ミッション16 『彼なりの理由』
手にはお土産を持ちつつノーチラスへ帰るカグラ。元気良く社長室へ入ると誰も居なかった。
カグラの後ろには手荷物を持ったヤマトがおり部屋の中を覗き見る。
「居ないのか」
「そうみたいね、今日だって一人居残って仕事してたでしょ、だから甘い物をとおもってケーキ買ってきたんだけど……部屋かしら。悪いけど付いてきて」
「わかった」
社長室から移住スペースへの廊下を歩く二人。先に歩いていたカグラが後ろを振り返った。
「そーいえば、ヤマトって、その。強いのね」
「ああ、さっきの事か。あそこまで旨く行くとは思わなかった。向日葵の提案で逆上させれば恐らく二人同時に突っ込んでくるから倒せないかな、との事だったんでな。まともにぶつかればあの筋肉だ。素手じゃ適わないかもしれん」
「ん? って事は、んじゃ負けたらどうするつもりだったのよっ」
「ふむ。コイツで二、三発手足を打ち抜けば大人しくなるだろう」
何時抜いたのか、いや何処に隠していたのか小型の短銃を見せるヤマト。それまで期待の眼差しを少しだけ送っていたカグラが醒めた目へと変わる。
「ああ、そう……とりあえず付いたわよ。あれ開いてる……」
ドアは完璧には閉まっておらず僅かに開いていた。部屋の中では大小様々ならぬいぐるみが並べられており、一番大きいクマのぬいぐるみに抱き付きベッドの上をゴロゴロしているカルメンの姿が見えた。
普段すました顔ではなく緩みきった表情なのが伺えた。うっすらと声も漏れており、その声が外に漏れだしてくる。
「もうーつかれたでちゅねー。書類もいっぱいでちゅたー。聞いて聞いてクマ五郎たん今日も仕事がんばっちゃいましたー、最近は問題ばかりで胃に穴が開きそうでちゅー」
カグラはそっと開いているドアを音を立てないように閉めるとインターホンを鳴らす。
直ぐに普段のカルメンの声が流れてくる。
「はい、カルメンです」
「あ、私。カグラただいまなんだけど。け、ケーキ買ってきたから食堂に持っていくね」
「お帰りなさいお嬢様、すみません仮眠をしていたもので着替えたら向かいます」
「ケーキよりにん」
ヤマトが『ケーキより人形のほうが良かったか』という前にカグラの肘でつがヤマトの脇腹に当たる。
「おや、その声はヤマト様もご一緒でしたか?」
「そ、そう。偶然出会ってさー。ヤマトも『ケーキが選り取り見取り』だってさ。あっそだ、別件含めてちょっと相談したいんだけど、ねぇヤマトって、居ないっ。ちょっと待ちなさいよっ」
ケーキの箱を片手にスタスタと廊下を歩くヤマト、その背中に大きな声をかけた。すぐに振り向きもせず返事をしている。
「ケーキの鮮度が下がる食堂に先にいくぞ」
「あっごめん。それじゃ切るね」
慌ててその背中に追いつくように走るカグラだった。
何時もと違う空気の夕ご飯。女性人が異常に盛り上がっているからだ。
普通の食卓の後に始まったデザートパーティー、何でこうなったかというとカルメンが『どうせなら食後に全員で食べませんか? 』と提案され今に至る。
食後直ぐに帰ろうとしたヤマトは、震えるマリーに『一緒に参加しましょう』と言われて、それを聞いたカグラが船長命令で呼び止めた。
壁によりそり、一人コーラを飲んでいるヤマトの場所へ、ケーキ皿を片手にカグラが寄ってくる。
「で、どうなのよ」
「どうとは何だ?」
「マリーちゃんよ、珍しいじゃない。あんだけ人が苦手なのにヤマトと一緒に参加したいだなんてさ、ヤマトもヤマトで参加してるし」
「船長命令だしな。特に用事も無かったし偶にはいいだろう」
差しだれた月面饅頭を一つ口にいれてはコーラで喉に流すヤマトを見て、苦笑するカグラ。目線をテーブルに戻すとカルメンとマリーが一つのケーキをかけてジャンケンをしている所であった。
「で。もう一つは何なのよ。まだ皆には話して無いんだけど……」
「さあな」
「さぁなって。本当だとしたら、どうやって止めれば」
「その前に俺達の息の根が止められるかもしれんぞ」
もう一つと言うのは、ノーチラスに似ていた船の事と姿無き声の発言での事である。
「一番簡単なのは、あの船を破壊する事だ」
「中々の物騒なお話ね。運営や連合警察に言ったらどうかしら?」
「話だけで動くとは思えんな、一応匿名でメッセージを出してみよう。もっとも狂言と思われるだろうが」
「じゃぁ証拠があればっ……無いわよね」
「何、忘れる事だ」
「忘れろって、あのね。通信会話ではこの船を潰すって言ってるし忘れられる事無いじゃないのよ。それにヤマトは何の為に調べていたのよ」
「俺か……わからん」
率直な意見をカグラへと伝える。
ヤマト自身も本当に理由はなかった、過去に起こった出来事の再発事件を止めるためなのか止めてどうするのか。正義感が人一倍強いわけでもない、小さい頃から現実を見てきたヤマトにとっては大小関わらず防げない事もあるのは知っているし理不尽な事も見てきたし、当然それを行なって来た経緯もある。
「わからんってアンタねぇ」
「社長っ! お一つどうぞっ」
カグラがヤマトへ突っ込むと、ジャンケンで勝ち取ったケーキを乗せたマリーが近くによってくる。
「あら、ありがとう。美味しいわね」
「ですよねーさすが月名物です、一時は潰れそうになったらしいですよ、このお店。でも当時の月面市長の働きで守られたみたいですよ。市長曰く、『この俺には守りたい物があるだー』ってらしいです」
「守るか……」
「ん? ヤマト何か言った?」
「いいや、何も言って居ない。そろそろ寝かせて貰う」
「問題は山積みっぽいけど、そうねわかったわ。さてマリーちゃん食べ終わったらこっちも片付けしましょうか」