オネエの店でメシを喰う
解体を任せて外に出て、さあ何をしようか、といったところで、そういえば腹が減っていた事を思い出した。
シオンには悪いが、減ったものは減った。
だからオレだけでも昼メシにする。
「……どうした?」
立ち止まったオレの顔を覗き込みながら、シイナが訊いてくる。
「いや、腹が減ったな……と。ただ、ロクソールのメシ屋なんか知らないし、屋台で喰うのもちょっと味気ないなー、なんて思ってなぁ」
「ああ、なるほど。では私が奢ろう」
「……いいのか?」
「構わないさ。ロクソールを救った英雄をもてなすんだ。これくらい普通の事だ」
「英雄なんてタマじゃないけどな、オレもシオンも」
「それなら、私からの礼とでも思ってくれ。ささやかなものではあるがな」
Cランク冒険者からの個人的な謝礼か。
うん……まあ、それならいいか。
「じゃあ、甘えさせてくれ」
「ああ。どこがいい?」
「どこったってな……とりあえず、量が多くて安いとこがいいな」
「そうか? 私の財布なら気にしなくてもいいんだぞ?」
「……まあ、次にロクソールに来た時に、またそこを利用したいってのもあるんだ」
「なるほど。では、ついてきてくれ」
シイナは口の端を吊り上げるだけでニッと――本人の容姿も相俟って――格好良く笑って見せるとスタスタと歩き出した。
そうしてしばらく彼女について歩くと、とある一軒の店の前で彼女は足を止めた。
店の前には、黒板がイーゼルに掛けられており、《豊穣の銀狼亭》という店の名前と今日のオススメが書いてあった。
「《豊穣の銀狼亭》……ね」
昨日の事だが、文字通りの銀狼を斃してきただけにちょっとむずむずした気分になる。
「……ああ、すまない。変えようか?」
「いや、いいよ。そんなのをいちいち気にするような繊細な心は持ち合わせてないからな。それより、ここはシイナもよく利用するのか?」
「ああ。今は依頼に割く時間も増えてあまり利用しなくなってしまったが、駆け出しの頃はご飯を食べるとなればここだった。……懐かしいな」
「なるほど、駆け出しでも十分に腹を満たせる場所って事か」
「その通りだ」
言われてみれば、確かに『らしい』空気を持っているな。
建物自体は多少汚れているが、嫌になるような汚れ方じゃない。人と共にある建物特有の汚れ方というか、単純な経年劣化とは違うというか。
まあ、オレにもあんまりよくはわからんのだが。
ただ、こう、なんとなく、温かさみたいなのは見た目からでも感じる。
「まあ、とにかく入ろう。注文は任せてもらっていいか?」
「ああ、任せるよ。でもがっつり喰えるのがいいな。肉とか」
「心配しなくとも、ここのご主人はそういうのがわかっている人だ」
「そりゃいい」
冒険者も利用する飲食店で、冒険者のニーズにも答えられるようにしているという事は、ここのご主人とやらは元冒険者だったりするのか?
色々と話を聞いてみたいが、こういう個人経営の店の場合、大抵店の主人は厨房担当なんだよな。ソルダルでもそうだし。
「では、入ろうか」
そう言ってドアを開けて中に入っていくシイナの後を追って中に入り……妙に嫌な予感を覚えて足を止める。
なんだ……?
