どうやら狙われているようで
「へえ、その女の子がねぇ……」
「そうなんだよ」
部屋を出て1階に降りると、《黄昏の水面亭》の看板娘であるジュリーことジュリアスが、相変わらず朝食を持ってテーブルまでやってきてくれる。
女になったシオンを見て一瞬驚いていたが、事情……というか、何があったのかを話したら、持ち前のさっぱりした性格で受け入れていた。
「うーん……これはアタシも……」
「ん? どした、ジュリー?」
「……いや、なんでもないよ。それで? クロウと、女になっちまったシオンは、今日はどうすんだ?」
ジュリーに訊かれて少し考えてみる。
とりあえず今必要なのは……服と下着か。
冒険者稼業をする時の武器や防具も、女の身体に合わせて新調するべきだろうなぁ。
そうなると……うん、まずはあそこだ。
「とりあえずギルドに行くわ。ギルドマスターにでも事情を説明しとかないと、所属冒険者が男から女になった、なんてマズいだろ」
「だな。……それにしても、上手い具合に女になったもんだよな。元々声はちょっと高かったけど」
「ああ……確かにな」
男だった当時……って言っても昨日までなんだけど、ジュリーの言う通り、シオンの声は男にしては高かった。中性的とでも言えばいいのか。
某金髪の錬金術師と言うよりは、某漂流者達の弓の名手の声が近い感じ……かな?
「……あんまり見るなよ、ジュリー」
「ジュリアスって呼べって言ってるだろ」
「なんで俺はダメでクロウは良いんだよ!?」
「なんとなくさ。それよりあんた、随分、女の身体に慣れてるね? 女になりたかったとかかい?」
「……………」
ジュリーに尋ねられたシオンが『嫌な事を思い出した』というような顔になる。
……なんだ? もしかして、この順応性というか適応力の高さは、昔からシオンにあるものなのか?
例えば……そう。昔はよく女装していたとか。
まさかな。
「なんだよ、黙るなよ」
「……言いたくない」
「そう言わずに、聞かせてくれよ」
「……笑わないか?」
「確約は出来ないが、努力はしよう。ジュリーもそれで、な?」
「ん、いいぜ。ほら、シオン。さっさと話しな」
「…………わかったよ。その……俺の家って、昔から女が多い家なんだ」
ふむ? いわゆる女系家族というヤツか?
オレの前世の家系も女系の家系で、女が多かったし、強かったな。
「俺はそこの2人目の男なんだけど、昔は、なんていうか、見た目は女の子だったんだ」
なるほど、『男の娘』というヤツだな。
前世ではついぞ『男の娘』の知り合いは出来なかったが……異世界って素晴らしいなぁ。
しかし、そうなると段々と事情が見えてくる気がする。大方、その容姿から姉や母に着せ替え人形にされたとか、そんなところだろう。
「そんなだから、姉さんや母さんにオモチャにされてたって言うか……」
「素直に女装させられてたって言えよ」
「!? なんでわかったんだ、クロウ!?」
「女が強い家系で、女みたいな容姿で生まれた。となれば、可愛い可愛いシオンくんが着せ替え人形になるのは、道理という他にないだろ」
誰だってそうする。オレだってそうする。
いや、誰だってそうするかどうかは、ちょっと自信がないけど。
でも、女系の家系に生まれた男なら、きっとみんな通る道のはずだ。オレだって前世では……。
「お、おい、クロウ? 大丈夫か? なんか遠い目してるぞ?」
「……え? ああ、いや、うん。大丈夫だ」
「そう、か? ……まあ、いいか。話の続きを頼むぜ、シオン」
「もう話す事なんか無いわ! クロウの言ったので正解だよ!」
「いや、でも、女の格好するのと、実際に女になるのとじゃ違うだろ。シオンは、なんつーか、女の姿に慣れてんだよな。昨夜まで男だったんだろ?」
確かにそうだ。
『女の装いをする』と『男から女になる』では隔絶されている。心を女に近付けるのと、身も心も女になるのとでは違うんだ。
「確かにオレもそれは気になるな。オレ達のうち片方が女だったら、なんて想像も、普通しないだろ? 少なくともオレはした事ないが」
「お前っ……お前にはわかんないかも知れないけどなぁ! 3ヶ月間、毎晩毎晩、自分よりサイズのデカい男に抱かれながら寝てみろよ! なんか安心して、ちょっとドキドキすんだよ!」
キレられた。……なんで?
