冷静になる事が肝要です
さて、手打ちにするとは言ったものの、切り替えが出来ているのかと訊かれれば、答えはノーだ。
残念ながら、オレはそこまで人間が出来ていない。
つまり、ここからは賠償請求である。
「で、幼気なDランクパーティを騙して死地に追いやり、自分たちは大人しく喰っちゃ寝してたギルドマスターの2人は、何をしてくれるんだ?」
「……は?」
「『は?』じゃねぇよ、このスットコドッコイ。こちとらお前らの掌の上でダンスを踊って、Sランクに片足突っ込んでる化け物を2匹も殺してきてやったんだぞ。贖え」
「2匹……? フェンリルは2頭もいたのか!?」
「おうよ。お陰でオレもシオンもズタボロ。特にオレは、半永久的に魔法の使えない身体になっちまった。……どう責任取ってくれんだ? ん?」
「申し訳ない事をした……が、さっき手打ちにすると言っただろう?」
縋り付くような表情のヴァイス。
まあ、ソルダルのギルドは最近金銭面が厳しいらしいから、あんまりお金を出したくはないんだろうな。
だが、それはそれ、これはこれだ。
「手打ちにするとは確かに言った。が、それで終わりなわけがないだろ? 誠意を見せろよ、誠意を」
「誠意、と言うと……?」
「そんな事はお前らが考える事だ。今回の件でオレ達が支払った労力に対する人件費、騙した事の慰謝料、情報を正確に伝えなかった事と、くだらん依頼で拘束した事に対する迷惑料、当然支払われるべき報酬、その他諸々。裁量はお前らに任せる。任せるが……あまりにも見合わないものだった場合、ソルダルとロクソールの領主と王都にあるギルド本部のグランドマスターに今回の事を全部伝える」
「―――――」
「ついでに国王にも伝えて貰おうか。冒険者ギルドは所属する人材を単なる便利な道具としてしか見ていない……とか」
「それは違う! 私はそんな風に思った事はない!」
「眼ぇ見て言えるか? なあ? どうだ?」
「それは……言えない、けど……」
「けど、なんだよ。この期に及んで言い訳なんて、いい度胸してんな」
ああ、もう、本当にイライラする。
3ヶ月前、ヴァイスに初めて会った時は、大したギルドマスターだと思ったもんなのにな。
「……あのさ、恥ずかしいとか思わないのか? たかだかDランク程度の冒険者に良い様に言われて、恥ずかしくないのか? オレがお前らの立場なら、今すぐ首をかっ斬って死にたいほど恥ずかしいわ」
「……恥ずかしくはある、が、言われても仕方のない事をしたんだ。それは受け入れる」
「ほう? それで? お前らはオレ達に何をしてくれんだ?」
「……とりあえず、まずは、ランクを上げる。フェンリルを2頭も斃した以上、Aランク以下じゃまるで足りない」
「それで?」
「依頼の報酬として白貨を30枚――」
「30枚? なに寝惚けた事を抜かしてんだ、ヴァイス。ロクソールのギルドじゃ、フェンリル1頭を白貨50枚で買い取ってくれたぞ」
「……紅貨10枚」
「20枚」
「……15枚」
「18枚」
「……わかった、依頼の報酬として紅貨18枚を支払う」
ヴァイスの言に頷く。
しかし、忘れてはならない。
ソルダルだけに報酬の支払いを要求するのは、間違っている。
「ロクソールはいくら払ってくれるんだ?」
「…………え?」
話を振られたオルガが、間抜けな声をあげた。
まるで、自分はまったく関係のない場所にいたかのような反応だ。
「なんか勘違いしてないか? オレ達を騙したお前らは共犯だ。両方から頂くのが正当な要求ってもんだろう」
「でも、ロクソールでフェンリルを白貨50枚で買い取って……」
「それを貴族やら商会やらに売って利益を出すのは誰だ? ……そう、ギルドだ。冒険者がギルドに素材を持ち込む度に、ギルドの懐は潤う。知ってるぞ。オレ達からは適正価格で買い取るくせに、売る時はオークションにしてるんだろう?」
その言葉を言った瞬間、2人の顔が見るからに強張った。
『どうしてそれを』……そんな事を言いたげな表情だ。
「まあ、それ自体は良い。手元に何もなかったら、買い取りすら出来ないしな。だけど、共犯のくせして自分は逃げようってのは頂けない。しかも、ロクソールは今回、面倒を持ち込んだ張本人だ。つまり主犯だな。……蜥蜴の尻尾切りなんて、させると思うか?」
