遠出の前の
「……なんだって?」
「だから、王都から召集命令が出ているんだ」
ロクソールでの一件を終えてソルダルに帰って来てから10日ほど過ぎた頃、相変わらずのヴァイスの呼びつけに応じてギルドに向かうと、そんな話を聞かされた。
ちなみに、例の依頼の報酬はソルダルとロクソールの冒険者ギルドからの報酬を合計して、迷惑料など諸々込みで紅貨20枚という事になった。
それとは別に、フェンリルを2頭も討伐したという事で冒険者ランクが引き上げになり、用意された試験をクリアして、今やBランク冒険者でパーティとなった。
ヴァイスとしては一気にSランクまで上げる必要があると思っていたようだが、他の支部のギルドマスターやグランドマスターの了承は得られなかったようで、Aランク以上とはならなかった。
まあ、妥当なところだろう。
それはともかく、召集命令ってなんだよ。
「うん。先日のフェンリル討伐の一件があっただろう? あれはモノがモノだから本部に報告する必要があったんだが、それを受けたグランドマスターが国王に話を持っていったそうでな……」
「国王は、その実力者を一目見ようと王都に呼ぶように命令を出した……と」
後を継いだオレの言葉に、ヴァイスは頷いた。
まあ、Dランクパーティが打ち立てたにしては大きすぎる功績だもんな。わからないではない。
「んー……どうする、シオン?」
「どうするったって……クロウはどう考えてんだよ?」
「ぶっちゃけめんどくさいから行きたくない」
「だと思った……。でも、勅命なんだろ? 行かないと拙いって」
「だから面倒なんだよ。これがグランドマスターとか、その辺の貴族なら、適当に理由付けて断ったっていいんだ」
「いや、あの、クロウ? それはしないでもらえると、私、嬉しいなあって……」
「黙れヴァイス。大体、お前の方で断ったり出来ないのかよ。腐ってもギルドマスターだろ?」
「そうして頼って貰えると、私も女冥利に尽きるというものだけどな……だが、流石に王の勅命だと無理だ。私には手が出せない」
残念そうな表情で告げるヴァイスに、内心で舌打ちをする。
わかってはいたが、実際口に出して言われるとより忌々しいな。
「……まあ、来てしまったもんは仕方ないな。昨日の朝に魔法が使えるように戻ったし、王都に行くの自体は問題ないが……しかし面倒だ」
「ま、そう言うなよ。俺、王都って一遍行ってみたかったんだ」
「オレだってそうさ。……単純な観光目的でな」
「でも勅命だからなぁ……」
「そうなんだよなぁ……。ヴァイス、それはいつまでに行けばいいんだ?」
「ここソルダルから王都まで、馬車で大体1週間かかる。だから、今からだと10日前後くらいで到着するのが望ましいな」
「……魔法を使ってもか?」
「あー……いや、それなら3日くらいか? クロウのそれは、どれくらいの速さで行けるんだ?」
「ロクソールまで大体10時間半くらいだな。だから王都までだと……まあ、それでも3日4日かかるかな」
「それなら特に問題はない。ただ、そのままで王都に行っても仕方ないだろうから、私が一筆書こう」
「ああ、頼む」
今のまま王都に行って『王様に呼ばれたから来たんだ』なんて言ったって、そりゃ誰も信じないだろう。
ソルダルなんて辺境の冒険者2人がそんな事を言えば、最悪不敬罪で処刑されるかも知れない。
それを考えると、ヴァイスと交友関係にあったのは僥倖だったと言える。
「それで、結局、今日中に出た方がいいのか?」
「……まあ、そうだな。勅命という事もあるし、早いに越した事はないだろう。だが、準備は問題ないか? 日を跨ぐのだから、それなりの準備は必要だろう」
「あ、そうか。ヴァイスの方はすぐ終わりそうなのか?」
「まあ、そう難しい事を書くわけではないから、5分もしないうちに終わるはずだよ」
「んー……じゃあ、挨拶だけ済ませるか。なあ、シオン」
