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92話 汗と涙のシャトルラン

 ……ッハ!?

 いかんいかん。余りにも衝撃的な物が宝箱の中に入っていたせいで、呼吸をするのを忘れてしまっていた。




「ネイ、それは宝石じゃないよ」




 僕はネイの肩に手を置いて優しく諭すようにそう言う。

 ネイは目をミラにするほど興奮していたが、残念なことに僕がそれを教えるとすぐにシュンとしてしまった。




「そう、なんだ……」




 暗い顔をして俯く彼女。そりゃあ宝石だと思っていたらそれが宝石じゃ無かったのだ。上げて落とされたようなものである。宝石だと期待していた分、そのショックは普通よりも相当大きいだろう。

 だけど僕は彼女のそんな様子を見ても全く心が痛まなかった。むしろこの後に僕が告げる内容を理解した時の彼女の様子を想像すると笑みさえ浮かぶ。

 僕は顔を俯かせて落ち込んでいる彼女に向かって笑顔でこの石の正体を告げる。




「これは宝石じゃなくて魔晶石だよ」




「魔晶石!?」




 僕がそう言った瞬間、ネイは首がもげてしまうのではないかと錯覚するほど勢い良くグリンッと僕に顔を向けてきた。



 魔晶石。

 それは極稀に生まれてくる変異種の魔物から採れる、魔石とはまた別の石のことだ。これは主に錬金術で使われ、魔道具とはまた別のマジックアイテムというカテゴリに属する道具を作る際に用いられる。そのマジックアイテムの効力は凄まじく、並みの魔道具とは比較にならない。

 だがその反面、変異種自体が極々稀にしか発見されず、さらには危険度が高いため入手は困難を極める。そのため魔晶石は一言では言い表せないほど高値で取引される。もちろん宝石などとは比較できない程に。



 それをネイは理解したのだろう。目が先程よりも爛々と輝いたミラになり、ネイのテンションが跳ね上がる……と思っていたのだが、そんなことは無く、いつも通りのネイに戻った。あれ? てっきりネイは空を飛ぶ程テンションが上がるだろうと思っていたのだが……。

 ……あ、そうか。これは試験だからこの魔晶石も学園の物となるのか。ならば!




「試験監督さん。これも僕らがサミット学園に合格して、迷宮探索権を貰った時に変異種サイクロプスと一緒に学園に掛け合ってくれませんか?」




 変異種サイクロプスの時と同じように僕は試験監督さんに協力を求める。すると試験監督さんはまたもや苦笑しながらも、いいよ、と首を縦に振ってくれた。やっぱりこの試験監督さん優しいよ!




「ネイ! 合格して迷宮探索権を貰えたらこの魔晶石が手に入るかもしれないから、頑張ってサイクロプスを狩るよ!」




「そうね!」




 僕らの掛け合いを聞いていたネイはすぐさま元気を取り戻し、ボス部屋を出た。僕と試験監督さんもネイの後に続いてボス部屋から出る。

 しかしこの時、僕はネイの様子に違和感を覚えた。彼女の目がお金を欲する時の目ではないのだ。




「ネイ、魔晶石が手に入るんだよ? それを売れば相当な金額になると思うんだけど……嬉しくないの?」




 自動で閉まったボス部屋の門。そのボス部屋にサイクロプスが現れたことを魔力探知で確認しながら、僕はネイに思ったことを聞く。




「嬉しいのは嬉しいけど、その魔晶石はラインにあげるわ。あんた錬金術も研究してるんでしょ? ならその研究に使った方が絶対にいいもの」




「え!? いや、それは嬉しいんだけど、だとしたらネイは損したことになるよ?」




 魔晶石を売れば大金になる。それを二人で折半したとしても有り余るお金になるだろう。だから僕はネイのその心遣いを有り難く思うも、ネイが大損するのは避けたい。

 だけどネイは少し顔を赤らめてプイッと顔を背けた。




「損なんかしてないわよ。そもそもあたしがこの王都に入れたのも、強力な魔法とかアーツを使えるようになったのも、今ここでサミット学園の試験を受けることができてるのも、全部ラインのおかげだもん! それにあたしはラインのお、お嫁さんになるんだからこれくらいはさせてよね!」




