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56話 ハズレと本

「あら?」




「あれ? おかしいな」




 [走力強化]の魔法陣に魔力を流してもリトルグリーンウルフの血液は変化を見せない。

 それを見て僕は酷く困惑した。

 なぜならリトルグリーンウルフとの親和性が最も高い魔法は絶対に[走力強化]の魔法だと、確信に近い程強く思い込んでいたからだ。

 だが現実は、血液の色の変化を見るかぎりでは、リトルグリーンウルフと[走力強化]はいまひとつ親和性が高くないらしい。




「珍しいわね、ラインが予想を外すなんて」




「そうでもないよ。僕だって人間だから予想を外すことぐらいあるよ」




 若干面白がってそう言ってきたネイとそんな言葉を交わしながらも、僕の意識は半分以上リトルグリーンウルフの事に向いていた。

 [走力強化]じゃなければ何だ? と。

 だが何の魔法がリトルグリーンウルフとの親和性が高いのか考えても分からない。そのためネイにも意見を貰うことにする。




「ねぇ、ネイ。ネイはなんだと思う?」




「リトルグリーンウルフと親和性が高い魔法のこと?」




「うん」




 僕がそう答えると彼女は首を少し横に傾けて考え始めた。そうしてしばらくすると彼女はこう答えた。分からない、と。

 



「んー……そうだよね。それなら片っ端から調べていくしかないかなぁ……。はぁ……」




 実験を始めて早々に行き詰まってしまった。

 諦め混じりに僕はそうこぼす。

 片っ端から実験していくのは、損失など殆どないので別にやってもいいのだが、精神的に凄くキツいのである。魔力も大量に無くなるし……。だからあまりこの方法は取りたくなかった。

 だが確信に近いものが違っていたので、そうも言ってられないのだ……。はぁ……。




「まぁまぁ、ライン。元気出しなさいよ。あたしも手伝うからさ」




 僕が負のオーラを体中から発していると、ネイが僕の肩を二度、ポンポンと叩き励ましてくれた。ホンマええ子やなぁ……。

 そんなネイに元気を貰い、もう一度リトルグリーンウルフについて考え直す。




「うーん…。やっぱり狼だから鼻、かなぁ……?」




 僕がごちゃごちゃになった頭の中を一度整理するためにも、自分の考えを口に出す。するとネイがそれに反応してきた。




「鼻……というと、[嗅覚強化]のこと?」




「うん、そうだよ」




 ネイが自分の鼻を指差しながらそう聞いてきた。それに対して僕は首を縦に振りながらそう答える。

 だけど僕は、リトルグリーンウルフは[嗅覚強化]との親和性はいまひとつ無いんじゃないかと思っている。なぜなら同じ狼顔のコボルトが[嗅覚強化]との親和性が高くなかったからだ。

 ネイに向かってその予想を話す。




「とりあえずやってみたら? 分からないことを考えても分からないなら、やってみるしか無いじゃない」




 するとそう言われ、僕はハッと気づいた。たしかに分からないならやってみるしかない、と。

 いくら精神的にキツかろうと、いくら魔力が大量になくなろうと、それでもやってみなくちゃ分からない。ネイにそう言われている気がした。

 七歳の女の子にそう諭されるなんてな……。そう思いながら僕は笑顔でネイに向かって答える。




「そうだね」




 それから僕ら二人は[嗅覚強化]だけでなく、全く関係の無さそうな[味覚強化]や[触覚強化]、果てはリトルグリーンウルフ達が戦いでは使ってこなかった属性魔法の魔法陣もいくつも試してみた。

 すると手持ちの魔法陣が足りなくなったので、新しく安い布を買ってきてネイの前で魔法陣を描き、それで実験をしたりした。

 だが……




「……だめね」




「……うん」




 三十枚以上の布を使って、二人で協力し合いながら実験した。だが残念なことに昨日のような血液が輝く反応はほとんど見せなかった。いくつかは反応を見せたものもあったが、それでもあのルビーのような輝きには程遠い変化だった。




