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女になった相棒と行く異世界転生冒険譚  作者: 光月
女になった相棒と行く異世界転生冒険譚
19/73

強大過ぎる力、解放


 シオンと2人で1頭ずつ相手をしてみても、負担はあまり変わらなかった。というのも、隙あらば片方が片方に加勢するのである。

 もちろん、オレもシオンもそこそこの実力を持つ冒険者だから、1頭ずつを相手していても2頭を視界に入れるように動いている。

 だと言うのに、この狼共は『それがどうした』と言わんばかりに、攻撃の手が止まる一瞬の隙を突いてはオレの方に、あるいはシオンの方に2頭がかりで攻撃を仕掛けてくる。厄介な事この上ない。


「はぁっ……はぁっ……クソ……っ!」


 そうした攻撃が続くこと数十分。

 我ながら良く立ち回れているとは思うが、いちいち別方向に意識を向けなきゃならないせいで体力の消費が半端じゃない。

 身体強化に属性魔法と魔力も酷使しているせいで、残量も心許ない。魔力は使い果たすとその瞬間ぶっ倒れるから、これ以上は望ましくない。

 オレより魔力量の劣るシオンは、すでに身体強化すら難しくなっていて動きが鈍ってきているから、倒れるのはそう遠くないだろう。


「――大丈夫か、シオン?」

「なんとか……。でも、もうギリギリだ」

「だよな……」


 疲労困憊、満身創痍なオレ達に比べて、あまり疲れたようすのない2頭の狼。

 流石は7時間以上も獲物を追いかける事のある生物だ。スタミナの底が見えない。


「……でも、俺達、よく頑張った方だろ」

「まあな。……はぁ。こんな事ならお前と1発ヤっておくんだったな」

「……は?」

「……なんだよ」

「お前、そんな眼で俺を見てたのかよ?」

「そりゃオレだって男だしな。多少はエロい眼で見たって普通だろ?」

「ふざけんな。なんで俺がお前に抱かれなきゃなんねえんだ」

「でも満更でもないだろ?」

「バッ……お前、バカじゃねえの!?」


 失礼な。

 危機的状況に際した種の保存本能だろうに。


「じゃあ誰ならいいんだ?」

「それは……いや、それはさぁ……こう、誰とかじゃないじゃん。好きな奴に抱いて欲しいってのが理想じゃんか」

「そうだな。で、その好きな奴って誰よ」

「……いないけどさ」

「オレは?」

「お前は相棒! 大体、今日まで男だったのにお前を好きになるわけないだろ!」


 それもそうか。

 いかんいかん、順応し過ぎてシオンが出会った当初から女だったような感覚に陥ってる。


「そんな事より、どうする? ぶっちゃけ斃せそうにないけど」

「そんな事ってなんだよ。……まあ、確かに厳しいけどさ」

「だろ? まあ、頑張ればなんとか出来ない事もないんだけど……」

「……本当か?」

「頑張ればな、頑張れば。最悪死ぬけど」

「じゃあいい! 頑張るな!」

「わかった。じゃあオレ観戦してるから、頑張ってな」

「頑張るなってそういうんじゃねえからな」

「わかってるって、冗談だよ」

「冗談じゃなかったら俺がお前を殺す」


 ギロリ、と普段の姿からは想像出来ない鋭い目付きで睨み付けてくるシオン。

 心配しなくてもちゃんと冗談だよ。


 ……ほんとだよ?


「でも、じゃあ、どうする? 体力も魔力も尽きかけ、増援は無い、有効打も与えられない。相手が未だに2頭だけってのだけが救いだ」

「……だよな。どうしたらいい?」

「あのなぁ……」

「でも、クロウに無理はさせたくない」

「大丈夫。普通ならしばらく気絶するだけで済むから」

「いやでも、今死ぬって……」

「最悪! 最悪の場合だから! 実際はそこまで深刻じゃねぇから!」

「えー? 本当かぁ?」

「いやホント、マジで大丈夫だから。オレがぶっ倒れた後、お前が恋人か妻のように膝枕して介抱してくれるなら」

「下心丸出しじゃねえか!」

「うるせえ! お前の為にも頑張るって言ってんだから、当然の報酬だろ!」

「ぐっ……! で、でもさぁ……」

「じゃあ、2人まとめてここで死ぬか?」

「……………」


『死ぬ』という言葉にシオンは押し黙ってしまう。

 ……いやぁ、空気の読める狼達だなぁ。ただ睨み合ってるだけなのにさっきみたいに襲って来ないあたり、大事な会話だって理解してくれてるんだろうな。きっと。

 ……人間かな?


「……わかった。それでいこう」

「え? どれ?」

「だから! お前が頑張るってヤツ!」

「あー、はい。で、報酬は?」

「……仕方ないからしてやる。よくよく考えたら、今までを思えば膝枕くらい『その程度』で済ませられる事だしな」


 今まで……?

