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はじめまして異世界

※銅貨1枚の価格を10円から100円に変更しました


「起きなさい。起きなさい、私の可愛い転生者や」


 静謐な空間に鳴り響く鈴の音のような声に、オレの意識は覚醒した。周囲を見渡してみると、そこにはただ白の世界が広がっているだけで、他には何もなかったし、誰もいないはずだった。

 ん? じゃあ、今の声ってなんなんだ?


「私です、わーたーしー!」


 いや、誰だよ。

 なんなの? 新手の詐欺か何か?

 まったく、老人じゃなくオレみたいな好青年を捕まえてオレオレ詐欺の真似事だなんて。

 ……苦労してるんだな、詐欺師も。可哀想に。


「違います。オレオレ詐欺から派生したワタシワタシ詐欺じゃありません。ついでに、私は詐欺師でもないです」


 そうですよね! こんな可愛い声の人が詐欺師なわけないですよね!

 あー良かった。女なんてみんな打算で動く腹の真っ黒なクズばっかりだと思ってたけど、救いはあるんだな。

 いや、少なくともオレの知り合いの女性は、そんなどうしようもないロクでなしではなかったな。

 まあ、それはそれとして、さっきから誰よ?


「よくぞ聞いてくれました! 私は、愛と転生と希望と豊穣と絆と……あとなんか色々司っている女神、グローリアと言います」


 あ、はい、どうも。

 なんか、神様って割といい加減なんすね。


「ちなみに、日本で言うところの天照になります」


 あー……はい。


「なんですか、その、妙に納得したような反応は」


 いやほら、日本の神様って人間臭くて神様って感じしないし、その適当な感じも、弟の悪戯に嫌気が差して引き籠ったり、出雲の大国主の手柄を奪おうと使者を何人も向かわせては無駄になった天照と同じって言われたら……ねえ?


「なんですか! 確かに私は出雲に使者を向かわせましたけど、別に大国主の手柄が欲しかったんじゃないんですからね!」


 知ってる知ってる。

 出雲がヤマト朝廷よりも強かったから、どうにかして懐柔しようと使者を送った結果、その使者が全部出雲に鞍替えしたんだったよな。


「そうです! まったく、あの人達ときたら私の命令をほっぽって何を……はっ! いえ、そうではなくてですね」


 なんすか。


「実はですね、あなたは死んでしまったんです……!」


 ほーん……それで?


「えっ。あの、もうちょっと何かないんですか? 『な、なんだってー!?』とか、『なん……だと……!?』みたいな」


 そんな事言われてもなぁ……。

 生まれれば死ぬ。早いか遅いかの違いだけで、特に何か変わりがあるわけじゃないし、正直あんまり……。


「なんですか! なんなんですか、あなた! 生前から妙な死生観してるって思ってましたけど!」


 そりゃ光栄だな。

 で、天照サマは一体何しに来て、なんでオレは完全に死んでないの?


「そう! それ! 私が話したかったの、それなの!」


 うん、わかったから。わかったから早くして?

 そんなだから意志薄弱な引き籠りしか出来ないんだよ?


「天岩戸の事は黙っててください。あれは一生の不覚なんです。まさかオモイカネとウズメちゃんがあんな事するなんて、まったく思わなかったですし」


 これが主神だってんだからなぁ……。

 そりゃ神道もキリストと仏に飲まれるわな。


「うるさいですよ。とにかくですね、あなたは私のお気に入りなんです。だからイケメンに生まれさせましたし、二物も三物も与えたんです。ほら、ゲームに出てる私が言ってた『イケ魂』ってヤツです」


 あ、そうなの。そりゃありがたい。

 でもオレ、死んだんでしょ?


「そう、そうなの。イザナミ母様が『娘だけイケメンを捕まえるのはズルい。私だってイザナギじゃなくて、あんなイケメンが良かった』とか言って、根の国から細工を――」


 えぇ……オレそんな理由で死んだの?

 そんなの、あのヘタレに惚れた自分の責任だろ……。


「私もそう言ったんですけどねえ。ま、そういうわけでして。心臓発作で死んでしまったあなたが可哀想なので、せっかくですから、最近流行りの異世界転生ってやつをさせてあげようかなって思いまして!」


 おー、いいじゃん。太っ腹じゃん、女神。

 よっ、太陽神! 日の本一の清純派女神! 最高神様々!


