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52話 靴と草原

「それは……靴、よね?」




「そうだよ」




 ネイが戸惑いながらもそう聞いてきた。まぁ、ネイがそう言うのも無理はない。

 僕が[ストレージ]から取り出したのは、二足の靴。

 ただしこの世界で普通に使われている革靴と見た目は殆ど同じだ。自信満々に取り出した物としては普通すぎる物だろう。



 この世界で使われている普通の革靴は基本的に丈夫な魔物や動物の革で作られている。



 だが僕が取り出した靴は、一見普通に見えるがそうではない。冒険者用、それも駆け出しのひよっこ冒険者が買うような安い革靴に、表には薄い茶色の革を、裏には青色の革を貼り付けたものなのだ。




「その薄い茶色と青色の所って……もしかして昨日狩ったホーンラビットとコボルトの革?」




「正解! これはそこらへんで安く売られていた革靴に、なめしたホーンラビットとコボルトの革をスライムノリで貼り付けたものなんだ!」




 ネイに僕が今持っている靴を見せつけるようにして、自信満々にそう言う。

 実際、これは自信作なのだ。

 というのも、今まではゴブリンの素材しか使えなかった。なのでそれで魔道具を作っても大した結果が得られなかったのだ。

 だが、今朝ネイが寝ている間にこの靴を使ってみたところ、想像以上の結果が出たのだ。

 これは天狗になっても多少は許されるだろう。

 だが、ネイにはこの靴の凄さが分からなかったらしい。




「へー」




 返ってきた反応は若干棒読みになったこの二文字だけである。

 もっと、凄い! とか、超凄い! とか、超超超凄い! とか、そんな反応を期待していたのだが……。あ、どれも一緒か。

 それでもそんな反応が返ってくるどころか、殆ど表情が変わることなくそう返されたのだ。鼻高々に笑って天狗になっていた僕の鼻が、ハンマーで勢いよく折られた気分である。

 ま、まぁ、そういうこともあるよね。

 そう思い、気を取り直す。



 とりあえず先に説明するより、実際に使ってもらってからの方が説明をしやすいので、ネイに靴を履き替えてもらうことにする。




「ネイ、今ネイが履いている靴じゃなくて、こっちの靴に履き替えてみて」




「分かったわ」




 僕がそう頼むとネイはすぐに僕が持っていた靴に履き替えてくれた。僕もコボルトとホーンラビットの革が貼られている靴に履き替える。




「履き心地はそれほど悪くは無いわね」




 ネイがそこらへんを少し歩いたり走ったりしながら靴の履き心地を確かめて、そう言った。

 元は初心者の冒険者用の靴、つまりは売り物であるから、履き心地が悪くないのは当然だろう。

 僕はそんなことを思いながら、大通りの真ん中に立つ。ネイもついてきた。

 ここでこの靴の使い方を彼女に説明する。




「ネイ、足からその靴に魔力を注いでみて」




「こう、かな?」




 ネイが靴に魔力を注いだのが感じられる。それを確認し、僕も同じように靴に魔力を注ぐ。




「そうそう。それで一度上にジャンプしてみて」




「? わかったわ」




 ネイは一度首を横に掲げ、何故そんなことをさせるのか分からない、といった表情を見せた。そして僕が指示した通りに一度、真上にジャンプした。




「え!? きゃあ!」




 するとネイは重力に逆らって、彼女の身長の倍程の高さまで跳んだ。普通には跳べない高さである。

 しかしそこまで大きくジャンプしても、やがて彼女は重力に引っ張られる。その瞬間、彼女は姿勢を崩してしまい、背中から地面に向かって落下しだした。




「[ブースト]。……ほいっと」




 それを最初から見越していた僕は、ネイの体が落下運動を始めると同時に[ブースト]を使って筋力を上げ、彼女の体を優しく受け止める。

