聖属性魔法
ギルドの1階に降りてきたところで、入口から何人かの冒険者が運ばれてきているのが見えた。
どういう事だ……?
既にギルドの床にはかなりの人数が横たえられているのに、それを知りながら討伐に出掛けたって事か?
だとしたら、最早ロクソールには破滅の道を歩んでもらう他にないわけだが……。
「おい、ゴルド。あれはなんだ?」
とりあえず手近にいた知り合いに尋ねてみる。
「あん? ……ああ。あれはな、例の魔物に向かっていったバカ共だ」
運ばれてくる傷だらけの冒険者を見ながら、寂しげなような悲しげなような声音でゴルドはそう言った。
やはりそうか。
しかし、何故だ? 床に転がってる連中を見れば、並大抵の冒険者なら確実に反撃される事が理解出来るはず。
仮に理解した上で敵討ちに出向くのだとして、周りの連中はどうして止めていない?
「……勘違いしねえでやってくれ。あいつらも、わかっちゃいるんだ。てめえ等じゃ、到底手が出せねえってな」
「……………」
「だけど……だけどな、理屈じゃねえんだ。こういうのはよ。そりゃ止めたりはする。危ねえからな。……けど、行かないわけにゃいかねえ。てめえ等の仲間がやられてるんだからな」
「……なるほどな」
「……お前はそういうのはねえか?」
ゴルドに訊かれて、考えてみる。
理屈でなく、感情の赴くままに『こいつの為に何かしてやりたい』と思える相手。
まずは……やはりシオンだろう。
少なくとも3ヶ月。決して多くはない時間だが、それなりに苦楽を共にしてきた相手だ。当然、何かしてやりたいと思う。
それから、ジュリアス。
歳が近いのと彼女の性格の男勝りな部分があって、今では良い話し相手だ。気も合うし、たまにプレゼントを買ってあげたりもした。
まさしく、得難い絆、というヤツだろう。
あとは……レインか。
冒険者になってからこっち……いや、冒険者になる時から、色々気を使って貰って、何かと世話になっている。
感覚的には『頼りになる姉』って感じだが、彼女の為に何か出来たら、するだろうな。
……少ないけど、そんなもんだな。
ヴァイスも……まあ、追加してもいいかも知れない。
それにしても、見事に女ばっかりだな。
シオンに関しては、まあ、何とも言い難いが。
「まあ、ないではないな」
「……そうか。なら、解るだろ?」
「解らんではない。だが、身の丈に合った事をしないと、要らん心配や迷惑をかける。あの傷だらけの連中のようにな」
「手厳しいな、お前は」
「親しい人間を思えばこそだ。……まあ、怪我人が一堂に会しているのは都合が良いな」
「……? どういう意味だ?」
「そのままの意味さ」
それだけ言って、横たえられた冒険者達の中央あたりまで歩を進める。
そんな中途半端なところで立ち止まったもんだから周りの視線が刺さるが、これからする事を思えば軽いものだ。
「シオン。ちょっとフラつくかも知れないから、その時は支えてくれるか?」
「そんなに使うのか?」
「もしかしたらの話だ。保険だよ、保険」
「……まあ、いいけど。無理すんなよ?」
「大丈夫。件の魔物を斃せるだけの余力は残しておくさ」
ひらひらと手を振って『何でもない事だ』と伝えてから、魔力を練り上げる為に集中する。
今から使う魔法は、今のオレでは多少の集中を必要とするから、戦闘時とかでは使えないのがネックだ。
使えるようになったら、もっと楽なんだけどなぁ。仕方ないか。
「……それは勇猛なる烈士、鮮烈なる勇士。彼らに今ひとたびの癒しと休息を。薫る風は彼らにこそ癒しを運ぶ。【薫風の癒し】」
魔法の発動ワードを唱え終えるや否や、ギルドの1階フロアに、心が落ち着くような匂いのそよ風がどこからともなく吹いた。
その風は淡く緑色に発光し、床に転がる冒険者の身体に触れると、その身体を急速に癒していった。
「くっ……」
そして、予想した通りに、オレの身体を軽い眩暈が襲った。少しグラッとした程度で、すぐに足を踏み直して、倒れそうになった身体を持ち直す。
「大丈夫か、クロウ?」
「ああ……。慣れないもんだな、この感覚は」
「短時間で一定以上の魔力を急激に消費するとなるんだったっけか」
「まあ、普通に魔力を使い過ぎてもなるみたいだけどな。歩いてれば回復するよ。行こう」
「あんま無茶すんなよ、相棒」
「心配かけて悪いな、相棒」
シオンに笑いかけて大丈夫だと明確にし、軽く頭を振っていつもの感覚を取り戻す。
よし。やる事もやったし、色々買いに行くか。
「――お、おい! 待て! 待てって!」
いざ買い物へ、とギルド入口から出ようとしていたオレ達をゴルドの声が呼び止める。