「え、えへへへ……。もう、そんなに褒めても、そこそこのステータスと多少の戦闘技能と多少のスキルと魔法の才能と不老長寿と私の加護しかあげませんよ~」


 もう一声!


「もうっ。商店街の八百屋さんじゃないんですよ? でも、そうですねぇ……転生した時の容姿と名前、それから年齢くらいなら自分で決めさせてあげます!」


 おおっ、流石は日の本一の美人女神! 話がわかる!

 じゃあ、まず見た目は――。


「――ふむふむ。なるほど、わかりました! 忘れないようにきちんとメモも取りましたから、今言ってくれた容姿と名前で転生させられますよ!」


 ありがとう天照様! 愛してる!


「私も愛してます! 随分昔に好きになった人間よりも遥かに!」


 ところで、これから行く世界ってどういうとこなんすかね。

 ちょっとご教授願いたいんですがね。


「それもそうですね。まず世界観ですが、剣と魔法とスキルとステータスのファンタジーMMORPGみたいな世界です。貨幣が流通していて、紅白金銀銅の貨幣がありますね」


 価値はどんな感じ?


「銅が一番下で紅が一番上です。銅貨10枚で銀貨1枚になるので、銅貨1枚あたりは100円くらいって考えてください」


 なるほど……100円……。


「まあ、飽くまで日本円に換算した場合ですから、あまり気にしないでください」


 わかった。

 転生に際して、気を付ける事とかある?


「特にないですけど、日本にあったような食事や文化はないので、それは注意ですね。料理の調理法って言ったら、煮るか焼くかしかないです。あと、塩は流通してますけど、砂糖や香辛料は貴重品ですし、醤油に限っては皆無です。気を付けましょうね」


 はーい。

 食べるものって言うか、食材は何があるんだ?


「フルーツは似たようなのがあります。名前は違いますが。野菜は……大体ならありますね。キャベツとか玉葱とか。主食はパンで、メインはお肉です。魚もなくはないですが、海の魚は輸送に問題があるので、港町でしか食べられないです。川魚はそれなりに食べられてますよ。ウナギもあります」


 マジで!?

 ……あれ、でも醤油はないんだよな?


「醤油がないと言うよりは、『熟成』とか『醸造』の概念がないんですよね。だから醤油がない、というお話です」


 なるほど。まあ、概念がないと作れないもんな。


「あ、でもアレですよ。鹹水(かんすい)は頑張れば作れますよ」


 という事は、頑張ればラーメン食べ放題か!

 もー、誰だよ。その世界設計したのは。


「私です☆」


 あー、流石は最高神。日本人を転生させる時に押さえておくべきところを、きっちりと押さえてる。

 異世界転生を扱った作品は多数あっても、そういうところまでカバーしてくれてるのは多分アンタだけだな。

 いいぞ、最高の女神!


「ふふふっ。でも、アレですよ。他の食べ物は自分で頑張ってくださいね。食材は問題ないですけど、流石に人間の思考に介入してまでレシピを教える事は出来ませんから」


 オーケーオーケー。

 そこまでお膳立てしてもらったんなら、もう問題ないさ。

 ところで、ちょっと思い出した事があってさ。


「はい。なんでしょう?」


 いやね、いざ転生しても言葉が通じなかったり読み書きが出来なかったりするのは問題じゃないか?

 その辺りサポートして欲しいんだけど。


「あっ、そうでした! そうですよね、転生って言ったって、要は海外移住ですもんね。言葉が通じないのも、文字の読み書きに難儀するのも困りますよね。わっかりました! さっきのサポート一覧に書き加えておきます」


 ありがとう、最高神。

 ほんと、言葉通り最高の神様だよ。


「うふふ、ありがとうございます。でも、あなた生前は無神論者でしたよね」


 でも神話は大好きだったぜ?

 日本、インド、ギリシャ、北欧……神様は信じちゃいなかったが、神話は面白いからな。


「……まあ、私達神々にとってはちょっと恥ずかしいですが。そう言えば、生前の名は覚えていますか?」


 名前? えーっと……確か、朝霧出雲だったっけ?


