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41話 戦いと戦い

 何も持っていないその男は洞窟から出ると、足元にある盗賊達の死体を見た。




「おいおい。これまた派手にやってくれたなぁ」




 男は眉一つ動かさずにそう言うと、ネイが隠れている方をチラリと見た。……どうやらネイが隠れていることに気づいているみたいだ。




「ま、どうでもいいか。それよりお前、何者だ? さっきの俊敏な動きといい、ただのガキじゃねぇよな?」




 男は仲間の死体を前にしても本心からどうでもよさそうな顔をしている。



 さっきの俊敏な動きとは[ブースト]を使った時の事だろうか。

 そんな事を頭の片隅で考えながら、僕は男に対してこう言い返した。




「ただのガキだよ、おじさん」




 僕がただのガキじゃないことは確かだが、それを言う必要はない。

 剣を構え、何時攻撃が来てもいいように神経を張り巡らせる。




「……はぁ。俺はよぉ。礼儀がなってねぇ奴は嫌いなんだよなぁ。それが例えガキでもよぉ」




 男は下を向いて一つ溜め息を吐くと、後頭部をポリポリとかきながらそう零した。

 僕たちの間に一陣の湿った風が吹く。

 その瞬間、男はこう言った。




「だからよぉ、死ね」




「ごほっ!?」




 男の姿が消えた。

 気づけば男は僕の腹を蹴っていた。

 その蹴りの威力は凄まじいの一言につきる。

 何の抵抗もできないまま後ろに蹴り飛ばされてしまった。




「ガハッ」




 そしてそのまま木の幹に叩きつけられる。

 まさか男があれだけ速く動けるなんて。アンナと同じくらいかそれ以上だ。いや、パワーはアンナより確実に上をいくからこの男の方が強いのか?




「ライン、大丈夫!?」




 僕を心配してか、隠れていたネイが声を上げてこちらに寄ってくる。それを手で制し、隠れておくよう指で伝える。

 彼女は一瞬迷ったように立ち尽くしたが、男が彼女を一度睨むと萎縮してしまい草の陰に隠れた。

 幸い男の注意はそれ以上ネイへ向かず、僕に向いたままだ。




「はぁ、はぁ、はぁ……」




 左手でお腹を押さえ、剣を杖代わりにして何とか立ち上がる。その一方で先程からの男の言動や動きを頭の中で分析し、弱点がどこにあるのかを探し出す。




「……やっぱりてめぇ、ただのガキじゃねぇな。今の蹴りは完璧に決まったはずだ。それを受けてまだ立ち上がれるやつなんて、今まで数人しか見たことねぇ」




「……タフさには自信があるんだよ」




 そう言って笑ってみせるが、嘘である。

 僕は単純に、洞窟から脱出した時からずっと[ブースト]を使い続けているだけで、素の防御力は普通の子供と同じだ。

 でも[ブースト]を使った状態でもこれだけのダメージを受けるということは、男の攻撃は相当強いと分かる。[ブースト]を使っていなかったら死んでいたかもしれない。あれを連続で受けるのは避けた方がいいな。



 左手でお腹を押さえるふりをして魔力隠蔽し、こっそりと使っていた回復魔法を解く。蹴られた場所は内出血が酷かったようだが、それももう完治した。

 杖代わりに使っていた剣を地面から引き抜き、正面に構える。




「……どうやら本当みてぇだな。一体どんな風に育ったらそこまでタフになるんだ?」




「毎日お菓子ばかり食べてたらこうなるよ」




 もちろん嘘だ。

 こちらから情報をあげるわけにはいかない。



 僕は剣、男は拳。

 武器だけ見たら僕の方が有利だが、先程の動きから武器の有利は関係ないと思ったほうが良いだろう。だがこのまま何もしないわけにもいかない。

 引き続き[ブースト]を使った状態で今度はこちらから仕掛ける。

 素早く剣の間合いに入り、その場で上に跳んでアーツを放つ。




「[スラッシュ]!」




 最も基本的な袈裟斬りのアーツ、[スラッシュ]。

 基本故にそれなりの威力がある。

 だが、男は動かない。

 僕の動きが見えている筈なのにその場から動かず、ただ僕の剣が振り下ろされるのを待っているのだ。

 やがて男の左肩から袈裟懸けに振り下ろした僕の剣はそのまま男の上半身の肉を切り裂き、骨をも切断するーーかに思えた。

 だが僕の剣が男に届こうかという瞬間、男はニヤリと不適な笑みを浮かべた。




「[アイアンボディ]」




 男がそう声を発したのと僕の剣が男の肩に届いたのはほぼ同時だった。



 [アイアンボディ]

