秋葉原ヲタク白書6 時をかけるヲタク
主人公は、SF作家を夢見るサラリーマン。
相棒は、老舗メイドバーの美しきメイド長。
このコンビが、秋葉原で起こる事件を次々と解決するという、オヤジの妄想満載な「オヤジのオヤジによるオヤジのためのラノベ」シリーズの第6弾です。
メイドバーに現れたスチームパンカーは、ターミネーターからママンを守るためにやってきた未来人?コンビが探し当てたママンのお仕事は…
お楽しみ頂ければ幸いです。
第1章 タイムマシンは蒸気駆動
僕がTO(ファン代表みたいな)をしているミユリさんは秋葉原に来る前は池袋でメイドをしていたという猛者だ。
当時は未だメイドカフェとかなかった頃で、ミユリさんはフェティッシュなクラブでコスプレとしてのメイドをやっていたらしい。
「おかえりなさいませ、御主人様!今宵はどちらからの御帰宅ですか?」
「おおっ!コレぞ20世紀末のサブカル黄金期そのものだっ!もしかして貴女はノーパンなのですか?」
「はぁ?」
その頃の経験とか、元々ミユリさん自身がバンギャ(グルーピー)上がりというコトとかもあり、実は彼女にはクラブカルチャーの申し子みたいな面がある。
というワケで僕自身、ミユリさんとつるみだしてから不思議な世界観の洗礼を浴びるコトがよくあるんだけど、スチームパンクなんかもその内の1つだ。
「え?違うの?しゃぶしゃぶとか食べれルンじゃなかったっけ?」
「なに逝ってんの?死ぬ気?」
「あ、アレはシンジュクシティ限定でした!」
蒸気機関が発達したシュールなSF世界を妄想するスチームパンクは世界的な流行だ。
キーアイテムの歯車や真鍮は今やスタイリッシュなファッションアイテムとなっている。
まぁ小学生の頃からヴェルヌの征服者ロビュールが愛読書だった僕にしてみれば、やっと時代が追いついて来たって感じなんだけど。
しかし、開店したばかりのバーに忽然と姿を現したこのスチームパンカーは何者だ?
パンクスお約束の飛行帽に丸眼鏡のゴーグルは基本アイテムだからまぁ許せる。
しかし、背負った機械が煙突?からヤタラと蒸気を噴くのはどうしたものか。
狭いバーでコレほど迷惑な機械(客)はない。
「ココが自由エネルギー同盟のアジトか!テリィ&ミユリのレジェンドコンビもリアルにおられたりして」
「ミユリ姉様!このお客、ちょっちヤバくて手に負えないんですけど」
「おおっ!貴女が!貴女が伝説のメイド服美少女戦士ミユリ!」
秋葉原が長くて各種ヲタクの取り扱いには長けてるミユリさんだが、コレには苦笑しかない。
ん?それどころか久しぶりに美少女とか呼ばれてソコハカとなく喜んでる様子も伺えて情けない。
どうやら、アキバ初心者の彼に誰かが街の歩き方を教育してやる必要がありそうだ。
早速、僕は僕が1番カッコよく見える「勝負角」をキメて優しく彼に微笑みかける。
「あ、こんばんわ。えっと、君、アキバは初めてかな?」
「おおおおおっ!あ、貴方こそはFAZの初代サブカル大統領のテリィ氏では?リ、リアルのテリィ氏なんですね?素晴らしい!」
「えっ?大統領?僕が?参っちゃうなエへヘ」
呆気なく相好を崩す僕を見てヘルプのつぼみさん(愛称:つぼみん)が天を仰いで十字を切る。
どうやら、彼女は彼女なりの対処方針を心に決めたようで、眦を決し件の客の方を向く。
つぼみん、お手並み拝見。
「で、何か御用事なの?秋葉原にはどうやって来たの?そもそも貴方は誰?」
「おっとコレは失礼。私の名はシフォ。24世紀からタイムマシンで来ました。用事は…母を探しています」
「母?ははぁ?ゲホッゲホッ」
最後のはシフォが背中の例の機械からハデに蒸気を噴き全員が激しく咳き込んだものだ。
一気に店内には変な蒸気みたいなモノが充満し靄がかかったようになる。
わぉ!何も見えないょ。
滅茶苦茶カラダにも悪そう笑。
「タイムマシン?母を探して何千年?」
「だから300年程です。24世紀から来たって逝ったでしょ」
「何コレ?時間旅行プレイ?」
というコトは背負ってる蒸気を噴く機械はタイムマシンという設定か?