 何故見越していたかって? 試験運用した時に僕が実際に背中から落ちたからだよ。




「大丈夫?」




「……う、うん。ありがと」




 そう言葉を交わし、ネイを地面に下ろす。




「それよりなに今の! すっごく高くまで跳んだよね!?」




 地面に足を着いて自分で立った途端、ネイが勢いよくそう聞いてきた。興奮しているからか赤くなった顔がすぐそこまで迫ってくる。

 それを後ずさりながら僕はネイに説明する。




「そ、それはホーンラビットの革に[跳躍力強化]の魔法陣を描いて靴に張り付けたからだよ」




「へぇ、そうなんだ! ……でも魔法陣なんてどこにもないけど」




 ネイが自分が履いている靴を上から眺めながらそう言った。




「まぁね。普通に見えるところに魔法陣を描いたら魔道具ってバレる可能性があるから、スライムノリで貼り付けている側、つまり内側に隠したんだよ」




「そうなんだ」




 僕がそう説明すると彼女は納得がいったというような顔をして一つ頷いた。




「それよりネイ。今度は魔力を靴に注いだまま、そこら辺を走ってごらん」




「わかったわ!」




 彼女は先程のように疑問を顔に出していない。それより彼女の顔にはなにが起こるのか、ということに対する純粋な興味からくる笑顔を浮かべていた。まるで太陽のように明るい笑顔だ。

 そんなことを考えていると、彼女はすぐさまピューと道なりにまっすぐ走っていった。

 それも、かなり早いスピードで。

 僕も靴に魔力を注ぎ、走って彼女の後を追う。

 すると何もせずに走る時よりも景色の流れが段違いに早くなっているのが明らかに分かる。

 前世の経験から恐らく自動車と同じくらいのスピードは出ていると思う。



 そんな事を考えながら、先を行くネイの後ろ姿を追う。するとネイがようやく走るのを止めた。

 僕もすぐに彼女に追いつく。




「ライン! 見た!? 今の速さ! 凄く速くなかった!?」




 ネイの隣に立つなり、彼女はまくし立てるようにそう言ってきた。




「う、うん。凄い速かったよ」




 彼女の勢いに押されながらもそう言う。彼女はよっぽど興奮しているらしく、僕の周りを跳んだり、走ったりしている。どうやらもうこの靴に慣れたようだ。順応性が高いな。




「ネイ、一旦落ち着いて」




 しかしネイがあまりにもはしゃいでいるので、一旦彼女を落ち着かせる。はしゃぎすぎて怪我をする恐れがあると思ったからだ。




「ふぅ。この靴、凄いわね! 」




 僕の目の前に着地した彼女は一つ息を吐くと、そう言った。

 ようやくこの靴の凄さをわかってもらえたようだ。




「そう言ってくれて嬉しいよ。これはコボルトと親和性の高い[走力強化]の魔法陣をコボルトの革に使っているから、これだけ早く走れるんだよ」




 実際にその魔物の素材に親和性が高い魔法陣を描いて使うと、普通の金属などに描かれている魔法陣よりも効力が大きくなる。

 例えばホーンラビットの革に[走力強化]の魔法陣を描いて靴に貼り付けて使ったとする。だがそれはコボルトの革を使ったものと比べれば遥かにスピードが落ちるのだ。

 つまりここまでのスピードを出せたのはコボルトと[走力強化]の魔法の親和性が高かったからなのだ。



 そう一通りネイに解説し終わった後、忘れずに釘を刺しておく。




「それより、ネイ。今はまだ誰もいないから良いけど、これを使うところはあまり人前で見せないでね。この靴は魔道具なんだから」




 そう。この靴は魔道具なのだ。この靴を使って、走ったり跳んだりしているところを然るべき人が見たら、魔道具だとバレるかもしれない。それは僕が魔法陣の謎を暴いたことに直結している。そうなれば面倒事が避けられないのでネイに強くそう言っておく。




