女になった相棒
皆々様、たいへんお待たせいたしました。
『女になった相棒と行く異世界転生冒険譚』
少し急ぎましたが、本格始動でございます。
それにしても……
一体どこでフラグが立ったんですかね?
初めての冒険者稼業。
ゴブリンキングを斃し、ソードウルフを斃し、ギルドマスターと顔見知りになって、およそFランク冒険者ではすぐには手に入らない額の金を手に入れた。
そんな、駆け出し冒険者がするとは思えない体験をした日から、もう3ヶ月が経つ。
あれからオレとシオンは着実に依頼をこなして、だがゴブリンキングやソードウルフを持ち込んだ事で既にDランク相当の実力はあると認識されていたらしく、1ヶ月半ほどでDランクに昇格となった。
そして、それから更に1ヶ月半経った今では、冒険者の知り合いも増え、相変わらず《黄昏の水面亭》を定宿にしながら、冒険者稼業に精を出している。
しかし、そんな今日の事。それも朝。
オレは、およそ世間の常識とか世界の摂理から大きくかけ離れた事態に直面した。
「ん……ふぅ……」
いつも起きているのと同じ時間に覚醒する。
3ヶ月前と変わらず『あの部屋』でシオンを抱き枕代わりに寝ていたオレの腕の中には、変わらずシオンがいる。……そのはずだ。
「……………………ん?」
感触がおかしい。
まだ覚醒しきってない頭でもわかる。
いつものシオンの抱き心地じゃない。
シオンという男は、細身でありながらしっかりと筋肉がついていて、抱いて眠るとなれば多少硬く感じる抱き枕……なのだ。
しかし今は、どうした事か柔らかい。
柔らかいと言っても太っているような柔らかさというわけじゃなく、なんというか、健康的な女の子の身体みたいな柔らかさなんだ。
「……ん? は? なんで?」
シオンという男は、短い、綺麗な金髪の持ち主だった。
だが、どうした事だろう。
目の前にあるのは、腰ほどまではあると思しき、長い金糸の髪だ。
「…………………」
ははーん? さては、また別の異世界だな?
なんて考えが寝惚けた頭を過ったが、オレは死んでないし、ただ寝てただけだ。
……よし、とりあえず起きよう。
「……ふぅ。良い朝だな。今日も爽やかな朝だ」
ベッドから上半身を起こし、両手を上にあげて伸び。そしてシオンが寝ているはずのそこに眼をやる。
……女の子?
「んんー……?」
腕を組んで首を傾げながら唸ってみる。
おかしいな、オレは確かに、いつも通りシオンを抱いて寝たはずなんだが。いやエロい意味でなく。
昨夜も別に変な事は無かったし、シオンとこの女の子が入れ替わってるなんて事もないはずだ。
「……じゃあ、この子は誰だ?」
頭の片隅で自己主張を続ける『考えたくない事』に目を背けながら、そんな疑問を口にする。
仕方ないだろ。そうでもしなきゃ、冷静にいられそうに無いんだ。
「ん……ふあぁ……」
「い゛っ!?」
金髪の女の子がオレの隣でむくりと起き上がる。
おいおい、どうすんだコレ……。まだ心の準備とか出来てないんだけど。恨むぞ神様。
「んー……どしたぁ、クロウ?」
「いや……。シオン、だよな?」
「あたりまえだろぉ……? 他の誰に見えんだよ」
見た事のない金髪の美少女にしか見えんわ!
「誰って……誰だろうな……?」
「はぁ……?」
「……なあ、シオン。なんか変な感じしないか?」
「んー……そういや、なんか胸が重い。あと、股間が、なんか……あれ?」
急激に覚醒したらしいシオンが、いきなり自分の股間に手をあてて一言。
「ない」
そりゃ無いだろ。女の子なんだし。
「ない、ない、ない、ない!」
「喧しいぞ」
「ないんだよ、俺のが!」
「わかってるよ。オレの眼にはお前は女の子にしか見えないしな」
「は? 女?」
一瞬きょとんとした表情になり、すっと視線を下に向けるシオン。
その眼にはきっと、同年代の女子の平均より少し大きめの乳房が映っている事だろう。
……頼めば揉ませてくれるかな?
