82話 ギルドマスターと武器
「シンリョクの森です」
正確にはシンリョクの森を出てすぐのところだが、そこまで詳しく話さなくても良いだろう。
「そうか。シンリョクの森か……。てことは昨日正門を破壊して入って来やがったあの魔人はシンリョクの森にいた魔人じゃねぇってことか……」
ギルドマスターは低く唸りながら考え込む様子を見せた。
僕も同じように考え込む。シンリョクの森から来た魔人ではなかったらそれはどこから来た魔人なのか、ということについてだ。
だがそれについて考える時間はギルドマスターの言葉によってすぐに終わった。
「ま、これは後で調べておくか」
そう言ってギルドマスターが話を切り上げたからである。
僕も王都周辺の地理には詳しくないので、そのことに関しては頭を捻るより冒険者ギルドに任せた方がいいだろう。
これで話しは終わりかな、と思ったとき、ギルドマスターはふと思い出したように手を打って話しかけてきた。
「そういや坊主は[ストレージ]が使えるんだったよな?」
「えぇ、使えますよ」
恐らくミアさんから聞いたのだろう。ギルドマスターは確認の意を込めた質問をしてきた。
そしてギルドマスターは続ける。
「なら魔人の素材で余っているやつはあるか? 肉とか内蔵とか。余ってたら買い取るぞ」
そういや肉とか内蔵は何かに使えるかと思って取っておいたんだった。でもまだ錬金術とかに使えるか調べてないからなぁ……。それに二匹分あると言ってもたったの二匹だ。これからまた遭遇できるとは限らないのでここは温存しておこう。
「すいません。まだいろいろと調べたいことがあるので……」
「そうか、なら良い。これで一応こっちの話しは全て終わりだ。そっちからは他に何かあるか?」
もう終わりか。特に重要な事はないが、個人的に気になることはある。
さっきから衝撃的な出来事の連続で、危うく忘れかけていた[ノーティン]の魔力の動きをもう一度観察したいのだ。
一応試しに聞いてみるか。
「ギルドマスターの[ノーティン]をもう一度だけ見してください」
「あー、いいけどよ、そんな簡単に真似できるもんじゃねぇぞ?」
僕が頼むとギルドマスターはそう言いながらも[ノーティン]を使ってくれた。子供に優しいね。
そんなことを考えながらも、もう一度魔力の動きをしっかりと頭に叩き込む。少し複雑だが、覚えれないことはない。
複数回頭の中でその魔力の動きを反復し終えたところで意識を現実に戻すと、ミアさんとギルドマスターがお喋りしていた。
「ギルドマスターはこの魔法のおかげで数々の死線をくぐり抜けてきたんですよね」
「まぁな。この魔法がなけりゃ今頃は上級魔人はおろか、オーガに殺られていたかもしれねぇ」
「上級魔人ですか……。そういえば今でも時たま話題に上がりますよ。ギルドマスターの上級魔人殺しの話」
「あぁ、あんときゃ[ノーティン]がなけりゃ確実に三回は死んでたからなぁ」
……なんか凄い話が出てきたので、[ノーティン]の魔力の流れを完全に覚えきった僕はその会話に加わらせてもらう。
「あの……ギルドマスターの上級魔人殺しの話って何ですか?」
おずおずと二人の会話に割り込んで質問するとミアさんが解説してくれた。とは言っても簡潔なものだったが。
「ギルドマスターはかつて王都の近くまでやってきていた上級魔人をたった一人で倒し、王都を救った方なんです。その功績のおかげで一気に銅ランクまで昇格したんですよ。ね、ギルドマスター?」
「あぁ。それまでは坊主と同じように実力を隠しながら生活していたから当時は周りの人間にだいぶ驚かれたよ」
それはそうだろう。今まで平凡な点数しか取ってなかった人がいきなり満点を連発して取るようなものだ。周りの人間が驚いたのも仕方があるまい。
だがそんなことより、今の話しを聞いて僕は一つの疑問を持った。
「あれ? ということは昨日ギルドマスターと互角に戦っていたあの魔人は上級魔人ですか?」
ギルドマスターは元とはいえ銅ランクの冒険者だったのだ。そのギルドマスターと互角に戦っていた昨日の魔人は恐らく上級魔人だろう。
そんな風に予想してギルドマスターにそう聞いたのだが、ギルドマスターは苦々しい顔をしながら首を横に振った。
「いや、あれは上級じゃねぇ。それどころか中級でも下級でもねぇよ。一番下の最下級魔人だ。……俺も衰えたもんだよな。最下級魔人の一匹もすぐに倒せないなんてよ……」
するとギルドマスターはそんなことを言いながら突然落ち込み始めた。
しかし僕の目の前で一人どんよりしているギルドマスターだが、それに対するミアさんの反応は憐れみとは全く違っていた。
手を横に振っていやいや、と言っているのである。
「何を言っているんですか、ギルドマスター。昨日ギルドマスターが持って出て行った大剣は木製のレプリカだったじゃないですか」
「……は? え、木製? レプリカ?」
あの魔人と刃を交えて火花を散らしていたあの大剣が木製のレプリカ?
僕があんなに苦労して倒した魔人と対等に戦っていたギルドマスターの武器が木製のレプリカ?
「そうですよ。ギルドマスターはそこに飾ってあるレプリカの大剣を持って魔人に向かって行ったんですよ」
そう言ってミアさんは壁を指差した。そこには新品同様に綺麗な金属製の大剣が。……いや、どう見ても木製じゃないし、レプリカでもない。それに新品みたいでどこにも傷が無い。
昨日の戦いの一部始終を見ていた者として、やはりそれが昨日の魔人との戦いで使っていた木製のレプリカであるとは思えない。
「実際に触ってみたら分かりますよ」
するとそう言ってミアさんは壁に飾られていたその大剣の持ち手と刃を持って僕の目の前まで持ってきてくれた。
その刃にソッと触れるとそこからは確かに金属の質感ではなく木製品独特の手触りが。それにこうして近くで見ると、うっすらとだが木目が見える。
本当に木製のレプリカだ。
するとギルドマスターはどんよりとした空気を纏ったまま僕達に話しかけてきた。
「武器なんか魔力で覆って硬化しちまえばどれも同じだ。だから例え昨日俺が持って出た武器が木製のレプリカだとしても関係ねぇ。オレの腕が落ちたってことさ……」
今度はミアさんと一緒に僕もいやいや、と手を横に振るう。
流石にどんな武器でも魔力で覆って硬化したら関係無いとは言えない。その武器の重量や重心などは全て魔力ではなく武器に依存することになるからだ。もちろん切れ味も。
それらのことをミアさんと一緒にギルドマスターに言うも効果があまりなく、結局僕らはそんなギルドマスターを置いてその部屋を出た。時間が経てば元に戻るだろうというミアさんの言葉に従って。
「遅かったわね、ライン」
ミアさんと共に一階に戻るとネイが階段の前で待っていた。僕としてはそれほど長話をしていた感覚は無いんだけど、どうやら結構な時間が経っていたらしい。
「ごめん、ネイ。それで依頼はどんなのを選んだの?」
そんな風にしてネイと会話を交わしつつ、今日も一日を過ごす。
こんな生活をのんびりと続けていると、やがて入学試験の日がやってくる。




