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43話 紅眼と別れ

 彼女は非常に言いにくそうにそう言った。




「……え?」




 御飯を食べる。それは当たり前のことなのでもちろん僕の誘いにネイは乗ってくると確信に近いものを抱いていた。しかし予想外にもネイがそれを断ったので思わず足を止めてしまう。




「えっと、実は、さ。あたしの身なりを見たらわかると思うけど、うちって貧乏なんだよね。だから食べ物は何も持ってないの。本当は林で魔物とかを狩って食べ物を得るつもりだったんだけどこの雨じゃ、ね?」




 彼女は洞窟の入り口の方に振り返りながらそう言った。たしかにこの雨の中で狩りを行うのは難しいだろう。だからネイの言う通り持ち前の食料がなければ御飯を食べるのは厳しい。

 だが今は盗賊達が蓄えていた食料がある。それを使って夕食を食べればいい。

 それを伝えると彼女は一瞬ポカンとした顔をした後、笑った。




「そっか。そうよね! ラインの言う通り今は盗賊達から奪った宝も食料もたくさんあるじゃない! 忘れていたわ! ライン、一緒に御飯を食べましょ!」




「うん。一緒に食べようか」




 今度は彼女から夕御飯に誘われてしまった。もちろん二つ返事で頷く。

 それから僕らは洞窟の奥にある盗賊達が使っていたらしい机や椅子を使って食事を開始した。




「ねぇ、ライン。さっきの戦いでなんで最初から魔法を使わなかったの? あの男の[アイアンボディ]は確かに凄い硬そうだったけど、ラインの魔法の方が凄かったじゃない。最初から魔法を使っていればラインが攻撃を受けることはなかったし、剣も折れることはなかったと思うんだけど」




 夕飯を食べながら僕が空から飛んできた理由やどこに行くつもりなのかなど、たわいもない雑談をしているとネイがそんな話を振ってきた。さっきの戦いとは盗賊のボスであるあの男との戦闘の事だろう。




「ネイの言う通り僕が最初から全力で魔法を使っていたらあの男を倒せたとおもう。だけど僕は対人戦闘を経験したかったんだ。僕は今まで一人としか対人訓練をしたこと無かったからね」




「ふーん。もしかしてその一人ってラインに戦い方を教えた人?」




「そうだよ」




 もちろんアンナのことだ。僕はアンナとしか戦ったことはない。だからもっと対人戦闘の経験を積む意味で、あの男とアーツだけを使って戦った。結果は上々。新しいアーツの使い方や[神足]の会得など色々と得ることができた。

 するとネイが唐突に全く別の話題を振ってきた。




「ねぇ、ライン。あんたさっき王都に行くって言ってたよね?」




「うん」




 僕がそう答えると、ネイは少し迷う素振りを見せた後、意を決したような表情で口を開いた。




「それなら……王都の前までで良いから、そこに行くまでの間、あたしに魔法を教えてくれない?」




「僕でよければいいよ」




 正直に言えばこの王都までの旅に少し飽きていた所だ。もう人も魔物も出てこないあの草原で感じた退屈さはもう嫌。だからネイが一緒に来てくれるなら、例えあのような草原の上を歩いても退屈しないだろう。

 それに人に物を教えることは、同時に自分の理解も深めることができる。

 そう考えればネイの申し出は僕にとっても嬉しい事なのだ。




「ホント!? やった! ありがとう、ライン!」




 僕が二つ返事で了承すると彼女はその場で飛び上がらんばかりに喜んだ。




「そういえばネイは何で王都の前までって言ったの? そこまでくれば王都に入った方が色々と安全だと思うんだけど」




 いくら王都があるからといってその周辺は安全だということはないだろう。盗賊は無いにしても魔物が現れるのは十分あり得る。それはネイも分かっているみたいだ。それなのになぜ王都に入らないのか彼女に聞くと、彼女は悔しそうな顔をしながら口を開いた。




「……あたしはほら……赤目、だからさ……王都に入ろうとしても入れなかったのよ……」




「赤目? それって紅眼のこと?」




「そうよ。珍しいわね。紅眼の事を赤目と呼ばない人なんて」




 そうなのだろうか。僕は単純に赤目という呼び方を知らなかっただけなんだけどな。

 ネイに詳しく聞くと、どうやら赤目とは紅眼の蔑称らしい。




「つまりネイは紅眼だから王都に入れなかったってこと?」




「……そうよ。門前の審査で弾かれちゃったの……」




 あたし何も悪いことしてないのに……。と、彼女は僕が聞き取れるギリギリの声量でそう呟いた。



 門前の審査とは犯罪者を王都の中に入れないための審査だ。家の領にも同じ用な物がある。しかし家の領の審査では紅眼だから入れないという決まりはない。むしろ犯罪者でないなら歓迎するといった決まりだ。



