『退廃の街へようこそ』(6)
『退廃の街へようこそ』(6)です。楽しんで頂けたら幸いです。
「……は?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
「ですから、私と一緒に生きてくださいと言ったんです」
ぼくは信じられないものを見たような心地だった。
「……なんでぼくと一緒に生きたいの? あんた、死にたいんだろ」
死にたがりの少女がなぜそんなことを言い出したのか、全く分からなかった。
「決まってます。お兄さんと生きたい理由を見つけたからです」
きっぱりとした物言いだった。
「それが私の答えです。聞いてくれますか?」
「……」
ぼくは数秒だけ黙っていた。それでかなり混乱は落ち着いた。
その後、ぼくは少女に言った。
「言いたいなら言えば?」
「えっ」
すると今度は少女のほうが目を丸くし驚いた。
「何?」
「いえ、てっきり『嫌だよ、めんどくさい』と言われるかと思ってましたから」
拍子抜けしたということらしい。ぼくはため息をついた。
「遮るのがめんどくさいだけ。……いいから話せば」
ぼくは少女を促した。いや、急かしたと言ったほうが正しいかもしれない。
確かにめんどくさかったのもあるけど、興味もあったのだ。少女が出した『答え』に。
「……分かりました」
納得しかねるような様子ではあったものの、とりあえず少女は話し始めた。
「街の皆さんには『生きろ』って言われました。『それが普通だ』って。でも、私は生きたいと思えません。死にたいんです」
生に執着する者からすれば、異常な欲望だった。だけど少女にとっては切なる願いだったのだ。
「でも死に切れなくて、こうして生きてきました。生きてるのが罪だとも恥だと思いません。
それでも……生きていても意味がないんです」
「死にたいから?」
少女は『それもあります』と言って頷いた。
「でも、一番は生きたいと思うほど、生きているのに意味を見い出せないからなんです」
「……どういう意味?」
「そのままの意味です」
それ以上言いようがない様子だった。
「だから、お兄さんが必要なんです」
少女はぼくのほうを見て言った。
「お兄さんといると、なんだか生きる意味を掴めそうな気がするんです」
「……ぼくといると?」
「はい。ですから、私が生きる意味を見つけるまで、一緒に生きてくれませんか?」
ぼくはその言葉に対し、こう切り返した。
「もし見つからなかったらどうするのさ」
「あ」
少女は今その可能性に気付いたらしい。
「考えてなかったの?」
「はい。でも……大丈夫だと思いますよ」
自信にあふれた表情だった。その自信はどこから来るのかと思い、
「何が大丈夫なの?」
「なんとなくです。それにたとえ見つからなかったとしても――」
少女はにっこりと笑った。
「お兄さんといると生きてる実感がありますから」
その答えにぼくは目を見開いて、ぽかんとした。
「ぼくといると?」
「はい。少なくとも『死にたい』って思うのが薄らぐ感じがしますから」
――どこまでも自分本位だな、この少女は。
ぼくはため息をついた後、自力で立ち上がった。すると、少女が息を呑んだ。
「お兄さんが自発的に動くなんて……」
「失礼だな。……で?」
「はい?」
「『はい?』じゃなくて、どこ行くの」
少女は目を瞬かせた。
「もしかして……一緒に生きてくれるんですか?」
「もしかしなくてもだけど」
答えると、少女が突然背伸びをして、ぼくの額に触れてきた。
「……何」
「熱はないかと思いまして」
「あるわけないだろ」
「ですね」
ぼくの額から少女の手は離れていったが、少女本人はじっとぼくを見つめてくる。
「何?」
「何じゃありませんよ。お兄さんこそどうしたんですか。てっきりまた、めんどくさがって断るかと思っていたのに」
「そんなこと言ったって、どうせあんた、ぼくに付きまとうんだろ」
少女はムッとした様子で、ぼくに言い返してきた。
「人聞きの悪いこと言わないでください。それじゃあ、ただのストーカーじゃないですか」
「人聞きも何もここには、ぼくとあんたしかいないだろ」
「……」
じっとした目で睨みつけてくる少女に、ぼくはため息をついた。
「あんたにぼくの周りをうろうろされるほうがめんどくさい。だったら、一緒にいたほうがいい。そのほうがめんどくさくないし」
「それだけですか? なんか引っかかります」
疑わしげに見てくる少女が段々うっとうしくなってきて、
「寝る」
少女が慌てた様子でぼくの腕を引っ張った。
「寝てないで、どこか行きましょうよ!」
「だから、どこに」
聞けば、少女は首を傾げながら、
「どこかです」
ぼくは呆れた。
「決めてないの?」
「はい」
「『生きたがりの街』は?」
「行きません」
きっぱりとした物言いだった。
「あそこにいても、生きてる意味なんて見つかりませんよ」
生きる意味なんてどうでもいいくらい、生きていることに誇りを持っている人たちが住んでいる街だから。
「それよりもあちこち旅をしてみたほうが何かヒントを見つけられそうですし」
「めんどくさい」
「ほら、行きましょう。お兄さん。善は急げです」
ぼくにとっては善ではなく悪だ。それでもぼくは渋々ながらも、少女と一緒に歩き出した。
「はぁ。めんどくさい」
そんなぼくの様子をしげしげと観察してくる少女。
「本当に何があったんですか?」
何も答えないでいると、少女が突然声を上げた。
「私決めました!」
「何を」
「生きる意味が見つかるまでに、お兄さんを変えたものを当ててみせます!」
決意に輝く目を見ているだけで、気力を奪われてしまいそうになる。
「では、早速お話ししましょう」
少女は歩きながら、何事か話し始めた。
ぼくは適当に相槌を打ちながら、さっきの少女の質問を思い出す。
『それだけですか?』
少女に付きまとわれるのはめんどくさい。少女と別れてから、めんどくさいことを一切ぜずにぼんやりと過ごそうとした。
それが退屈で退屈で――つまらなかった。
前は退屈のほうがよかった。なのに、今はめんどくさいほうが楽だった。
めんどくさければ、つまらないなんてことはないから。
ぼくはふと隣にいる少女に顔を向けた。すると、視線に気付いた少女が首を傾げながら、
「なんですか、お兄さん」
「別に。ただ……」
ぼくは少女のほうを見ながら、
「めんどくさいなって思っただけ」
笑って、そう言った。(了)