「そうね。わかったわ」




 僕が真剣な表情でそう言うと、ネイも同じ顔をして首を縦に振った。




「じゃあ、少し早いけど冒険者ギルドで何か依頼を受けようか」




「あー、それなんだけどね、ライン」




 雰囲気を変えるためにも、僕は少し声を高くしてそう言う。

 しかしネイが何やら申し訳無さそうな顔をして僕に声を掛けてきた。




「ん? どうしたの?」




「実は……その、はしゃぎすぎて、魔力がもう半分もないの」




「……え?」




 今のネイはネックレスに魔力を注ぎ続けているだけでなく、靴にも魔力を使っている。それだけならネイの魔力量でも半日は持つだろうと思っていた。

 しかし彼女は先程、あれだけはしゃぎまわっていた。それで魔力を殆ど使い切ってしまったらしい。




「そうなんだ……。なら、ネイは今日は宿で休んでいて。僕はギルドで適当な依頼を受けて適当に魔物の素材を集めてくるから」




「……わかったわ。本当にごめんね、ライン」




「大丈夫。気にしないでいいよ」




 シュンと俯きながらそう言うネイに気にしないように言う。




「宿まで送るよ。行こう」




「うん。ありがと」




 途中でネイが魔力切れになり、気を失なってしまうような事がないように、僕がネイを宿まで連れて行く。

 その道すがら、彼女は魔力が足りないことをずっと気にしていたので、僕が気にしないように何度もフォローした。しかしそれでも彼女の様子は変わることがなかった。



 なので僕が、宿では筆記の勉強と魔力量を増やすこと、そして魔力操作を向上させることを勧めると、なるほど、と一つ頷いて、彼女はそちらにやる気を見せ始めた。筆記の実力は知らないが、他の二つは彼女に足りないものだからだ。



 なんにせよ落ち込んだままの彼女を宿で留守番させておくのは気が引けるので、やる気を出してくれて良かった。




◇◆◇◆◇◆




 そんなことがあり、ネイを宿に送り届けた後、僕は冒険者ギルドにいた。当然依頼を受けるためである。

 しかし依頼ボードの前に立つも、めぼしい依頼が一つもない。うーむ……。



 僕の冒険者ランクはまだ最低辺である黒だ。そして依頼は一つ上のランクまで受けることができる。なので僕は黒の一つ上のランクである茶色の依頼が張り出されているボードの前に立っている。

 だが黒と茶色の依頼の殆どは簡単にこなすことができる常設依頼ばかりなので、歯ごたえのありそうな依頼が一つも無い。

 とにかく今はゴブリン以外の魔物の素材が欲しいので、適当に討伐依頼を受けようか。

 そう思い、一番近くに張り出されていた茶色の依頼書を手に取って、受注の手続きをする。




「オハラ草原でのリトルグリーンウルフ五匹の討伐ですね。討伐証明部位はリトルグリーンウルフの尻尾です。よろしいですね?」




 ……しまった。適当に依頼書を選んでしまったせいで、中身を確認せずに受注手続きをしてしまった。よりによってあのだだっ広いだけで魔物も動物も全然出てこなかったオハラ草原とは……。



 オハラ草原とは僕がノルド領の家を出て、王都に来るまでの道にあった草原だ。ネイとあう直前に[風撃]を使って一気に飛び越したあの場所である。



 あんなところに魔物なんていなかったぞ……と思いながらも、常設依頼なのできっとどこかに居たんだろうな、と考えることにする。




「……はい」




「では、お気をつけて」




 ミアさんにそう声を掛けられて、冒険者ギルドを出る。

 そして王都の外壁にある正門を潜り抜け、外に出た。




「……もう少し遠くまで歩いてから使うか」




 靴の魔道具を使って、オハラ草原まで早く行こうかと考えたが、ここは正門を出たばかりの場所だ。人の目がたくさんある。厄介事を避ける意味でもここで靴を使うのは止めておこう。



 それから十分程歩き、正門が小さく見える場所まで来た。周りを見ても遠くの正門辺りにいる人達以外、誰もいない。ここならこの靴を使っても大丈夫だろう。

 足から靴に魔力を流し、[走力強化]を発動させる。



 自分で[走力強化]を使い、目的地まで走ってもいいのだが、魔道具を使った方が魔力効率がいいのだ。それに魔道具の[走力強化]と僕自身が[走力強化]を使うことで電車もビックリの速度で走る事ができる。



 そうやって靴と僕自身が発動した[走力強化]を使って、体感で三十分程走った。

 すると目の前に広大な草原が見えてきた。

 見渡しても木の一本も生えていない。その代わりに、ずっと緑が広がっている。ここがオハラ草原だ。




「……やっぱりいないなぁ」




 オハラ草原を縦に突っ切るようにして踏み固められた土の道。その入り口部分に立って魔力探知を使うも、魔物の反応は一切帰ってこない。あるのは草と隠れて見えづらい位置にいるスライムくらいだ。

 ……とりあえず草原の端から順に探していくか。

 依頼期間は、常設依頼なので一週間と長めだ。けれどできれば今日中に終わらせたいな。

52話が飛んで先に53話が投稿されておりました。失礼しました。

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