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9話 肉体強化と魔力操作

「いや、僕はいつアンナが薪小屋に丸太を取りに行ったのか分からなかったんだけど?」



 再び混乱してきた頭を必死に動かしアンナに尋ねる。



「あ、そう言うことですか!」



 僕が聞きたいことがようやく伝わったようだ。



「あれは肉体強化魔法を使って普通に走っただけですよ」



「え!? あれも肉体強化魔法!?」



「えぇ。そうですよ」



 訂正。僕はまだ肉体強化魔法の凄さを理解していなかったみたいだ。



「いつ走っていったのか全然見えなかったよ。目に見えないくらい早く走れるって凄いね! まさに瞬間移動じゃん!」



 そう言うと、何故かアンナは微妙な顔をした。



「どうしたの?」



「あ、えぇっと……その……」



 何か凄い言い出しにくそうな顔をしているアンナ。



「何か言いにくいこと? 別に僕のことは気にせず素直に言ってよ。何を言われても僕は大丈夫だからさ。それに、逆に言われなかったら凄い気になるし!」



 なので僕から少しでも言い出しやすい雰囲気を作って、アンナに言うように促してみる。



「……分かりました。実はさっき走った速さは、普通の人だったら十分に視認できる程度の速さなのです……」



「……え? 嘘だよね? 僕には全然見えなかったんだけど」



 あれで普通の人が視認できる速さって……。

 この世界の人は皆さん超人の域にでもいるんですかね?



「それは、恐らく坊ちゃまの動体視力の問題かと思います……」



 そう言われ、これまでの生活が頭をよぎった。。

 ……うん。最低でも、一日の半分以上は寝てたな。そりゃ、普通の人より動体視力は圧倒的に悪いわ。

 ズーンと下を向き落ち込んでいるとアンナが小声でボソッと一言。



「あぁ、やはり坊ちゃまが落ち込んでしまいました……」



 ……そうだった。雰囲気作りのためとは言え、『何を言われても大丈夫』って言ったんだった。自分で言ったんだから、その言葉通りにしなければ!

 顔を上げ、アンナと目を合わせ無理矢理笑顔を作る。



「だ、大丈夫だよ! そんなこと言われても何ともないよ!」



 ……クソゥ。頬がピクピクして引きつってるのが分かるぜ……。



「それより、さっきの続きを聞かせてよ!」



 こういう時はやはり、話題を変えるに限る。



「分かりました。えーっと、どこまで話したんでしたっけ?」



「肉体強化魔法だけで内包系を成している理由からだね」



「あぁ。そうでした! では、先程の丸太を切った所の解説から入りますね!」



「? うん、わかった」



 普通に肉体強化魔法を使って丸太を切っただけじゃないの?



「肉体強化魔法を使う事によって攻撃の威力や走る速さ、更には防御力までもが格段に上がると言うことは、既にご存じですね?」



「サーシャとアンナに驚かされたからね。勿論知っているよ」



 そっか。防御力も上がるんだね。知らなかったよ。

 だがアンナが当たり前のように言っているんだ。きっとこれも、この世界では常識なのだろう。

 心の中で愕然としながらも、表面上は平静を装って答える。



「……そうですか。ま、まぁこれらは使っているうちにすぐ気付くことなので、そんなに気にしなくて大丈夫ですよ!」



 アンナに気をつかわせてしまった……。

 僕ってそんなに顔に出やすいのかなぁ……?



「で、ではここで坊ちゃまに一つ問題を出します!」



「え? いきなりだね?」



「問題です! 先程、私が丸太を相手に、肉体強化魔法を使わないパターンと、使ったパターンの二つを見せましたね? 実はこの二つには攻撃の威力の差以外に私が伝えたい事がありました! それは何でしょう?」

 


「……え、ものすごい難しくない? それってアンナの考えてた事を当てろってことだよね? んー……早くお昼ご飯が食べたい、とか?」



「ブー!! 違いますー!! ちゃんと内包系に関わる事ですよ!! それに、さっきご飯を食べたばかりなので、まだお腹は少ししか空いてませんー!!」



 さっき食べたばかりなのに、少しはお腹がすいてるんだね……。



 んー、内包系に関わる事か。

 さっきの二つのパターンを頭の中で再生して答えを探す。



「……ああ!! 分かった! なるほど。確かに内包系に関わってることだね!」



 答えが分かった時の閃きは気持ちいいよね! なんか、急にテンションが上がってきた!