デロリアンじゃなくていいのか?
「じゃあ御主人様、お母様によろしくね!さようなら、ごきげんよう!」
「おい!待ってくれ!人類の存亡がかかってるんだぞ!なんとかして奴より先に母を見つけ出してくれ!」
「え?僕達が探すの?」
「それに奴って誰ょ?」
「だって、この時代ではSF作家とメイド長のコンビが最強なんでしょ?奴は誰かって?もちろん24世紀から送り込まれたターミネーターに決まってるじゃないですか!」
僕達は顔を見合わせる。
なーんだ、やっぱりターミネータープレイ(ごっこ)だったのか。
それならコッチも経験豊富だ。
この前なんかサバゲーまでやったしな。
またまた思い切りヘンな話が舞い込んで来たみたいだが余裕でつきあうコトにする。
しかし、詳しく話を聞く前に1つだけハッキリとさせておきたいコトがある。
「誰が僕達が最強とか逝ってんのかな?」
すると、シフォは心の底から何て馬鹿なコトを聞くのだ?という顔をする。
その瞬間、僕は彼が再びハデに蒸気を噴くかと身構えたが何も起こらない。
「そんなコト、世界史の教科書に載ってますょ」
そして、このタイミングで蒸気を噴いたモノだから忽ちバーに蒸気の靄が充満する!
ヤラレタ!僕もミユリさんもつぼみんも他の常連達も息が出来ズに激しく咳き込む!
ホント、なんなんだ、この蒸気。
しかし、ちょっち待ってくれょ?
ミユリさんと僕が…世界史の教科書に載っている?
第2章 JKママンは17才
ようやく蒸気の靄も晴れて、タイムマシンを背負ったシフォの話はさらに続く。
「私のママンは、この時代の戦隊ヒロインだったらしいのです」
「ええっ?あのナントカピンクとかイエローとか逝うカラフルな人達?」
「そうです。アーカイブに拠ればアキバ戦隊ヲタレンジャーという…」
「えっ?ヲタレンジャー?!ソ、ソレは…」
初めて聞く戦隊名だけど、僕の知らない内に新番組でも始まったのだろうか?
しかし、その名を聞いてカウンターの奥で蒼ざめ絶句している常連もいる。
彼の名はタカシ。
というか、少なくともミユリさんのバーではタカシで通っている。
しかし、実は彼がトンでもない超1流企業のエリートサラリーマンであるコトは内緒。
「わっ!どうしたんですか、その顔!」
「いやぁお恥ずかしい。ちょっちエラい目に遭いまして」
「ソレ、まさか最近出没してる美人局じゃないの?」
というワケで、タカシさんの右目界隈には鮮やかにもハデな赤黒いアザがある。
新規開店した風俗に出撃したトコロ、帰りに闇討ちに遭いボコボコにされたとのコト。
あ、つまりタカシさんは新しモノ好きの風俗ヲタクなワケです、どうぞよろしく。
「物騒だなぁ!通り魔?まさか痴情のモツレとか?」
「ははぁ。タカシさん、風俗現場で何か恨みを買ってルンですね?」
「ええっ!私が人様の恨みを買うなんて!特に風俗では絶対にあり得ません!」
そう言い切り、胸を張る人も珍しいが、さしものシフォも暫し沈黙する。
そのお陰?かタカシさんがアッサリと重要情報をもたらす。
「実は私が帰りにボコられた店の名が〝アキバ洗体ヲタレンジャー〟なんですけど」
「ええっ?戦隊?」
「いや。洗体」
「だから、戦隊?」
「だから、洗体!」
因みに洗体というのは文字通り嬢が体を洗ってくれる(だけ)というソフト系の風俗だ。
アキバにも何軒かあるけど、それってつまりシフォのママンは実は風俗嬢ってコト?
探していたママンは、戦隊ヒロインのハズが洗体ヒロイン!
でも、シフォは全く挫けない!さすがは未来人だ。
「僕のママンがいるのは、その洗体とやらに違いないっ!さぁ!洗体へ逝きましょう!」
「そんなコト、大きな声で逝うなょ!恥ずかしくないのか!」
「恥じる時間はありません!ターミネーターより先に洗体へ逝かねばっ!さぁ!」
イマイチよく分からない展開だけど、僕の脳内ではジングルベルが鳴り響く。
実はココだけの話、僕は未だ洗体というのに逝ったコトがないのだ。
この流れなら調査と称して初めての洗体体験も夢ではない。
棚からボタ餅ならぬ棚から風俗とはこのコトだ笑。
あぁ!マッサージやソープとは一体何が違うのだろう?!