「思いつく限りの魔法陣は試したけど、全てダメだったわね……」




 疲れてベッドの上に寝転びながらそう呟いてくるネイ。

 そうだね、と言い返そうとしたとき、僕の視界にリトルグリーンウルフの血で真っ赤になった自分の手が目に入った。

 それを見ると夕方、宿に帰る前にギルドでミアさんから、腕から流れた血の跡を見られて心配されたことを思い出した。

 そしてそのことを思い出したと同時に僕の中で一つの考えが閃いた。




「ネイ、今日は諦めて寝よう。それより明日時間ある?」




「別に時間はたっぷりあるからいいけど……どうしたの?」




「明日図書館に行こうと思ってね」




 そう。昼間ミアさんから注意されたのは討伐依頼を行う前に魔物の情報をしっかりと調べなさいということだ。そしてその情報は先輩冒険者に聞く以外に二つある。それが冒険者ギルドの資料室を利用することと、図書館を利用することだ。

 先輩冒険者に話を聞くことは論外として、冒険者ギルドの資料室では恐らく僕らが求めている情報は無いだろう。今更リトルグリーンウルフの討伐の仕方を知っても意味はないのだから。

 それに対して図書館は違う。研究者達が魔物の生態などを調べ上げた情報が揃っている、とミアさんが言っていたのだ。恐らく僕らが求めている情報のヒントになりそうな物はそこに眠っているだろう。

 それをネイに話すと、彼女も図書館でヒントになりそうな情報を調べることを手伝ってくれるという。それに感謝し、その日は実験道具を全て片付けて寝た。




 次の日。僕らは朝、目が覚めるとすぐに宿で朝食をとってから図書館に来ていた。

 ちなみに図書館の場所を知らなかったので、宿の職員さんに聞くと懇切丁寧に説明してくれ、さらには紙に簡単な地図を書いたものまでくれた。さすが高級宿である。



 図書館に足を踏み入れると、入り口のすぐ横にある受付のお姉さんが図書館でのルールを教えてくれた。ネイはしきりに頷きながら説明を聞いていたが、僕はそれを話半分に聞いていた。殆ど前世で頻繁に通っていた図書館と変わりなかったためである。違うところがあるとすれば図書館の本は外に持ち出すことができないことくらいか。だがそれも問題ない。受付で紙とインク、そして羽ペンを借りられるのだ。だからそれに本の内容を書き写せばいい。



 図書館に入るとそこは静寂のみが広がっており、時折聞こえてくる音は全てが紙をめくるペラッという音だけだ。懐かしいな、この空気。

 久々の空気を味わいながら目的のジャンルの本があるところまで、図書館の中を眺めながらゆっくりと歩く。すると魔物の生態について研究している本がたくさんある場所についた。そこでネイと静かに別れ、それぞれリトルグリーンウルフについて書かれている本を探す。



 いくつか気になる本が目に入ったので、それを手に取りながらリトルグリーンウルフについて書かれていそうな本を探していた。すると僕の視界に見覚えのある背表紙が入ってきた。

 家の書庫にあったものと同じ魔物図鑑だ。それを手にとり、パラパラとページをめくってみる。するとリトルグリーンウルフについて書かれているページを見つけた。




(なになに? リトルグリーンウルフは常に群をなして行動している、か。それはもう知っているんだよなぁ。それで、一匹一匹は弱いが連携の技術は目を見張るものがある、と。まぁ、ワンパターンの連携だったけど、あそこまで仲間とのタイミングとかを合わせてくる技術は確かに凄かったな)




 そうやってリトルグリーンウルフ達との戦いを思いだしながら、懐かしの魔物図鑑を読んでいると、そこに一つ気になることが書かれていた。




(リトルグリーンウルフが背後や死角から攻撃された時、そちらのほうを振り向かずに避けることが多々あった。それは単体ではできないらしく、群を成している時だけその回避を行っていた。この事からリトルグリーンウルフ達は仲間間で何か特別なやりとりをしていると見られている? そう言えば僕が戦っていた時も同じ様な事があったな)