 それは魔力を体の一点に集め、一時的に鉄と同程度の硬さを得る鎧術のアーツだ。

 だがいくら鉄と同程度の硬度を得るからといってアーツを防ぐほどの強度を得るわけではない。せいぜいアーツを使わない攻撃を防ぐ程度だ。



 だが、しかし。

 ガキン、と。

 その瞬間異様な音が辺りに響き渡った。




「なっ!?」




 不適な笑みを浮かべる男。

 剣を全力で振り下ろした僕。

 そして宙を舞う剣の刃。

 驚いたことに僕の剣が男の[アイアンボディ]の硬度に負け、折れてしまったのだ。




「今度はこっちからいくぞぉ」




 あまりにも衝撃的な事実に呆然としていると、男の声が耳に入ってきた。

 気づけば男は右腕を上半身ごと後ろに回し、力を貯めていた。

 どこからどう見ても強力な攻撃の前兆である。




「[アイアンボディ]!」




 僕も男と同じように、[アイアンボディ]を使う。



 [アイアンボディ]は単体で使うとアーツを防ぐには心許ないが、[ブースト]と併用することでその問題は解決される。

 ちなみに男からは[ブースト]を使っている際に出る魔力が感じられないので[アイアンボディ]だけで僕の[スラッシュ]を防ぎきったことになる。だから一瞬だけ呆然としてしまったのだ。



 つまり僕がここで[アイアンボディ]を使うのは、今の僕が使える手札の中で一番の最適解であるーーハズだった。




「[コングスマッシュ]!」




「ガハッ!」




 しかし僕の全力の防御は男の[コングスマッシュ]の前には意味をなさなかった。

 軽々と後ろに飛ばされ、二回、三回と地面をバウンドしてからようやく止まる。




「いてててて……。どれだけ馬鹿力なんだよ……。[コングスマッシュ]ってパンチの威力を高めるだけのアーツの筈だろ……。なんで[アイアンボディ]で防げないんだよ……」




 予想外の事態が次々と出てきたのでつい愚痴が出てしまった。

 だが[アイアンボディ]を使った分、先程受けたダメージよりは少ないダメージですんだ。

 すぐに立ち上がり男の方へ向き直る。

 すると男は何故か苦々しい顔をしていた。




「だから何で立ち上がれるんだよ。今のも完璧に入ったろぉ? ったく、てめぇのタフさだけは認めてやるよ」




「そりゃどーも」




 この剣はもう使えないな。

 剣の柄だけになったものをその辺に捨て置き、両拳を構える。

 いつまでもやられてばかりじゃいられない。



 再びこちらから仕掛ける。

 腹部を狙っての右掌底を繰り出す。

 だが男はそれを半身を下げることによって避けた。

 そしてカウンターとして同じく右掌底を繰り出してきた。

 その手を取り、背負い投げをする。

 [ブースト]のおかげで大柄な男も軽々と投げることができるのだ。




「おわ!?」




 背中から地面に落ちた男。

 その顔に向かって右足を振り下ろす。




「[ストンプ]!」




 アーツを使ってその振り下ろしの威力を上げる。

 しかし男はそれを顔を捻ることで避けた。

 そのまま転がり体制を立て直すと同時に、裏拳打ちを繰り出してくる。

 それを上半身を後ろに下げることで避ける。

 すると今度は男が顔に向かって右足蹴りを繰り出してきた。

 咄嗟に地面に両手をついてしゃがむ。

 男の足が頭上を通過した。

 それを確認せずに僕は男の無防備な左足を刈る。




「ちっ」




 再び背中から落とせるかと思ったが、男は舌打ち一つすると、体を回転させ、そのまま蹴りを繰り出してきた。




「[アイアンボディ]」




「[アイアンボディ]!」




 男は足を硬化し攻撃を、僕は両腕を硬化して防御する。




「くっ」




 しかし男の[アイアンボディ]の方が硬く、そして僕の体重が軽いため吹き飛ばされてしまう。

 その勢いを地面に両手両足をつけることで殺す。




「まさか[アイアンボディ]を攻撃に使うなんて……。そういう使い方もあるんだね」




「何をいってやがるんだてめぇは。このぐらいの工夫なら誰でもやってるだろぉがよ」




「……」




 全然知らなかった……。誰でもやってるってことは常識ということだろうか? やっぱり僕には常識が……。

 いやいや、今はそんなことはどうでもいい。

 とにかくそのことを知れたから良しとしよう。

 それより、防御に使うアーツを攻撃に使う、か。これはなかなか有用なことを知ることができたな。

 試しにあの技をやってみるか。




「[剛体]」




 [剛体]は[アイアンボディ]とは違い、全身を硬化するアーツだ。ちなみに僕のオリジナルアーツである。このアーツは[アイアンボディ]と違い魔力を込めた量に比例して硬度が上がっていく。ただ、同じ鉄の硬度にするのでも[アイアンボディ]の方が消費魔力が少ないので今まであまり使ってこなかった。それに[剛体]は関節を含めた全身を硬化するため動けなくなるという弱点もある。




