戦いの後の休息 sideシオン
今回は視点を変えてシオン視点になります。
クロウ(主人公)が気絶しちゃったからね。
しょうがないね。
相棒がぶっ倒れた。
まあ、事前に言ってくれてたし、そんなに驚かないで済んだんだけど、それでもちょっと心臓に悪い。
とりあえず話していた通りに膝枕をして寝かせておいてやろう。
「……………」
人間ってやつは、結構重い。
寝てたり気絶したりしてると、特にそう感じる。
それとも、この身体のせいかな? 女になったからか、ちょっと弱くなった気がする。誤差の範囲で。
「…………クロウ」
膝の上に乗った銀の頭を撫でながら、相棒の名前を口にする。
さっきの、2頭の銀の大狼との戦いでこいつが見せた力は……あの力は、使わせたらダメなヤツだ。
確かに凄い力だった。
俺でさえ全身が粟立ったから、あの狼達が感じた恐怖や威圧感は、かなりのものだったはずだ。
だけど、大きな力には代償が付き物だ。
そんな事は本を読まなくてもわかってる。
今こうして相棒は……クロウは眠っているけど、たぶん俺に言ってないだけでかなりの代償を支払ってるはずだ。
あんな……あんな魔物が出てくるなら。
それがわかっていたなら、いつもみたいに、稼げるからってクロウに頷いては貰わなかった。
思い返してみれば、いつもクロウには我が儘を聞いてもらってる。
《黄昏の水面亭》の宿代は……まあ、置いておくとして。今日までの3ヶ月、特に依頼の受注に関して、かなり我が儘を聞いて貰っている。
今日の事にしたって、話を早くから切り上げてたクロウを引き留めたのは俺だ。
まあ、あれはヴァイスやオルガが悪かったんだけど。
それでも、やっぱり引き留めるべきじゃなかったかな、なんて考えてしまう。
「……ごめんな」
眠る相棒の頭を撫でながら、零すように謝罪の言葉を口にする。
いつも我が儘言ってごめん。
いつもクロウの力を宛てにしててごめん。
助けになれなくて、気絶するような事までさせて、ごめん。
「――情けないな、俺」
レベルは変わってない。ステータスも、スキルにだって変化はない。
だけど、男だった時より今の方が、何故か無力を感じてしまう。
多分あれだ、先入観が悪いんだ。
男に比べると女は、やっぱり体格的にも身体能力的にも、多少見劣りしてしまう印象があるから、きっとそのせいだ。
「……なあ、相棒。どうしたら俺は、胸を張って、お前の『相棒』だって言えるのかな?」
答えは返ってこない。当たり前だけど。
ああ……嫌だな、こういう感覚。
どうしようもなく自己嫌悪っていうか、返事が無いってだけで、嫌な考えが頭の中をぐるぐるしてて、嫌な感じだ。
でも、なんとなく言いそうな事はわかる。
どうせこいつの事だから、『普通に胸張ってろよ。相棒だって名乗るのに資格なんか要らんだろうに』とか言うんだ。
「人の気も知らないで。……くそっ」
「ん……ぅ……うぅ……?」
変にイライラしたのでクロウの鼻をつまむと、息苦しそうに顔をしかめて口呼吸に移行し始める。
それがなんだか、妙に可愛く思えて、自然と笑みが零れる。
……どうかしてる。
「なんだかな……。身体が女になったから心が引っ張られてんのかな……?」
まさかな、と直前の言葉を打ち消して、改めてついさっきまで戦場だった空間へと眼を向ける。
木々には刀や剣、狼の爪で付いた鋭い傷が何条も走り、ものによっては狼達の強靭な顎で少し砕かれた木もある。
地面にもまた斬り傷は走っていて、踏み倒され、潰された草花には痛々しさすら感じる。
熾烈な戦いだった。今までにないほどに。
クロウが単独で戦闘を始めた時――いや、あの2頭の狼に出会った瞬間、自分の浅慮を呪った。
骨が折れそうだ、とロクソールのギルドでは言ったし、実際に何本か折れた。その度にクロウの魔法で治癒して貰ったけど、流石に相手が悪かった。
もし、クロウの奥の手でも斃せない相手に出会ってしまったら?
