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31話 遅延の魔法陣と最終日

 ギラギラと突き刺すような日差し。体内の水分が吸われているんじゃないかと錯覚してしまう程に乾いた空気。そして砂粒を含んだ熱風。

 死の砂漠にたくさんある岩山。その内の一つに僕らは来た。




「うん。ここだね」  




 昨日帰る前に洞窟の入り口につけた印を見つけた。それを確認した僕らはそのまま洞窟に足を踏み入れる。



 中は日差しがないぶん、外より涼しく感じられる。僕らは洞窟の奥まで行き、体についた砂を軽く払った。




「それじゃ魔法陣をセットするから、サーシャ、その間にお願いね」




「承知いたしました」




 僕はここに来るまでの間にサーシャに一つ頼みごとをした。それは洞窟の強度を強化してもらうことだ。万が一僕とアンナが爆発から逃げ遅れた時、生き埋めにならないようにするために、だ。実験を始めた昨日からこれをやっておけば良かったと思わなくもないが、今朝ふと思いついたのだからしょうがない。




「坊ちゃま、それはさっき家で作ったばかりの魔法陣ですよね? いきなりその魔法陣から実験をするんですか?」




 僕が魔法陣をセットしていると手持ち無沙汰にしていたアンナが不安そうに声をかけてきた。




「うん。これは今朝も言った通りこの実験の保険に成りうるものなんだ。もしこの魔法陣が爆発することなく、僕の思惑通りに動いてくれたら、今後の実験がウンと楽になるはずなんだ。だから今日はこの魔法陣から実験を始める。……よし、できた」

 



 アンナの問に答え終わったと同時に魔法陣のセットが終わった。セットとはいっても魔石入れをつけて地面におくだけなのだが。この魔石入れをつけるってのが地味に難しいんだよなぁ。



 そんなことを思っているとサーシャが戻ってきた。早くも洞窟の強化が終わったらしい。




「ありがとう、サーシャ。それじゃ次は、この紐で昨日みたいに僕らを括り付けて」




「承知いたしました」




 [ストレージ]から昨日も使った丈夫な紐を取り出しながらサーシャに頼む。

 彼女は僕が魔法陣のセットを終えているのをチラリと見、確認した後そう答えた。



 サーシャとアンナは僕と一緒に魔法陣実験をしているが、僕ほど魔法陣に詳しい訳じゃない。僕は魔法陣の構成要素はもちろん、模様やそれこそ魔法記号の一つ一つまで正確に記憶している。だが、サーシャとアンナは恐らく日常で使われている主要な魔道具の魔法陣しか覚えていない。現にサーシャは僕が作った魔法陣が地面にセットされているのを見てもアンナのように不安気な顔をしなかった。つまりこの魔法陣が僕が作ったものだと見抜けなかったのだ。

 ちなみにアンナがさっきこの魔法陣が僕が作ったものだと気づいたのは、僕が魔法陣を作っていたのをそばでじっくりと見ていたからだろう。



 アンナと背中合わせになり、サーシャに紐で括って貰う。昨日何回も紐を解いたり結んだりさせたからだろうか。慣れた手つきであっという間に僕らを括り付けてしまった。




「では私は昨日と同じ辺りで待っております」




 僕らを括り終わったサーシャは、すぐさまそう言い洞窟を出て行った。

 僕がいちいち指示を出さなくても動いてくれるのは、やはり昨日何回も実験を繰り返したからだろう。



 しばらくして、サーシャが持ち場についたであろうタイミングで僕らも実験を何時でも出来るように体勢を整えておく。アンナは[ブースト]を使い、クラウチングスタートの格好で、僕は少々滑稽だが手足をまっすぐ伸ばした姿勢で。両手をアンナの頭に、両足を魔法陣の近くにまで伸ばす。

 


