退廃の街へようこそ(1)
ぺんぎんです。楽しんで頂けたら幸いです。
「あのー起きてくださーい?」
声が聞こえてきた。けど、ぼくは眠っていた。どうせすぐ諦めるだろうと思っていたからだ。
が、予想に反して声は、ぼくを起こそうと呼びかけてくる。
「生きてることは分かってるんですからね」
「自己紹介ぐらいさせてくださいよ」
「さては私をからかって楽しんでいるんですか? そういうの悪趣味って言うんですよ」
文句や説教だけでなく、次第にぼくが眠る『カプセル』まで叩き始める始末。
「……」
正直起きたくなかったが、これ以上この『騒音』に付き合うのもめんどくさかった。
だからぼくはカプセルの蓋を開けて、起き上がった。
直後、ゴツンと鈍い音がした。
「痛いじゃないですか!」
見れば、半ば涙目で睨み付けてくる少女の姿があった。どうやら蓋を開けた拍子に頭をぶつけてしまったらしい。が、ぼくにとってはどうでもいいことだった。
「あんた、誰?」
「……私ですか? 私は『いきたがりの街』から来た者です」
体勢を整えた少女はぼくをまっすぐに見つめながら、
「お兄さん、私と一緒に死んでください」
「――は?」
今、なんて言った?
「ですから、私と一緒に死んでくださいと――」
「やだよ」
即座に断り、ぼくが再び『カプセル』の中に入ろうとした直前。
少女がすかさずガシッと蓋を掴んできた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
「……何?」
「ここって『退廃の街』で合ってますよね?」
「はぁ?」
ぼくは素っ頓狂な声を上げた。今更何を言っているのだろうか、この少女は。
「そうだけど」
というか、ここが『退廃の街』でなくて何なのだろうか。
すると、少女はぼくの答えを聞いて安心したのか、ほっと胸を撫でおろした。
「よかったです。看板も何もないし、話を聞こうにも皆さん――って、無視して寝ようとしないでくださいよ!」
油断している隙に『カプセル』の中に入ろうとしたものの、惜しくもそれは阻まれてしまった。
少女がぼくの腕を引っ張ってくる。
「寝るんでしたら、一緒に死んでくださいよ!」
「やだよ、めんどくさい」
「寝るんでしたら、死んでもいいじゃないですか!」
一理あるとは思った。とはいえ、死のうとすること自体がめんどくさかった。
少女の誘いを断る理由はなかったが、死ぬ理由も特になかった。
「――分かりました」
少女の手がぼくの腕からゆっくりと離れていった。ようやく諦めたかと思い、ほっとしていると、
「私、お兄さんを説得してみせます!」
とんでもないことを言い出した。
「お兄さんが私と一緒に死んでくれるように、私、とことんまでお兄さんを説得してみせます!」
これには、さすがのぼくもぎょっとした。
「ちょっ……!」
こんなわけの分からない少女に付きまとわれるなんて、冗談じゃない。
慌てて止めようとした矢先。視界がグニャリと歪んだ。
「う……」
「お兄さん?」
そのまま、ぼくは倒れてしまった。
※ ※ ※
『退廃の街』とは、ぼくが住んでいる街の呼び名である。
ここに住んでいる者は皆、めんどくさがり屋ばかりだった。
生きるために必要なことさえ放棄し、ぼくらは眠りを欲した。
特別好きというわけでもなかった。
――何もしなくてもかまわないから。
そんな理由からだった。
けど、目覚めてしまっては何の意味もない。だから、カプセルが造られた。
どういう構造をしているのか。よく分からなかったけど、とりあえず中に入れば、半永久的に仮死状態でいることができるらしい。そして、期限を過ぎれば、そのまま死ぬ仕組みになっていた。
ぼくら住民は次々とカプセルの中に入っていった。
ようやくめんどくさいことをせずにすむと思いながら――。
※ ※ ※
なのに、なぜぼくは起きているのだろうか。
「お兄さん、大丈夫ですか? 全くだめですよ、寝てばっかりいたら」
そして、なぜぼくは説教されているのだろうか。
どうやらぼくは気を失っていたらしい。いつの間にかカプセルの外にいて、辺りはもう真っ暗だった。
「大変だったんですよ? お兄さんをここまで運んでくるの」
倒れたぼくを一旦カプセルの中から出して、引き摺るようにして木陰があるところまで運んだ。
たき火で暖を取りながら、少女はそう説明した。
説明を受けている最中、自力で起き上がったものの、まだ頭がくらくらとしていた。
そんなぼくに対し、少女がおもむろに何かを差し出してきた。
水とパンだった。
「食べてください」
「めんどくさ――」
「食べてください」
少女のわけの分からない迫力に押されるがまま、ぼくは水を飲み、パンを口に運んだ。
途端、ぼくは渇きと空腹に後押しされる形で、水を飲み干し、パンをがつがつと食べた。
そのせいでむせるぼくに、少女は水とパン、両方を渡してきた。