 そう考えた所で僕が一匹のリトルグリーンウルフに[シューティングストライク]で剣を投げつけた時のことを思い出す。




(仲間間で何か特別なやりとり、か。でも威嚇で吠えてるところは見たことあるけど、会話している風は無かったな……。でも、たしかに何かしらのやりとりをしていなければ、あの死角からの攻撃を避けることができるはずもない、か)




 そこまで考えたところで再び魔物図鑑に載っているリトルグリーンウルフについての説明を読み直す。




(それにここには仲間がいなければ死角からの攻撃を避けることは無かったって明記してある。なら、仲間がいることが絶対条件か)




 そして僕はそこまで読んだところでその魔物図鑑を本棚に戻した。それ以上の情報が得られそうに無かったからだ。

 


 そうして再びリトルグリーンウルフとは関係無さそうだが、個人的に気になる本をいくつか本棚から取り出しながら、リトルグリーンウルフについて詳しく書かれていそうな本を探す。

 するとネイがトコトコと静かな足音を立てながら寄ってきた。何やら一冊の本を持っている。目的の本を見つけたのかな?

 そう思っていると彼女が静かに声をかけてきた。




「ライン。この本にリトルグリーンウルフの事が書かれているんだけど……」




「ありがとう、ネイ。見つけてくれたんだね。僕も探していたけどなかなか見つからなくて困っていたんだ」




 僕が正直に今の自分の状況を説明すると、何故か彼女は自信なさそうな顔をして僕の手元を見た。




「あ、これはリトルグリーンウルフとは関係無い本だよ。僕が気になった奴を持っているだけなんだ」




 なかなか目的の本が見つからないと言いながら数冊の本を手に持っている人がいたら、そりゃ誰だって嘘だと思うだろう。

 僕がネイにそう説明すると、彼女はほっとした顔をした。




「そうなんだ。それなら良かったわ。それで、この本なんだけどなにを書いているのかさっぱり分からないの。ラインは分かる?」




 そう言ってネイは僕の方に持っていた本を差し出してきた。表紙にはリトルグリーンウルフともう一回り大きいグリーンウルフの絵が描かれていた。題名は『グリーンウルフについて』と書かれている。

 グリーンウルフはリトルグリーンウルフの成体であるから同じだろうと思い、そこは気にしない。

 ネイに僕が持っていた本をもってもらって、その本を開ける。

 そしてまずは目次のページを開いたのだが、それを見てギョッとした。

 なぜならいくつかある項目の一つにグリーンウルフ達の声無き会話、というものがあったからだ。

 その項目を見たとき、僕の中でパズルのピースがピッタリとはまったような感覚を得た。

 急いで、かつ丁寧にその項目のページを開ける。本を雑に扱ったら罰金を取られるから、こんなときでも丁寧を扱わなければならないのだ。

 そうして開いたページを見て中身を読む。



 結論から言うと、完璧にはそこに書いてある事が理解できた自信が無い。なぜならそこには作者の造語だらけの文が羅列されていたからだ。文字から意味を推測しながら何とかその項目を最後まで読みきることができたが、精神的にとても疲れた。




「どう? わかった?」




 するとネイがそう聞いてきた。どうやら彼女は彼女で僕がこのグリーンウルフの本を立ち読みしている間、僕が渡した本を読んでいたらしい。そんな彼女に疲れた顔をしながらも笑顔でこう答える。




《わかったよ》




 するとネイは驚きと困惑がない交ぜになったような表情をした。しきりに周りを見て、え? え? と混乱している。

 そんなネイの様子を楽しみながら、もう一度口を開かずにネイに話かける。




《でもネイが言った通り、この本はとても難しい本だったよ》 




 するとネイはまたもや目を見張って、そして頭を抑える。そんな可愛らしい反応を見せてくれたネイに笑顔でネタばらしをする。

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