「……そう、だね。じゃあ、紅貨30枚支払う」
「……ふむ? 考えるのが苦手そうな見た目の割には、頭の回転は早いんだな?」
「じゃなきゃギルドマスターなんてやれないから」
今回罷免モンの大事件をやらかしたけどな。
「まあ、いいか。じゃあ、依頼の報酬として、ヴァイスからは紅貨18枚、オルガからは紅貨30枚を頂く、と」
ホロスリングから紙とペンとインクを取り出し、紙を3枚机に並べて、それぞれに決定した事を書き留めていく。
「……な、何をしているんだ、クロウ?」
「何って……見ればわかるだろ? 口頭の宣言じゃ弱いからな。逃げられないように簡易的な契約書を作るんだよ」
「クロウは、私達が逃げると思っているのか……?」
「本心からは思っちゃいねえが、万が一の為の保険だな。額が額だから、逃げないとも限らない」
「……そうか」
「……一度崩れた信用は、再構築するのは難しいもんだ。それを思えば、こんな紙、ガキの遊びみたいなもんだろ」
「ああ……ああ、そうだな……」
「……クロウ、いいのか? そんな毟るような真似して」
打ち拉がれた様子のヴァイスを見て堪らなくなったのか、シオンが口を開いた。
振り向いてみれば、少し責めるような視線でこちらを見ていた。
「……オレは、2度とこんな事はごめんだ。本当なら1度だって味わいたくはなかったけどな」
「それはわかってる。俺だって良くはないさ。だけど、紅貨はかなりの額だ。俺達がもっと強くなれば楽に稼げるかも知れないけど、今は逆立ちしたって稼げない」
「ああ、そうだな」
「そんな額の金を今手に入れたら、歪む。今までの俺達じゃ、いられなくなる。……それは、ダメだ、クロウ。それじゃダメだ」
シオンの真剣な表情と言葉に、頭に上っていた血が一気に引いていくのを感じた。
……悪い癖だな。前世から治ってない、困った悪癖だ。
確かにこれは『やり過ぎ』だ。
いや、人によっては当然の事だと言うのかも知れないが、シオンがこういう言い方をしたのなら、それは『やり過ぎ』てる時だ。
「……はあ。悪い、ヴァイス、オルガ。今のはナシだ。あんた達の方で適当に決めておいてくれ。どんな内容でも文句は言わないから」
「いや……私達はそれはありがたいが、いいのか?」
「良いも悪いもないだろ。個人からのものでない限り、依頼の報酬額を決めるのはギルドだ。オレ達は冒険者。依頼を受ける時は提示されてる報酬に納得して依頼を受けるもんだ」
「今回はそれとは違うだろう? それでもか?」
「それでもだ。大体、魔法が使えないせいで徒歩で帰って来て疲れたし、頭もあんまり回ってない。とてもじゃないが、良い案が出るとは思えないからな」
「けど、そっちの言い分は間違ってない。私達は騙して、あなた達は騙された。報酬を言い値で支払わせたり、色々便宜を図ってもらうのは当然の事」
「オレだってそう思うさ。けど、オレ達はDランクパーティだ。Sランクじゃあるまいし、ギルドの決めた事に口出しすんのはお門違いだ」
「でも……」
「デモもストもねえよ。……はあ、疲れた。帰ろうぜ、シオン」
「おう」
机に広げた紙と筆記具をホロスリングに仕舞って、シオンと2人、部屋を後にする。
ああ……早く《黄昏の水面亭》のベッドで寝たい。ここ2日くらいは野宿だったからなぁ……。
早く帰って、あのふかふかのベッドで寝るんだ。
◆
「――まったく。お前のせいでオレ達はまた貧乏クジだ。どうしてくれる、シオン」
「まあまあ。でも、何だかんだ言っても優しいクロウが、俺は大好きだぜ」
「そう言えば機嫌直すと思ってんだろ」
「なんだよ。美少女がお前の事大好きって言ってんだぞ? 嬉しいだろー?」
「元男の相棒じゃなけりゃなあ……」
「じゃあもう抱いて寝るの禁止な」
「それとこれとは別だろ?」
「別じゃないね」
「……わかったよ、嬉しいよ。オレもお前の事は好きだしな」
「……そういうの、あんま言うなよ。見た目が良いから勘違いされるぞ」
「勘違いから始まる恋もアリだと思うがな」
「しばらくは俺で我慢してろ」
「……しょうがねえな」