興味津々だ!
「では先ずは現場調査ですね!シフォさん、時間給+実費というコトでOK?」
「モチロンお払いしましょう!あ、もしよろしければタカシさんも御一緒に!」
「ごっつぁんです」
「素晴らしい!あとミユリさんも御一緒にどうですか?」
ええっ?ちょっち待てょ!なんでミユリさんなんか誘うんだょ?
コレじゃレストランにお弁当持って逝くようはモンじゃないか!
シフォのバカ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「インチキ洗体は秋葉原から出て逝けー!」
「ヲタレンジャーは秋葉原の闇だ!」
「オーナーは児童福祉法、知ってんの?」
翌日の昼下がり、僕とミユリさんは電気街口改札でシフォとタカシさんと落ち合う。
早速、勇んで〝アキバ洗体ヲタレンジャー〟のある蔵前橋通りへと出掛けたら…
なんとデモ隊が店を包囲している!
まぁデモ隊と逝っても、いかにもストリート系っぽい連中が数名なんだが。
手書きのプラカードを押し立て、ゼッケン姿でビラ配りとかやっている。
「ありゃりゃあ。こんなんでも営業してるのかなぁ?」
「心配なの?クスクス」
「ま、まさか!」
私服姿のミユリさんが意地悪な小悪魔スマイルで見上げてくる。
僕は必死にトボけるが、脳内はかなりトホホでジングルベルが除夜の鐘に移行。
まぁドチラにせよミユリさんが一緒では正常営業?でも何も出来ないのだが。
僕が無言でデモ隊を指差すとタカシさんは掌を天に向け肩をすぼめてみせる。
あ、フランス人みたいと思った、その時…
「おお!今日は我らが秋葉原の超有名人達が応援に駆けつけてくれました!」
「えっ?ええっ?何だょ何事?」
「レディース&ジェントルメン!電気街口の奇跡をプロデュースしたミユリさんとボーイフレンドのテリィさん!」
なんとデモ隊のリーダーと思しき黒ジーンズに黒Tシャツの黒々女子が僕達を紹介する。
ほんの数人のデモ隊から絶大だけどエラい疎らな拍手が起きる。
実に迷惑だ。
ミユリさんのヒモみたいな紹介のされ方も気に入らない。
ところが、そんなコトお構いナシに僕とミユリさんはデモ隊の前へ押し出されてしまう。
あれ?僕達の背中を押したのは、なんとタカシさんだ。
僕はミユリさんと思わず顔を見合わせる。
うーん、どうやらハメられたみたいだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「なーんだ。タカシさんはコチラとはグルだったのね」
「ミユリさん、ごめんなさい。お2人をお連れするとBPに約束しちゃったモンで」
「はじめまして!私達の活動に御理解を頂き誠にありがとうございます!」
例の黒々女子が握手を求めてくる。
美人だ。美人だけど…
僕が苦手な冷静沈着かつスレンダーなモデル系。
手首に巻いた真紅のバンダナだけが嘘くさいまでに鮮やか。
彼女の周りにワラワラとデモ隊員?が集まってくる。
「おおっ!リアルミユリにお連れのテリィのお出ましだっ!」
「すげぇ!モノホンかょ?SNSにUPしてもいいっスか?」
「このコンビがBPの知り合いだったとは!コレでもう百人力だっ!」
口々に褒めそやされ冷徹美女もキツく結んだ唇の端を1mm上げる(微笑?)。
タカシさんに拠ると彼女はビューティフルパンサー(BP)を名乗る市民運動家らしい。
どうやら、日頃から反原発とかで経験値を上げている手合のようだ。
どうりで、取り巻きと思しきデモ隊員をアジる彼女の雄(雌?)姿は堂に行っている。
ヲタクサークルに君臨する唯一の女子部員「ヲタサー姫」状態なのも拍車をかける。
まぁ姫は姫でも、この姫は戦姫だがな。
タカシさんが興奮気味に語り出す。
「実は僕達は全員、あの店を出た後で何者かにボコられた者ばかりなんですっ!」
「そりゃまた奇特な方々の集まりですね」
「そんな僕らにBPは手を差し伸べてくれたんだ!BPが僕らに団結する素晴らしさを教えてくれたんだっ!」
タカシさんのパトス溢れる独白?を聞き流し艶然と微笑むBP。
どうやらタカシさんは、BPに熱烈片想い中といったトコロらしい。
さしずめBPをアイドルとするならTOの座を狙ってるって感じ。
ところが、ソレを十分承知しているハズのBPがタカシさんの横を素通りし僕にソッと口づけ…じゃなかった、耳打ちする!