まあでも、確かに抱かれてる側のシオンの感覚はオレにはわからない。
安心してドキドキ……ねぇ。
「だから……だから、そういう想像を、しちゃったんだよ……多分……うん」
「……そうか」
「なんだよ、そんな眼すんなよ……」
どんな眼をしてるんだろうな、オレは。
多分、物凄く慈愛に満ちた眼をしているに違いないはずなんだけどな?
「……で、シオンは3ヶ月間クロウに抱かれながら寝てたから、もし自分が女だったら、なんて想像をしちゃったわけか」
「そうだよ……。ジュリアスだって考えた事ないか? どこかのタイミングで、もし今、あるいはあの時、自分が男だったら……って」
「まあ、ない事もないけどな……。でも、実際に男になったらもっと混乱するぞ。多分」
「いいだろ、混乱しない奴がいても」
「ま、アタシは別に良いけど。それより、部屋はどうするんだ? 分けるか?」
「オレは分けるべきだと思うんだが、シオンがな」
「なんだよ。別に問題ないだろ? 俺が女になったってだけなんだし。大体、宿代高いんだよ」
「まあ、高いのは同意するけどな。でも、オレ達ももうDランクだぜ? 宿代くらいは楽に稼げるだろ」
「女になったから、もう相棒じゃないって事なのか……?」
そんな事は言ってねえだろ。不安そうな顔やめろ。可愛いんだよ、くそったれ。
「女になったんだから、男のオレが配慮すべきだろ。なあ、ジュリー?」
「だな。相棒だっつっても、男女1人ずつで同室はマズいだろ」
「何がマズいんだよ!?」
「シオン。お前、クロウとセックスしないって誓えるか?」
エマージェンシー!
看板娘の口から爆弾が投下された事により、他の朝メシ喰ってる客が噴き出した!
おい、誰か救護班を呼べ! 大丈夫、致命的じゃない致命傷で済んでるから!
「セッ……って、何言ってんだよジュリアス!」
「セックスだよ、セックス。いつも抱かれながら寝てたんなら、しないとは限らないだろ」
おいお前ふざけんなよジュリー。ジュリアス。
名前に似合わねえ性格をしているとは思ってはいたが、朝から客を殺す気か!
中には童貞だって……いや、まあ、多分だけど……いるんだぞ!
オレだってこの世界ではまだ童貞なんだぞ!
まあ、ジュリーは処女らしいけど。2週間くらい前に言ってたし。
「クロウはその辺どうなんだよ?」
それ見た事か。どうせこっちに飛ぶと思ってたよ、ちくしょう。
「どうって言われてもな……。恋人でもないなら、キスもセックスもないだろ」
「……良かった。あんたは常識人だったね」
「シオンが非常識みたいな言い方はやめてやれよ」
「で、どうなんだ、シオン?」
「クロウが無いって言ったんだから無いよ。飽くまで相棒なんだからな」
「そうだぞ、ジュリー。大体、なんでそんなにシオンに突っ掛かるんだ?」
「そりゃ、アタシも惚れてるからな」
「……惚れてる? 誰に?」
「……………」
ジュリーが無言でオレを指差す。
もしかしたらオレの後ろにいる誰かを指差しているのでは? なんて考えて振り向いてみても、そこには誰もいない。
……やっぱりオレか。
「惚れられるような事はしてないと思うんだが」
「まあ、惚れてるって言うか、容姿とか仕草が好きなだけだよ。その綺麗な銀髪は、かなり気に入ってるけどね」
「……それを惚れてるって言うんだろ。クロウは渡さないからな!」
「誰かのものになった覚えもないけどな」
「ちょっと黙ってな、クロウ」
はいはい、黙ってますよ。
大体、女同士の争いに男が口出しして事態が良くなった試しなんかないんだ。片方は『元』男だけど。
それならオレは大人しく朝メシ喰ってるさ。
ああ……スープが美味い。中に入ってる厚切りのベーコンの味が出てるのかな。
「シオン。いくら相棒ったって、選ぶのはクロウだ。それは理解してるよな?」
「当たり前だ。ギルドマスターなんて強敵がいるが、退くつもりはない」
えぇ……? お前ら何言ってんの?
