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112話 改良と商談

「いや、まぁたしかにそうだけど……」




 僕の場合はイメージの仕方が根本から違うし、さらには粒子をイメージするだけなのでイメージがしやすい。そのためあれだけの量の塩を簡単に取ることができるのだ。

 だけどネイは違う。彼女はどのようなイメージをしているかは分からないが決して具体的なイメージではなく、漠然としたもののはずだ。

 そして魔法は具体的なイメージを思い浮かべるほど成功しやすい。

 それらを考えれば、漠然としたイメージだけで海水から塩を取り出してみせたネイは、やはりその才能に長けているのだろう。



 そんなことを考えながら僕はネイが取り出した塩を少しだけ摘まみ舐めてみる。




「……美味しい」




「……え?」




「ネイ、この塩凄く美味しいよ!」




 あまりの美味しさに僕は思わずネイに向かって叫ぶようにそう言った。

 ネイが作った塩は当然しょっぱいのだが、そのしょっぱさの中に独特のこくがあり何ともいえない美味しさを醸し出している。まるで海の中に存在するあらゆる旨みを塩と共にギュッと凝縮したような味だ。

 僕が昨日抽出した塩よりも遥かに美味しい。




「あら、ほんとだわ」




 ネイも指先にその塩を少しだけつけてペロリと舐める。すると彼女も僕ほどではないが驚いていた。




「同じ魔法を使ったのに何故かしら?」




 するとネイはそんな疑問を口にした。当然だろう。僕と同じ魔法を使って違う結果が出たのだから。それを聞いて僕はピンと来たのでそれをネイに説明する。




「イメージの違いだと思うよ。僕は海水には塩が溶けていると知っていたから塩だけを取り出すイメージで抽出した。でもネイは海水に溶けているもの全てを取り出そうとイメージしたんじゃない?」




「うん。そうだけど……。他にも海水に溶けている物ってあるの?」




「ある……けど、僕も詳しくは知らないんだ」




 海水には塩の他にマグネシウムやカルシウムなどのミネラルも含まれているらしい。恐らくネイが抽出した塩にはそれらが含まれているため旨みが増したのだろう。



 僕も新たに海水を用意してネイと同じイメージ……は少し味気ないのでもう一歩進んだイメージで塩を抽出してみる。目に見えないゴミや微生物などを抽出の対象から外すのだ。




「[塩分抽出]」




 するとネイが先程抽出した塩よりも僅かに白色の塩が抽出できた。ゴミを取り除いたおかげだろう。だけど味はそれほど変わらなかった。



 それからしばらくの間はネイと一緒になってあれやこれやと美味しい塩を抽出するイメージを研究した。

 その際崖に面する壁が邪魔、という意見が一致したのでその壁を取っ払った。その代わりに海水だけを透過可能にした結界を生成する魔道具を作って設置した。それと外から見つからないように露天風呂に設置しているのと同じ[ミラージュ]を発現させる魔道具も設置した。見せる幻影は不自然でないように岩壁にした。

 こうして壁を取っ払ったおかげで一度によりたくさんの海水を汲み上げることができるようになり、その結果塩の生産効率がそれまでより遥かに上がったのは予想外だった。



 このような努力により最高に美味しい塩を海水から自由に、そして大量に作ることができるようになった。もちろん僕達は普通の塩ではなくこの塩を売ることに決めた。





 そして今日売る分の塩を作り終えた僕達は昨日晩御飯を食べるついでに買ってきた食料で腹を満たし、空を飛ぶ準備をする。これから塩を売りに行くのだ。




「塩は持った、マントは巻いた、マスクはつけた。ネイ、準備はいいね?」




「もちろんよ」




 準備の確認を終えた僕は背中越しにネイの返事を聞き、[風撃]を使う。様々な品物を扱っている大商店ならばこの塩を買い取ってくれるだろう、という考えから僕達はオッズ商店を目指す。




「[風撃]」




 そして約三十秒後。

 僕達はオッズ商店の近くに降り立った。透明マントとマスクはすぐに[ストレージ]に入れ、代わりにサミット学園から支給されている黄金の刺繍が入った黒のローブを被る。




「なんで今日は学校が休みなのにローブを着るの?」




 するとネイがそんなことを聞いてきた。おっと、大事なことを説明し忘れていた。




「これから僕らが行くのは天下の大商店、オッズ商店様だよ? そんなところに普通の子供が塩を売りこんできても相手にされないか、足下を見られて安く買いたたかれるだけだよ。だからここは学園区域一のサミット学園、それもゴールドクラスの肩書きを借りるんだ。そうすれば相手も無下には扱えないはずだよ」




 相手は大商店。つまり情報が命である、商売の世界の王様と言っても過言ではない。そのため独自の情報網は当然のように持っているだろう。そしてその情報の中にはサミット学園の仕組み、成績順でクラスが決まるという情報もあると思う。

 だからこちらからサミット学園のゴールドクラス所属というアピールをすれば向こうも無下には扱えないはずだ。




「ふーん。とりあえずローブを着ていれば塩を買ってくれるってことね」




「そういうこと」




 ネイは一つ頷いて納得し、[ストレージ]からローブを取り出してそれを身につけた。

 そして僕らは休みの日で賑わっている商店通りを歩きオッズ商店の中へと足を踏み入れる。

 物を売るための交渉なんてこれまで一度もしたことがない。そのため上手くできるか分からないが、まぁなるようになるだろう。




「すいません、この店の店長を呼んでもらえますか?」




 カウンターにいる適当な店員を捕まえて前置き無しで店長を呼ぶように要請する。するとその店員さんは訝しげに口を開いた。




「店長に何用でしょうか?」




 まぁ要件を伝えていないのでそう聞かれるのは当たり前だろう。だけどここでとっとと追い返さずに理由を律儀に聞いてくれたので、やはりゴールドクラスの威光が効いているのだと思う。




「[ストレージ]。実はこれを買い取ってもらいたくて」




 そう言って僕は[ストレージ]からあらかじめ用意していた升を取り出す。もちろんその中には今日作ったばかりの塩が入っている。

 しかしその店員の顔は、僕が[ストレージ]を使ったことに対して僅かに驚いただけで、訝しげに僕が差し出した塩を眺めている。




「これは……何でしょうか?」




 どうやらこの店員にはこれが塩だとはわからなかったようだ。それも当たり前かもしれない。




「塩です」




「……塩?」




 すると店員は眉をピクリと動かしそう聞き返してきた。

 昨日のネイの様子や今のこの店員の反応から察するに、この世界では色がついた塩、つまり岩塩が主に使われているのだろう。だから店員のこの反応は何も不思議なことはない。




「少しだけ摘まんで舐めて見てください」




「はぁ……」




 僕のその言葉に店員はなおも訝しげな顔をしながら塩を摘み、そしてそれを口に入れた。




「ん!?」




 その瞬間、店員の表情が純粋な驚きと上手い物を食べた幸福感がないまぜになったような顔をした。フフフ、まさにこれが僕とネイの努力の結晶なのだよ。




「て、店長を呼んで来ますのでどうぞこちらの部屋でお待ち下さい!」




 先程の訝しげな表情はすっかり無くなり、その店員は僕らを交渉用の部屋と思われる所に案内してくれた。

 さぁて、これからが本番だ。

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