ミッション9 『元隊長』
向日葵が加入して数日、ぼーっと社長室から天井を見上げるカグラ、それに気づいたカルメンが声をかけてくる。
「お嬢様、お茶にしましょうか?」
「ああ、ごめん。何か邪魔しちゃったみたいで」
「いいえ、此方も一段落着いたので」
ディスクから離れお茶を入れるカルメン。『どうぞ』とカグラの前にお茶とお煎餅を差し出してくる。
「皆はー?」
「マリーさんでしたら、医務室か艦内に。向日葵さんでしたらエンジン室に、ヤマトさんは向日葵さんのお使いで向日葵さんの自宅とこの船を交互に移動しております」
「むー皆いそがしそうね、カルメンはー?」
「わたしですが? わたしは向日葵さんのご自宅の撤去手続きと社員登録などを」
「そっかー……ねぇ、私ちゃんとやっていけるかな」
お煎餅を一口加えながらカルメンへと質問するカグラ。眉を潜めカグラをみると口を開く。
「大丈夫です。自分を信じてください。わたしはお嬢様に命を救われました」
「んーそんな大げさ事じゃないよー」
「いいえ、お嬢様が自分で思っているほど小さくは無いのです。マリーさんだってお嬢様には感謝していると思います。向日葵さんだって願いを聞き入れたじゃないですか」
「そっか、ありがと、少し元気でた。所でその中にヤマトは入ってないけど……」
「彼はその。きっと感謝しています」
その後に小さく『多分』と呟くカルメン。カグラも何も言わずに残った煎餅を口へといれた。
きっと感謝しているだろうヤマトは小型トラックを運転していた。隣にタンクトップの女性、京子を乗せて。
「助かるわー、タクシーが中々捕まらなくてね」
「気にするな」
「街まで行きたいと思っていたら運よく通るからさ」
後ろからクラクションを鳴らされる車。ちらりとバックミラーを見ると先に行けと手を出し合図を送るヤマト、しかし後続車は先に行かずにヤマトの車の後ろへ付きあおり始める。
剥げ頭の男が二人笑いながらヤマトの運転しているトラックを指を挿していた。違いと言えば首に巻いているスカーフが赤と青で別れていた。
その姿を確認した京子は手を顔に当てて溜息を付く。
「参ったな」
「知り合いか?」
「マルケン兄弟。嫌な賞金稼ぎ、下品でガサツで思いやりも無い。極めつけはその手段だね。噂ではレース外で選手を脅してるって話もあるぐらいさ」
ヤマトが運転する車に並ぶマルケン兄弟の車、運転席の窓が開き剥げ頭の声が響く。
「よう、京子。今日も男をとっかえひっかえかい? 船に乗るより男に乗っていたほうが旨いんじゃないのかっ」
「おい、この人は偶然送ってくれてる人だ。迷惑な行動は辞めろっ」
窓から顔を出して京子がマルケン兄弟に反論するも、それに応じない。それよりも余計に顔を赤くして叫んできた。
「迷惑といえばお前だ京子。よくも前回のレースじゃ俺達より前にでやがったな」
「それはお前達が遅いからだろ。アタシに行っても困る」
「あんだとお、兄貴ぶつけてやれ。怪我でもしたらレースには出れないだろ」
車を体当たりさせようとマルケン兄弟は執拗にヤマトの車を狙ってくる。
素早くハンドルを切ると平然な顔をしてそれをかわしていくヤマト。左右前後に揺れる車内で京子がヤマトの腕を見て関心しはじめる。
「あんた、見かけに寄らずハンドル裁き旨いね、振り切れないかな?」
「向こうの車のほうが性能が良い分、通常じゃ振り切るのは難しいだろう、下手にぶつけられると此方が横転する」
「おっと、通常じゃって事は何か裏がありそうだね」
京子が嬉しそうな顔をして運転しているヤマトを見る。
「無い訳ではないが、少し問題があってな」
「どんな?」
京子が質問する間にも前後左右に車を体当たりさせてこようとするマルケン兄弟。左右前後に揺れながら運転をするヤマト、声は二人とも落ち着いており京子の質問に答え始めた。
「俺は今会社に入っているんだが、これからする事によって迷惑を掛けたくない」
