58話 距離とこれから
翌朝。いや、早朝と言うべきか。
まだ太陽も昇っていない薄暗い時間帯。
まだ誰一人として外に出ていない時間帯。
今、僕は一人で宿の前にある大通りに立っている。そして腕についている緑のリストバンドのような物に魔力を通す。
そうして少しの間待っているとリストバンドが三回ほど震え、次の瞬間には可愛らしい少女の声が頭の中に響いてきた。
《どう、ライン? 聞こえる?》
それに対して僕は何をするでもなくその場でジッと立ち尽くす。
頭の中で文を作っているのだ。
そして口を開けず言葉を発するように意識し、イメージしてその少女の問いかけに答える。
《聞こえるよー》
と。
そうして早朝の優しくヒンヤリとした空気をすいながら、その少女からの返事を待つ。すると少し間を置いて再び頭の中にその少女、ネイの声が響いてきた。どうやら彼女はまだこのリストバンドを使いこなせていないようだ。
《まずあたしがいる宿の部屋から宿の前の大通りまでは大丈夫そうね》
するとホッと安堵したようなネイの声が僕の頭の中に再び響いてきた。
僕達は今、昨日僕がオハラ草原で狩った魔物であるリトルグリーンウルフの毛皮から作った意志疎通のリストバンドの試運転をしている。といっても、このリストバンドで[念話]ができることは今のやりとりでも分かるように既に成功している。
僕達が今こうしてリストバンドを使って[念話]をしているのは、このリストバンドを使った[念話]は、どれほどの距離まで使えるのか調べるためだ。
《そうだね。なら次は冒険者ギルドの近くまで行ってくるよ》
《分かったわ。もし通じなかったらちゃんと連絡してね!》
《はーい》
そんなやりとりをしながら僕は冒険者ギルドに足を向けた。
そうしてまだ薄暗い街の中をブラブラと歩く。夜中とは違った、太陽が顔を出す直前のこの薄暗さが僕は大好きだ。肌を優しく撫でるような涼しさも早朝が好きな要因の一つともいえる。
なにはともあれ、この今の環境自体を楽しみながら僕はゆっくりと冒険者ギルドを目指す。
そうしてゆっくりと歩いていると冒険者ギルドが見えてきた。ここで一度ネイに連絡をとろうか。
《ネイ、聞こえる?》
左手首に付けたリストバンドに魔力を流し、頭の中で人に話しかけるようにイメージする。
そうして少しの間待ってみるがネイからの返事が一向に来ない。ネイがまだこのリストバンドに慣れていないため返事が遅くなっているのかそれとも、
(この距離では[念話]は届かないのかな?)
そう思って一度踵を返そうとしたところで、左手首のリストバンドがブルブルと震えた。着信の合図だ。その場でまた少しの間待っていると、再びネイの声が頭に響いてきた。
《聞こえるわよ。冒険者ギルドまでは大丈夫そうね》
ネイの言う通り確かに冒険者ギルドから僕らが使っている宿の部屋までは、[念話]で連絡を取り合うことができるみたいだ。リストバンドが震えてからネイの声が響いてきたラグが少し引っかかるが、これくらいのラグならば大丈夫だろう。それを確認して次の場所へ向かう事をネイに伝える。
《そうだね。じゃあ次は図書館まで行ってみるよ》
再び頭の中でイメージし、ネイにそう[念話]を飛ばす。そして少しの間待っていると再びリストバンドが震えた。頭の中に声が響く。
《分かったわ。その時はまた連絡してね》
《はーい》
即座に返事を返し、今度は宿からさらに離れた場所にある図書館に向かう。
空を見るとつい先ほどまでの薄暗さが嘘のように明るくなっていた。東の空から太陽が顔を出そうとしているのだろう。
この心地よい時間ももう終わりか、何てことを考えながら再びブラブラと歩きながら図書館を目指す。
太陽が僅かに顔を出し、空の色が薄い青色になってきた頃。
僕は図書館に到着した。
リストバンドに魔力を流して[念話]でネイに図書館に着いたことの報告をする。
《ネイ、こっちは図書館に着いたよ。聞こえる?》
そう連絡して少しの間待ってみる。ギルドの前にいたときのように、何らかの理由で返事が遅れている可能性があるからだ。
そう思い、さらに少しの間ネイからの連絡を待っていたが、その連絡がこない。
(この距離じゃ届かなかったのかな?)