えっ?なんなんだょこの女?
タダモノじゃないぜ?
「助けて。大切な抗議行動の最中にキモいヲタクに囲まれてしまって…私、怖いわ」
「ええっ?!だって、みんな貴女を慕って集まってるんだぜ?」
「キモい洗体ヲタクばかりよ」
そんなヲタクがいるのか。
今度こそ戦隊ヲタクの聞き間違いかと思ったが、やはり風俗ファン?のコトのようだ。
しかし、ヲタクと名乗られただけで急に身内のように感じられるのはなぜだろう。
…なんて話はどうでもよくて!
しかし、推し(てるメイドのミユリさん)の目の前で僕に営業をかけるとは!
お水デビューしたてで右も左もわからない新人キャバ(嬢)じゃあるまいし…
確かにBPはストレートロングの黒髪に細い目。
欧米人に絶対的人気のアジアンビューティー。
ただし、瞳には熱があり、控え目とか従順とかからは程遠いモノも感じる。
と、そこへ!
「おい!お前ら!コイツはお前らの仲間か?無銭風俗だぞ!」
通りに面した店のドアが開き1人の男が文字通り蔵前橋通りへと蹴り出されて来る。
ん?シフォ?さっきまで一緒だったのに、いつの間に店に入り込んだんだ?
「離せ!離せ!ママンを…僕のママンを出せ!」
「金のない奴は風俗に来るな!それからデモの連中もいい加減にしろ!営業妨害で警察に訴えるぞ!」
「なにょ!みんな、逝くわよー!違法風俗ハンターイ!ワッショイ!」
僕達がBPと話し込む隙に店に入り込むシフォ、そのシフォを摘み出すグレーのジャケットを着た店長と思しき男、その店長?の姿を見て、ますますいきり立つデモ隊!
店の前は、もうカオスの極み大混乱だ。
それぞれがそれぞれに都合のいいコトを声高に主張し合う。
もう収拾がつかない。
こりゃ万世警察に通報が逝くな、と思った次の瞬間…
どっかーん!!!
通りに非日常的な爆発音が響き渡り、爆風で店のドアが吹き飛ぶ!
その延長線上にいた店長、シフォ、BP、デモ隊が、その順番で将棋倒しに倒れて逝く!
店の中で何かが爆発したのか?
やがてドアが噴き飛んだ出入り口からホコリまみれのセーラー戦士や戦隊ヒロインがヨロめきながら出てくる。
彼女達は…洗体嬢?
ますます店の中で何が行われていたのか知りたくなったが、先ずは負傷者の手当だ。
僕の胸にもエラい年増な魔法少女マドカが泣きじゃくりながら倒れ込んでくる。
悲鳴、絶叫、嗚咽…
ココは…地獄だ。
第3章 そんなヲタクが憎かった
大惨事から1夜明けて翌日のメイドバー。
爆発現場には今も警察やらマスコミやらが群がっている。
君子危うきにナントヤラで近づかないようにしてたが、このバーにいると厄介事の方で勝手にやってくる。
しかも、前回のBPとタカシさんのコンビにもう1人が加わり今宵は腹黒い3連星だ。
あぁ。3人目は見覚えのあるグレーのジャケットを着た長身の男じゃないか。
「ヲレは〝アキバ洗体ヲタレンジャー〟店長のウェスだ」
「ええっ?!爆発騒ぎの店長さんが何でココに?事情聴取とかいいの?」
「コイツらに肩入れした奴の馬鹿面を拝みたくてな」
ウェスと名乗る男に指差されてタカシさんはガックリと俯く。
BPは熱い瞳で睨み返すが、表情には悔しさが滲み出ている。
ヤレヤレ、店に来る前に1モメあったようだ。
そーゆーのは店に持ち込まないでくれないかな。
ミユリさんが顔色1つ変えず神接客モードでウェスの相手をする。
ヘルプのつぼみんがスマホを抜き誰かにコール。
「ご注文を?」
「メイドの姐ちゃん、アンタも風俗上がりか?」
「お飲みにならないなら…」
ウェスは僕の知らないカクテルを注文する。
ミユリさんがシェイカーを振りながら一言。
「あのお店、50mにかかってるでしょ」
「うっ。な、なぜソレを…」
風営法では学校や図書館といった保護対象施設から100m離れないと営業許可が出ない。
コレが都内に限って50mまで緩和されるんだけどヲタレンジャーの裏には小学校がある。
「ふん。空洞化で生徒が消えて、学校の方がその内なくなるって寸法さ」
「あら?タワーマンションが乱立して校庭にプレハブ校舎を増設してるみたいだけど?」
「なるほど!ありがとう、ミユリさん!私達の活動の強力な武器になるわっ!」
うつむき気味だったBPの瞳に再び火が入り熱を帯びてくる。
そんなBPのコトをタカシさんが熱い眼差しで見つめる。
こりゃバリケードの中の青春群像的な展開だょ?