 そうして少しの間このままの体勢でいると、遠くから




 ドォォォン




と、派手な音が聞こえてきた。

 サーシャが持ち場についた合図だ。それを聞きアンナに確認をとる。




「アンナ、カウントダウン始めるね」




「はい」




 緊張しているのか、少し硬い声が返ってきた。

 僕も改めて気を引き締め、カウントダウンを始める。




「五、四、三、二、一、はい!」




 一、の合図で魔法陣に魔力を込め、はい!、という声とともに、アンナの頭を軽く叩いて合図を出す。




「[ブースト]!」




 それと同時にアンナが[ブースト]を使い走り出した。この流れも昨日と同じなので彼女の動きには全く淀みがない。

 そして僕らが洞窟の外に出たタイミングで、サーシャが遠距離から[ストーンウォール]で洞窟の入り口塞いだ。








「爆発した様子も見られないので魔法陣を見に行きましょうか」




 サーシャの元にたどり着いた僕らは彼女に紐を解いてもらう。すると彼女が紐を解きながらそう言ってきた。もちろん答えはイエスだ。

 しばらくしてサーシャが紐を解き終わり、洞窟を塞いでいた[ストーンウォール]を解除してくれた。洞窟の中に足を踏み入れる。




「あら? 起動しているようですが魔法は発現していませんね。どうしたのでしょうか?」




 サーシャが不思議そうな顔をしている。そんなサーシャにアンナが得意げに語り出した。




「サーシャさん。これは坊ちゃまが作った魔法陣なんですよ! それも昨日のアレンジを加えたようなものではなく、一からご自分でお作りになったものなんです! ……だから魔法が発現していないのかもしれないんですけど」




「む、失礼な。これは失敗じゃないよ。むしろ成功なんだよ!」




「成功……ですか?」




 僕がそう言うと二人はそろって頭にハテナマークを浮かべた。まぁ、これは実際に使って見せた方が早いか。




「まぁ見ててよ。[ストレージ]……えっと、これだ。ここに魔道ランプの魔法陣があります」




 [ストレージ]を漁り、魔道ランプの魔法陣を模写した紙を取り出す。発現する魔法はもちろん安全安心の[ライト]だ。




「ちなみにこれは元の魔法陣の模様を変えてあるんだ。周囲の大気中に漂う魔力と魔石の魔力を動力源とする模様にね。勿論昨日実験して安全だと証明されたやつだから安心して」




 そう言いながら僕は先程実験した魔法陣と[ライト]の魔法陣を手に取る。




「使い方は簡単なんだ。まずはさっき実験したこの魔法陣に魔力を注ぐ」




 僕は右手に持っていた魔法陣を地面に置き魔力を注いだ。




「坊ちゃま、魔石をセットし忘れています」




 するとサーシャがそう言ってきた。

 魔法陣を使用する際は必ず魔石が入れられた魔石入れを魔法陣の中央にセットしなければならない。それは魔法陣が発現させる魔法の維持のために魔力が必要だからだ。

 使用者が魔法陣に魔力を注ぐ行為は魔法陣を起動させるためのスイッチを押すようなものであって、発現させる魔法に必要な魔力は注いでいない。その魔法を発現、維持するための魔力は全て魔石から供給されるからだ。……もっともこのスイッチを押すための魔力量は魔法陣の規模などによって左右されるのだが。

 だけど、今回は違う。




「いい指摘だね、サーシャ。たしかに普通の魔法陣なら魔石入れが必要だ。だけどこの魔法陣は魔石をセットしなくても別にいいんだ」




「……魔石をセットしなくてもいい、ですか? どういうことなのでしょうか?」




「サーシャも知っている通り、魔法陣には魔石が必要不可欠だよね。 それって、サーシャもこの前言っていたけど、発現させる魔法の維持分の魔力を魔石から得るためなんだ。だけどこの魔法陣は少し変わっていてね。維持分の魔力は必要ないんだよ」




