テレビ
「今日は何観ようかな」
一人で呟きながら、スマートフォンを操作する少女が一人。年は見た目、十五前後のようだ。ウェーブがかった黒髪。くっきりとした二重瞼は、意思の強さを醸し出している。
彼女、佐伯春香はY高校に通っている高校三年生。周りは皆、来年の受験に備えて、放課後は真っすぐに帰宅し、勉強に励んでいる。
その真っただ中、春香は二月の時点で大学の推薦が決まり、合格ラインも超える成績の良さもある為、焦らずに毎日を過ごしていた。
今日も、家に帰って何をしようか、スマートフォンを操作しながら考える余裕がある程だ。
「皆、すぐに帰って勉強しか言わないし。なんか私だけ蚊帳の外みたい」
友達は皆、受験に向けて勉強に励み続けている為、遊びに誘うのは気が引ける。
しかし、家に帰ってもスマートフォンを操作し、ニュースや動画を観ることしか楽しみが無い。毎日、同じような日々を送る内に次第に溜息をつく回数も増えていった。
「今日は家に帰って、久しぶりに何かテレビでも観ようかな」
春香の自宅は一戸建ての庭付き。二階建ての物件である。父は電気会社に勤めており、母はスーパーでレジ打ちを行っている。
春香には、まだ将来の夢は決まっていない。
持ち前の頭の良さから、母からは研究員や公務員を勧められているが、どちらも全く興味がわかない。やる気が持続しないのだ。
「先生からも良い大学に入るなら、もっと先のことまで、視野に入れろって言われたけど何だか実感わかないな」
またも、ぶつぶつと独り言を呟きながら、家路に着く。玄関のドアを開け、靴を脱いだ後は、靴を並べずにそのままリビングへと向かう。
母からは、毎日のごとく靴を並べるよう注意をされるが、性格なのかなかなか癖が治らない。今日も怒られるだろうなと、内心ひとりごちながら、リビング内の四人掛けのソファーに座った。
「今テレビ何かあってるかな」
テレビのリモコンの電源ボタンを押す。映し出された画面内では、ニュースキャスターが淡々とした口調で、今話題となっている事件等を読み上げている。
春香は、事件や事故にはあまり興味が無い為、すぐにチャンネルを切り替えた。
いくつかチャンネルを切り替えると、自然の風景を映し出した番組に行き当たった。
木々に囲まれた湖の側に立ち、カメラの方を見つめる一人の男の姿。身長はゆうに180cmを超えているだろうか。長身の部類に入る。年齢は、三十~四十の間であるように見えた。ジーンズを履いており、上には白い長袖のワイシャツを着ている。よく見ると、ワイシャツの裾は所々、解れていた。
「何この番組……気持ち悪い」
春香は、すぐにチャンネルを切り替えようとした。得も言えぬ不快感を感じたからである。
恐怖心とも言えるだろうか。リモコンを握る右手が湿り気を帯びていることに、たった今気付いた。
「チャンネル変えよう」
チャンネルの番号の数字ボタンを押す。しかし、映像は切り替わらない。相変わらず、湖の側に、気味の悪い男が立っている。何度もリモコンの数字ボタンを押す。切り替わらない。次第に、焦りと嫌悪感が襲ってくる。
「顔が変わってる?」
リモコンの操作を行う度に、初めは無表情であった男の顔が次第に、まるで首をゆっくりと絞めつけられていくかのように、苦悶の表情へと変化していく。
春香がリモコンの操作をする度に、その表情はますます苦悶を浮かべていく。観ているこちらも首を絞められているかのような錯覚に陥るほどだ。
「なんで切り替えれないの!?」
リモコンを操作することを止め、直接テレビ本体の電源ボタンを探す。赤い丸型の突出したボタンを見つけた。そのボタンを押す。
画面は消えない。また男の表情が蠢く。何度もボタンを押す。連動するかのように、男の表情も変化する。ついには、男の眼や口から血が溢れ出てきた。春香の焦りは加速する。
「どうすればいいの……そうだ!」
とっさに思い付き、テレビから伸びているコンセントを一気に引き抜いた。
ブツン!
糸が切れた様な音が鳴り、画面が真っ暗になる。春香の全身から冷や汗が止まらない。テレビを消すことは出来たが、不快感が収まらない。
ピンポーン
突然のチャイムに驚く。恐る恐るソファーから立ち上がり、玄関へと向かう。
ガチャガチャ!
鍵を外から開ける音がする。そして、
「ただいま。今日は早かったわね」
笑顔の母がドアから顔を覗かせた。春香は一気に安堵し、涙を眼にためて、床に視線を落とす。その様子を見た母はすぐに春香に駆け付ける。
「どうしたの?何か嫌な事でもあったの?」
「うん……テレビを観てたら、変な映像がずっと流れてて、全然消えなかった。チャンネルも切り替えれなかったから、本当にどうしたらいいか分からなくて。思い切って、テレビのコンセントを抜いたら、やっと画面が消えた」
「テレビ?昨日の夜からケーブルが断線していたみたいで、映らなくなってたの」
「今日の夜に、業者の人が修理するまでは、テレビは映らないはずよ」
その言葉を聞き、驚いて母の顔を見た春香の表情が固まった。
もちろん、業者の話は衝撃的ではあるが、母の背後には、映像に映っていた男の姿があったからだ。