そう思い再びきた道を戻ろうとした時だった。リストバンドが震えた。着信の合図だ。
だがしばらく待ってもネイの声が頭の中に響いてこない。ラグかとも思ったがそれにしても遅すぎる。そして、不具合かな? と思ってリストバンドを一旦外そうとしたときだった。
《随分と時間がかかったわね。こっちは大丈夫よ。ちゃんと声が届いたわ》
というネイの声がようやく聞こえてきた。どうやら距離が伸びるほど、このリストバンドでの[念話]は大きなラグが発生するらしい。いちいちネイの返事を長いこと待つのも面倒なので、僕はリストバンドではなく直接[念話]を使いネイに伝える。僕が魔法として[念話]を使ったときはラグなどいっさい無いということはすでに実証済みだ。
《こっちに声が聞こえてきたけど、どうも距離が離れる程声が届くのに時間がかかるみたいなんだ。僕はこのまま図書館でちょっとした調べ物をしたいからそれが終わったら帰るよ。この声に返事はいらないけど、何か特別な用事とかあったらリストバンドを使って僕を呼んでね。僕の方までにネイの声が届くのに少し時間がかかるだろうけどちゃんと受け取ることはできるから》
一方的にそう言い、僕はついさっき開館した図書館の入り口をくぐる。この図書館の開館時間は早いのだ。
ネイも返事をする間隔が長くなっていることに気づいているだろうから、僕が言った通り何か特別なことが無い限り連絡はしてこないだろう。これで心置きなく本が読めるというものである。
図書館に入って僕は受付のお姉さん方に目礼して挨拶し、それから周りを一切見ることなく一つの本棚に向かう。その本棚とは前もここで見つけた魔物図鑑がある場所だ。
少し唐突だが、僕は魔人討伐のために動き出そうと思う。時間が過ぎれば過ぎるほど魔人は魔物の魔石をどんどん取り込み、その力はより強く、凶悪になっていくからだ。
つまり魔人を討伐するのは早ければ早い方がいい。
そのためにこれから数日間は魔人討伐に必要な魔道具を作るために割こうと思う。だが今僕が持っている装備や魔道具では魔人相手には正直心許ない。なので幾つか魔道具を新たに設えようと思い、この図書館にある魔物図鑑を利用しに来た。
(あった)
まだこの図書館は開館したばかりで職員の人以外誰もいない。そのため、必ずそれがあるとは思ってはいた。思っていたのだがしかし、実際に誰の手にもとられていないことを確認するとホッと安堵した。そしてその魔物図鑑を手にとり、読書スペースである机に座る。
僕はこれから魔人討伐に欠かせないであろう魔道具、その素材となりそうな魔物について調べるのである。
あ、紙とペンを借りるのを忘れていた。
魔物図鑑を一旦机の上に置き、すぐ側にある受付でお姉さんから紙とペン、そしてインクを借りる。
そして再び机に座り、僕は魔物図鑑を開いた。
ふーむ……。これは、困ったな。
魔物図鑑を凝視しながら僕はそう思った。
僕が欲しい魔道具。その材料になるであろう魔物達は、驚いたことになんと全てが夜行性の魔物なのである。
夜は日中活動していた魔物達が眠る代わりに、夜行性の魔物が次々と姿を現す。だが、その魔物達は日中活動している魔物達とは違い、どれも強力な魔物ばかりなのである。そのため王都の門は、いや、王都だけでなくどの街の門も日が沈むと同時に閉め、夜が明けるまでは必ず開けないのだ。
そのため、もし夜行性の魔物を狩りにいくとなれば、休憩無しで一晩中狩りに出かけなければならない。
それだけの覚悟を持ってこれらの魔物を狩りに行くかどうかだが……行くしかない、か。