 それからというもの、寝るまでは僕はその手の話題を避けて過ごそうとした。しかし彼女はそんなことを気にしていない風を装って話しかけてくる。




「今までは誰であってもあたしの眼をみたら表情を変えていたのに、どうしてラインはあたしの眼を見ても平気な顔をしているの?」




「それはーー」




 どうしようか。少し迷い、悩む。

 一瞬考えた後、ネイだからこの秘密を打ち明けても良いかと判断する。

 僕は眼帯を外して目の前におく。そしてゆっくりと左目を開けた。




「それは、僕はネイと同じ紅眼の持ち主だからだよ」




「えぇ!? そうだったの!?」




 僕の左目を見て驚くネイ。その顔はまさにその紅色の眼が飛び出さんばかりであった。

 そんなネイに対して僕は落ち着いた口調で話す。




「うん。そうだよ。本当は誰にもバレないようにしようと思ってたんだけどね。けど、同じ紅眼のネイならこのことを話してもいいかなと思ったんだ。だからこのことは秘密にしててね?」




「分かったわ。絶対に秘密にする」




 僕以上に紅眼を持つ人の扱われかたの辛さを知っているのだろう。彼女は間髪入れずにそう答えた。

 それから僕らは意気投合し、外が真っ暗になるまで色々と話し合った。僕が紅眼の持ち主と分かったからだろうか。それからの彼女はなんだか肩の力が抜けたようで、楽しそうに喋っていた。




「それじゃあお休み、ライン。この寝袋、ありがとうね」




「うん。お休み」




 もう外は完全に真っ暗で、よくわからない鳥や虫の鳴き声が洞窟の中にまで聞こえてくる。僕らは念のため一人が見張りとして起き、交代で睡眠を取ることにした。

 ちなみにネイがゴツゴツした地面の上で寝ようとしていたので、僕お手製の寝袋を貸してあげた。特に何の機能もついていない普通の寝袋だ。

 しばらくするとネイがスヤスヤと静かな寝息を立て始めた。

 それを見て僕は少し席を外す。とは言ってもこの洞窟内を少し見回るだけだ。見張りの番をしていることに変わりはないだろう。




◇◆◇◆◇◆




「おはよう、ライン」




「ふぁーあ。おはよう、ネイ」




 一つ大きな欠伸をして挨拶する。外の様子を見れば既に太陽は昇っており、空は水色一色に染まっている。昨日の雨はもうどこかへ行ったようだ。

 そんな晴れ晴れとした空と反対に、下を見ると大きな水溜まりがあちこちにできている。土もぐしょぐしょで足場が悪い。今日はこんな中を歩いて行かないといけないのか。幸先悪いな。

 そんなことを思いつつ、ネイと共に洞窟を出る。




「……寒い」




「たしかに少し寒いわね」




 水溜まりの水が蒸発したことによる気化熱のせいで寒いのか、それともマイナスイオンのせいで寒いのか分からないが、とにかく寒い。もしかしたら昨日の雨は寒冷前線だったのかもしれない。……そんなことはどうでもいいな。

 肩を縮め、両手で左右の腕を擦りながら洞窟に戻る。洞窟の中の方がまだ暖かいからだ。




「ネイ、朝御飯を食べよう」




「そうね」




 昨日の夕御飯と同じく、今日も盗賊達が蓄えていた食料で朝ご飯を済ませる。……サーシャとアンナの料理の方が美味しいな。そんなことを思いつつ、ネイと雑談を交わしつつ、朝御飯を食べ終える。




「それじゃあ行こうか」




 荷物を全て片付け、出発の準備が整った。

 僕らは洞窟を出て、それから数十分程歩く。

 すると昨日通った道にたどり着いた。




「えっーと、王都ってどっちに行けばいいか分かる?」




 僕は空を飛んできたので道を詳しく覚えていない。左右どちらを見ても同じような木々が鬱蒼と茂っているだけで、目印になるものは何もない。




「こっちよ」




 僕の問いにネイはそう言って左を指差した。それから僕たちはネイが指差した方に向かって道なりに歩く。

 しばらくそうしてのんびりと歩いていると、ネイが話しかけてきた。




「ライン。昨日言った通り魔法を教えて」




 あぁ。そういえばそんな話をしたな。昨日作っていた物に夢中になりすぎて、すっかり忘れていた。

 



