊やライダーには憧れたし、バトルものアニメの主人公に憧れたりもした。
でも、じゃあ、人を1人助けて終わりかって言ったらそうじゃない。
悪の手は必ず、個人から団体、団体から国、国から世界へと伸びていく。
オレが憧れたのは、世界に伸びた悪の手さえも臆さず倒してしまうヒーローであって、1人助けて満足してるような町の助っ人じゃない。
「冒険者の、魔物を斃すって仕事は、街を、国を、ひいては世界を守る仕事だと思ってる。街道に出る魔物が減れば、隊商なんかの行き来が楽になる。そうして交易が盛んになれば、色々な街が栄えるし、その街がある国は栄えて潤う。だから、オレは冒険者稼業が楽しい。大多数の人からは見えないかも知れないけど、どんな偉い人からの言葉より、お隣さんからの『ありがとう』って言葉の方が、やってて良かったって、思わせてくれる事もあるんだ」
「―――――」
「別に強制したいんじゃないけど、騎士だけが人を守る仕事じゃないだろ。街の人や同僚にまで役立たず扱いされて、それでもやっていたい仕事なのか、『騎士』ってのは? 本当にそれは、レンカ・ロスティの憧れた『騎士』か?」
「…………勝手な事を、言わないで、ください。クロウ殿に、何が、わかるんですか」
前を向いていて表情はわからないが、絞り出すような声で、レンカはそう言った。
「何もわからないな。そうまでして騎士に拘る理由も、バカにされて黙ってる理由も、何もかも」
「だったら……黙っていて、ください……」
「……わかった、黙ってる。最後に1つ。もし、冒険者になりたいとか、隊の人間に今の話をしてみて冒険者になりたがった奴がいたら、ソルダルに来ると良い。多少は面倒見てやれる」
「……………」
「じゃ、黙るとしますかね」
前世から、ブラック企業なんて呼ばれる場所で、自分を殺して働いて、そうして壊れていった奴は何度も見てきた。
それとはちょっと事情は違うが、楽しめない仕事を続ける必要はないんじゃないかとは思う。
まあ、それしか選べるものがないとかの、日本と同じような環境ならいざ知らず、ここは異世界で、どんな仕事に就くのも自由だ。
楽しくない仕事より、楽しい仕事をしてくれた方が、見てる方も気が楽ってもんだろう。
少なくともオレは、この不遇な王城警備隊第3隊ってヤツを、何かしらの形で助けてやりたいと思ってるが……まあ、あとは任せよう。
選ぶも選ばぬも自由なんだから。