どうせ魔人が王都を壊滅させられるほどの力を得れば朝も夜も関係無くなるだろう。そう考えれば行かないという選択は人類の破滅を意味している……のかもしれない。いや、だって誰もまだ魔人を討伐してないんだもん。国も討伐しようとする動きもないし? それなら僕が動くしかないじゃん。うん。
そんなことを自分の頭の中で一人喋っていると魔物図鑑に記載されている一匹の魔物が目についた。
……あ、でもこの魔物だったら今外に出れば、まだいるかもしれない。
その魔物は、夕方から明け方まで活動している。と魔物図鑑に書いてあるので、今すぐ図書館を出て全力で走って行けば間に合う……かもしれない。
とりあえず善は急げ、思い立ったが吉日だ。
図書館の中を早歩きという名の小走りで歩き、魔物図鑑を元の本棚があった場所に戻す。そして幾つかの魔物の特徴と生態をメモした紙を四つ折りにしてズボンのポケットにグイッと半ば強引に入れる。それから受付で借りた羽ペンとインクを返してから僕は急いで図書館を出た。……受付のお姉さんがなんだか睨んでいた気がしたけど、きっと僕にはカンケイナイ。
それから僕は図書館から出てすぐの所で靴に魔力を込める。僕の魔道具の一つである靴の[走力強化]の実力を今こそ見せるときだ!
「[ブースト]!」
……あ、[ブースト]も一緒に掛けちゃったから靴の性能の良さがわかりずらくなっちゃった。
まぁ今はそんなことはどうだっていいか。
図書館から正門まではまっすぐの一本道だ。しかも今はまだ太陽が顔を半分出した時間帯。そのためこの通りには人が極端に少ない。正門まで相当離れている図書館からでもその姿が丸見えだ。
つまり全速力の超特急で走る事によって体感三分で僕は門の外に着いた。
そこから辺りを見渡せばスライムがぽよぽよとあちこちに点在している。しかしスライムには興味がない。僕はさらに遠くのほうを見渡す。すると明らかにスライムではないと分かるシルエットがいくつもあるのを発見した。
「あ、いた」
すると僕が探していた魔物っぽいシルエットがここから幾つか見えた。それらの一つのシルエットに向かって[ブースト]と[走力強化]を使って追いかける。
あ、こっちの存在に気づいて逃げ始めちゃった!
「[ストーンウォール]!」
その逃げ道を防ぐようにその魔物の進行方向を土壁で塞ぐ。
「[雷撃]!」
その魔物は地面から突然出てきた土壁に驚いて一瞬足を止めた。その隙に威力を大分弱めた[雷撃]を使ってその魔物の動きを麻痺させる。全力で[雷撃]を使うと毛皮がダメになっちゃうからね。
この作戦はどうやら上手くいったのか、僕が狙っていた魔物はその場ですぐに動きを止めた。
そして僕はようやくその魔物に追いついた。
体は真っ黒で体長は一メートルは優に有るだろう巨大な猫、ナイトキャット。
これが僕が狙っていた魔物だ。
そのナイトキャットはどうやら声も出せない状態らしく口を開けたままピクピクとしていた。この状態なら血抜きをすればたっぷりと血液が採れるな。
そう思い、僕は早速血抜きをし、それが終わるとその場で手早く解体する。これで目的の魔道具の内の一つを作れそうだ。
ふと辺りを見回すと、空は完全な水色となっており早朝から俗に言う朝になっていた。
「帰るか。[ストレージ]」
解体して得た素材や道具類をポイポイっと適当に[ストレージ]に放り込み、その場から撤収する。
そして行きとは違い、帰りはのんびりと歩いて帰る。これからは夜の狩りに出掛ける事が多くなりそうなので、念のために地形を覚えているのだ。そうして歩いていると気づけば正門の前にいた。ギルドカードを見せ、街に入る許可をもらって、僕は再びブラブラとゆっくりと歩きながらネイがいる宿へ向かう。
ナイトキャットの素材でどんな魔道具を作ろうかな、とワクワクした気持ちで頭を働かせながら。




