ミッション17 『予選会』
月面からはるか彼方の空、宇宙空間に大小様々な船が十五隻ほどならぶ、惑星レースの予選会である。
あれから月に滞在している間、ヤマトとカグラはこっそりとドックへと忍び込もうとしたが、ロックが外れなく、ヤマト曰く『潜入がばれたのかも知れない』と。
それを聞いて殺されるんじゃと思い数日は眠れない日も続いたカグラであったが、いくら待っても何も無く、地球と月を往復する忙しさでその緊張も和らいできた。
結局はテロと思われる事を止める作戦をヤマトに相談を持ちかけたカグラであったか打開案は中々見つからず日数だけが起っていった。
ブリッジの艦長席の周りをぐるぐると回るカグラ。見かねたカルメンが声をかける。
「お嬢様どうぞお座りになってください、あとは給油をしてスタートを待つだけです」
「そ、そうなんだけどさっ、いやー。格好変じゃなかったかな?」
「艦長似合ってましたよー」
そういうのは通信機器をチェックしているマリーである。つい先ほど本戦に参加が決まっている京子・橘が艦に通信を入れてきたのだ。
時代は変わっても女性参加者は珍しく、ベテランレーサーの京子と初参加のカグラのツーショット映像を取りたいと取材が来たのである。
元々は京子だけの取材であったが、ついうっかり記者の前でカグラの事を口にしたらしく急遽きまった話であった。
宣伝効果にもなるし二つ返事でOKしたカグラその取材を受けた。普通の映像と思っていたはずが、最初は京子と一緒に並んでポーズを取るだけであった。
しかし最終的には一つのスナックを両端から口に咥えで顔を密着させる映像まで取らされたのであった。思い出したのか赤面するカグラ。
「あんな恥かしいポーズするなら断ったのに……」
「いいじゃありませんかお嬢様、いい宣伝ですよ」
「むー。私よりカルメンのほうが見栄えいいと思わない?」
「思いません。わたしでしたら映像の映りがよくありませんので」
「そんな事ないのになー」
返事をした後艦長席に座り天井を見上げるカグラ。
「カルメンっそれって、私が京子さんと並ぶほど綺麗ってこ……」
「お嬢様、スタート準備の連絡が来ています」
最後まで言いえる前にカルメンの言葉がかぶさる。通信を担当していたマリーもマイクに向い喋っていた。
「エンジンオールOKだそうですよ」
エンジン室の向日葵からの連絡を報告した。扉が開き、作業着姿のヤマトが入ってくる。
現状持ち場の無いヤマトは開いている席に座ろうとするも、上からカグラがヤマトを手招きで呼びつけた。
「なんだ?」
「いいじゃない、どうせ持ち場無いんでしょ? ほらほらカルメンの操縦技術を見なさいよ」
カルメンが『僭越ながら』と艦長席の前まで来ると手動操縦の舵を握る。盤面にあるキーを挿すと足元からペダルが二本せり出てきた、アクセルとブレーキ。いとも簡単な操縦である、簡単な分大きな事故が置きやすい構造でもある。
前面モニターに現れる三つのランプ、赤赤青という並び。
全員が見守る中順番に色が変わっていく。
赤から青へ。
ペダルを限界までふむカルメン、モニターには何も無い宇宙空間が風を切るように迫ってきた。
そのスピードに思わず椅子を掴むマリーとカグラ。
「ど、どうよっ。ヤマトは危惧してててたけ。カルメンはす、すごいのよっ」
「ふむ、思ったよりもスピードは出すんだな」
「あんた、怖くないの?」
「愚問だコレぐらいのスピードならまだ平気だ」
椅子に捕まりながらも仕事をするマリーの報告が入る。
「スタートダッシュに成功しました現在一位です、およそ四百キロ後方に二番の艦がレーダーに映ってます」
四百キロといっても宇宙空間の中では微々たるもんである、すぐに追い抜かれてしまう。
「何も無ければ安定でしょう。こちらは指定されたコースのインを通ってます。追い抜くのは難しいと思います」
安全なレースをという事で今回は決められた場所を通るレースとなっている。それぞれにチェックポイントがあり其処を通過すればいいだけだ。
もちろんコース外から向ってもいいのだが、その場合は安全は保障されない。一隻数億もする船を態々危険な場所へ突っ込むレーサーも中々居ない、ましては予選会である。序盤で無理はしないのがセオリーだ。
自信たっぷりにいうカルメンの言葉に笑顔になるカグラ。ヤマトがカルメンの隣へと行きコース全体を見はじめていた。
レース開始から早くも九時間が経過している。依然一位のまま先頭を走るノーチラス。いまだハンドルはカルメンが握っていた。
「大丈夫、カルメン」
「お嬢様先ほどから言っていますが平気です。お嬢様こそ仮眠をどうぞ。疲れたら自動操縦に切り替えますのでご安心ください」
「でも、もう九時間よっ。ずーっと握りっぱなしだし……もう。さっきもそう言っていたじゃないのよ」
ヤマトがブリッジへと入ってくる。手には携帯食料をもっておりカルメンへと手渡した。
「あら、ヤマト様、態々すみません」
「ふむ、気にするな。しかし無理して一位を取る事もないんじゃないか、宣伝なんだろ?」
「最初はそう思っていたんだけど。出るからには一位を取ってみたいじゃないって昨日カルメンに相談したら……」
心配そうな顔でカグラはカルメンを見つめる、フンと鼻を鳴らすと強気の顔になった。
「ええ。お嬢様も『この船なら十台は買える』と喜んでいましたので、折角ですし」
「もう。それじゃ私が無理に働かせてるみたいじゃない」
「そんな積もりはなかったのですが、すみませんお嬢様。私自信も実力を知ってみたいので。それとヤマト様こちらをご覧下さい」
カルメンが横にあるスイッチをいれるとサブモニターに予選で出ている船の名前が映し出された。それぞれの船の名の後に数字が書いている。
「ほう、ノーチラスは三十、五だな」
「艦長これってー……」
丁度一階で通信操作をしているマリーがカグラに質問をした。
「そう。予選会のオッズよっ! 一応公式だからねこれ。単勝、複勝、船連色々あるけれど私達の船が一番オッズが高いのよっ」
「つまりは一位が取れないって思われている事だな」
ヤマトが正直な気持ちを言った。
「うぐ……痛い所を突くわね。って事で運営資金の半分をわがノーチラスに賭けたのよ」
「ほう確か前回の移送費分も合わせてそこそこな金額が合ったはずだ、三十倍となるとかなりの金額だな」
「いや、それが……」
いいにくそうなカグラに、ハンドルを握っているカルメンが代わりに答える。
「いくらなんでも、そんな無謀な事は出来ません。複勝の三倍券を買いました。これなら五位までに入ればいいので、例え外れても運営は回ります」
「そういう事、何が起こるがわからないからね。大丈夫安心して、例え今此処で船が壊れて棄権したって従業員の給料ぐらいは払えるからっ」
カグラが言い終わると前方を写していたモニターが一斉に黒くかわった。ブリッジの照明も緊急時の赤へと切り替わる。