ロクソールでもひと悶着
「お、あれがそうか」
魔法による上空での高速移動により、さほど時間も掛からずにオレ達はロクソールの街にやって来ていた。
まあ、この世界の魔法制御レベルでは『魔法で空を飛ぶ』なんて行為は賢者以上の存在にしか出来ない事らしく、ロクソールの門のいくらか手前に降り立つ事になったが。
おかげでまた徒歩だ。
いやまあ、どのみち門番にギルドカードを見せる必要があるのだが。
ともあれ、そういう文明レベルの問題の壁が立ちはだかってしまったが故に、せっかく回避した『徒歩』なんていう労力だけを無駄に消費する行動をしなければならなくなったのである。
いやぁ、世の中、世知辛いねぇ……。
「止まれ! ギルドカードを見せろ!」
……なんなの? ソルダルでもそうだったけども、門番っていう立場の人間は、外からやってくる存在に対して高圧的に接する事を義務付けられてたりするわけかい?
それとも何か? そうしないと給金が発生しないとか、そういう不遇な立場なのかい?
もっと、その言葉を投げられる側に配慮して欲しいもんだね。
「はいはい、ギルドカードね。……はい」
ファッキン門番どもめ! と言いたいのを我慢して、ズボンのポケットからギルドカードを出して見せる。
本当はホロスリングから出したんだけど、そんなもん見せたら騒ぎになるからな。
「Dランク冒険者のクロウとシオン……。お前ら、最近話題の《黄昏の双刃》か」
「ロクソールでどんな噂があるのかは知らないが、確かに《黄昏の双刃》はオレ達だ」
「はっはっは。そう警戒するな」
『止まれ!』なんて高圧的な態度をとっておいて、よくもそんな事が言えたな、この門番。
毛抜きで鼻毛を1本残らず抜き取ってやろうか。それか、爪と肉の間にナイフを突っ込んでやる。
「最近の冒険者とは思えないほど仕事が丁寧なパーティがソルダルにいる、ってのは、ロクソールでも評判なのさ」
「オレに言わせりゃ、適当な仕事して、その日暮らしの金だけ受け取ってるような三流冒険者は排斥すべきだと思うがな」
「クロウ! 悪いな、こいつちょっとイラついてんだ」
「構わねえよ。ギルドはこの道をずっと行って、右手に宿屋が見える向かい側だ」
「お、ありがとな。ほら、行こうぜクロウ」
「わかった。わかったから押すな。1人でちゃんと歩けるから」
門番にギルドカードを返してもらうと、せっつくようにシオンが背中を押してくる。
なに急いでんだ、こいつ?
「あんまカッカするなよ、クロウ」
「してない。お前は何を勘違いしてんだ。急かすような真似までして」
ロクソールの街に入って少し歩いたところで、シオンが宥めるようにそう言う。
「どう見てもイライラしてるだろ。なんでだ?」
「別にイライラしちゃいないが、門番ってヤツはああも高圧的なもんかと思ってな。ソルダルのラッソーもそうだった」
「ふーん……? まあ、警戒するのはいいんじゃないのか?」
「高圧的である必要なんか無いだろ。挙げ句の果てには『そう警戒するな』だと? 警戒させてんのは誰だよ、って話だ」
「あー……まあ、言いたい事はわかるけどな」
「クソ……オルガもヴァイスも、オレ達をなんだと思ってんだ。都合の良い便利屋か何かと勘違いしてるんじゃないだろうな」
「またそれかよ、相棒。この件を解決したら、好きなだけ報酬を取ればいいだろ」
「当たり前だ。その辺の傭兵くずれみたいな扱いの報いは受けてもらう」
そもそも何が一番気に入らなかったのかって、オルガやヴァイスがさも当たり前のような顔でオレ達に話をして、解決を命令した事だ。
申し訳なさそうな表情の1つでも見せたなら仕方なくではあるが多少は快く受けてやったものを。
あいつら、人を使う事の意味を理解してないんじゃないのか? リスクマネジメントもまともに出来ないトップの下で働くなんて、まるで前世のサラリーマンじゃねえか。
クソブラック企業め、滅べ。
「……また毒吐いてる」
「ふん。これでここの冒険者ギルドで不当な扱いを受けたら、それをダシにしてオルガからも報酬をせしめてやるさ」
「お前それ18歳の思考じゃねえよ」
「お前もちょっとは怒れよ! オレばっかり怒っててバカみたいだろ!」
「別に怒ってないわけじゃねえよ、クロウ。でも、これが仮に高ランクの魔物の仕業だったとして、それを斃せばその魔物は俺達のもの。ギルドに売ろうが、アイテムボックスに死蔵しようが、俺達の自由さ」
「……お前、オレより悪どいな」
「はぁ!? はぁー!? お前にそんな事……お前だけにはそんな事言われたくないわ!」
「お、ギルドに着いたな」
「おい、クロウ。待てお前、ふざけんな。おい。何シカトしてんだおい。待てこら」
やれやれ、口の悪い相棒だな。
「…………ふむ」
ロクソールの冒険者ギルド支部のドアを開けて進入し、注がれる視線に冷静を取り戻す。
ところで、この世界には治療院みたいなものは存在しない。これは、治癒や回復の属性魔法である聖属性魔法に適性のある人間が少ない事を原因とするものだ。
では、各ギルドでの負傷者はどこに運ばれるのか?