とりあえず止まって、振り向いてみると、ゴルドが小走りでこちらにやってきていた。その顔は、とんでもないものを見た、という顔になっている。
「おま、お前、今、今何したんだ……!?」
「……魔法を使ったんだけど、別に珍しくもなかろう?」
「聖属性の魔法が珍しくねえわけがねえだろ!」
「……ああ」
ソルダルにずっといたから忘れていた。
基本的に聖属性魔法ってヤツは、一部の人間にしか発現しない適性なんだった。
発現条件は不明で、先天性の場合もあれば後天性の場合もある。そして、この適性を持つ人間は、大抵神聖視される。
これは、昔に聖属性魔法の適性者を『特別な人間』だとして神聖視し、崇め奉った宗教があった頃の名残らしい。
今ではその宗教関係者は完全に消えたらしいが、まったく……これだから宗教ってヤツは。
前世の時もそうだったが、宗教とトラブルは切っても切れない関係らしい。厄介な。
「別に、聖属性が扱えるから特別扱いしろ、とか言わないから安心しろ」
「あ、ああ。いや……それはまったく心配してねえんだが……」
「じゃあ何だ? 宗教を立ち上げたいから神輿になれ、とかか?」
「違う! そうじゃなくてだな……その、なんで助けたんだ? ソルダルのお前にとっちゃ、ここに転がってる連中なんか関係ねえだろ?」
「そりゃそうだが、そいつらが動けないと困るだろ」
「困る……?」
「冒険者は商隊の護衛もする。オレ達も経験があるけどな。お前もそうだろ?」
「ああ、まあな……」
「商隊は商人が別の街で交易をするためのものだ。交易するって事は物資が動くって事。物資が動くって事は金が動くって事。金が動くって事は経済が回るって事だ。経済が回れば、そこに生きる奴はもちろん、領主や領地、ひいては国が豊かになる。だから治癒した。オレだって、住むなら豊かな国がいいからな」
紛争が絶えず発生しているとか、飢えが常態化しついるとか、領地の大半が不毛の大地だとか、そんな国には住みたくない。
今回のこれは、そういった経済活動の一助になればと思っての事で、それ以上の考えなんか無い。
そもそも、こないだ良い商人に会ったから、その商人がどこか……例えばソルダルやロクソールみたいな辺境で立ち往生しないようにしたい。
何故治癒したのか? と訊かれたら、理由としてはそんなところだ。
「まあ、どうしてもお礼が言いたい、と言うなら快く受け付けよう」
「……ああん?」
「ん? どうしたゴルド? ほら、頭を下げてくれてもいいんだぜ?」
「けっ! 誰がてめえみたいなのに頭下げるかってんだ! とっとと依頼に行きやがれ!」
「お前が呼び止めたんだろ?」
「うるせえ!」
「ククク……じゃあ、まあ、行ってくるよ」
「早く行け」
「はいはい。……あ、そうだ。傷は治したけど失った血はそのままだから、安静にさせてメシだけはしっかり喰わせてやってくれ」
「……ふん」
「じゃ、本当に行くわ。……呼び止めるなら今だぞ? ほら、どうだ?」
「早く行けよ鬱陶しい!」
「はいはい、悪かったよ。じゃあな」
顔をしかめながらそっぽを向くゴルドをからかうのもそこそこに、ギルドの外へ出る。
さて、店を見て回るか。
◆
「……優しいな、クロウは」
ギルドから出て適当な店に入って何を買うか吟味していると、慈愛に満ちた笑みを浮かべながらシオンがそんな事を言ってきた。
「何の話だよ」
「わかってるだろ。あんな適当な理由でっち上げなくても、素直に言えば良かったのに」
「……ふん。『助けたいから助けた』なんて、ゴルド相手に言えるか。あいつは多分、直接的な好意には弱いだろうから、あれでいいんだよ」
「ふふふ……。俺には素直でいてくれよ?」
「まさか、今までオレがずっと素直だったと思ってんのか?」
「……えっ、違うの?」
「どうだろうな?」
「…………まあでも、クロウのそういう優しいところ、好きだな」
「お前みたいな美少女に言われると嬉しいな。男のお前じゃ無理だったろうなぁ」
「なんだとぉ……?」
「冗談だよ」
まったく、扱い易い相棒だな。
いつか詐欺にあったりしないか心配だ。
「――よし、もういいかな。シオン。他に何か要るもんは?」
「ないかなぁ」
「そっか。じゃあ、行くか」
「だな。……今日、怪我すっかな?」
「そりゃな。オレも危ないかも」
「うへぇ……。もし俺が死んだら、俺の身体を好きにしていいぞ」
「……勘弁してくれ」
オレは死姦趣味の持ち主じゃないんだ。
それはともかく、厳しい戦闘になるのは間違いないだろうな。準備はしっかりしよう。




