『退廃の街へようこそ』(3)
『退廃の街へようこそ』(3)です。楽しんで頂けたら幸いです。
日が暮れ始めると、少女はたき火をせっせと熾し始めた。
「夜は特に冷えますからねー」
「ふーん」
ぼくは少女の姿を眺めながら、ふと思ったことを口にした。
「あんた、死にたいんだよな?」
「……? そうですよ。それがどうかしたんですか?」
当たり前のように頷く少女に、ぼくは言った。
「なんで死にたいの?」
「理由なんかいるんですか?」
思わぬ切り返しに、ぼくはとっさに答えることができなかった。
すると少女は何を思ったのか、たき火を見つめながら話を続けた。
「私、物心ついた頃から死にたいって思っていたんです」
「よく死ななかったな」
「死に切れませんでしたからね。……だから、こうして生きてるわけですけど」
どこか悲しそうな目をしていたかと思えば、少女はぼくに顔を向けてきた。
「なので、一緒に死んでくれる人を見つけようと思ったんです」
少女の目に期待が宿る。
「それでどうですか? 少しはその気になってくれましたか?」
「全く」
きっぱりと否定しておいた。
「そうですか……。でも、安心してください! 私、諦めませんから!」
何を安心しろというのだろうか。ぼくにはさっぱり分からなかった。
ぼくはため息を吐きながら、げんなりとした声で言った。
「……あんたの街って皆そうなの?」
「え?」
「だから、あんたの街って、あんたみたいな死にたがりばっかりだったのかって聞いてるんだけど……」
ぼくはようやく気が付いた。少女が何故か目を見開いて、ぼくのことをじっと凝視していたのだ。
今まで見たことがない反応だった。
「な、何……?」
「……もしかしてお兄さん。私の街のこと、知らないんですか?」
「……そうだけど」
無機質な声に戸惑いながらも、ぼくは頷いた。
この街では他の街の情報なんかほとんど入ってこない。『享受の街』だった頃は現状に満足し、他の街に目を向ける者が極端に少なかったからだ。『退廃の街』になって以降は尚更な話だった。
言えば言うほど、ますます少女の動揺が大きくなっていくのが伝わってきた。
「あのさ……」
「――分かりました」
「は?」
声をかけようとした矢先。少女が突然ぽつりと呟いたかと思ったら、
「今度は私がお兄さんを『いきたがりの街』に案内します!」
思わず顔が引きつった。
「……あんたが街のこと、説明すればいいだけの話だろ?」
「いいえ、お兄さんがせっかくこの街を案内してくれたんです。なら、今度は私の番です」
ぼくとしては珍しく真っ当な意見を言ったつもりだった。だが、生憎と少女の心には届かなかった。
「大丈夫ですよ、お兄さん。朝早く起きて早めに出れば、明後日までには街に着くはずですから」
全然大丈夫なんかじゃない。むしろ悪夢そのものだ。そう思いつつも、少女の暴走を止めることができず、ぼくはため息をつくしかなかった。
※ ※ ※
翌朝、ぼくと少女は『退廃の街』を後にし、『いきたがりの街』に向けて出発した。
が、少女の言う通りその日のうちに着くことはなかった。
夕方になると、適当な場所で野宿した。
その間、ぼくはことあるごとに少女に尋ねた。
「結局『いきたがりの街』ってどんなところなの?」
その質問を繰り返す度。
「行けば分かります」
などと言って、詳しくは教えてくれなかった。
※ ※ ※
二日目になり、ぼくのほうはそろそろ体力の限界だった。
だけど、休憩しようとする度に、少女がぼくを叱ってきた。
「全くお兄さんは……。何回休めば気が済むんですか」
「ずっと歩いてたら疲れるし、休みたくなるのが普通」
むしろ、今もけろりとしている少女のほうがおかしいのだ。
「お兄さんに普通は似合いません」
ひどい言われようだった。
「ほら、早くしないと明日も歩くことになりますよ。それでもいいんですか?」
よくなかった。ぼくは渋々立ち上がり、少女と一緒に歩き出した。
しばらく歩いていると、少女が突然「あ!」と声を上げた。
「お兄さん、見てください! あれ!」
少女が指差した先には大木があった。
しかも大木の枝には看板らしきものがぶら下げられているのが見えた。
「行きましょう、お兄さん!」
ぼくの返事を待つことなく、少女はぼくの腕を掴んで大木へと向かって行った。
※ ※ ※
「これが、『いきたがりの街』の看板……?」
「はい、そうですよ」
ぼくはまじまじとそれを眺めた。確かに看板には街の名前や地図まで書かれていた。
「だけど、これって……」
思わず少女を見るものの、少女はそれ以上何も触れようとはしなかった。
「……行きましょう、お兄さん。街は、もうすぐです」
歩き出す少女について行こうとした直前。ぼくはもう一度だけ看板を盗み見た。
『行けば分かります』
あの言葉の意味がなんとなく分かった気がした。