全共闘の学生運動?パリの6月革命?
風向きがおかしくなったウェスが慌ててドスをきかせる。
「しかし、来てみりゃチンケな店だな。メイドも客もダサダサなヲタクばかりだ」
「キャッシュオンデリバリーなんですけど」
「メイドの姐ちゃん、ウチの店で稼いでみねぇか?」
堅気相手にやりたい放題のウェスだったが、突然、手にしたグラスを落とし目を見開く。
グラスがスローモーションのように床に落ち細かい音を立てて砕ける。
いつの間にカウンターを出たのか、ウェスの横につぼみんがいる。
なんと彼の肋骨と肋骨の間にフォークを突き立てている。
「動かないで!」
「グ、グゲェ?」
「だめ!動脈が切れちゃう」
ウェスの顔色がみるみる蒼ざめて逝く。
でも、もっと蒼ざめてるのはBPとタカシさん、それから…僕だ笑。
でも、真打ちはさらにこの後に控えている。
のっさりとヒョロ長い人影が店に入って来たと思ったら、つぼみんの肩をチョンチョンとつつく。
「お嬢、なんてコトしてルンです。コレじゃあウチらの出番はありませんや」
「虎吉!アンタ、遅いのょ」
「すみません、地回りを銭湯に逝かせてたもんで」
おおっ!虎吉さんだ!
トレードマークのジャケットにチノパンという往年のみゆき族スタイル。
彼は若頭ってのをやっていて、そっちの世界の僕の数少ない(実は唯一の)友人。
そして、つぼみんは…実はその世界を仕切ってる連合会長の孫娘なんだ。
果たして、虎吉さんはミユリさんや僕に爽やかな笑顔を見せるや、一転、ウェスの方を向き直り、凄まじい殺気を放つ。
「お前さん、何をしたのかは知らんが…ん?ウェスか?」
「とっ、虎の旦那!旦那のシマとは露知らず!」
「おいおい。この街でお嬢の機嫌を損ねないでくれょ」
どうやら、何処も業界は狭いらしくて2人は知り合いのようだ。
どうしますか、という感じで虎吉さんが振り返るけど、知らないわ、という顔のつぼみん。
虎吉さんは大きく溜息をつき、ウェスの耳元で二言三言囁く。
するとウェスは、激しく頷き律儀に支払いを済ませると、そそくさと店を出て逝く。
虎吉さんが逝う。
「昔から神田界隈で風俗とかやってた連中の1人ですが。奴さんが何か?」
「蔵前橋通りで洗体を始めたのょ」
「彼処で?よく風営の許可が…あ、それでか」
合点が逝ったという感じの虎吉さん。
つぼみんにせつかれ彼が話すには、ウェスは有名なプレイボーイで、かつては国民的週刊誌に浮名を流したコトもあると逝う。
その時の相手は外神田を地盤とする女性区議。
表の世界の先生を落としたというコトで業界では英雄扱いだったらしい。
「その区議の口利きで風営法の許可が出たと逝うの?」
「さぁて。ソレばっかしはどうもねぇ」
「虎吉!その先生の名前!」
有無を逝わせぬつぼみんの口調。
虎吉さんが天を仰ぐ。
第4章 彼は国際環境テロリスト
翌日の〝アキバ戦隊ヲタレンジャー〟前。
デモ隊が集まる昼過ぎを狙い僕はミユリさんと出掛ける(勝手につぼみんもついてくる笑)。
BPは未だだったが、タカシさんが僕達に気づき陽気にハンドサインを飛ばして来る。
僕もサインを返さなきゃとは思うんだけど、どうしても表情がぎこちなくなってしまう。
空気を読んだタカシさんが、不審そうな顔をする。
「やぁ。あれから例の女性区議さんとは会えましたか?」