「はい、正解です。神々の国出雲の生まれにして、名前まで出雲だなんて、神様との運命を感じちゃいますよねえ」


 まあな!

 ……そういえば、何気なーく会話してるけど、今のオレってどういう状態なの?

 なんて言うか、感覚は生きてる時と変わらないんだけど。


「んー、そうですねぇ。有り体に言えば精神体ですね。意識の海からサルベージしてきました」


 ほう、意識の海から!

 つまりオレは今、ティアマトから産まれたばかりというわけだな?


「そういう事になりますね」


 そうか……オレ今、新生児なのか……。


「あ、そうだ。転生するにあたって、注意事項をいくつか」


 注意事項? なんかあんの?


「一つ、転生後の世界では、あまり日本での知識をひけらかさない事。これは、例えば武器を日本の知識を元に開発したとして、戦争の引き金になりかねないからですね。あと、私達神々の手が届かない場所なので、勘弁してくださいって事です」


 絶対前半は建前だよね。

 いや、わかってたけどね。日本の神々って基本ものぐさだし。


「二つ、転生するにあたって色々と加護とか能力とかスキルとか与えますが、すぐに全ては使えません。これから行く世界にはレベルやステータスの概念があるんですが、残念ながらあなたはレベル1からです。一定のレベルに到達する(ごと)に与えたものが一部解禁されるので、頑張ってくださいね」


 なるほど、転生してすぐにチート能力でオレTUEEEEが出来るわけではないという事か。

 まあ、最初からチートなんて面白くないしな。レベルを上げて確かに強くなる自分を自覚できる方が楽しいよな。


「三つ、不老長寿の加護を授けますが、長寿であって不死ではありません。心臓を貫かれたり、致死毒を盛られたり、頭を砕かれたりしたら死んでしまうので、注意してくださいね。ゲームと違って、死んだらそれまでなので」


 まあ、それはな。

 しかし、不老長寿って言っても、何年生きられるんだ?


「えっと……いつだったか、ボタンを押したら百万円が手に入るけど5億年の時間を過ごすなんて作品があったじゃないですか」


 あー、あったあった。

 ……えっ、まさか。


「流石に5億年はないですけど、生きる気力さえあれば100万年くらいは余裕ですね」


 100万年が余裕、か……。


「まあ、その頃には神様の仲間入りを果たしているはずですけどね。現人神ってやつです」


 ふーむ、なるほど……。

 他に注意事項は?


「うーん……もう神様的には注意事項はないんですけど、ただ、住んでいる国や街のルールは守るべきですね。常識の範囲で」


 つまり、常識の範囲になければ破ってもいいと?


「もちろんです。ルールがルールの体を成さなくなったら無意味ですからね。憲法や法律は、いたずらに人々が傷付いたりしないように人々を豊かにするものであって、人々を縛り付けるものではないのですから。最近の日本人はその辺りわかってないですよね。特に女性が」


 一応天照サマも女だと思うんですがね。


「ルールというのは、そこに生きるみんなのためにあるべきモノです。あんな利己的なおバカさん達と一緒にしないでください」


 おおふ……なかなかの毒舌……。


「神は誰にでも微笑むわけじゃないんですよ。神様だってギブアンドテイクです。信じれば救ってくれる、なんて、子供騙しもいいところですよね」


 あの、あんまり各方面に喧嘩売らない方が……。


「……そうですね。ともかく、これからあなたの異世界転生生活が始まります。夢と冒険とファンタジーの世界へ、レッツゴーというわけですね」


 どっかで聞いた事あるフレーズですね、それ。


「朝霧出雲。前世では私の母のせいで非業の死を遂げましたが、今世ではそんな事がないように祈っています。最後に一つ、質問です。正直に答えてくださいね」


 わっかりました!

 男、朝霧出雲。腹を割って、正直にお答えしましょう!