それはもちろん、それぞれが所属するギルドに運ばれる。
このロクソールの冒険者ギルド支部でもそれは当たり前で、ソルダルのと同じように酒場を内包したスタイルの建物内部では、テーブルや椅子は1ヶ所に纏められ、床には布が敷かれて、その上に今回の件の負傷者が並べられていた。
「お前ら、何モンだ……?」
スキンヘッドに髭面、筋骨隆々の背の高い男が、そう言いながらこちらに近付いてくる。
その眼には怪しい人間を警戒する色と、大変な時に来てくれるなという迷惑そうな色があった。
「ソルダルの冒険者ギルドから来た、Dランクパーティ《黄昏の双刃》。Dランクのクロウだ」
「同じくDランクのシオンだ」
「……ふん。近頃噂になってやがる若造か。ロクソールに何の用だ?」
「ソルダルのギルドマスターであるヴァイス、そしてロクソールのギルドマスターであるオルガ。両名の依頼によって、ロクソールに陰を落とした一件の解決に来た」
「……嘘を吐いちゃあいけねえな。たかがDランクに、そんな話が来るわけがねえだろう。そもそも、ギルドマスターは一昨日出たばっかりだ。仮に今日その話があったとしても、お前達がロクソールに来るのは2日後のはずだ。違うか?」
「ああ、違うな。お前がどんな常識を持っていて、果たしてどういう立場の人間なのかは知らないが、お前の持っている情報が全てではない。ところで、ギルド職員はどこだ? ヴァイスとオルガの連名での書類を持ってきてるんだが」
「見せな。俺が納得出来たら、ギルド職員にも見せてきてやる」
目の前の男はまったく退く気はないようで、およそ負傷者がいるところで放つべきレベルではない威圧感を放っている。
「お前はそもそも誰だよ。他人には正体を明かせと言っておいて、自分は自己紹介しませんじゃ通らないだろ」
「俺か。俺はロクソールの冒険者ギルド所属のDランク冒険者、ゴルドだ」
「……ああ、そうか。ロクソールには今、今回の件に対応出来る高ランクはいないんだったな」
「……はぁ?」
「おっと、そう怒るなよ。これはオルガに直接聞いた話だ。Cランクまでは動員出来たが、それ以上は出払っている……とな」
「証明出来るか?」
「証明? お前が納得出来ないというだけの事だろ? 生憎と、お前を満足させるというのは今回の依頼にない。もし満足させて欲しいなら、別途依頼してくれ。……それで、職員は?」
「てめえ! 俺をナメてんのか!」
「……凄んでみせても無駄だ。それに、もしも今回の一件を解決するにあたって障害になるならば、その相手が誰であれ容赦はするなと言われている。これはオルガも承認済みだ。もっとも、話の通じる相手でなければ、の話だけどな」
ヴァイスとオルガ。
今回のあの態度はまったく気に食わないものだが、その対応は流石ギルドマスターといったものだった。
オルガはもちろんヴァイスも、ロクソールに来て、およそ発生すると思われる問題をしっかりと予想して話を進めてきた。
円滑な依頼達成が叶わない場合は障害を確実に排除しても構わないこと。
だが、相手が話の通じる、あるいは通じそうな冷静で聡明な相手であった場合は事情を説明し、連名書類を見せ、協力を仰ぐこと。
今回の件を依頼する事に機嫌を損ねている事は重々承知しているが、ロクソールにて同様に機嫌を損ねられ、円滑な依頼達成の障害になったと判断した場合、その迷惑料をロクソールのギルドマスターであるオルガに請求しても構わないこと。
……まあ、最後のは別にするつもりはないが、とにかくこちらに配慮された話であったのは確かだった。
他にも色々、ランクに見合わない依頼をしてしまう事に関して色々と配慮してもらったが、これはヴァイスとオレ達の間での話だ。
