『退廃の街へようこそ』(4)
『退廃の街へようこそ』(4)です。楽しんで頂けたら幸いです。
「着きましたよ、お兄さん」
少女はくるりと振り返った。
「ここが、『いきたがりの街』です」
――賑やかな街。それが、ぼくの第一印象だった。
すると、少女がぼくの手を握りながら、
「まずはこっちです。ついてきてください」
連れて行かれるがまま、ぼくは少女について行った。
『退廃の街』ほどの広さはないけど、とにかく人が多かった。
住民だけでなく、旅人の装いをしている者も少なくなかった。
追いかけっこでもしているのだろうか。ときどき、子供が笑い声を響かせながら、ぼくの横を通り過ぎていく。
「……お兄さん? 聞いていますか?」
我に返ると、少女がぼくの顔を覗き込んでいたのに気が付いた。
「……聞いていなかった」
「全く、お兄さんは……」
あきれたと言わんばかりに、少女はため息を吐いた。
「人の話ぐらい、ちゃんと聞いてください」
「あんたにだけは言われたくない」
「いいですか、お兄さん。あそこはですね――」
またしても、ぼくの話なんか無視して、少女が案内を再開しようとした。そのときだった。
「……あれ? 嬢ちゃんじゃねえか!」
一瞬、少女の肩が跳ねたように見えた。
しかし、すぐに少女は笑顔を浮かべて、声の主の方へと振り返った。
「こんにちは、おじさん。久しぶりですね」
「戻ってきたなら声かけてきてくれよ、寂しいじゃねぇか」
「すみません、さっき戻ってきたばっかりだったんです」
「そうなのか? それはすまなかったな」
「いえ、それでは。私はこれで」
「おう、また後でうちの店に寄ってくれ」
「はい、ぜひ」
そんな会話を経た後も、少女に話しかけてくる住民が何人かいた。
中には、ぼくが少女の連れだと知ると、
「この子のこと、よろしくな」
などと言って、背中を叩いてくることもあった。正直、むせた。
少女に向ける住民の態度や言葉はどれも優しいものだった。
だけど、ぼくの目にはそれが腫れ物に触るようなものに映ってみえた。
※ ※ ※
「……あのさ」
「はい?」
「なんでぼくたち、墓地なんかに来てるの」
そう、ぼくと少女は今なぜか墓地にいた。街の喧騒が嘘だったかのように、墓地はしんと静まり返っていた。
「決まってるじゃないですか」
少女は当然とばかりに言った。
「ここなら誰も来ません」
「はぁ……」
「なので、話をするなら、ここがぴったりな場所だと思ったんです」
別の意味で会話には不似合いな場所だと思うのは、ぼくの気のせいだろうか。
「それはそうとお兄さん」
「……何?」
「私に何か、聞きたいことがあるんじゃないですか?」
どうやら本題に入るらしい。もしかしたらそのためにここを選んだのかもしれない。
ぼくは軽く息をついてから、口を開いた。
「前にさ、あんた、『行けば分かる』って言ったの覚えてる?」
「覚えてますよ」
「あれってさ、この街にあんたと同じ死にだがりはいないっていう意味だったの?」
「……はい、そうですよ。お兄さん」
こくりと頷いた後、少女は姿勢を正した。
「改めまして私の街を紹介します」
不意にあの看板のことを思い出した。看板に書かれていた街の名前。それは――
「ここは『生きたがりの街』。生きている人が生きたいように生きている街なんです」
※ ※ ※
――『生きたがりの街』は、生きるために必要なものが大抵なんでも揃っている街だった。
――この街にいれば、生きることに困ったり苦しんだりすることはない。
そんな噂が流れるほどだった。
実際、旅人がこの街に流れ着いて、永住するなんて話も少なくなかった。
「……この街にいる人たちは皆さん、生きることに誇りを持って生きています」
「それは見てれば、なんとなく分かるけど」
「けど、私は違います」
この街の出身であるはずの少女がはっきりと口にした。
「私は、死にたいんです」
たった一言だとしてもそれが本気であることは伝わってくる。
「悩みがあるわけじゃありません。ただ、皆さんが生きたいと思ってるのと同じように、私も死にたいと思ってるだけなんです」
