輝く銀の大狼
ロクソールから東に伸びる街道。その街道を大体2時間くらい歩いて、そこから更に、街道を外れて30分くらい森を歩いた先。
準備の買い物を終えた後で色々と情報収集をしてみれば、どうやらそこが件の魔物の塒になっているという。
「……ここがそう、なのか?」
「情報が嘘じゃなければな」
それほど奥まっているわけではない森の中。
一見するとわからないが、よくよく見てみれば踏み締められた草花がある。地面が大体緑一色だから判りにくいんだよなぁ。
「それにしても、よく塒を突き止めたよな」
「あー、確かに。俺なら無理だな。気配消せないし」
「そういうスキルも持ってないしな」
「そうそう。どうやったら習得出来るんだろうな?」
「んー……まあ、地道に隠密行動してれば良いんじゃないか? レベルアップで習得するのだけが全てではないだろ」
「……そっか、そうだよな。じゃあ、頑張るから付き合ってくれ」
「……しょうがないな。ソルダルに帰ってからだぜ?」
「わかってるって。……そんで? 例の魔物はいないみたいだけど、どうするんだ?」
「ちょっと勿体ないが……これを使う」
言いながら、ホロスリングからいつかの討伐依頼の時に手に入れた魔物の肉とロープを取り出す。
魔物だとは言っても、所詮は知性を持たない肉食の畜生だ。釣られるものには釣られるし、引っ掛かるものには引っ掛かるだろ。
釣れなかったら……まあ、その時はその時だ。
「それ……どうするんだ?」
「まずはロープで肉を縛ってだな……そしたら、適当な木の枝に吊るす」
「…………それから?」
「待つ」
「待つぅ!?」
「なんだ、不満か?」
「いや不満……まあ、不満だけど。いや、そうじゃねえだろ!? もっと、こう、知性的なトラップにしろよ!」
「アホかお前。お前に『何故魔法は魔力を媒介して発現するのか』って訊いて、答えられるか?」
「……ムリダナ」
「だろ? だから、対象の知能レベルに合わせた問いを用意してやらないと、見向きもされないんだよ。お前だって魔法の発現理論なんか興味ないだろ」
「うん、無い。俺が使える魔法って、身体強化くらいだからな」
「厳密には魔法じゃねえけどな」
トラップを設置しながら、シオンとそんな会話を交わす。
シオンみたいな戦士・剣士タイプが使っている身体強化魔法……と呼ばれる代物は、厳密には魔法ではない。
元々魔力には、集中させた箇所の能力を爆発的に引き上げる作用がある。腕に集中させれば腕力が上がるし、眼に集中させれば視力が上がるといった感じだ。
つまり身体強化魔法というのは、魔力を全身に循環させる事で、反射神経、思考、腕力、瞬発力、持久力などといった身体能力を強化する『技術』の事を指して言う。
……まあ、この『魔力を全身に循環させる』というのは、魔法使いの中では初歩の初歩もいいところの技術なのだが。
シオンはそれを知らないし、知らない方が幸せな事もあるだろう。
オレは相棒には幸せになって欲しいからな!
「……まあ、とにかく待とう。ただ、いつでも戦闘体勢に移れるようにはしておけよ」
「当然だろ。……それにしても、本当はどんな奴なのかな?」
「さあな。ただまあ、あのシイナってのは、こういう時に嘘を言うタイプには見えなかった。善くも悪くも実直って言うかな」
「それは俺にもわかるけど、情報が正確なものだって証拠が――」
『――グルルルルルァァ!!』
シオンの言葉を遮って、獣の唸り声が聞こえてきた。
見れば、オレの身長を優に超える高さで、体長もかなりある、輝く銀の体毛をした大型の狼がすぐそこに迫っていた。
2頭も。
「……失敗したかな」
2頭の狼の姿を見ながら、誰に告げるでもなく呟く。
あれは、まず間違いなくフェンリルだろう。2頭もいる事を考えるに、恐らくは番か、あるいはこの2頭だけが湧いたか。
シイナやロクソールの冒険者達の話では、件の魔物が2頭だという話ではなかったし、1頭の時に出会ったんだろう。
さて、本題はここからだ。
題は『2人で2頭の相手が出来るのか?』だ。
はっきり言おう。無理だ。
実力が違いすぎる。レベルもステータスも経験もスキルさえも、何もかもが足りない。
……はははっ。まさか異世界ライフ3ヶ月目にして絶望を味わう事になるとは。
「……クソッ」
だが、それでも、睨み付けるのは忘れない。
相手は野生の獣。心が折れればそれを本能で察知して、こちらを容赦なく狩りに来る。
頭の中ではマイナスな思考がぐるぐる廻っているが、餌になるわけにはいかないと心が昂り、身体が動き出そうと駆動する。
「シオン」
「……………」
「シオンッ!」
「あ、ああ……なんだ?」