今度は何も言わず、受け取った。ようやく食べ終わったとき。ぼくは無意識にほうっと息をついた。
「全くお兄さんは……」
自分も食事を進めながら、少女は呆れたとばかりにため息をついた。
「日頃から食事をきちんと取っていれば、こんなことにはならなかったはずですよ」
「……余計なお世話」
ぼくはぼそっと呟いた。
「大体あんたこそ、一体何なの? 死にたいとか言ってたけど」
「はい、死にたいですよ」
食べ終わった後、少女はこくりと頷いた。
「私は『いきたがりの街』から来た者です。一緒に死んでくれる人を捜していたら、偶然お兄さんを見つけたんです」
「……ぼくには何の関係もないと思うんだけど」
「はい、関係ありません」
意外な反応が返ってきたと思ったら、
「なので、お兄さんと親睦を深めたいと考えています」
顔を引きつらせるぼくに、少女はにっこりと笑いながら、
「まずは食事です。食事をしたら、少しは打ち解けてくれたんじゃないですか?」
「全く」
「そうですか、喜んでもらえて何よりです」
勝手に事実を捻じ曲げるなと思った。
――このままだと少女のペースに巻き込まれてしまう。
ある種の危機感を覚えたぼくは少女に言った。
「一緒に死んでくれる奴なんて、他にいくらでもいるだろ」
「……? どこにですか?」
首を傾げる少女に、ぼくは若干苛立たしげな声を発した。
「だから、ぼく以外にも眠ってる奴なんて、たくさん――」
「え、無理ですよ」
少女はぼくの言葉を遮った。
「だって、お兄さん以外皆さん、死んでますし」
「は?」
間抜けな声が出た。
「私、お兄さんを見つける前に、他の人のも見て回ったんです。そうしたら……」
「死んでいた、と……?」
「はい」
ぼく以外全員、カプセルの期限が切れたということだろうか。
黙り込むぼくを見て、少女は何かを勘違いしたらしい。
「あ、疑うなら見てみます? 中にはウジ虫が湧いてて気持ち悪いのが……」
「いい、見ない。めんどくさい」
そうだ。ぼくにとって重要なのはそこではない。
「あんたの言い分は分かった。けど、それなら他のところに行けばいいだけじゃないの?」
「いいえ。お兄さんを見つけたんです。なので、お兄さんに決めました」
勝手に決めるな。思わず言いたくなったが、結局めんどくさくなって止めた。
「それにしても……変な人たちですね……」
カプセルがあるであろう方向を見ながら、少女はぽつりと呟いた。
「死ぬまで寝ようとするなんて……」
「あんたにだけは言われたくない」
ぼくはつい少女に言い返した。
「あんた、死にたいんだろ?」
「当たり前じゃないですか」
「だったら、なんで飲み食いなんかしてるの? 必要ないだろ」
死にたいなら、さっさと死ねばいい。なのに、なぜ水や食料を持っているのか。
すると、少女はきょとんとした後、
「別にいいじゃないですか」
「……は?」
「死にたがりだって、お腹すくんですよ? のどだって渇くんですよ? 食べたいときに食べても、飲みたいときに飲んでも別にいいじゃないですか。罰が当たるわけでもないんですから」
ぽかんとするぼくを置いて、少女ははっきりと言い切った。
「生きているときは生きたいように生きるべきなんです」
ぼくにはよく分からない感覚だった。
第一、それが正しいなら、ぼくが寝て過ごしていたところで何の問題もないじゃないか。
そんな風に反論すると、
「お兄さんはなんとなく生きていない気がするんです。だから、ちゃんと生きてください」
真顔で諭された。
「そして、私と一緒に死んでください!」
「……あんた、さっきぼくに『生きろ』って言ってなかったっけ?」
「はい。ですから、ちゃんと生きた後で、私と一緒に死んでください」
頭を抱え込みたくなった。一方、少女はぶつぶつとひとりごとを呟き始めた。
「困りました……。どうしたらお兄さんと親睦を深めることができるんでしょうか……。謎です……」
謎なのはあんたの思考回路のほうだ。
「あ! 思いつきました!」
突然立ち上がったかと思えば、そのまま勢いよく、ぼくのほうへ身を乗り出してきた。
その目はとてもキラキラと輝いていた。……なんだか嫌な予感がした。
「探検しましょう! お兄さん!」
「は?」
「ですから、明日この街を探検するんですよ。そうしたら、親睦だって深まるはずです」
早くも乗り気になっている少女に、ぼくは言った。
「……一人で行けば?」
「いいえ。それだと親睦を深めることができません。何より、私はこの街のことをほとんど知りません。なので、お兄さんに案内してもらいたいんです」
「なんで、ぼくが」
「お兄さん以外いないからですよ」
正論で返されてしまい、ぼくは黙り込むしかなかった。
「明日が楽しみですねー!」
全然楽しみなんかじゃない。明日なんか一生来るな。
心の中で願いながら、ぼくはため息をついた。