 ……ああ、シオンを抱いて寝てた事か。


「だから、倒れた後の事は任せて、今は頑張っちゃってくれ」

「おうよ。……あ、倒れた後、好きにしていいぞ」

「…………は?」

「いや、よく考えたらシオンに対するお礼みたいなのないしな。だから、オレがぶっ倒れた後で、オレの事を好きにしてもいいぞ……って」

「……例えば?」

「例えば!? あー……そうだなぁ、キスするとか?」

「殴っていいか?」

「それはちょっと……マジで死ぬかも知れない」

「……まあ、わかった。クロウが気絶してる間は好き放題させてもらう」

「よし、交渉成立だな。ちょっと不安だけど」

「いいから、早く行け」

「わかったよ、ちくしょう」


 いよいよ遠慮が綺麗さっぱり消え去ったシオンの激励の言葉を受けて、3歩ほど前進する。


「さて……やりますか。『制縛の鎖錠・限定解放』!」


 キーワードを口にすると同時に頭の中に響くバキンという金属の断たれる音と、身体の内側から湧いてくるとてつもない力の奔流。

『制縛の鎖錠・限定解放』は、1ヶ月前に見つけた『制縛の鎖錠』の裏技とも言えるスキルだ。

 その効果は、文字通り『制縛の鎖錠』によって制限されている加護やスキル、祝福の恩恵などを一定時間の間、限定的に解放するというもの。

 早い話が、少しの間だけ『制縛の鎖錠』というスキルを無いものとして動けるスキル。


 ただ、そんなスキルを何の制限もなしに使えるわけではない。

 使用条件として、まず、使用者がこれまでに無い命の危機を感じている事。

 次に、使用者本人の為ではなく、他に誰か、あるいは何か、心の底から守りたいと思えるものがある事。

 それから、これを使って戦う相手が、現在の自分よりも遥かに強い存在である事。これは1つ目の条件にも通じる。


 そして、そんな条件がある上に、デメリットも存在している。当然と言えば当然だが。

 まず、使用後は気絶する。これは絶対というわけではなく、解放される恩恵の量が少なければ少ないほど軽くなり、数十分身体を動かせないとかそのレベルまで軽減できる。

 それから、1度使用すると、次に使用するまでに半年間のクールタイムを要する。まあ、解放しなきゃならないほどの危機に陥ったくせに、すぐに2度目を使う事になるような生き方をするなという話だ。自助努力を怠るなって事だな。

 そして、使用後、一定の期間は魔力を使えなくなる。それは数日かも知れないし、1週間、1ヶ月、あるいは1年……もしかしたらもっとかも知れない。ただ、使えるようになった時は、以前より魔力量が大幅に増量しているらしい。


 それらの事を認識した上でなければ使えない必殺技。それが『制縛の鎖錠・限定解放』。

 デメリットばっかりじゃねえか! と憤りたくなるが、自助努力を怠った自分の不覚だし、そんな状況に身を投じざるを得なかった自分の不運こそ呪うべきだろう。


「……いくぞ、犬共!」


 こちらを射殺すような鋭い目付きで睨み付けてくる銀の大狼に、せめてもの親切で声を掛けてから行動を開始する。

 まずは地面を蹴って肉薄。

 今までは景色が緩やかに流れていたのが、一瞬の風景の切り替わりに変わっている。


「――シャラァッ!」


 そしてその速さのままに、1頭目の首に《鴉》の刃を振り下ろす。


「―――――!?」


 が、それを寸前で察知した大狼は刃が首に届くまでに横っ飛びに回避した。

 これまでの戦闘でも幾度となく目にしてきたし、散々攻撃を回避されてきたからなんとなく解るのだが、多分この大狼はオレ達から放たれる敵意か何かを感知して回避しているんだと思う。

 どれだけ頑張って気配を消しても、普通は敵意や殺意は攻撃の瞬間には漏れてしまうから、これは仕方ないだろう。

 まあ、今は、そんな懸念もないわけだが。


「――遅い」


 横に跳んだ1頭目を追いかけて、今度こそと首を狙って《鴉》を振り抜く。

 超反応での回避をしてきた大狼も、半ば空中にいる状態では流石に回避のしようもなかったようで、抵抗もなく滑るように首に吸い込まれた刃によって、今生と永遠の別れをする事になった。


「次」


 状況に頭が追い付いてないらしい2頭目も、1頭目と同じ状況になったが故に、同じやり方で首を両断する。

 それから、このまま倒れて大狼を劣化させてしまわないように首と身体をホロスリングの中に収納しておく。

 よし、任務完了。

 初めて使ったけど、とんでもない力だな、これは。今だけ限定の力だけど、人間1人が持つには過ぎた力だ。

 それを考えると、神々が付与した『制縛の鎖錠』はナイスなスキルだな。自助努力を怠れば強大な力は得られないから、増長したりする事がない。いやはや、流石は神様。


「終わったぞ、シオン」

「あ、ああ……うん。なんか、凄かったな」

「まあな。でも、しばらくは使えなくなる。それに、特定の状況じゃないと使えないんだ」

「特定の状況……?」

「まず、今までにない命の危機に瀕している事。それから、相手が今の自分より遥かに強い相手である……こ、と……それと……」

「お、おい、大丈夫か!? ていうか、それと、なんだ!?」

「大切な何かを……守りたいって、心の底から……思って……る……こと……だ……」


 そこが、オレの意識の限界だった。

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