「お! 分かりましたか? では答えをどうぞ!」



「答えは、肉体強化魔法を使った時の剣を振り下ろす速さが遅い! つまりアンナが言いたいのは「あ、すいません。それ、違います」え?」



「剣速をわざと遅くした事ですよね? それは、普通に振ると坊ちゃまが視認できないと思ったので遅くしただけです。」



「えぇ……。なにそれ……」



「あはは……。すいません、坊ちゃま。本当の答えはもっと分かりやすいので、速度に関しては気づかないと思ったんですよ。でもそれに気づいたのなら、このクイズの答えはすぐに分かると思いますよ?」



「そんなこと言われても……」



「なら今回は私が悪かったので、特別にもう一度だけ見せます! これならどうですか?」



「まぁ、もう一度見せてくれるなら見せてもらうよ。だけど剣速はさっきと同じにしてね」



「もちろんですよ!」



 そう言ってアンナは丸太の前で止まり、丸太の埋まってる部分を少し引き上げた。素手で。

 ……これを見ても驚かなくなってきている自分に驚くわ。

 


「では、まずは肉体強化魔法なしです! 準備はいいですか?」



 よし。さっきは出鼻を挫かれたから、今度は絶対に正解してやる!

 パンッと頬を叩き、気合いを入れてアンナの一挙手一投足を見逃すまいと集中する。

 どうやらアンナの勢いに引っ張られているのか、やる気が湧いてきた。



「いいよ!」



「ではいきますね!」



 そう言ってアンナは袈裟懸けに剣を振り下ろした。

 やはり魔法を使ってないので丸太に浅く傷を付けただけで終わった。



「次は肉体強化魔法ありのパターンです! いきますね!」



 先程言った通り、剣速は肉体強化魔法なしの時と同じだった。

 ただ、威力が圧倒的に違い、再び丸太を切断した。



「うーん」



 この二つのパターンから、アンナが言いたいこと。

 剣速など細かい要素ではなく、もっと分かりやすいもの。

 アンナが立っていた場所を見、彼女の動きを頭の中で再生する。





「坊ちゃまどうですか? 分かりましたか?」

 


 しばらく考えていると、アンナが笑顔で聞いてくる。



「……たぶん」



 あまり自信はないがいくら考えてもこれ以外の答えが出てこない。



「間違っても大丈夫ですよ! 答えをどうぞ!」



 まぁ間違ってもいいのなら、当たって砕けろだ。



「……肉体強化魔法を使う時と使わなかった時のアンナの動きが全く同じ、こと?」



「おぉ! 正解でーす! おめでとうございます!」



  アンナの体の動きや剣の軌道などは素人目で見てもすぐに気がついた。だがこの答えの一番の根拠は丸太の切断面とアンナが踏み込んだ足跡の位置だ。

 魔法を使わない時に傷付けた場所が、切断された二つの丸太を見てもなかったのだ。恐らく傷が付いていた場所をなぞるように切断したのだろう。

 そして足跡。この庭は一面芝生に覆われているので分かりにくいが、よく見ればアンナが立っていた所の芝生が倒れているのが分かる。だが丸太の周辺ではアンナが剣を振った時の足跡以外なかった。その足跡も、一回分の足跡だけ。

 ここまで根拠を並べていてもあまり自信がなかったので、正解して良かった。



◇◆◇◆◇◆



 手の震えが止まらない。止めようといくら力を入れても止まらない。諦めてスープを飲むためにカップを持ち上げるも手の震えのせいで小さな波がたっている。それでもなんとか飲むと、次はパンを一口食べる。しかし……