「幸いミユリさんにツテがあって」
「ええっ?ミユリさんって区議会にもツテがあるんですか?すげぇ」
タカシさんは驚くが、実際は区議ではなく区議の親分の方に通じるツテなのだ。
なんと区議は、例の腐女子を地盤に当選した衆議の舎弟(舎妹?)という巡り合わせ。
すっかりミユリさんと意気投合している衆議は傘下の区議に自ら電話をしてくれる。
お陰様で僕達は立派な議会応接室で区議本人から裏も含め重要な情報をゲットする。
「やはりヲタレンジャーは女性区議の口利きで風営法の許可を得ていたのですね?!」
「ソレは確認出来なかった。でも区議の口利きくらいじゃ許可は出ないみたいだょ」
「そんなコトはありません!絶対に情実が絡んでいるハズです!」
タカシさんはいきり立つが事実は逆。
ウェスと区議の仲はスキャンダルになった時点で完全に終わってて今は憎しみ合う仲。
情実どころか、話を聞いた区議自身がその場で地図を持ち出し店と小学校との距離を測り(51mだった)地団駄を踏んでたくらいだ。
「そんなコトよりBPには妹さんがいるんだってね」
「ええっ?そんなコト、猫耳、じゃなかった初耳ですけど?」
「いや、ちょっとね。その区議さんから聞いたんだけど…」
僕が切り出すと、デモの準備を始めていた洗体ヲタク達も手を止め、猫耳、じゃなかった聞き耳を立てる。
潮目が変わるシーンだ。
ここは一気に畳み掛けよう。
「妹さんはプリンって逝うらしいょ」
「ええっ?!プリンとならヲレ、プレイしたコトがあるぞ?!」
「マジ?プリンってBPの妹だったの?!」
何人かの洗体ヲタクが驚きの声をあげる。
プリンさんは、元ヲタレンジャー(の従業員)で得意技は「添い寝」だったらしい。
つまるトコロ、BPは妹が秋葉原で風俗嬢(実際は添い寝しかしてないのだが)となり日夜ヲタクの慰み者になっているという妄想に取り憑かれていたようだ。
ソレが嵩じて店を出たヲタクを追跡しては筋肉ヲタクを使って闇討ちにしたり、風俗反対のデモを仕掛けたりしていたのだ。
しかし…「添い寝」って技なのか?笑
「ハメられた!てっきりBPは洗体ヲタクを導く女神だと思ってたのに!」
「甘い!そもそもヲタクを導く神なんているハズないでしょ」
「なんてコトだ!ヲレはヲレをボコった女を崇めていたのか?デモまでして?」
真相を知った洗体ヲタク達が口々に天を仰いでは嘆く。
中でも今回の火元?のタカシさんの落胆ぶりは目を覆うばかりだ。
僕は、かける言葉もなく黙って彼の肩に手を置く…と、次の瞬間!
ぱーん!
通りに乾いた破裂音が響き渡り、またまた爆風で店のドアが吹き飛ぶ!
しかし、よく吹き飛ぶドアだが、今回は爆発の規模がかなり小さいようだ。
それでも、僕はまた店の中からコスプレ洗体嬢が出て来たら素敵…じゃなかった介抱をしなくちゃと両手を広げて待つ。
ところが、今回、激しく咳き込みながら僕の胸に飛び込んで来たのは…なんとウェス。
やや?猫耳(型のカチューシャ)つけてるんですけど、コレは彼の趣味?
「あれ?ココは何処だ?ヲレは一体何をしてルンだろう?」
「ウェス、どうしたんだ?一応しっかりしろ!」
「動くな!警視庁公安部外事第3課だ!」
何処に隠れていたのか背広姿の捜査員?数名が壊れたドアを蹴破り店内へ突入する。
ええっ?!何、この人達?風俗一斉取締り?
