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彼女は困っていた。彼女が、生まれてから、彼此、五百年は経つ。上手くいかないのだ。この世界では。
彼女は生まれてから、幸せな学生時代を過ごせた。厳密に言えば、高校生までである。笑顔に溢れた、在り来たりな生活ではあったが、幸せと呼べる時間ではあった。それに変化が訪れたのは、彼女が、大学生になった頃の話である。
彼女は、恋人に浮気をされた。
彼の方も、「本の出来心だった」と、真剣に謝る。その時、「別れる」か「許す」かの二択から、彼女は、選べば良かったのだ。が、彼女は、それが出来なかったのである。「別れる」か「許す」かに「殺す」という三つ目の答えを持って、そして、「殺す」を選んだのだった。
彼女は、犯罪者となり、当時の法律で適切に裁かれた。それまでは良かった。
世の中が変わり、劇的な技術開発で、人間は肉体と脳を半永久的に生かす技術を開発した。それが適応されたのが、犯罪者であった。終身刑の意味合いの変更、膨大な懲役年数に対応する為でもあるが、未知の星での、増える危険任務の遂行に「使える」というのも一つの答えであった。
無論、犯罪者を長く生かす事へ恐怖心が有るのが当たり前で、反対論も強くあったのだが、犯罪者が危険任務で死ぬのと、真っ当な人間が危険任務で死ぬのとでは、どちらが社会的損失になるのかという議論の末、賛成派が勝ったのだった。
つまり、終身刑になってしまった彼女にも、これが適応されている。故の五百年なのである。
そんな世界にも、犯罪者に対しての配慮はある。社会的な行動で、良き行いをした者へは、死ぬ事が出来る権利が付与されるのだ。だが、人々の共感を一定値、得なければならない。
この世界の人々が、約百パーセント持っている情報端末から、それは行われる。人々は、そこに出てくるID認証ボタンを「共感ボタン」と呼んだ。共感ボタンの前のデータには、過去の犯罪歴、今回の行動、現在の人柄などが、十ページという短い文字列で表示される。それを考慮して、人々はボタンを押す。集団で、「駄目だ」とボタンを押す人も居たが、社会問題には成らなかった。
彼女は、それに苦しんでいた。
何をしても、今の彼女の感覚で「良き行い」に成ら無いのだ。
考えれば簡単である。その当時のまま、彼女が生まれて培ってきた頃の感覚で、物事を判断して貰えないのだから。
真っ当な人間は、死んで入れ替わっている。そして、新しい感覚や新しい善で世界を作る。彼女は、長く生き過ぎた為か、その感覚に追いつけなくなっているのだった。
彼女は、自分の思い付く事は全てやり尽くしていた。何百回、何千回行おうと成せない。知らない人間達の真ん中で、意識が一人、迷子になっていた。
彼女は、現在、変化出来ずに居た。
百年前の人の感覚、五百年前の人の感覚で、物事を評価出来る人間は居ない。
それが分からないまま、彼女は思考して、変わらない感覚のままで行動していたのである。
それでいて、「どうしてなの?どうしてなの?」を繰り返していた。
冷たい部屋の中で、今日も彼女は悩んでいる。
「どうしてなの?どうしてなの?」
そのうち、彼女は、変化するだろう。彼女には時間がたっぷりある。あの時の、答えの様な変化をするのかは分からないが、彼女は、変化するだろう。
彼女の部屋の壁には、一つの答えが描かれていたのだから。