「……死ぬ時は、一緒に死んでやるよ」
「滅多な事言うなよな……」
「……バカが。いいかシオン、今のこの状況は稼ぎ時って事なんだぜ? あの2頭ともを狩れば、今までにない最高の稼ぎになる。もしかしたら家だって買えるかもな!」
「……それで?」
「なーにが『それで?』だ。冒険者らしく、危険に身を晒して得を取るくらいしてみろ!」
完全に及び腰になっているシオンを奮起させるために言葉を尽くしてみる。
どれだけ効果があるかわからないが、無抵抗のまま無惨に喰い散らかされる美少女の相棒なんて見たくはないからな。
せいぜい意地汚く足掻いて欲しい。
オレもそうするから。
「けど、クロウ。流石にあれは……」
「――だったら! オレがあれを狩り殺すのを指咥えて見てろ! あとで報酬を要求してきても、全部オレの懐に入れてやるからな!」
「なっ……!?」
啖呵を切って、《鴉》を抜き放ちながら2頭の狼に向かって駆け出す。
厄介な魔物だ。強大な魔物だ。
当りどころが悪ければ死ぬだろうし、そうでなくても、頭を咬み砕かれるとか、爪で裂かれるとかすれば間違いなく死ぬだろう。
だけど、それでもオレは生きたい。
生きたいから。生きていたいから。オレは抗う事を諦めない。
「――ぶっ殺す!」
我ながら酷い言葉遣いだ。
だが、それくらいの気迫を持っていないと潰されそうだから、仕方ない。
「っらァ!」
まずは2頭いるうちの手前の狼に狙いを定めて、大上段に振りかぶって一気に振り下ろす。
しかし狼は狼。魔物であっても獣は獣。
格闘ゲームの高難易度ボスのような超反応で横っ飛びに回避すると、そのまま地面を蹴って飛び掛かってくる。
「【断空壁】ッ!」
咄嗟に発動するのは風属性魔法の壁。
凄まじい勢いで吹き荒れる風を壁として、飛び道具や弱い魔法、物理攻撃の一部を遮断する魔法だ。
狼は空中にいたために静止こそ無理で風の壁に激突したが、弾かれてなお無傷で、すぐに体勢を立て直した。
よしよし、魔法も使えばなんとかなりそうだ。
「グルルルァゥ!」
手前にいた1頭の攻撃を凌いで少し安堵していると、2頭目がオレを目掛けて突撃してくる。
その急加速突撃を、脚に魔力を集中させて後ろに飛び退り回避して、1頭目がやったのと同じように地面を蹴ってシームレスな攻撃動作に移る。
「そらッ!」
肩に担ぐように構えた《鴉》を振って、狼を袈裟懸けに斬りつける。
が、相変わらずと言うべきか、超反応で飛び退られ、刃が空を斬った。
そして、2頭目が飛び退るのと同時に飛び掛かってくる1頭目。既に射程圏内に捉えられたために魔法を出す事は出来ず、《鴉》の刀身に左手をあてて、大きな前足の爪の斬撃をどうにか受け止める。
「くっ……!」
重い衝撃が、攻撃を受け止めると同時に身体を襲った。咄嗟の防御では上手く衝撃を逃がせずに、脚に想定外の負担がかかって膝をつく。
「く、そ……!」
そのまま押し潰さんと体重をかけてくる狼。
魔法で反撃をしてどうにか今の状態から脱したいが、集中を防御に取られて上手い具合に魔力を練る事が出来ない。
そもそも、魔力を身体強化に回しているから、魔法を使おうと魔力を練った瞬間潰されてしまう。
流石に、AランクとSランクの中間……Sランク帯の門番とも呼ぶべき魔物が相手だと、今のオレでは1人で相手をするのは無理か。
予想は出来ていたから精神的な苦痛は無いが、このまま押し潰されて殺されるのかと思うとやるせないな。
「――おおお、らッ!」
もうダメか。と半ば諦めかけた瞬間、視界の端に映った金色がオレを押さえつけている足を斬りつけ、狼がその痛みで飛び退いた事によって、オレは解放された。
「――大丈夫かよ、クロウ?」
「身体は無事だ。助かったよ、シオン」
「……ごめんな、一緒に戦わなくて」
「殊勝だな、シオン。女になって、ちょっとしおらしくなったか?」
「は、はぁ!? どこが!?」
「……気のせいかもな。気にしないでくれ」
「……釈然としねえ」
「まあまあ。それより……なあ?」
「わかってるよ。フォローは頼むぜ、相棒」
「あれの相手しながらフォローとか……流石はシオン、容赦がないな。頑張ってみるが」
体勢を直しながら言い、2頭の狼を正面に見据えて《鴉》を正中に構える。
……ああ、良いな。この感覚。
今までがそうだったせいか、隣にシオンがいると妙にしっくり来る。やっぱり、相棒って事なんだろうなぁ。
「……稼ぎ時だぜ。抜かるなよ、相棒」
「クロウこそ、油断するなよ?」
油断。油断か……。しそうで怖いな。
とりあえず笑って誤魔化せ!
「ははは。――いくぞッ!」
「応ッ! あと誤魔化すな!」