「[剛体・腕]」




 全身を覆っていた[剛体]を両肘から先だけに集約し、魔力を多めに使って発動させれば[アイアンボディ]より硬くすることができる。消費魔力がこちらの方が遥かに多いが、まだ魔力は余裕があるため躊躇無く使う。




「なんだぁそりゃぁ?」




「さぁ? 何だろうね? 実際に受けてみたら?」




 そう言い男に攻撃を仕掛けるために走り出す。

 しかし今度は男から攻撃を仕掛けてきた。

 右拳が顔に向かって飛んでくる。

 それを右手で払い、上に跳んでそのままの手で裏拳打ちを男の顔面に叩き込む。

 



「[アイアンボディ]。がぁ!?」




 再び[アイアンボディ]で防御しようとした男だったが、既に僕の腕は男のそれより遥かに硬くなっている。

 そのため男は苦悶の表情を浮かべ、バランスを崩した。

 その隙を逃さず次々に拳を男に叩き込む。




「おおおおおおおおお!」




 顔面に、胸に、腹に。

 雄叫びを上げながら拳を打ち込み続ける。




「くそったれがぁ!」




 しかし男はそう叫んだと同時に体を捻り右足蹴りを放ってきた。

 それを両腕を交差させて受けるも、僕の体重が軽いせいで吹き飛ばされてしまった。やはり体重の差はいかんともしがたいな。




「……ここまでやられたのは何年振りだろうな。まさかこの俺がガキにここまでやられるとは思ってなかったぜ」




 そう言って男は一度首をぐるりと回し、正面に向き直った。




「こっからは俺も本気だ。いくぞ」




「[ゾーン]」



 

 超速の蹴り。

 初めに受けたその攻撃を忘れた訳じゃない。

 そのため[ゾーン]を発動する。

 世界の全てがゆっくりと動く。

 湿った風も、それに揺られる草木も。




「[アイアンボディ]。そして、[アクセル]」




 その中で唯一一人だけ自由に動く男。

 そいつは瞬く間に彼我の距離を食らいつくし蹴りを繰り出した。

 だけど僕は[ゾーン]を使ったことで男の動きがよく見えている。




「[剛体・脚]」




 膝から下を硬化し、男の蹴りに合わせて此方も蹴りを繰り出す。




 ガキン!




 およそ肉体と肉体がぶつかり合う音とは思えない音が周囲に響いた。




「な!? くそ!」




 男は一度驚愕を表すと今度は素早く僕の後ろに回り、再び蹴り放つ。




「[剛体・腕]」




 それを振り返らずに硬化した腕で防ぐ。




 ガキン!




 再び鳴り響く異音。

 だがそんなことを気にしている余裕なんて無い。

 男がそこらを縦横無尽に動き回り様々な角度から攻めてきたからだ。

 脚を使い、腕を使い、時には膝や肘までも使い男の攻撃をその場で凌ぐ。



 そのままの状態で数分間耐えていると僕に変化が起きてきた。

 [ゾーン]を使っているおかげとその場で防御に専念していたおかげだろう。

 だんだん男の動きを細かく観察する余裕が出てきたのだ。

 そして反撃する余裕も。



 迫ったきた右の拳を左手で払い、右の蹴りで返す。

 下から上へと振り上げられた蹴りを脚でガードし、正拳突きを繰り出す。

 背後から頭を狙った攻撃を回し蹴りで迎撃する。

 



「ちぃ。俺の速さにもう順応しやがったってかぁ。厄介なガキだぜ」




 男は一度距離を取ったかと思うと、攻撃の手を止めそう毒づいた。

 せっかくなのでここで聞きたいことを聞いておく。答えてくれるかは分からないがそれならそれでいい。

 



「おじさんの動きが早くなるアーツ、普通に世間で使われている奴じゃないよね? もしかしてそれっておじさんのオリジナルアーツなの?」




 僕はアンナから一般的に使われているアーツは全て教わった。だが男が使っている速く動けるようなアーツは教わらなかった。ならば可能性は一つ。その人が独自に生み出した固有魔法やオリジナルアーツと呼ばれるものだ。




「あぁ、そうさ。これは俺のオリジナルアーツ、[アクセル]だ。だがそれを知ってどうする? 知ったからといって真似できる代物じゃねぇぞ、こいつは」




 今まで[アクセル]を教えてくれと何人もの人から請われたことがあるのだろう。男は確信を持った風にそう断言した。僕も[アクセル]のやり方を知らなかったら男に教えてくれと言っていたかもしれない。

 あくまでやり方を知らなかった場合は、だ。




「そんなことはないよ」




 僕は男に向かって不適に笑ってみせる。




「[アクセル]」




 そう唱えた次の瞬間、男は勢いよく吹き飛び、男がいた場所に僕は立った。 

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