怖い街ロクソール
「――で、どうだったかしら。アタシの手料理は」
「美味かった。美味かったが……」
昼メシにと出された料理を食べ終えると、カレンが奥からやってきて、相変わらずの口調で感想を訊いてくる。
「流石に、ちと苦しいな」
美味かった。転生して、多分初めて、心から美味いと思えるものを喰った。
が、それはそれ、これはこれ。
流石に量がキツかった……。
ああ、これダメだわ。しばらく動けないわ。
「いや、それでも完食したんだから、凄いと思うぞ……」
「ははは……。そりゃありがとう……」
同じテーブルのシイナはと言えば、流石に量が量だっただけに途中でギブアップ。
そうして残ったシイナの食べさしがこちらに流れてきて……と、まあ、ごく自然な流れで絶賛苦しくなっているというわけで。
ただ、不思議な事に、食べてる最中は満腹感は全然感じなかったんだよな。
「クロウちゃんはシイナちゃんのも食べてたから、当然ね。大丈夫? 気持ち悪いとかない?」
「それは、平気だ。ただまあ……」
「ええ。しばらくいてもらって構わないわ。アタシとしても、いて欲しいしね」
「……そうかい」
キラリと光るカレンの眼光が少し恐ろしいけど、腹の苦しさが治まるまでは動けないからな。
どうせシオンもまだ起きないだろうし、フェンリルの解体にもそこそこ時間かかるだろうし、忙しなく動いてた分、ちょっとゆっくりしてもいいかな。
せっかく美人と一緒なんだしな。
「はぁ……なんか、しばらくぶりにゆっくりしてる感覚だな……」
「そうなのか? いくら冒険者とは言え、休みはきちんと取らないとダメだぞ」
「ああ、いや……そういうんじゃなくてな。昨日1日、結構忙しなかったからな」
「……ふむ?」
「朝から随分と……うん。まあ、お陰様でロクソールにも来れたし、美人の知り合いも出来たから、問題ないな」
「あら、それってアタシの事?」
「違うわ! いや、美形かも知れないけど、あんたじゃねえわ!」
「それは残念」
口を尖らせて拗ねたような顔をするんじゃない。
「……それにしても。あんた、妻帯者じゃなかったんだな」
「ええ。だってアタシ、女には興味ないもの」
「あ、そう……」
そうじゃないかとは思ってはいたが、まさか本当に『そう』だとは思わなかったな。
女もイケるクチなんだと思ってたのに、男専門だったとは……ちょっと意外だ。
「クロウちゃんは、男はどう?」
「……いや、どうって訊かれてもな」
「女の子専門?」
「んー……いやぁ、どうだろうな。女の子は普通に好きだけど、別に男がダメって事はないと思いたいな」
「じゃあアタシも大丈夫ね!」
「それはどうだろう……?」
「……違うの?」
「なんというかな、好きになったら仕方ない、みたいな感じって言うか……。好きな人が男でも女でも人間でもそれ以外でも、別に大して気にしないだろう?」
「まあ、そうよね」
「だからまあ、そんな感じだよ。うん」
『男は無理』って明確に拒絶する材料もないし、そもそも相棒からして元男の美少女だから、実際のところほとんど抵抗がない。
……オレの今生、刺激的すぎない?
剣と魔法のファンタジーな世界に転生したのはわかってるけど、どうやれば友人が女になるなんて予想出来るよ。
いや、飽きが来なくて助かってるけどさ。
「それで言ったら、シイナはどうなんだ? 同性からの人気が高そうだけど」
「はは……まあ、私は普通に異性が好きだよ。確かに女の子からの人気が高いのは否めないが」
「だろうな。かっこ良くて綺麗ってのは、それだけで人気の的になるもんだ」
「……それは、クロウもそう思っているという事か?」
「……? そりゃそうだろ? シオンはどちらかと言えば愛嬌があるタイプだからな。シイナみたいなのは新鮮で好きだよ」
「そ、そうか……」
「……どした? 顔真っ赤だぜ?」
「いやっ、なんでも! なんでもない!」
顔を真っ赤にしたまま両手と首を横に振るシイナ。
なんでもないって事ないと思うんだが……まあ、本人がなんでもないって言ってるなら、きっとそうなんだろう。
少なくとも、オレが気にするような事ではないって事だろうしな。
「……ふぅ。苦しいのも大分楽になってきたし、そろそろ行くか?」
「あら、もう行っちゃうの?」
「相棒の様子も気になるしな。また来るよ。多分、きっと、恐らく、いつの日か」
「もう、いけずな言い方ねぇ」
「ははは……。まあでも、せっかくシイナに紹介してもらったし、メシは美味かったし量も満足だったから、贔屓にさせてもらうさ」
「そう? ふふ、それなら良かった。シエナ共々、よろしくね」
「いや、家族ぐるみの付き合いはちょっと……」
そもそも、この世界ではオレの家族はいないし。
そういえば、この世界はなんて名前の世界なんだろうな。ちょっと気になる。
「ちょっとお父さん! まだお客さんいるんだから、仕事してよ!」
「ごめんなさい、シエナ。2人と話してるの楽しくって」
「ふふ。では、私も失礼しよう。カレンさん、代金です」
「……はい、確かに。シイナちゃんも、またいらっしゃいね。冒険者稼業で忙しいでしょうけど」
「ははは、わかりました。街の外に出ていなければ、また来ます」
「ええ、それでいいわ」
「じゃあ、オレ達はこれで」
「ごちそうさまでした、カレンさん」
にこやかに手を振るイケメン店主カレンに手を振り返して、《豊穣の銀狼亭》を後にする。
店主がちょっと……いや、だいぶ……かなりイロモノだったけど、シエナちゃんの接客は丁寧だし、安いし、美味いし、ボリュームがあって満足感マシマシだし、文句の付けようがないな。
シオンに食べさせてやれなかったのは、残念というか申し訳ないが、またいつかロクソールに行く必要がある時には、お詫びも含めて連れてきてやるとしよう。
「ご馳走になっちゃって悪いな、シイナ」
「なに、私から言い出した事だからな。口に合ったようで何よりだ」
「ああ。本当に美味かった。今度来る時があれば、シオンにも喰わせてやりたいな」
「それがいい。……ところで、今日はこれからどうするんだ?」
「んー……まあ、とりあえずシオンの様子でも見に行くよ。それからは、特に考えてないな。依頼は受けられないし、そもそも魔法は今は使えないから……適当に街をぶらつくかなぁ」
「そうか。私は少し用があるのを思い出したから、ギルドまでしか同行出来ないが……大丈夫か?」
「大丈夫だよ。小さなガキじゃあるまいし、自分の事は自分で出来るさ」
「ふふ、そうだな。すまない。……では、ギルドに戻るとしよう」
「だな」
シイナと一緒に、ギルドまでの道を歩き出す。
たまに街の男達……のみならず、一部の女性達からも嫉妬と羨望の視線を向けられるが、気にせずに歩を進める。
……まあ、実際は、たまに憎悪の視線が混じってるから、早くギルドに行きたいだけなんだけどな!
やっぱ、ロクソールって怖い街だな……。
レイン、ジュリアス……あと、ついでにヴァイスも……。昨日の今日だけど、お前達のいるソルダルが恋しいよ……。