「……ネイ!」




「わっ!? な、何よ、急に!?」




 ネイのその言葉を聞き、頭の中でじっくりと咀嚼して全てを理解した瞬間、僕は半ば反射的にネイを抱きしめた。




「ありがとう、ネイ。ホントにありがとう」




 なんてえぇ子なんや……。

 思わず涙が出るよ……。




「と、とにかく、魔晶石を手に入れるためにも頑張ってサイクロプスを狩るわよ!」




「そうだね」




 ネイは僕の腕の中で顔を真っ赤に染めながらそう言った。

 そんなネイの頭を優しく撫でながら僕はネイを腕の中から解放する。

 さて、と。それじゃあここからは、さらにギアを上げてサイクロプスを狩りまくるぞ!




 門を開け、その場で魔法を放ってサイクロプスを倒す。

 そして試験監督さんがボス部屋の奥まで走ってサイクロプスを回収し、やがてボス部屋の外まで走って戻ってくる。

 それと同時に閉まる門を秒で開ける。

 そしてまたその場で魔法を放って、試験監督さんを走らせる。

 時たま現れる変異種サイクロプスは僕が瞬殺することで一歩も動かすこと無く倒す。

 そして試験監督さんを走らせる。

 宝箱が出た場合は[魔糸]を使って離れた場所から開ける。

 そして試験監督さんを走らせる。

 兎にも角にも僕らは一歩も動かず試験監督さんを走らせる。

 もはやこの試験の後半は僕らの試験ではなく、試験監督さんの汗と涙のシャトルランと化していたが気にしない。ここは心を鬼にして僕らは合格をもぎ取るためにひたすらサイクロプスを狩った。




 そうしてひたすら僕達が試験監督さんを走らせていると、後ろからドタドタと数人の足音が聞こえてきた。

 結構時間がかかったようだけど、ようやく他の受験生が来たのかな?

 そう思い試験監督さんを走らせている僕とネイが後ろを振り返ると、そこには試験監督と書かれた腕章をつけた大人が三人階段を下りて来るところだった。




「どうかしましたか?」




 何やら急いでいる様子だったので、無視されるかもしれないと思いつつも、僕はその試験監督達に向かって声をかけた。

 すると試験監督達はこちらに気づき、話しかけてきた。




「試験は終わりだ! すぐに迷宮の入り口に集合しなさい!」




「え、終わり!?」




「あぁ、そうだ! 終わりだ!」




 早!? もう試験終わりなのか! まだまだ時間があると思っていたんだけどな。




「ネイ、帰ろうか」




「そうね」




「ちょ、ま……」




 ……あ、シャトルランをさせていた試験監督さんの存在を忘れていた。どうしようか……。

 試験監督さんの様子を見ればとても迷宮の入り口まで走れるような状態じゃない。それは試験監督さんの足を見れば明らかで、まるで生まれたての小鹿のようにガクガクと震えているのだ。



 その後はシャトルランを終えた試験監督さんを新たに来た三人の試験監督が協力して地下迷宮の入り口まで運んで行った。その道中、襲ってきた魔物は僕とネイが全て倒したのだが、それは当然試験のポイントとなることは無く、討伐しただけに終わった。

 それにしても……誰か一組ぐらいはサイクロプスを討伐しに来ると思ったんだけど誰も来なかったな。

 ただ単純に十階層まで来れなかったのか、それともサイクロプス狩りよりポイント効率が良い方法を思いついたのか……。

 この学園は天才達が集まると言われているから、もしかしたら後者かもしれない。そう考えると試験の結果が心配になってきたな……。

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