「ああ、あの子の事か。なるほど、アタシに口裏を合わせろって事だね。それで済むならしようじゃないか。あのまま街まで着いてこられても迷惑だからね、してどんな方法で逃げ切るんだい?」
「了解した」
短く返事をすると背中へと手を回すヤマト、同時に急ブレーキをかけ相手の車を先に行かせた。直ぐに窓から片腕を出すヤマト、その手には小型の銃が握られていた。
乾いた発砲音が数発続くと、マルケン兄弟の後輪に当たり車がスピンし始めて後方へと下がる。中央分離帯へとぶつかり止まったのを確認すると、既にスピードを出しているヤマトの車からはそのまま見えなくなった。
助手席では口をパクパクあけている京子。一つ大きな深呼吸をすると大きな声で笑う。
「なるほどねっ。見かけに寄らず大胆なんだね、まさか此処であんな芸当を見れるとは、わかった。何かあったらアタシが証人になろう。あの車は何かに躓いてスピンしたってね。もっともあいつ等はあいつ等でプライドが高いから車のほうが欠陥品だったって言いそうだけどね」
街に着き、ショッピング街の場所で車を止めると助手席から降りる京子。
「助かったよ、本当にありがとう。所で相談があるんだ」
「帰りの足か?」
「ちがうちがうアタシだって其処まで我侭じゃないさ。アタシの会社に来ないか? アンタだったら良いスタッフいや、レーサーにだって成れると思うんだ、度胸もあるし運転の技術もある。給料も周りの会社よりは出すよ」
「ふむ。悪いが雇用契約を結んでいる身でな」
「答えは何となくわかっていたけどね、失業したらウチにきなっ」
大きく手を振る京子を置いて車を発進させるヤマト。指定された物を運ぶ為に向日葵の家へと向かうと途中で車を止めた。
腰に隠している銃を確認すると、ゆっくりと車を降りる。
いつの間にか背中に銃口が当たる感触を受けたヤマトは其のままの姿立ち止まる。背後から男の声がヤマトの耳に届いた。
「よう。えーっと、今の名前は?」
「ヤマト」
「そうか。元気だったかヤマト」
「一応は」
ヤマトは振り返ろうか迷った挙句に振り返らずに其のまま前を見ている、周りに人がおらず話し声は続いた。
「心配したぜえ、軍に行ったら既に退役してたんでな」
「隊長こそ、死んだと聞かされましたが」
「なーに、平和の為にあの世からってな。出来ればお前には軍に居てもらいたかったが、平凡な成績を偽造して残したのが仇となったようだな。此方のサポートが切れたので仕方が無いが残念だ。んでな街中でお前の車を見つけてなばれない様に後を付けていたいんだが、まさか気づくとはな」
「では、新しい任務ですかっ」
緊張した声で確認するヤマト。任務となればヤマトも動かなければ成らない、はずだった……。しかし返って来た答えなヤマトの想定外の答えだった。
「いーや、昔の部下が能天気に運転してたんでな挨拶だけよ。悪いがお前への特務は軍を抜けた時点で消滅した、組織も作戦に使えなくなった一人一人に構ってやれないからな」
「首ですかっ」
驚いた声で背後の隊長へと語りかけるヤマト。苦笑した声が返って来た。
「そんな所だ。今では自由の身だよヤマト、実はお前には処罰命令が下っていてな」
ヤマトの全身に緊張が走る、処罰命令。言葉では簡単にいうがようは機密保持のための処刑である。
「しかし、オレが面倒だから勝手に書類を出しておいた」
「なっ」
「そう、怖い声をだすな、オレだって一人一人の面倒まで見切れん。逆にやられる場合だってあるんだぞ、割に合わん。さてオレももういくからな。余生を大事にしろよ、それと成るべく月か火星に行ったほうがいいぞ」
背後の気配が無くなり後ろを振り向くヤマト、その目には白髪の男が後方に歩いていく後姿が見えた。少し大きな声でその背中に問いかける。
「何故ですっ」
「星の二号」
短い言葉と共に車に乗り込み視界から消えていく姿、消えてからも呆然と立ち止まったままのヤマト。
いつの間にか周りには通行人が増えていく。歩く人々がヤマトをちらりとみては興味をなくして素通りしていく、冷や汗を掻いたヤマトは周りを確認し車に戻った。