「ごめん……。残していい……?」



「あら? 坊ちゃま、どういたしましたか? そんな事を聞いてくるなんて珍しいですね?」



 うん。僕もそう思う。



「全部食べたいんだけど、疲れ過ぎて逆にご飯が喉を通らないんだよ……」



 言い訳じみた言葉だが、これが本音だから他に言いようもない。

 僕がそう言うとアンナが僅かに目を逸らした。



「アンナ? どういうことかしら?」



 サーシャが若干キツくアンナに問い掛ける。どうやら僕の言葉は言い訳として受け取られなかったようだ。

 すると、彼女は慌てたように言った。



「少し運動しただけですよ! 坊ちゃまのダイエットをお手伝いしただけです! 後はアーツの素振りをして午前の訓練は終了しました!」



「あら? そうなの? なら、坊ちゃまが一口しかお昼ご飯を食べれない程疲れているのは、”少し"運動をしたせいなのね?」



「はい! "少し"運動しただけですよ! 本当に"少し"です! ……私からしたら」



 最後のアンナの小さな呟きはしっかりとサーシャの耳に入っていたようだ。



「あなたみたいな体力バカを基準にしたら、誰だって倒れるわよ! 加減を知りなさいと前から言ってるでしょう!?」



 おぉ……。サーシャが本気で怒ってる。初めて見たな。こわ。

 しかし、ダイエットを手伝ってもらい、更に内包系の魔法も教えてもらっている身としては、なんだか申し訳なくなってきたので、間に入って止めることにする。



「まぁまぁ。サーシャ、落ち着いて。アンナは僕の為にやってくれたんだからそこまで攻めないで」



 そう言うと、アンナは元気を取り戻し、すかさずサーシャに反論した。



「そうです! そうなのです! 私は! 坊ちゃまの! 事を! 思って! やっているのです!」



 ……僕が擁護した途端、アンナは急に調子に乗り出した。 

 午前の訓練は、庭をランニングで五周、アーツの素振りを五秒で一振りを十分。途中で足の感覚がなくなっても、腕が上がらなくなっても、そんなこと関係なく続けさせられた。

 ……休憩なしで。

 それらを思い出しながら、今の調子に乗っているアンナを見ると、少し腹が立ってきた。

 なので、ささやかな意匠返しをする。



「サーシャ。やっぱりアンナの説教は続けて。あと、夜ご飯はアンナだけスイカの種でお願い」



「畏まりました、坊ちゃま。私にお任せ下さい」



 その時の二人の表情は、まさに天国と地獄と言っても良い程対称的だった。



◇◆◇◆◇◆



「では、今日から本格的な魔力操作の訓練に移ります」



 僕の部屋の中にサーシャの凛とした声が響き渡った。

 午後の訓練が始まる。

 


「まず、坊ちゃまが魔力操作を出来ない原因は二つあります。とは言っても、これは荒療治を行って魔力感知を習得した人は必ず通る道なので気にすることはないですよ」



 隙間時間だけとはいえ、昨日は魔力を動かす手応えを全く感じなかった。だから気にすることはないと言われても、否が応でもサーシャの言葉を聞き逃すまいと緊張してしまう。



「昨日の夕食前、坊ちゃまが魔力を動かそうとしても動く気がしないと仰っておりましたよね?」



 そう言われて昨日の夕食前の事を思い出す。



「うん。確かに言ったね」



「その『動く気がしない』と思う事。それが一つ目の原因です」



「……え? 魔力ってそう思っただけで動かなくなるものなの?」



 それなら僕は自分で魔力を動かそうと必死になりつつも、実は自分で動かないようにしていたってことだよね? 凄いマヌケじゃん。



「荒療治をした人で魔力を動かしたことがない人に限定して言えばそうです。昨日坊ちゃまには、魔法を使うにはイメージと経験が重要だと言いましたよね? それは魔力を動かす上でも同じなのです。坊ちゃまはまだ、自分で魔力を動かせた経験がありませんから少しでも『動かせない』と思っただけで、動いている魔力のイメージがぼやけてしまうのです」



「そうなんだ……」



 そう言われたので、早速口の中で



「魔力は動く魔力は動く魔力は動く魔力は動く……」



と唱えながら、魔力を動かしてみる。



 しかし……



「ダメだ! 全然動かない!」



 いくら魔力が動くイメージをしても、うんともすんとも言わない。



「そう簡単に魔力操作は習得出来ませんよ。それにまだ一つ残ってますから」



 あ、そうだった。早く魔法が使いたくて焦りすぎたみたいだ。そう言われて、少し落ち着きを取り戻す。



「一つ目は先程いいました『動かせない』と思う事です。そしてもう一つは、魔力を動かすイメージが曖昧であるという事です」



 サーシャはキリッと顔を引き締め、教師のような顔で説明を始めた。



「昨日、私が言った荒療治ではない普通の方法では、長い時間をかけ徐々に魔力を感じ取れるようになり魔力感知を習得します。

 この『徐々に感じ取れるようになる』と言うのは、つまり『既に動いている自分の魔力を徐々に感じ取れるようになる』と言うことです。この過程で普通の人は自分の魔力の動きを把握し、より具体的なイメージが出来るようになります。

 ですが荒療治で魔力感知を習得した場合、自分の魔力の動きを把握する時間が極端に短いため、曖昧なイメージになりがちなのです」



「なるほど……。荒療治で魔力感知を習得した人は普通の人より動いている魔力を感じたことがないからイメージも曖昧になるということか」



「そうです。流石坊ちゃまですね」



「そんなこと言われても昨日バカにされたことはまだ覚えているからね?」



「そうですか。では魔力操作の訓練を始めましょう」



 何でもないことのように流しよった!

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