店内で誰かが暴れる激しい物音がしたが、やがて静かになって捜査員?達が出て来る。
なんと先頭にいるのはシフォで、彼が摘み出されるシーンを見るのはコレで2度目だ。
今回は、ご丁寧にも手錠をかけられて両腕を捜査員にガッチリ掴まれている。
しかし、それでも彼は必死になり叫ぶコトをやめず、さすがは未来人と少し感心。
「離してくれ!ターミネーターがママンを襲いに逝った!ママンが消去されてしまう!」
「静かにしろアキボマー。ヲタク諸君、捜査協力ありがとう。やっと爆弾魔を逮捕するコトが出来た」
「えっ?アキボマー?あのニュースでやってる?」
アキボマーは国際環境テロリストだ。
その(悪)名は世界中に鳴り響いている。
先月はブエノスアイレスで開かれた国連主催による初の地球寒冷化対策国際会議CUP-1の会場で爆弾を爆発させ開会を阻止したばかり。
しかし、その存在は秘密のベールに包まれて誰もその素顔を知る者はいない。
そのアキボマーの真の素顔が今…実はこんな(間抜けな)顔だったとは。
もう少し冷徹な感じが欲しいトコロだ。
しかし、そんな僕の気持ちを慮るハズもなく今や半狂乱のシフォが叫ぶ。
「テリィ大統領!ターミネーターがウェスからママンの住所を聞き出した!ターミネーターを止めてくれ!」
「ええっ?どうやって聞き出したの?」
「記憶探知機だ!ウェスの記憶を探り当て聞き出してから消去したんだ!」
なんか大変なコトになってるようだが、イマイチなにがなんだかよくワカラナイ。
そうこうする内にシフォもウェスも背広姿の男達が黒いSUVに押し込んで何処かへ連れ去る。
後に残された僕達はただただ呆然とするばかりだ。
ところが、この時、つぼみんが不思議なつぶやきを始める。
「ミチルは須田町ストアにある東京地下鉄道の万世橋変電所。キーコードは8823」
「え?つぼみん、突然どうしたんだ?ミチルって誰だょ?」
「それより貴女、頭に何をつけてるの?」
ミユリさんが指差すつぼみんは、いつの間にやら猫耳をつけている。
あれ?その猫耳、さっきウェスがつけてた奴じゃないの?
「だってカワイイんですもの。つい」
「その猫耳がシフォの逝ってた記憶ナンタラ装置なのかしら?」
「ええっ?猫耳が?そんなバカな!でもだとするとその変電所は…」
ターミネーターとやらが聞き出したシフォのママンの居場所かもしれない。
そして、ママンの本名は…ミチル?
「あら?ミユリ姉様、ココは何処?私、どうしたのかしら?」
「えっ?今度は記憶が消えたの?つぼみん、大丈夫?ミチルさんの住所、逝える?」
「ミチルさんってどなた?あぁ!ミユリ姉様、私、何も思い出せない!」
つぼみんは僕達とヲタレンジャーに来てからの記憶をアッサリなくしてしまったようだ。
猫耳は探り出した記憶を誰かに逆流させたり直前の記憶を消したりするみたいだ。
しかし、コレで僕達がとりあえず逝くべき場所は決まる。
過去30分ぐらいの記憶を消され?呆然とするつぼみんを残して、僕とミユリさんは走る!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「須田町ストア」は東京メトロ神田駅に直結する日本最古の地下商店街として知られる。
今は天井の低い単なる地下通路になってしまったのだが、件の地下変電所はソコにある。
「ややっ?遅かったか!」
「変電設備」というサインが出てる何気ない地下通路に面した鉄扉が開いている。
ミユリさんと飛び込むと中にもう1つ鉄扉があって今度はテンキー付きの電子錠。
「海底人ハヤブサ(8823)と…」
つぼみんが呟いたコードを入力するとカチッと音がして、どうやら解錠したようだ。
中ではターミネーター(誰だょ?)が待ち受けてるかもしれないが勢いキープで突入!
「ミチルさーん!」
これまた誰だか全然わかってない女子の名を大声で叫びながら踏み込む!
中は薄暗く案外狭いが真ん中に変圧器?があって裏から女子同士の争う声がする。
「助けて!私はココ!」
「お前を消去する!」
「おや?貴女は…BP?!」
すると、変圧器の陰から女子2名が掴み合いながら転がり出てくる。
1人はネカフェ難民みたいな妙に生活感のない女子だけど、もう1人は…
なんとBPだ!
右手にレンチみたいなモノを持ち、その先をなんとかミチルさん?に向けようとする。
一方、ミチルさん?は何とか向けさせまいと必死だがBPにジリジリ追い込まれている。
「ミチルさん、あぶない!」
なんとミユリさんが飛び出しポシェットから出したスタンガンをBPに押し付ける!
その瞬間、激しく火花が飛び散って弾かれたようにミユリさんの身体が吹き飛ぶ!
同時に気を失ったミチルさん?を投げ捨てたBPがミユリさんの方を向く!
壁に全身を打ち苦しげにうめくミユリさんにレンチ?の先を向ける!
