94話 ネイの家族とラインの家族
入学式が終わり僕らは教頭先生からグラウンドに出るように言われた。ちなみに教頭先生は、驚いたことにあの小太りのおじさんだった。
その教頭先生の指示に従い、ぞろぞろと受験番号が若い新入生からグラウンドに出る。
するとそのグラウンドには新入生達の親と見られる大人達がたくさんいた。新入生達が三々五々に散らばってその家族の下へ行く。
教師と思われる人達が何も注意しないことから察するに、どうやらこの時間は家族と話すことを目的とした時間みたいだ。その教師達は微笑ましく新入生達を見ている。
「お父さん! お母さん! それにコルトとメルも! 久しぶり!」
するとどうやらネイが家族を見つけたようだ。ネイがバタバタと走って向かった先には、がっしりとした体格で濃い茶色の髪と髭をしている男性と、ネイに似た少し強気な目と明るい茶髪をしている女性が。あれはネイのお父さんとお母さんだろう。ネイはお母さん似だな。そしてそのネイの両親の足下に五歳くらいの男の子と三歳くらいの女の子がいる。あれは弟君と妹さんかな?
僕もここに来ているはずの両親とサーシャとアンナを探したいけど、まずはネイの家族に一言だけ挨拶するのを先にしよう。
「あ、ちょっと待ってて!」
そう思ってネイとネイの家族の間に割り込む隙を伺っていると、ネイが彼女の家族にそう言って僕の方にトテトテと走ってきた。どうしたんだろう?
「ライン、ちょっとこっち来て!」
「え、あ、うん」
ネイは僕の側まで来ると両腕で僕の腕をガシッと掴み、僕を彼女の家族の方にグイグイと引っ張っていく。抵抗する暇さえ無かったが、まぁ僕もネイの家族に挨拶したいと思っていたのでこれでいいか。
そうやって僕はネイに引っ張られ、ネイの家族の前に立つことになった。やっば。どうやって話し始めるか考えて無かった。……とりあえず無難にいくか。
「初めまして。ネイさんとお付き合いーー」
「この人がラインよ! あたしのお婿さん!」
ドーンと胸を張ってそう言うネイ。
……いや、ネイさん? まだ結婚してませんし、僕が言いたかったこと簡潔に一言で言ったね?
そんなネイを見て苦笑しながら、僕は改めてネイの家族に向かって自己紹介をする。
「あらためまして、ネイさんとお付き合いさせていただいております、ライン=ノルドと申します。よろしくお願いします」
僕がそう言った瞬間、場がピキーンと凍ったような気がした。
何故このようなことになったのか分からず困惑していると、ネイのお父さんが少し慌てたようにして口を開いた。
「あ、あぁ。そうか……ですか。お、俺、いや、私は……」
あ、そっか。ネイの家族は普通の農民だからここまで丁寧に挨拶することに慣れていないのか。
えっと、この場はどうしたらいいんだろうか?
そう思っているとネイが僕に申し訳なさそうな顔をしてきた。
「ごめんね、ライン。あたしの家はほら、貧乏だったからさ、こういう丁寧な言葉は慣れてないの。だから……」
「あ、うん。えっと、ネイのお父さん。そんなに畏まらないで下さい。いつも通りの話し方で結構ですよ」
そのネイの言葉を聞き、僕はネイのお父さんに少し砕けた言葉でそう話しかけた。するとネイの両親はホッとしたように一つ息を吐いて、再び口を開いた。
「そうか。それならその言葉に甘えさせてもらおう。俺はネイの父親のダヴィンだ。ネイから手紙を貰って全て話しは聞いている。ネイを救ってくれて、そして俺達家族まで救ってくれて本当にありがとう」
「あたしはネイの母親のポーラよ。あたしからも礼を言うわ。ありがとう」
そう言ってネイのお父さんとお母さんは僕に向かって頭を下げてきた。ネイはともかくネイの家族を救った覚えは無いのだが……あ、ネイと初めて合った時に潰した盗賊の財宝の事か。あの半分はネイが全て実家に送ったと言っていたから恐らくそのことだろう。
「ライン、こっちのお父さんに隠れてるのがあたしの弟のコルト。で、こっちのお母さんに隠れてるのが妹のメルよ。二人とも挨拶は?」
「……こんにちは」
「……ちは」
ネイの両親の自己紹介が終わると、今度はネイが弟君と妹さんを紹介してきた。それぞれ両親の足を両手で掴んで隠れている。
そんなネイの姉妹に僕は愛想良く、こんにちは、と挨拶を返す。
そうやってネイの家族と話していると、どこからか聞き慣れた声が聞こえてきた。
「坊ちゃまー!」
この声は……アンナか!