「はい。では質問です。日本神話で一番大好きな神様は、一体誰ですか?」


 月読命(つくよみのみこと)ですね。


「なんでぇ!? そこは『天照大神(あまてらすおおみかみ)です』って答えるところでしょう!?」


 正直に答えろって言ったじゃないっすか。

 神様相手に嘘は吐けません。お世辞も言えません。

 でも、天照サマは次に大好きです。人間臭いので。


「あっ、えっ、その……ありがとうございます……。ちなみに、参考までに訊きたいのですが、一番嫌いな神様は誰ですか?」


 嫌いな神様はいないですけど、苦手な神様は天鈿女命(あめのうずめのみこと)ですね。

 ほら、日本初の路上ストリッパーじゃないっすか。

 他人の性癖にとやかく言いたくないけど、流石に露出趣味のある人はちょっと……。


「あー……そうですよねぇ。ウズメちゃん、そっち系ですもんね」


 いやまあ、悪くはないんだけどね?

 流石に他の神々のいる前でやっちゃうような女の子って……。


「避けたいですよねぇ。……うん、わかりました。それでは、今から転生させます。心の準備はいいですか?」


 心の準備……身構えろって事?


「あっ、今は心だけでしたね。ともあれ、準備はいいですか?」


 ん、ばっちこーい!


「では、新たな人生……良い異世界ライフを!」


 その言葉を最後に、天照サマの声は聞こえなくなり、オレの意識は――いや、意識しかないんだけど――ブラックアウトした。


  ◆


 その後、意識が戻ると、オレは、どこだかわからない森の中で眼を覚ましたのだった。

 黒のシャツとズボン、その上にフード付きの黒いマントを羽織り、右手の中指にシルバーの指輪をした姿で。


「ん……ここは……?」


 まだあまりハッキリしない頭を振って、とりあえず周囲を見回してみる。

 青々と生い茂る木々と草花。足元には芝のような触り心地の、芝とは違う何かの植物。

 ふーむ、ここは一体どこなんだろうか。

 天照サマは割としっかり者な感じがあったから、多分どこかの街の近くだとは思うんだが……それにしたって街道に出るような道も見当たらない。


「……どうすっかな」


 とりあえず立ち上がってみる。

 視点を高くすれば、見えなかったものが見えるかも知れないからな!


「……………」


 と、思ったのだが、相変わらず木々と草花しか見えない。

 クソッタレ、どうなってんだ、まったく……。


 つい生前の癖で両手をズボンのポケットに突っ込むと、右手が何かに触れた。感触からして……紙、だろうか。

 とりあえず取り出してみる事に。


「……お、紙だ。折り畳まれてるって事は、開けばいいのか? なんか書いてあるな……なになに?」


 折り畳まれた紙を開くと、そこには丸みを帯びた、実に可愛らしい日本語の文字で


『転生おめでとうございます。天照です。

 一応何かあっても大丈夫なように、街の近くの森に転生させておきました。

 右手のシルバーリングはアイテムボックスです。ゲームで言うところの、ストレージとかインベントリとかと同じものだと思ってください。容量無限で中に入れたものは時間経過がないという優れものです。

 まあ、残念ながら出雲さんが今いる時代ではアーティファクトとかオーパーツ扱いですが。

 それはそれとして、アイテムボックスの中にはとりあえず武器といくらかの食料と水、ある程度の金銭を入れておきましたので、余裕がある時にご確認ください。

 指輪を指で触ると、中に入ってるもののリストが表示されます。そのリストから取り出したいものをタッチすれば、取り出す事が出来ます。もちろん念じるだけでも大丈夫です。

 武器とそのシルバーリングは神々が手ずから作った出雲さん専用のアイテムなので、是非ご活用くださいね。

 ちなみに、万が一盗まれたりしても30分すれば手元に帰ってくる仕様になっています。私がやりました。褒めてください。

 さて、森の中に転生させたので『ここ、どこだよ』ってなってるとは思いますが、頑張ってください。

 新たな人生、異世界ライフを楽しんでくださいね!』


 と、書いてあった。

 文末にはご丁寧に『あなたの二番目、天照より』と書いてある。そんなに二番目だったのが不満か。ちっちゃいぞ、最高神。


「まあでも、現状を打破する事は出来そうだな」


 まずは……街道に出るか、異世界転生モノにありがちな冒険者に出会いたいな。

 転生初日から人生ハードモード感が否めないが、まあ、どうにかなるだろ。

 テイクイットイージー! 気楽に行こう!



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