そんな考えが頭の中をぐるぐると回る。
「……強くなろう」
見た目にはわからないでも、きっと全身ズタボロの相棒の頭を相変わらず撫でながら、誰に告げるでもなく中空に言葉を投げる。
誰が相手でも勝てるように強くなろう。
いざという時、何も出来ない存在にはならないように強くなろう。
何より、この頼もしい相棒といつまでも『相棒』でいるために。
誰より、この頼もしい相棒に相応しい存在になるために。
そのために、まずは――。
「……お前が寝てる間の露払いくらいは、今の俺でも出来るようにならないとな」
木々の間や叢の陰から出てきたゴブリンやコボルトといった低ランクの魔物を見て、それから眠るクロウを見て、言う。
クロウほどではないけど、俺も満身創痍だ。
体力はある程度なら回復したけど、魔力はまだまだ……身体強化を使えるほどじゃない。
だけど、俺よりも満身創痍な相棒の為に、今は剣を執ろう。
「……ゴブリンキングを斃したのが、随分昔に感じるなぁ」
あの頃から、もう随分と強くなった。
相棒1人守るくらいなら、ギリギリ出来るはずだ。
「ちょっとごめんな、相棒。安眠を邪魔する奴らを片付けてくるわ」
そう断りを入れて膝の上の頭を地に置き、立ち上がって腰のロングソードを抜き放つ。
Dランクに上がった祝いにクロウと贈り物をしあった時に、クロウが買ってくれたものだ。
ショートソードの方が慣れてるのに、と思ったが、初めて握るのに妙に手に馴染んだ事を覚えている。
あとで聞いたら、前々から武器屋のオヤジに頼んでたのが出来上がった、なんて話だった。
「……3ヶ月。たかが3ヶ月だ。短いし、長い」
それなのに、俺はこの男に助けられ過ぎている。
だから今は、ちょっとした恩返しの時だ。
まあ、木っ端魔物を蹴散らすなんて、なんの恩返しにもならないかも知れないけど。
「少しずつ返してくからな。だから、受け取ってくれよ、相棒?」
最後にそれだけ言って、迫り来る魔物達に向かって地面を蹴り出す。
身体はボロボロだ。
脚は満足出来るほどに動いてくれないし、腕だって妙に重くてもう剣なんか握っていたくない。
今すぐクロウみたいに地面の草をベッドにして眠ってしまいたい。
それくらいボロボロで、疲れてる。
「……男ならな……」
思わず口からそんな呟きが漏れる。
でも、きっともう男には戻れないんだろうなんて予感もしている。
それならそれで良いか、って思ってる自分もいて、お前それで良いのかよって笑う自分もいる。
「……やだなぁ」
多分これからの人生、あの相棒にいちいち魅せられて、俺の女の部分が惹かれて、引き出されてしまう……と思う。
今となっては一番近くにいる異性なんだし、ないとは言い切れないのが怖い。
いや、それよりあの相棒は男でも惹き付けるから、それが怖い。
「くそぉ!」
昨日、軽い考えで妙なものを口にしてしまった自分が恨めしい。
こんな事になるなら、絶対食べなかったのに!
ちょっとずつ女になっていってるのがわかるんだよ! ちくしょう!
「ちくしょおおおお!!」
怒りに任せて集まってくる魔物達をロングソードで斬る。
素材がどうとかは気にしない。
どうせ売ったってロクな金額にならないし、素材だって大したものには使えない。
そもそもクロウが起きてないからホロスリングを使えないし、だから素材の心配なんてするだけ無駄だ。
「くそったれえええッ!」
身体も精神も疲れてボロボロで、重くて満足に動かせない。
そのはずなのに。
――何故か、身体が妙に軽かった。