 そこで一旦区切って二人を見る。するとサーシャだけでなくアンナも困惑した顔をしていた。




「必要ないとはどういうことでしょうか? いえ、そもそも魔石からの魔力が無ければ魔法は発現しないのでは?」




「いや、魔法は発現するよ。一瞬だけね。多分周囲の魔力を使っているんだと思う。まぁこんな話は置いといて、この魔法陣の使い方なんだけどーー」




 だんだんと話が逸れて来たので無理矢理話を戻す。別にこのような小難しい話をしたい訳ではないのだ。




「ーーこの魔法陣に魔力を流したら、その上にこの[ライト]の魔法陣を重ねる。見てて」




 説明しながら僕は先程魔力を注いだばかりの魔法陣に、ピッタリと重なるように[ライト]の魔法陣を置いた。

 そしてそのまま十秒待つ。

 すると魔力を流した魔法陣が淡い光を発して起動し、すぐに停止した……と見えたが、次の瞬間すぐさま上に重ねていた魔法陣が起動して[ライト]を発現させた。




「どう? すごいでしょ。僕が作ったこの魔法陣は上に重ねた魔法陣を、魔力を込めてからキッカリ十秒後に起動させるんだ。名付けて遅延の魔法陣!」




 ドーン、と。そんな効果音を頭の中でつけながら、少し得意げにそう言ってみせた。

 



「……えっと……その、新しい魔法陣を開発したって事ですね! おめでとうございます坊ちゃま!」




「……そ、そうですね。新しく魔法陣をお作りになったのはとても凄いことです。おめでとうございます坊ちゃま」




 もっと驚いてくれると思ったのだが反応がイマイチな気がする。さてはこの凄さを理解してないな?




「ホントにこの魔法陣の凄さが分かってる? [ライト]の魔法陣が起動するのを十秒遅らせるんだよ?」




「十秒、ですか」




「十秒、遅らせる……それって、つまり……」




 僕がそこまで言うと、二人の表情が変わった。やっと分かったか。




「そう。つまり、この実験で魔法陣の起動を十秒遅らせる事が出来るということは、十秒間逃げる時間が出来るってことだよ」




 たかが十秒と侮ることなかれ。アンナが本気で[ブースト]して走ったら百メートルを三秒で走り抜けるのだ。たぶん。……正確に測ったことはないからよう分からん。




「では、次からの実験は今までよりも安心して行える、という訳ですね?」




「うん。その通りだよ、サーシャ」




 そのことに思い至ったからだろう。二人はホッと安堵した表情を見せた。



 それからの実験はそれまでよりも精神的に楽に行えるようになった。

 やはりこれまでは爆発に巻き込まれる心配があったためか、一回一回の実験で極度の緊張を強いられてきた。実を言うと、僕も精神的に参っていた。

 まぁ爆発する可能性は殆どないと想定していたので、メイド二人の緊張度合いと比べると微々たるものなのだろうが。

 そんな状態であった二人も、遅延の魔法陣を使うようになってからは、幾分か精神的に楽になったようだ。顔色が昨日と比べて随分と健康的な色になっている。

 実験の後半に差し掛かってからは、二人も僕と同じように実験結果から様々な考察をしている様子が見られた。

 とは言ってもそれは魔法陣に少し詳しくなった程度であって、僕のように魔法記号全てを記憶しているという変態レベルにまでは達していない。……自分で変態と言うのはどうかと思うが、世間一般から見たらそうらしい。



 兎にも角にも実験は最終日以外全て平穏に終わった。爆発することなく誰も怪我することなく終わったのだ。最終日以外は。



 最終日。

 この日は何の実験をするか、予め二人に話しておいた。

 その内容を聞いた二人は血相を変えて、実験を止めさせようとしてきたが、僕は遅延の魔法陣を三枚使う、つまり逃げる時間を三十秒にすれば大丈夫だと主張した。

 遅延の魔法陣は同じ遅延の魔法陣を複数枚重ねて使うこともできる。実際に実験したから問題ない。

 しかしそれでも二人は難色を示したので四十秒、五十秒と徐々に時間を伸ばしていき、そして百秒まで積んだ時、ようやく二人はこの実験の許可を出してくれた。

 もっとも、僕が今はこの家で一番偉いのだから、別に二人の許可など必要ない。

 しかしそれでも、二人と良好な人間関係を維持したい僕からしたら、二人の許可は絶対に必要なのだ。

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