おおっ!恐らくミユリさんの絶対的ピンチ!
僕は、もう無我夢中で何か大声で叫びながらミユリさんの上に身を投げる!
次の瞬間、BPのレンチ?の先で光が爆発し青い稲妻がジグザグに僕の方へと伸びる!
おおっ!殺人光線的な?もうダメだ…
僕はギュッと目を瞑って人生最期へのカウントダウン、1, 2, 3…(あ、逆だ笑)
でも、何事も起こらない?恐る恐る目を開けると目の前に…
ややっ?シフォ?
「テリィ大統領、ありがとう。貴方は私が21世紀ポリスをまく時間を稼いでくれた」
「シフォ?シフォなのか?」
「私です、大統領。ママンは救われた。貴方と…そしてミユリさんに」
見ると床にさっきまでBPが着ていた黒Tに黒ジーンズが人型に脱ぎ捨ててある。
思わず周囲を見回してBPの姿(全裸を期待←)を探したが(残念ながら)人影はない。
「新兵器の光分解グレネードが役に立ちました。ターミネーターは光子に分解され、この鏡の中です、大統領」
「えっ?光分解?BPは鏡の中ってソレ、白雪姫かなんかのパクリ?そもそもシフォ、君は一体何処から現れたんだ?」
「だから24世紀から来たと申し上げたでしょう?では、おやすみなさい。大統領」
未だ意識が朦朧としている僕に、シフォは優しく微笑んで、そっと猫耳をつける。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あの不思議な出来事のあった日から幾日か過ぎた、ある夜のメイドバー。
例によって、未だオープンしたばかりなので客は僕だけだ。
「シフォ、すっかり姿を消したね」
「シフォ?あぁ、あのおかしな機械を背負った人のコト?」
「そうそう。お店いっぱいに蒸気を噴く変な御主人様でしたょね、ミユリ姉様」
今でもシフォのコトは、思い出したように話題になる。
ただ、その回数は明らかに減って来ているのだけれど。
「でもミユリ姉様、私、あの方と最後にお逢いしたのがいつだったか、どうしても思い出せないの」
「あら、つぼみんも?実は私もよく覚えてないのょ。テリィ様は?」
「うーん、やっぱり思い出せない…というか恐らく脳が忘れたがってるみたい、なんちゃって」
しかし、全員が揃いも揃って不思議なコトもあるものだ。
なにか大事なコトを忘れてる気もするが、やはり思い出せない。
僕達は、なんとなくバツが悪くなり、思わず顔を見合わせたりしたが、明らかに変わったコトもあるので僕は話題にしてみる。
「ミユリさん、僕に『勝負角』を見せなくなったょね、最近」
「え?そうですか?そ、そうかな…」
「そうそう!ミユリ姉様はテリィ御主人様の前だとヤタラ自然体ですっ!」
あ、「勝負角」というのはミユリさんが自分を1番可愛く見せたいと思う時に決める角度で概ね相手に対し斜め45°くらいで身体を傾ける。
なにしろ、最強にカワイく見えるので僕も何度もその恩恵?にあずかっている。
ところが、ソレが最近パッタリないので、実は僕は内心気にしていたトコロだ。
「わぁ!もしかしてミユリ姉様、御主人様と倦怠期!」
「こら、つぼみん!そんなんじゃ…」
「おぉ、釣った御主人様に餌は要らないってコトか!」
僕とつぼみんが勝手に盛り上がりミユリさんを冷やかすという珍しいパターン。
さらに、珍しいコトにはミユリさんが頬を上気させてポソっと逝うではないか。
「だって私、守られているって気がするのです、テリィ様に」
「えええええっ!」×2人分(僕&つぼみん)←
「私はテリィ様に守られている…私がメイドとしてお仕えする限り」
ミユリさんは、伏し目がちながら、ヤタラと自信ありげだ。
でも、ソレは残念ではあるが彼女の買い被りだと思うんだ。
僕が、身を挺して彼女の危機を救う?
うーん到底無理だょ全く自信ないし。
やっぱりわからないな。
その時になってみないとさ。
おしまい
今回は国際環境テロリストを装う未来人、市民運動家を装うヲタサー姫なターミネーターなどのSF系のキャスト、彼等が探し求めるアキバの洗体嬢や店長などのソフト風俗系のキャストが登場しました。
秋葉原を舞台とする青春群像劇が基本ですが、ソフト風俗界にも裾野を広げ、SF的な要素も追加して世界観?を広げてみました。
秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。