「……どういう意味?」
ぼくは少女に聞き返した。そういえば、前にも似たようなやりとりをしたことがあった。
『理由なんかいるんですか?』
今思えば、はぐらかしたと取られそうな切り返し方だった。
「言葉にするのは難しいんですが、そうですね……」
少女は首を傾げた後、おかしなことを聞いてきた。
「お兄さん。突然ですが、人は生まれたときから生きたいと思ってますよね?」
「……そうじゃないの」
人に限った話ではない。生き物ならば当然あるべき本能だと言える。
ぼくの答えに対し、少女は言った。
「私の場合は逆です」
「……逆?」
「はい、逆です。私は本能的に死を求めているだけなんです」
「は……?」
――生き物は生きるためにどうすればいいのか、本能的に知っている。
だが、少女は違う。
「私は昔から死ぬためにはどうすればいいのか、本能的に知っている感じでした」
「……そんなこと、ありえるの?」
大げさに言えば、生き物としての根本を崩しかねなかった。
「ありえるからこそ、私がいるんじゃないですか?」
肯定も否定もできなかった。そのとき、ぼくはあることに気がついた。
「じゃあ、なんであんた、生きてるの?」
「まさにそれです」
「どれだよ」
「今までも何度か死のうとしたんですけど、死に切れなくて……」
少女はつらそうな表情を浮かべていた。
「どうして死に切れないのか。私なりに考えたんです。……きっと一人では心細いから。だから……」
少女は外し気味だった視線を、再びぼくに向けてきた。
「だから、私は一緒に死んでくれる人が捜すために、街を出たんです。それで――お兄さんを見つけました」
少女はそのまま、ぼくに頭を下げた。
「だから、お願いします。私と一緒に死んでください」
何度目か知れない少女の願いを、ぼくは――
「やだよ」
拒絶した。
※ ※ ※
「な、なんでですか!?」
少女は勢いよく顔を上げ、ぼくに詰め寄った。
「なんでそんなに嫌なんですか? まさか、めんどくさいから――」
「じゃあ聞くけど、あんたがぼくを選んだ理由って何?」
「え」
予想外な質問だったのだろう。けど、ぼくからすれば当然の疑問と言えた。
「さっきから聞いてたけど、どこにもぼくじゃなきゃいけない理由はなかった」
「それは……」
何か言いかけたが、結局口ごもってしまった。
「理由がないなら、他の奴に頼めばいいだろ」
「……」
何を言えばいいのか。どうすれば、ぼくを説得できるのか。必死で考えているのだろう。
少女はしばらくの間何も言わず、ただ黙り込んでいた。
「――分かりました」
そして、少女が再び顔を上げたとき。その目には決意の色が宿っていた。
「別れましょう、お兄さん」
「……は?」
思わず間抜けな声が出た。
「別れている間に適当な理由を考えておきます。なので、いったん別れましょう」
おかしな言い分ではあったけど、ぼくからすれば願ってもない申し出だった。
「ぼくは別に構わないけど」
「ありがとうございます!」
少女は嬉しそうに笑って、ぼくにお礼を言った。
※ ※ ※
別れるのは『生きたがりの街』を出た後になった。
「心配されちゃいますからね」
過去に一度、少女が死のうとした光景を、住民に見られたことがあったらしい。
そのときには少女の両親はすでに亡くなっていた。
だからこそ少女の死への欲求は親がいない『寂しさ』から来るものだと誤解された。
ぼくと街を出る際も、住民たちは少女に次々と声をかけてくる。
少女は絶えず笑顔を浮かべたまま、『ありがとうございます』、『行ってきます』と答えていた。
※ ※ ※
「……では、早速別れましょうか!」
街を出た直後、少女はぼくに向かって言った。
「待っていてくださいね、お兄さん。絶対に答えを見つけますから!」
「はぁ……」
ぼくとしては別れたままでいいのだけど。
「それではお兄さん、お元気で!」
お辞儀をぺこりとした後、少女はあっという間にどこかに行ってしまった。
「……」
嵐が去ったと、ぼくはほっとしていた。
ようやくめんどくさいことから解放されると、安心していたのだ。