「いいよ。とは言っても何からやろうかな……」




 頭の中でネイにとって有益なのはどのような訓練なのか、しばしの間考える。

 ……いや、まずは彼女の実力をもっと詳しく見てから考えるべきだな。




「ネイ。少し手を出して」




「えっと、こう?」




「うん。それでいいよ」




 一旦その場で立ち止まり、そう言う。そしてネイが差し出してきた両手を取る。

 ネイの手はまだ七歳ということもあるのか、ぷっくらとした可愛らしい手をしているな。

 そんな感想を心の中で抱きながら彼女に指示を出す。




「これから僕がネイに魔力を少しずつ流していくから、それに気づいたらすぐに言ってね」




「わかったわ」




 ネイがそう言ったので早速始める。まずは全力で魔力隠蔽した僕の魔力をネイの右手から流す。

 ネイは目を閉じ集中しているようだが、僕が魔力を流している事に気づいた様子は無い。

 次は先程より緩く魔力隠蔽した僕の魔力を、再びネイの右手から流す。

 そうしながらネイの様子を見るが、彼女の表情に特に変化はない。



 こうして徐々に魔力隠蔽を緩くしていき、ネイがどこまで魔力を敏感に感じ取ることが出来るか調べる。




「……どうだった?」




 ネイが不安そうに、上目遣いでそう聞いてくる。そんな不安そうにしなくてもいいのにな、と思いながら僕は口を開く。




「正直、予想以上だったよ。ネイの魔力感知の技量は七歳にしてはトップクラスなんじゃないかな」




 僕が素直に彼女を賞賛すると、何故か彼女は頬をぷくっと膨らまして不機嫌そうに口を開いた。




「なんだか同じ七歳で、しかも大人を軽々と倒せるラインにそう言われても全然嬉しくないわね。まぁあたしから頼んだことだから何も言わないけど」




 そう言ってネイはプイッと横を向いた。

 そんなネイに曖昧な返事しかできない僕。もう少し言葉を選んだほうが良かったかもしれない。そう反省して、一言ネイに謝り、次のステップに進む。




「ネイ、スライム紙って持ってる?」




「持ってるわよ。[ボックス]」




 ネイはそう言うと[ボックス]から黒い紙、スライム紙を取り出した。

 スライム紙は非常に安価なので、貧乏だと言っていたネイも持っていたようだ。

 僕も[ストレージ]からスライム紙を取り出す。




「これをどうするの?」




「まぁ見てて」




 スライム紙を持って不思議そうな顔をするネイ。そんなネイに向かって僕は横で見ているように言う。

 魔力を糸のように細くし、スライム紙上に魔力が拡散しないよう注意を払う。そしてそのままスライム紙に魔力を流す。




「……こうやってスライム紙に絵を書いてみて」




 そう言って僕はネイの似顔絵が書かれたスライム紙を彼女に見せる。

 彼女は口をあんぐりと開け、声を出さずに驚いていた。




「スライム紙でそんなことができるのね……。あ、あたしもやってみる!」




 口を開けたまま数秒程時が止まっていた彼女は、すぐさま僕がやって見せたことを再現しようとした。しかし……




「……全然できない! なにこれ!? 難しすぎでしょ!?」




 すぐにこの難易度の高さを思い知ったらしい。とはいえ僕も最近これができるようになったばかりだから気にしなくていいと思う。そう彼女に言おうと思ったが、彼女は再び真剣にチャレンジしていたので言うのは憚られた。



 そうやってのんびりとネイの特訓をしながら歩いているといつの間にか林を抜け、王都の外壁が見える場所まで来ていた。

 するとネイは足を止めた。追い越した形になった僕は後ろを振り返り、ネイの正面に立つ。少しの間僕らの間に沈黙が降りたかと思ったら、ネイが口を開いた。




「あーあ。早かったなぁ。もうお別れか……。あっという間だったね、ライン。一緒にいて楽しかったわ。もしまたどこかで出会うことがあったらその時はまた魔法を教えてね」




 ネイに魔法を教えると約束したのは王都の前までだ。だからネイはそう切り出したのだろう。彼女は一息に言葉を並べ立て、僕が相づちをうつ隙もなくそう言い切った。

 彼女にとってこの別れは辛いのか。はたまた門前で紅眼だから追い返された時を思い出したのか。彼女は言葉を並べ立てている間僕の顔を見ないで、ずっと下を向いていた。

 そんな彼女に対して僕は笑顔で一言、こう言う。




「嫌だ」

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