そもそもギルドマスターは、アレは単に容姿に惚れたってだけだろ。あれから3ヶ月間、別に何かをされたわけでもないし。
……あ、でも、呼び出されると何故か常にオレの近くにいるんだよな。ギルドマスターの部屋にあるソファに座ると、絶対左側に座るし。
まあ、右側はシオンが座るから普通そうなるんだけど、正面に座ったのは見た事ないなぁ。
「ギルドマスターもライバルなのか……。最近じゃレインも隠さなくなってきたし、厳しい戦いになりそうだね……」
「まったくだ……。だけど、相棒は俺だ! 接してる時間に関しては俺が1番だ!」
「くっ……! アタシも冒険者になるべきか……?」
そういう話は本人のいないとこでしてくんないかな……? 目の前でやられても困る。
えーっと? ジュリーの話によると、あのレインもオレを狙ってるって事になるのか?
ラノベによくある鈍感難聴系主人公じゃないからオレは好悪に関しては割と敏感だけど、受付嬢としてしか接してこなかったから、レインはちょっと意外だなぁ……。
あー、でもあれか。結構面倒見てくれてたし、そういう事だったのか。他の冒険者には、ちょっと事務的な対応だったもんな。
……そうか、アレがそうなのか。
どこでフラグが立ってるかなんて、わかんないもんだな……。シオンもそうだけど。
「――というわけだ、クロウ!」
「……はっ。えっ、なに? ごめん。考え事してて聞いてなかった」
「だから、アピールはするけど、クロウに選ばれるまではキスもセックスも無しって話だ」
「…………………ん?」
あっれぇ……? なんでそんな話に?
いやまあ、ある意味いつも通りだから、オレは別に構わないんだけどさ。
「つまり、どういう事だ? 変わらずって事?」
「まあ、そうだな。アタシもシオンも、多分レインもギルドマスターも、アプローチはする」
「うん。アプローチはする……と」
「ただし、クロウ。お前から俺達のうちの誰かを選ぶまでは、俺達からキスしたりとか、あと……その……セ……セックスに、誘ったりとかは、無い、と思う。というか、無いようにする」
「ああ、そうなのか」
ふむ。結構攻めてくるかと思ったけど、意外とオレの事を考えてくれてるな。最悪、既成事実を作られるかと思ったけど、その心配もないらしい。
「そりゃ助かった。4人とも結構好みに合致する部分はあるけど、誰か1人ってなると、今はまだ決められないからな……」
「……ん? 誰か1人?」
「ん?」
「違うぞ、クロウ。1人目から3人目を決めるまでって話だ」
「…………ああ。一夫多妻は確定なのね」
なるほど、こいつは異世界だ。いや異世界なんだけども。1分の疑いようもなく。
前世じゃ、憧れはしても実際にしようとは思わなかったな。一夫多妻が可能だったのはインドとかくらいだったし、日本人である以上は難しいと思ってたしなぁ。
それはさておき、身の振り方には気を付けないといけないな。何がトリガーになってフラグになって嫁が増えるかわからない。
前世では嫁は沢山いたけど、二次元だったしな。本当に気を付けねば……最悪『お兄ちゃんどいて、そいつ殺せない!』みたいな展開になりかねない。
いや、想像するだに恐ろしいな。
「まあ、それで納得してんならオレはいいよ。朝メシごちそうさん。行こうぜ、シオン。お前の服とか下着とか装備とか買わなきゃならないし、他にもやる事があるんだしな」
「……あ、そうだな」
「だろ。じゃあ、ジュリー。今日も行ってくる」
「おう。気を付けてな」
いつも通り、空になった食器をテーブルに置いたままにシオンと外に出る。
さて、まずはギルドマスターに事の次第を報告しておかないとな。その後に服と下着を買って、最後に武具屋に行こう。
……忙しくなりそうだ。