「なんでだよ!」
「キレんな。オレにもわからん」
「上にはある、下にはない。これじゃ女の子じゃないか!」
「だからそう言ってるだろ」
何を当たり前の事を言っとるんだ、こいつは。
「なんでそんな冷静なんだよ!」
「いやぁ、目の前で騒がれてると、逆に冷静になれるっていうか……」
誰かとホラー映画を観てて隣で盛大にビビられると、自分はそれを見て逆に冷静になれる。
そんな感覚。
「……変な事してないだろうな」
「しても良いならさせてくれ」
「死ねッ!」
気迫一閃で放たれる右ストレートを左手で受け止める。
やめろよ、危ないだろ。
「受け止めんな!」
「無茶苦茶言いやがる……。それより、女になった原因に心当たりないのか?」
「心当たり? ……うーん」
組んだ腕の上に胸を乗せながら沈黙し、しばらくして『もしかして……』と口を開く。
「昨日さ、ちょっと考えてたんだ」
「考えてた? 何を?」
「……その。も、もし、俺が女だったら、お前と恋人に、なってたのかな……って」
「………………なんで?」
「だってお前、寝ても覚めても一緒にいるんだぞ!? どっちかが女なら、そういう感情が芽生えても変じゃないだろ?」
まあ、確かに変ではない。
オレとシオンは同い年だし、仮に部屋が別々でも、同じパーティの人間として、必然、接する時間は多くなる。
個人の感情の話だから確実な事は何も言えないが、それでも、恋人になりうる可能性は無いとは言えない。
「それで? 別に、そう考えてたから女になった、なんてバカな事は言わないよな?」
「……でさ。妙な露店商に会ったんだよ、昨日」
「露店商くらい普通にいるだろ?」
「そうなんだけど、売ってたのがさ……」
「何を売ってたんだ?」
「それが――」
シオンが言うには、昨日1人で行動してた時に、『もし自分かオレ(クロウ)が女だったら』なんて事を考えていたらしい。
その矢先、妙な雰囲気の露店商に出会った。
露店商は見た事もない果物のようなものを取り扱っていて、聞けばそれは『願いを叶える果物』だという話だったそうだ。
その話を信じたわけでもなかったが、シオンは面白そうだと思って買ったらしい。
さらに露店商いわく、『その果物を、願い事を思い浮かべながら食べれば、願いが叶う』らしかった。
シオンはその場で、半信半疑で、『自分が女だったら』なんて事を考えながらその果物を食べ、しかし効果が現れなかったので、やっぱり嘘だったかと納得したんだそうな。
ちなみに、露店商の声も格好も、どこに露店を出していたのかも、もう覚えてない、というかわからないらしい。
「――で、いつも通り帰ってきてオレに抱かれて眠って、起きたら女だった……と」
「うん」
「嘘臭い話だな……」
「なんだよ。本当なんだからな!?」
「わかってる。実際、目の前に女になった相棒がいるんだ。信じないわけないだろ」
「そ、そうか……」
なにちょっと嬉しそうな顔してんだ。可愛いなちくしょう。
「…………なあ、クロウ」
「なんだよ」
「俺、女になっちまったけど……どうだ?」
「……どう、とは?」
「いや、その……嬉しいか?」
「…………は?」
頬を赤く染めながら、もじもじと上目遣いで訊いてくるシオン。
嬉しい……嬉しい? いや、どうだろう?
まあ、利点は増えたかも知れない。
例えば、依頼で他国での暗躍を頼まれた時とかに、検問が敷かれたりして、そこで恋人とか夫婦とか言って誤魔化せるのは良い。そんな依頼受けた事ないけど。
とはいえ、少なくとも、男2人よりは男女1人ずつの方が何かとやりやすい気はする。
こう言っちゃなんだが、お互いに『虫除け』になるだろうし。
それらを総合して考えるなら、まあ――。
「嬉しい、かな?」
「そうか!」
ぱぁっ、と輝くシオン。
なんだ、お前そんなに女になりたかったのか?