「だな。ジュリアスにも挨拶しとかないと、後が怖い」
「くっくっく……確かにジュリーは怖いな」
先日のフェンリルの一件で、あんまりにもギルドマスター2人が切羽詰まってたもんだから、準備もそこそこに挨拶もせずに出たら、帰って来てからジュリアスに『どうして何も言わずに出て行ったのか』と散々叱られ、挙げ句、心配したんだと泣かれた時は本当に困った。
あの、男勝りというかさっぱりした性格のジュリアスに泣かれるなんて思わなかったからな……。
お陰で女将さんにも注意されてしまったし、挨拶はしっかりしてから行こう。
「じゃあ、俺とクロウは挨拶回りだな。っていっても、レインとジュリアスくらいだけど」
「お前どっち行きたい?」
「レイン」
「近いもんな。……わかったよ、ジュリーにはオレから挨拶しとくよ」
「おう、よろしくな」
オレだってギルドから動かなくて済むからレインの方が良かったんだが、まあ、今回は譲ってやろう。
楽がしたいのはわかるからな。
「じゃあ、ついでに買い物も済ませるか。なんか必要なものあるか?」
「俺はないかな。クロウはどうだ?」
「オレも特にないな。……じゃあ、まあ、適当に屋台のもんでも買っとくか」
「美味いのを頼むぞ」
「任せろ」
グッとサムズアップをしてから、ひと足先にギルドマスターの部屋を出て一階から外へ出る。
まずはジュリアスに挨拶をして、帰って来てから屋台を見て回ろう。
「……あれ?」
と思っていたのだが、とある串焼き屋台の前に馴染みのある紅髪を見かけて、そっちの方に歩を進める。
「よう、ジュリー。何してんだ?」
「ああ、クロウか。何って……まあ、研究の一環かな」
「研究?」
「アタシも女だから、料理くらいはね」
「なるほどな。その為に色々回ってるってところか」
「そういう事さ。……それより、どうしたんだい? アタシに用か?」
「ああ。実は、王都に行く事になっちゃって、その挨拶に来たんだよ。とは言っても、用が済んだら帰ってくるから……まあ、そんな感じだ」
「王都? なんで王都なんかに?」
「この前、ロクソールに行ったろ。あの時の一件でちょっとな」
「……ちゃんと帰って来なよ。待ってるからさ」
こういう時、深いところまで訊いてこないあたり、ジュリアスは『いい女』だと思う。
何も言わずに黙って見送って、でも帰りは待っててくれるなんて、良い嫁さんになりそうだ。
夫になる奴は幸せ者だな。
「ああ、待っててくれ。……あ、シオンも行くから」
「わかってるよ。準備もあるだろうし、さっさと行きなよ」
「いや、準備するものは特にないんだ。道中で小腹が空いた時の為に、屋台のもんを適当に買うつもりでさ」
「ふーん?」
「ってわけで、ちょっとしたデートしようか」
「…………は?」
いやぁ、ジュリアスが近くにいてくれて良かったなぁ。《黄昏の水面亭》まで行く手間が省けたのはかなり助かった。
用意のない予定外のデートとなったが、まあ、そこは眼を瞑ってもらおう。
「ジュリアスの最近のオススメはどの屋台だ? 美味いのを仕入れとかないと、シオンに怒られるから教えてくれよ」
「いや、ちょっと……あのさ」
「ん? どした?」
「今、デートって言ったかい?」
「……ああ、言ったが。それが?」
「それは、あ、アタシと、デート……って?」
「ま、普段はシオンとデートしてるようなもんだし、これくらいはな」
「そういうとこは直しなよ、クロウ」
「悪いな、気が利かなくて」
「いいよ、別に。それで、オススメの屋台だっけ? ちょっと来な」
「はいよ」
それから、ジュリアスに勧められるままに屋台を巡り、屋台の品を大量に買い込んだ。
一応、仕入れる前にそれぞれをひとつだけ買って喰ってみたが、どれも美味しく、流石はソルダル1メシの美味い宿の看板娘の舌だと感心させられた。
……たまにジュリアスと屋台巡りするのもアリだな。味に敏感だし、美味いもんが喰えそうだ。