「……ほう? どうするつもりだ?」
「まあ、まずはその腕と脚に別れを告げてもらおうか。その後でオルガに、お前のせいで事態解決に時間を取られて無用な犠牲が増えた、と報告させて貰うとしよう。どうかな?」
「ぐっ……てめえッ!!」
怒りが頂点に達したのか、見てわかるくらい顔を真っ赤にしたゴルドが、右手で拳を作ってテレフォンパンチを構える。
「殴りたければ殴れ。その代わり、その責任はここのギルドマスターであるオルガが取る事になるけどな。ギルドマスターに迷惑をかけたくなかったら、そこを退いて職員を出せ」
「ギルドマスターを楯にする気か!」
「違う。これは今回の件を依頼されるにあたって、オルガから提示された条件だ。円滑な依頼達成をロクソールの冒険者に阻害されたなら、その迷惑料を支払うと」
「てめえ、また……!」
「――ゴルド!」
ゴルドの顔が更なる怒りに燃え上がったところで、その背後から女性の声が聞こえてきた。
その声に、冷水を頭から被ったように顔を青くして拳を引っ込めたゴルドは、背後からやってきた女性に慌てて頭を下げている。
「失礼した、《黄昏の双刃》のお二方。私はこのロクソールの冒険者ギルドに所属するCランク冒険者のシイナだ。よろしく頼む」
長く艶やかな黒髪を後ろで1本にまとめ、凛とした雰囲気を纏い、刃を思わせるような切れ長の眼をこちらに向け、冒険者とは思えない鎧も着けていない軽装で、しかし腰には鞘からして細身の 直剣を佩く武人然とした彼女は、そう言って右手を差し出してきた。
その手は細く、指はたおやかで、とても剣を握るような手には見えなかったのだが、それに応じて握手をしてみれば、確かな力強さを感じる事が出来た。
「改めて。ソルダルでDランク冒険者をしているクロウだ。こっちは相棒のシオン。……まあ、必要のない事かも知れないが」
「ふふ。いや、それでも嬉しいものだ。ともあれ、ようこそ、ロクソールの冒険者ギルドへ。先ほどギルドマスターであるオルガから連絡が入って、君達が間違いなくソルダル、ロクソールの両冒険者ギルドマスターから派遣された存在だと確認が取れたところだ」
「それは良かった。こちらとしても、同じ辺境の街の冒険者として、同業者に手をあげるような真似はしたくはなかったんでな。そこの男がこちらを殴る前に出て来てくれてありがたいよ」
「はははっ。まあ、勘弁してやって欲しい。ゴルドは見た目こそ厳ついが、中々の人格者なのでね。……まあ、君達に突っかかった時は気が気ではなかったが」
「……中々話の通じそうな人間で助かった。ところで、今回の件の詳細をお聞かせ願えるかな?」
「ふむ? ギルドマスターから聞いていたのではないのかな?」
「人伝に聞くのと、実際に体験した人間に聞くのとでは違うだろう? あと……これは連名の書類だ。最早必要ないだろうが、一応礼儀だからな」
ホロスリングから書類を取り出してシイナへと渡す。
シイナは突然現れた書類に一瞬驚いたが、すぐに受け取ると『では、渡して来よう』と言って奥に去って行った。
「……さて。シオン、どう見る?」
「骨が折れそうだ。でも、実入りは良いかもな」
「なるほど。あのシイナって人はどうだ?」
「強いと思う。目立った傷がないところを見ると、パーティメンバーが傷を負ったから帰って来たって感じだな」
「……そうか」
おおむねオレと同じ感想を言ったシオンに1つ頷き、シイナが戻ってくるのを待つ。
さて……鬼が出るか蛇がでるか。
依頼を受けたからには、後顧の憂いのないように解決したいもんだね。




