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113話 オッズ商店とオッズ

 その部屋には年老いた一人の老人がいる。

 オッズ商店の創設者であり、現商店長のオッズだ。

 彼は、学園区域に存在する本店の商店長室に籠もり、今後の商売についてあれこれと考えを巡らせていた。

 すると何の前触れも無く階下からドタドタと足音が聞こえてきた。何かトラブルでもあったのだろうかと思い、一端商売についての考えは頭の端に寄せる。

 すると扉がドンドンと力強くノックされた。




「入れ」




 自分の店で働いている従業員にはある程度の礼儀というものはキッチリと仕込んでいる。そのため普段ならばこんな荒々しいノックをする従業員なんていない。

 これは余程重大な何かがあったのだ、と予想してオッズは扉の向こうにいる人物にそう声をかける。




「失礼します、商店長」




 そう言って入ってきたのは、なんとオッズの右腕であり、同時にこのオッズ商店の副商店長である男だった。

 その男は余程急いでこの部屋に来たのか、いつもはピッチリと着こなしている服が今はヨレヨレになっている。

 その姿を見て唖然とするオッズ。オッズは自分の商店を大商店にまで成長させただけあり、人を、そして商品を見る目には自信があった。もちろん副商店長に任命した目の前の男はその役割を全うできると判断しその地位につかせたのだ。

 副商店長ともなれば礼儀やマナーがなっているのは当たり前である。

 しかし今の副商店長はドタドタと大きな足音をたて、ノックをいつも以上に力強く叩き、そしてヨレヨレの格好をしている。

 これまでの真面目な勤務態度とは全く異なった彼の様子にオッズは動揺を隠しきれないでいた。




「……何があったんじゃ?」




 普段とは違う副商店長の様子に何か得体の知れない不安を感じ、そう問いかけるオッズ。すると副商店長はすぐさま返事を返してきた。




「実は先程サミット学園の学生が来まして、是非とも商店長に会いたいと」




 それを聞いてオッズは大した要件じゃない事にホッとした。

 しかしそれと同時に、何故そんなことで副商店長が慌てた様子でこの部屋に駆け込んできたのか分からないという疑問が押し寄せてきた。


 オッズ商店は大商店であるため、殆ど全ての部類の物を扱っている。

 そのためオッズ商店では殆ど毎日のように、売れないような物を売りつけようとしてくる輩や自分の研究に投資をさせようとする輩がひっきりなしに来る。

 そしてその中には天才達が集まると言われているサミット学園の生徒も当然含まれる。

 オッズ商店程の大商店ともなれば例え相手が天才の中の天才、サミット学園のゴールドクラスの学生であっても普通の人間として相手をしてきた。他の小さな店ではそのような対応はできないだろうが、オッズ商店ではそれができる程の力と金があるのだ。


 そのため普通ならばただ会いたいという理由だけで、はいそうですか、と従うことなんてしないし、オッズがでる前に副商店長が断る。

 なので今副商店長が言った言葉と普段の態度、そして今の彼の容姿から普通ではないことが起きているのだとオッズはすぐに察する。




「何があったか説明してくれ」




 そこで副商店長は先程自分が言った言葉ではオッズに全てが伝わらないと気づいたのだろう。すぐに謝りサミット学園のゴールドクラスの少年と少女が、今まで副商店長が味わった事のない塩を持ってきたことを詳細に説明する。特に味の部分は重点的に。

 その話を聞いている間、オッズは冷静に副商店長の話を分析し、その塩が売り物になりうるものかどうかを判断する。

 そしてそのジャッジはすぐに決まった。




「その少年と少女は応接室にいるんじゃな? ならワシが直接その話しを聞こう」




 オッズはそう言い、籠もっていた商店長室を出て応接室へと向かう。

 そして応接室の前についたオッズはその中へと入る。するとそこには眼帯を着けた銀髪の少年と水色の目をした茶髪の少女が椅子に座っていた。さらに二人は副商店長が言っていた通りサミット学園のゴールドクラスの象徴である金の刺繍が入った黒のローブを着ている。




「お待たせして申し訳ない。ワシがこのオッズ商店の商店長であるオッズじゃ」




 オッズがそう自己紹介すると少女は目を見開いて驚いた。オッズ商店の創設者であるオッズが直々に出てくるとは予想していなかったのかもしれない。それに対して銀髪の少年は眉一つ動かす事無く、その場で立ち上がり自己紹介を返してきた。




「こんにちは。私はラインと言います。今日はどうぞよろしくお願いします」




 少年はその見た目に相応しくないハキハキとした声でそう言った。するとそれに続いて少女も自己紹介をしてくる。

 そうして互いに挨拶を終えた後、ラインと名乗った少年が[ストレージ]から木の箱に入った白い粉のようなものを取り出し目の前の机に置いた。




(この年で既に[ストレージ]を使えるのか。流石はサミット学園の入学試験を首席で通っただけはあるの)




 オッズの下には既にどの学園にどのような生徒が入学したのか、という情報は入って来ている。そしてそれは当然サミット学園の情報も掴んでいる。




(あの大人でも難しいと言われるサミット学園の入学試験で過去最高得点を、それもそれまでの点数を遥かに超えた記録を叩き出した神童。この子がそうか)




 オッズは僅かに目を細めラインの言動や表情の動きなどを観察する。オッズは今までこうして相手の細かな変化を観察をすることによってその人間性を見抜き、利益をもたらしてくれる人間かどうかを判断してきた。

 この時点でラインはオッズ商店に多大な利益をもたらしてくれると判断したオッズは、ラインの申し出を八割方受けると決めた。

 そしてラインの観察を終えたオッズは彼が[ストレージ]から取り出した物に視線を向ける。




「これが塩、か?」




「はい。その通りです」




 改めてその木の箱に入った白い粉をまじまじと見つめるオッズ。彼が今まで目にしてきた塩とは濃い薄いの差はあれど、何かしら色がついていた。

 しかしラインが取り出した塩は違う。ただただ真っ白なのだ。

 それを見て僅かに困惑するオッズ。




(確かに白い塩は珍しい。だが、だからと言って売れるかと言われればそうではない。珍しげに買っていく客はいるじゃろうが、それも一時で終わるじゃろう。……いや、そういえば副商店長のやつが味がどうのこうのと言っておったな)




 そんなオッズの様子をまるで読んでいたとでも言うかのような絶妙なタイミングでラインが口を開いた。




「実際に舐めてみてください」




 そう言って塩をオッズの方に差し出してくるライン。




「……うむ」




 そのあまりのタイミングの良さに果たして偶然なのかどうかオッズは瞬時に判断できなかった。

 だがオッズは相手が自分の心の内の全てを読まれているかのような不気味な感覚を無視し、ラインの言葉に従って、塩を口へと運ぶ。




「なんと!?」




 オッズが口にしたその塩は瞬く間に彼の口内を複雑な味一色にした。

 それはどのように形容すれば良いか分からない様々な味が混ざった複雑な味。

 だがその味が一つとなって一気に味覚を刺激してくる。

 感想を求められればオッズは迷わず美味いと答える。

 だがこの塩の味をそれ以上の言葉で表現するのは残念ながら彼にはできない。

 そのような塩を彼は長い生涯で初めて口にした。

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