なんとなく、ここから先へは行ってはいけないような……。
「いらっしゃ――あれ、シイナさん?」
オレより少し年下くらいの少女がやってきて、シイナの姿を認めると嬉しそうな笑みを溢した。
「ああ、シエナ。久しぶりだな。元気にしていたか?」
「うん! あ、そうだ。お父さん、呼んでくるね!」
「いや、別に――」
「お父さーん、シイナさんが来たよー!」
制止するシイナの声を無視して、シエナと呼ばれた少女は店のカウンターの奥……厨房と思しき方へと声をかけた。
そしてしばらくすると、セミロングほどの長さのクリーム色の髪を持ったイケメンがやってきた。
なるほど、確かに髪の色が同じだ。養女とかではないんだな。
イケメンはスタスタとこっちに近付いてくると、柔和な笑みを浮かべてシイナの頭をひとつ撫でると口を開いた。
「久しぶり、シイナちゃん。よく来たわね。もうどれくらいになるかしら? ゆっくりしてって頂戴ね」
男性にしては高い……いや、少し声の低い女性の声が、イケメンから放たれた。
そうか……嫌な予感はこれか……。
めちゃくちゃイケメンなのに、この人、オネエ系なのか……。
んでもって、こういうキャラが出てくる時、そのシーンの男キャラってのは――
「……あら? イイ男を連れてるじゃない! ね、アタシにちょうだい?」
――こういう話を振られる。
「はは……。まずは、お久しぶりです、カレンさん。彼はこの度ソルダルから救援に来てくれた人で、騒ぎになった例の魔物を討伐してきてくれたのです」
「まあ! 強いのね。アタシ、強い子ってだぁい好きなの。食べたくなっちゃう」
やめろぉ! その、語尾にハートマークが付きそうな喋り方をやめろぉ!
それから、妙に熱っぽい視線を送ってくるのもやめろ! あんた妻帯者じゃないのか!?
「……あ、でも。アタシ、どちらかと言えばネコだから、食べられるのはアタシの方ね」
知りたくなかった事実……!
クソッ……なんだこれは……!? これがロクソール流の真の洗礼なのか!?
「あの……カレンさん。どうかそこまでに……」
「そうだよ、お父さん。そういうのは夜にやってよね」
「いや夜でもやるなよ!?」
「そうね……。ごめんなさいね。あんまりイイ男だったから、お尻が疼いちゃって」
「おおう……」
ゾクッとした! めちゃくちゃゾクッとした!
えっ、怖い! ロクソール怖い! 助けてシオン!
「ま、それはともかく。ごはん、食べに来たのよね。嬉しいわ」
「よろしくお願いします、カレンさん」
「任せておいて、シイナちゃん。そっちの彼の為にも、腕に縒りをかけて作るわね」
そう言って、こちらを見ながらパチンとウインクしてくるイケメン。
……いやぁ、ロクソール怖いなぁ。
何が怖いって、貞操の危機もそうだけど、その相手がイケメンで、カレンっていう明らかな女性名ってのも怖い。
早く目覚めてくれ、シオン! お前が目覚めればソルダルに帰れるんだ! マジで頼む!
「それで、注文はどうするの?」
「そうですね。何かがっつり食べられるものを。飲み物は適当にお願いします」
「……なるほど、彼は冒険者だものね。わかったわ。じゃあ、ちょっと時間を貰うから、それまで待ってて頂戴ね」
イケメンはそう言うと、投げキッスをオレに向けて放ち、何喰わぬ顔をして奥に引っ込んでいった。
それを呆然として見送るオレ。そしてそのオレをシイナとシエナちゃんは複雑そうな表情で見つめてくる。
……え? もしかしてロックオンされた? それマジで言ってる?
まあ、別に男を抱く事自体にはあんまり抵抗はないけども……でも初めての相手は女性がいいな。あと、オレは後ろの穴は捧げたくない。
「えっと……うちのお父さんがごめんなさい……」
「気に入られたな、クロウ」
「いや、気に入られたっていうか、明らかにそういう相手を見る眼だったよな? なあ?」
「……まあ、なんとかなる、だろう?」
何言ってんだこのCランク。
一発ぶん殴って、眼ぇ覚まさせてやろうか。
「あ、あの! お父さん、あんな反応しますけど、今まで誰も食べた事ないですよ! ……今までにない反応だったんで、あんまり自信ないですけど……」
「おい、聞こえてるぞ。聞こえてるからな」
「ま、まあ、たぶん大丈夫ですよ! 適当な席に座って待っててくださいね!」
元気よく言って通常業務に戻っていくシエナちゃん。
一縷の希望に賭けてシイナを見るが、残念ながら彼女は眼を逸らすだけだった。
オレの貞操の明日はどっちだ。