そう判断した瞬間、僕は声が聞こえてきた方に顔を向ける。するとそこにはこちらに手を振りながら走り寄って来ているアンナと、そのアンナの様子を見て片手で顔を抑え、溜め息をついているサーシャ、そしてニコニコと二人そろって笑っている父さんと母さんがいた。
「坊ちゃま! お久しぶりです!」
「久しぶり、アンナ」
僕の側にまで寄ってきたアンナはそう言って挨拶をしてきた。僕も挨拶を返し、他の皆にも挨拶する。
「父さんも母さんもサーシャも、皆久しぶり」
すると三人はこちらに歩いてきた。あ、ネイの家族がまた固まってる。まぁ僕の両親は貴族だからなぁ。
そうだ。皆にネイを紹介しないと。
「皆、紹介するよ。この子はネイ。手紙にも書いたと思うけど、僕の婚約者だよ。それでこちらの方々がネイの御家族」
いい機会なのでついでにネイの家族も皆に紹介しておく。するとまたしてもネイの家族の空気がピキーンと凍った。あ、今度はネイまで緊張してら。
ネイの境遇は全て僕が前もって手紙に書いておいた。その事とこの場の空気を敏感に読んだのか父さんが優しげな声で話し出した。
「ははは。そこまで緊張なさらなくても大丈夫ですよ。私達はラインとネイさんの結婚を認めていますから。ネイさん、ラインをよろしく頼むよ」
なんだ。父さんと母さんは僕達の結婚を認めてくれてるんだ。手紙を出しても返ってこないから、てっきり認められていないと思っていた。貴族には貴族の子を婚約者に~とか言ってくると予想していたから安心したよ。
それはネイの両親も同様だったのか幾分か安心した様子が見られた。……それでもまだ緊張しているようだが、これは慣れてもらうしかあるまい。
そうやって僕らはワイワイと話しながらこの時間を楽しんだ。……ネイとその家族は終始緊張していたが。まぁ、今はそれでいいか。
「では新入生は第二体育館に移動するように!」
すると教頭先生の魔力を帯びた声がこの広いグラウンドに響き渡った。どうやらこの家族と話す時間も終わりみたいだ。
「それじゃあ、また後でね」
父さんと母さん達は白馬亭に泊まっていると聞いた。なのでまた後で会うことができる。だから僕らはすんなりと別れることができたのだが、ネイの方は難しかったみたいだ。
「体に気をつけろよ」
「ちゃんとご飯を食べるんだよ」
「姉ちゃん、行っちゃうの?」
「……ちゃうの?」
あー、コルト君とメルちゃんがネイの足にしがみついちゃった。これは離れづらいぞ。
そんなネイの家族を見かねたのかこの学園の教師がこちらに向かって歩いてきた。見ればポツポツとネイの家族と同じような状況になっているところが幾らかある。
そのことにネイも気がついたのだろう。半ば無理矢理コルト君とメルちゃんを引き剥がして一歩後ろに下がった。
「あたしは大丈夫だから、お父さん達は心配しないでね! コルトとメルも元気でね! さ、行こう、ライン」
こうして僕は再びネイに手を引っ張られながら第二体育館へと向かった。ネイの家族は心配そうな顔をしていたが何やら僕の父さんが話しかけていた。父さんならネイの家族の心配を取り除いてくれるだろう。ならば安心だ。