「……あ、いや。これは違うんだ」
「違うのか」
「違うんだ。別に嬉しがったりしてないからな」
「そうなのか」
「ニヤニヤすんな!」
「いやぁ、いじらしいもんだなぁ……」
「死ねェ!」
「おっと、危ない」
繰り出される左の拳を右手で受け止める。
これでもう、シオンはオレを殴れない。朝から流血沙汰なんて嫌だからな。
「放せ!」
「誰が放してなんかやるもんかよ」
そんな事をしたら、また『死ね!』ってパンチが飛んでくるだけだろ。
生憎だが、オレは痛みや虐げられる事に快楽を感じるような人間じゃない。むしろ逆だ。
そんなつもりで言った言葉だったのだが、何故かシオンは、また頬を赤く染めている。
なんだ……? さては、シオンはMなのか?
「……絶対、放さないか?」
「いや、そんな事したら日常生活に支障が出るだろ。そんな事はしない」
「死ね!」
「あぶねっ!?」
姿勢を崩して繰り出される右足での顔面への前蹴りを、頭を動かして回避する。
ちくしょう、なんて奴だ。我が相棒ながら、攻撃に容赦が無さすぎる。
「そこは、『絶対放さない』くらい言えよ!」
「なんでそんな、女を口説くような真似をしなきゃならないんだよ」
「俺じゃ不満だって事かよ!」
「んな事言ってねえだろ? 大体、お前は男のつもりなのか女のつもりなのか、どっちだよ」
「時と場合による」
ケースバイケース。
曖昧な言葉って、意外に便利だよなぁ。
「じゃあ、どっちとして扱って欲しいんだ?」
「そりゃ、まあ……」
シオンはそこで言葉を区切り、自分の身体をしばらく見つめてから、一言。
「女、かなぁ」
「……そうか」
まあ、身体がそうなったなら、しばらくすれば心も身体に準拠するだろうし、その方が都合がいいか。
「なあ、クロウ」
「ん?」
「今日も、俺を抱いて寝るつもりか……?」
「あー……」
男同士だし、少し手狭なベッドを使うための手段として抱き枕代わりにしてたが、もうやめた方がいいだろうなぁ。
男女七歳にして同衾せず、ってわけじゃないんだけど、そういうのはちゃんとしないと。
「いや、もう止めた方がいいだろ。男同士だったから遠慮なくやってたんだしな」
「…………よ」
「……ん?」
「……いいよ、抱けよ。女になったって言っても、小さくなったわけじゃないんだし。それなら今まで通りの方が楽だろ……?」
「それはまあ、確かにそうだけどな。でも、オレだって普通の男だぜ? いいのか?」
「いいよ。ただ、な」
「ただ?」
「今までは俺が抱かれてるだけだったから、まだ少し狭かったはずだ」
「……まあ、そうだな」
とはいえ、オレは前世でも身体をコンパクトにして寝るタイプだったから、別に問題ないんだけどな。
左腕を下にして横を向いて、腕を組んで、ちょっと脚を曲げる。それが前世での睡眠スタイルだった。布団でもベッドでも。
「そ、そこでな?」
「うん」
「今日からは……その、俺も……な」
「……うん?」
「クロウを抱いて寝る事にする、から……」
なあ、シオンよ。オレの相棒よ。
3ヶ月という、決して短くない時間をお前と過ごしてきたが、今ほどお前の考えてる事がわからない時はなかったぞ。
いやほんと、そんな顔を真っ赤にされても困るんだが。どう対応すりゃいいのよ、それ。
「……………」
「……あの、クロウ?」
「……よし!」
「なんだ?」
「とりあえず朝メシにしよう」
これぞ日本人の特技にして必殺技。
『面倒になったらとりあえず保留にする』だ!
さてと、今日の朝メシはどんなかな……?




